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アジアのクリエイティブとの協働 国を超えた仲間づくり 〜 “信頼”があれば世界の誰とでも仕事ができる 〜

Font College Open Campusは、毎回さまざまな分野のエキスパートをお迎えし、文字やデザインに限らず幅広いテーマでお届けする無料のオンライン講座です。今回のゲストは、東南アジアを中心に世界各国のクリエイターとさまざまなプロジェクトを手掛けている、エージェント・ハムヤック株式会社 代表 矢部 幹治氏。実際に現地に赴いて出会ったデザイナーの紹介を交えながら、国境を超えて人と人との信頼でつながっていく、新しい“クリエイティブのかたち”をお話しいただきました。

エージェント・ハムヤック株式会社 代表 矢部 幹治 氏



やりたいことが実現できるための扉を拓く

矢部氏には、ロンドンのクリエイティブエージェンシーで8年間勤めたという経歴があります。現地で偶然に出会ったイギリス人カップルと共にイラストレーターのエージェントを立ち上げたことが現在に通じており、その後企業広告やさまざまなプロモーションにおいて、世界各国のクリエイティブと日本を繋げる仕事を続けています。
イギリスの“好きなことはずっと好きで良い”という国民性に感化された矢部氏。日本に限らず、世界を舞台にしても「人口の1%でも応援してくれる人がいたら、好きなことを続けられるんじゃないか」という気づきを得たと言います。
しかしその後、2008年のリーマンショックによってアジアの仕事が増え、アジアのクリエイティブに触れたことや、日本での数々の大震災にによってデザインの必要性を感じたことが大きな転機に。
「デザインをやっていれば何十年経っても誰かの力になれることがある」という信念を胸に、2013年に日本に戻り、2014年にエージェント・ハムヤック株式会社を設立しました。

「実際にアジアの各地を訪れてみると、アジアのクリエイティブはすでにつながっていたということに気付かされたんです。アジアは良いものをシェアする文化があり、日本に興味を持ち、かつ影響を受けていて、日本と仕事をしたいと思っている人もたくさんいます。全世界人口の60%を占め、世界企業が続々とシンガポールや上海などにアジア本社を構えている現在、“仲良くなれば、もっと日本がつながっていける”と信じています」

エージェント・ハムヤックの軸となるビジョンは「人とことをつなげる」という考え方。矢部氏自身も、エージェントという言葉を「やりたいことが実現する扉を拓く(なんでもする)人」と捉えています。
ファッションブランド、化粧品メーカーなど、国内外のブランドプロモーションにおいて、特にイラストビジュアルに特化したクリエイティブを展開。クライアントとクリエイターの「やりたいこと」を表現するために、架け橋となるような仕事を心がけているのだといいます。

もう一つのビジョンは「デザインを通して地域をつなげる」。地域の課題解決のためのデザインとして、海外のクリエイターたちを実際に地域に招き、地域の人と一緒になって取り組むプロジェクトを多く立ち上げてきました。

デザインを通して地域をつなげる ―アジアの仲間との協働

アジアのクリエイティブはすでに繋がっている。しかしその中に日本が含まれていないことが多い」と気づいた矢部氏。そこから、アジアと日本を繋ぐためのさまざまなプロジェクトを手掛けるようになります。

日本を含めたアジア10カ国の注目クリエイターを紹介した書籍『ASIAN CREATIVES 世界を熱くするアジアンクリエイター150人』では、各地域の代表者とともにクリエイターを選出。日本発進でアジア全体を巻き込むべく、さまざまなデザイナーに声をかけました。
また、台湾の高雄(カオシュン)市で開催された「CREATIVE©ITIES」では、アジア10都市から50人のキュレーターを選出し、彼らから選ばれた250人のクリエイターによる3000以上の作品を展示。こうして一歩一歩確実に、アジアのクリエイターたちとのつながりを深めていきました。

少しずつ広がっていくアジアとの関係性の中で、「日本のクリエイティブと繋がりたい」という声もよく届くようになったと言います。シンガポールと日本の工芸をつなげる共同プロジェクト「KYO PROJECT」もその一つ。古くから工芸の歴史がある日本と、国としての歴史は長くはないけれど今や世界とアジアの玄関口となっているシンガポール、両者をデザインで繋ぐプロジェクトです。
具体的には、日本に招かれたシンガポールのデザイナーたちが、実際に現地に滞在することで日本の歴史と技術に触れ、オリジナルのプロダクトを考案するというもの。たくさんのアイデアが生まれ、中には実際に商品化され、現在も販売されているものもあるそうです。

また、国際交流基金からの依頼を受けてスタートした「DOOR to ASIA」は、海外のデザイナーがテーマとなる地域に集まり、実際に地域の方と触れ合いながらコミュニケーションデザインを提案する滞在型プログラムです。アジア各国から日本を訪れたデザイナーは、10日間ほどの滞在期間の中で、地域住民の自宅で3日間ホームステイを経験します。現地の住民と寝食を共にし、コミュニケーションを経て得たものをデザインに昇華。3日間のワークショップを行った後、最終日にその成果をプレゼンテーションするのが一連の流れです。東北で提案したプロジェクトは、7割近くが実現したそうで、パッケージ、映像、産業システムなど、地域産業に根ざしていたあらゆる課題を実際に解決することができました。


東北をテーマとしてスタートしたDOOR to ASIAは、奈良県南部頭部の奥大和で「DESIGN CAMP」という独自のプロジェクトとして発展。また、フィリピン・バターンやタイ・バンコク、カンボジア・コンポントムといったアジア各国でも継続的に開催されています。東北プログラムに参加したデザイナーが「自分の国でもやりたい」と声をあげ、次々に輪が広がっているそうです。

デザイナーは、慣れない土地に滞在しながらも、その地域の未来を見据えたデザインを必死に考えます。すると、地元の事業者たちは、日々の孤軍奮闘とは違う目線から、新たな気づきを得、言葉を超えたコミュニケーションが生み出されるのです。各国がそれぞれ持つ歴史的背景を突破し、アジアの共通課題である「地方創生」や「自然災害」への役割を自身の立場から見つめ直す。アジアを一つの輪として再認識するプロジェクトです。


土地の魅力や価値を、新しい視点で再発見すること。その活動は地方だけでなく都市部でも展開されました。JR東日本「TOKYO SEEDS PROJECT」では、アジア、アフリカなど世界各国から訪れたデザイナーたちが、東京の山手線沿線31駅の車掌さんと一緒にその各地域をディープに探索。「世界目線で見た東京やエリアの価値」「山手線沿線のまちについてのコミュニケーションデザイン」を提案するというものでした。

このように矢部氏は、言葉や文化を超えた“デザインによるコミュニケーション”を提唱し続けています。

アジアとネットワークを作っていく ―シンガポールのデザインスタジオ

矢部氏がアジアのデザインに興味を持ったきっかけは、シンガポールだったといいます。矢部氏曰く、シンガポールは“いいものはすぐにみんなでシェアする文化”がある国。「さっき何食べた?」と挨拶がわりのように聞く習慣は、日本に生まれ育ち、ロンドンを経由した矢部氏にとってとても衝撃的だったと言います。
そんなシンガポールのあるデザイナーに、アジアのクリエイティブと繋がりたいことを相談すると、「だったら僕たちの仲間を紹介するよ」と快諾。翌日には20〜30人ほどのデザイナーを集めてくれたのだそう。

「シンガポールのデザイナーたちは、“面白いものだったら一緒に共有しよう”とすぐに動いてくれるんです。今日は、シンガポールのデザイナーを何人かご紹介します」

Kinetic Singapore:Pann Lim

キネティック・シンガポールは、設立25年ほどになるクリエイティブ・エージェンシー。設立当時大手代理店に就職するのが当たり前だった風潮の中、デザイナーであるリム氏は自身の会社を設立しました。地元の才能を猛烈に支持するスタイルで創られた独自のクリエイティブは、550以上の賞を受賞しています。

Roots:Jonathan Yuen

ジョナサン・ユエン氏は、キネティック・シンガポールから独立したグラフィックデザイナー。2011年にデザインスタジオRootsを設立し、ブランディングやクリエイティブ戦略や各種デザインなど、幅広い分野で活躍する気鋭のデザイナーです。DOOR to ASIAにも参加したメンバーの一人で、日本企業のブランディングにおいても多数実績があります。

■Foreign Policy:Yah-Leng Yu

ヤーレン氏は、シンガポールで最も注目されている女性デザイナーの一人。ボストンやニューヨークで実績を積んだ後シンガポールに戻り、ナショナル・ギャラリー・シンガポールの公式ミュージアムストアのデザインなど様々なプロジェクトに参加。D&AD、TDC、東京TDCなど、数々の著名なアワードを受賞。2007年にフォーリン・ポリシー・デザイン・グループを共同設立。学校やコミュニティでの講演、審査員として招かれることも多く、世界に注目されているデザイナーです。

■BLACK:Jackson Tan

ジャクソン氏は、先述の「すぐに20〜30人集めてくれたデザイナー」の張本人。彼自身は、シンガポールと台湾を拠点にしたクリエイティブ・エージェントBLACKを立ち上げ、シンガポール独立50周年を祝う「SG50」のブランディングをはじめ、日本の工芸とのコラボレーションなど、さまざまな大規模プロジェクトを手掛けています。また、PHUNKというアーティスト集団のメンバーでもあり、作品が横浜美術館にも展示されるなど、アーティストとしての活躍の場も広げています。

「アジアのデザイナーは、日本からの影響もすごく受けているんです。彼らは、日本とコラボレーションしたい!と強く願っています。何か一緒にやりたいことがあれば、きっと喜んで参加してくれるはずです」

東南アジアのデザイン ―SEARCH BOOK

これまで東南アジアのデザインは、人材がシンガポールや中国に流出してしまうことが多く、クリエイターが自国に留まることはなかなかありませんでした。そんな中で、クアラルンプール出身のドリブ・ルー氏は、海外での経験後に自身の故郷でデザインスタジオLITTLE IDEA EVERYDAY(LIE)を設立。きっかけは、日本一周をした時にローカルデザイナーたちと出会い、「自分のまちのために何かやりたい」と思ったのだと言います。

ローカルデザイナーであることを誇りに思うドリブ氏が、アジアのローカルデザイナーを紹介するために制作したのが『SEARCH BOOK』です。この本の中で紹介しているのは、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムの6カ国にあるローカルデザインスタジオ。主要都市だけでなく、地元や故郷で活躍できる場所を広げるクリエイターたちを、彼らの作ったコンテンツとその豊かな内面を捉えながら紹介していく一冊となっています。

この本はブック・イン・ブック仕様となっており、各国ごとの表紙カバーは、サーチライトをモチーフに各国のイニシャルがデザインされています。リソグラフを得意とするドリフ氏により、カラーリングも鮮やかで思わず手に取りたくなる一冊です。
中を開いてみると、色やフォントの使い方が国ごとに全く異なっていることが見てとれます。

「言語によって文字の形が変わる。それに伴って国が違うとデザインも異なってくるものなんです。日本には絶対にないよなあ、と思うような色使いや、仕事の内容に出会うことができる、面白い一冊です。東南アジアのデザイナーとネットワークを作りたい時に、とても参考になると思います」

『SEARCH BOOK』は、現在も奈良蔦屋書店で購入することができます。発売当初は店頭にて特別イベントも開催され、日本のローカルデザイナーが登壇したトークイベントには、ドリフ氏本人もオンラインで参加しました。

矢部氏は最後に、各国を代表するデザイナーから寄せられたメッセージ紹介。これらは実際に本書内に掲載されています。

「国は違えど、共通して思うもの、感じるものってきっとあると思います。各国のデザイナーと重なる部分があるはずです。デザイナーの方も、デザイナーでない方も、日本国内外にとらわれず、同じ思いで仕事をしている方と繋がっていただければと思っています。一緒に、アジアに行きませんか?」

これまで実際に肌で感じたさまざまな経験から、リアルな体験をデザインに落とし込むこと重点においてきた矢部氏。言葉や文化の壁を超えて“人と人”として向き合う情熱が、何十年も続いていく豊かなクリエイティブを育むことを教えていただきました。こうしたグローカルな目線は、デザインのみならずあらゆる業界で、今後ますます重要になっていくことでしょう。



講演後の質疑応答では、東南アジアの文化に関することやビジネスの具体的なお話まで多くの質問をいただきました。

・そもそもなぜ東南アジアの人は日本に魅力を感じているのでしょうか?
・具体的にどのような企業と案件を進めるべきでしょうか?

などさまざまな質問にもお答えいただいていますので、詳細はアーカイブ動画をぜひご覧ください。

Font College Open Campusはこれからも不定期に開催し、noteでレポートを掲載していきます。今後の掲載もどうぞお楽しみに!



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