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明朝体 “らしさ” と楷書を再解釈したら、新しいデザインが生まれた話〜「霞青藍」「霞白藤」制作秘話〜

ぱっと何の書体か見分けるのが難しい「明朝体」。しかし一度魅力を知れば、そこは底無しのフォント沼……!今回は、2022年10月にリリースした明朝体 霞青藍かすみせいらん」「霞白藤かすみしらふじのデザインが生まれるまで、を掘り下げます。

デザインの特徴

「霞青藍」「霞白藤」の属する “明朝体” は和文書体のデザインカテゴリの1つで、“うろこ” と呼ばれるアクセントや縦画が太く横画が細いというコントラストが特徴のデザインです。
現在の明朝体は、明治の初めに日本にもたらされた金属活字を基礎に改良が続けられてきたもので、様々な表情を持った明朝体が製品化されています。

共通の漢字の骨格

左:霞青藍
右:霞白藤

「霞青藍」「霞白藤」の漢字は同じ骨格・字形を共有し、横線やハライの伸びやかさを強調したふところの締まった骨格で “オールドスタイル” に分類される書体です。
あわせて、楷書(※)由来の特徴を多く採用しており、文字固有のプロポーションを尊重しています。また、“文” などに見られる筆押さえや等の活字の処理を取り入れることで、クラシックな印象を与えます。

楷書:4世紀頃に隷書が変化して誕生し、5~7世紀・唐の時代に完成、洗練された書体です。点画がはっきりと書かれた正式な書体として、古くから印刷用書体にも大きな影響を与えています。

フォント用語集」より引用

それでは「霞青藍」「霞白藤」それぞれの特徴を見ていきましょう!

無骨で渋い「霞青藍」

「霞青藍」はローコントラストのスタイルで、漢字は楷書の要素を色濃く残しています。かなは戦後活字の骨格を参考にすることで文芸的な雰囲気を演出。欧文は15世紀末の活字の骨格を参考にしながら無骨さを強調し、見出し用としての性格を持たせています。

流麗で現代的な「霞白藤」

「霞白藤」はハイコントラストのスタイルで、シンプルなエレメントで構成された書体です。
かなは筆書きの流麗さを強調しながらも、細部のエレメントをシンプルにすることで、現代的な印象にしています。欧文は、古典的な骨格を参考にしながら、かなと同じく現代的なエレメントに仕上げています。

楷書?現代的なエレメント?などなど……ピンとこないワードもたくさんあったかと思います。が!ここからは担当デザイナーにデザインの詳細や書体に対する想いまで、いろいろと聞いてきましたので、ぜひ最後までご覧ください!

開発デザイナー インタビュー

■お話を聞いた人
小針 優弥(こばり ゆうや)
1991年生まれ。千葉県出身。専修大学ネットワーク情報学部在学中より文字塾参加。卒業後、2014年に株式会社タイプバンクに入社、合併により株式会社モリサワへ入社。タイプデザイナーとして、和文・欧文の両プロジェクトに従事しており、Role Soft(2019)、霞青藍、霞白藤(2022)などのデザインを担当する。

明朝体 “らしさ” と楷書エッセンスの絶妙な配合

― 本日はよろしくお願いします。まずはこれまでどんなお仕事をされてきたのか教えてください。

小針 現在10年目で、最初は和文書体の漢字拡張作業、ここ5~6年で「Roleスーパーファミリー」の制作や「Vonk Pro」のウエイト拡張など欧文書体制作の経験を積んできました。その後、2019年頃から霞書体の開発を行ったという流れですね。
自分がいちからアイデアを出したのはこの書体が初めてで、本当に使ってもらえるか、もっとやれることがあったのではないか…などと不安でしたが、リリースされて使われているのを見かけると、作ってよかったなという気持ちになります。

ー和文・欧文共に経験された上で、満を辞して……!この書体のコンセプトやアイデアが生まれたきっかけはありますか?

小針 まずは企画の軸として、オールドスタイルの書体というお題をもらいました。このスタイルになるまでかなり試行錯誤しましたが、今思うと欧文のデザインからコンセプトが定まったように思います。

開発当時のデザイン検討資料

小針 「霞青藍」「霞白藤」は漢字の骨格が共通で、明朝体(=活字)に楷書(=手書き)の要素を取り入れたデザインです。この “活字と手書きを混ぜる” という発想は、近年の欧文書体の市場をみて思いついたものでした。

ー欧文の経験がここに生きてくるのですね。“活字と手書きを混ぜる”というのは具体的にどういうことでしょうか?

小針 明朝体と呼ばれる書体が成立するにあたって楷書を合理化していく過程がありました。木版印刷の時代は、その名の通り「木」に直接彫っていたわけですから、複雑な楷書体よりもエレメントを単純にしたほうが彫りやすく品質も安定します。そうやって成立し発展した明朝体に、再度楷書のニュアンスを足すことはできるか?というチャレンジでした。

例えば、明朝体のハライは深くたゆみますが、手で書くときには早いスピードで直線的な書き方になるので、その要素をひとつの特徴にしようと試みました。ただ、いざやってみるとこれが難しくて。
明朝体のハライがたゆんでいるのは空間のバランスを取るため、ということに改めて気づかされました。明朝体として認識できるさじ加減を見極めながら、エッセンスを織り交ぜるのは難しかったです。

ー他にはどんなところに楷書のエッセンスが表れているのでしょうか?

小針 活字ではへんとつくりのバランスが均一になるように作るのが一般的だと思うのですが、手で書くときはメインとなるパーツを強調して書くと緊張感が生まれます。 そこで、例えば「取」の字のように、文字の中でメリハリをつけることに挑戦しました。
ただ、やりすぎると書体として使いづらくなってしまう部分なので、そこはチーム内で意見をもらったりして調整した部分ですね。

小針 また、「人」の交差部分なども楷書由来です。一般的な明朝体だと、1画めと2画めの始筆がくっついたような形になります。しかし霞書体では手で書くときと同じように1画めの途中から2画めが始まるようになっています。

小針 あとは、要素を織り交ぜるとは言いつつ、あくまで明朝体として使ってもらいたかったので、明朝体の要素を残すことはかなり意識しましたね。
例えば「心」の2画めが直線的であることや点の位置などは、スクエアな活字の中で空間のバランスをとるための大発明だと思っているので残しました。他にも、しんにょう、筆押さえ、八屋根はちやねの形など、明朝体の “らしさ” はなくさないようにしました。

細部にこだわった2つのスタイル

ー絶妙な判断なのですね。「霞青藍」「霞白藤」の2つのスタイルにはどのような違いがあるのでしょうか。

小針 デザインでの差でいうと、例えば漢字の打ち込み部分。「霞青藍」は手で書くときと同じように左側にも飛び出すような形になっている一方で、「霞白藤」は左側がスパっと切れたようになっています。楷書の要素がより色濃く出ているのが「霞青藍」ですね。

小針 一方で現代的な、デジタルでしか表現できないデザインを採用したのが「霞白藤」です。エッジのきいたメリハリのあるデザインといいますか、全体的につるつるしています。ひらがなは築地5号系の流麗さや36ポ系の華やかさをヒントにしつつも、筆の切り返しなどをなくしています。

オールド明朝はフトコロが狭くて柔らかいエレメントで、モダン明朝はフトコロが広くてシンプルなエレメントのように分類されますが、オールドの骨格にシンプルなエレメントを合わせるのもありだよね、というこの書体なりの “現代性” を模索できたかなと思います。

ー冒頭で「コンセプトは欧文から」とありましたが、デザインについても教えてください!

小針 霞青藍の欧文は、手書きのニュアンスが残る15世紀の活字の骨格をベースにしています。霞青藍は霞白藤と比べてエレメントが複雑なので、角が残るような無骨な感じや手の動きを感じさせる要素を強調し、和文のデザインとも調和するデザインになっています。

小針 一方、霞白藤はもう少し洗練されたような印象になるように、16世紀のフランスやオランダ活字の古典的な骨格に、現代的なエレメントを合わせています。和文書体に付属する欧文ではなかなか見ないスタイルかもしれませんが、ひとつの提案になればいいなと思っています。

いま、明朝体を作るということ

ー今の時代に、新しい明朝体を作ってみて、どうでしたか?

小針 書体はビジュアルコミュニケーションを支える素材であってそれ自体で何かを表現できるわけではありません。選べる書体が多い時代に、これ以上新しい書体は必要かと葛藤を感じることもありますが、新しい書体があるからこそ、新しい表現や、より内容や言葉に寄り添ったデザインが生まれる可能性があると信じています。

欧文書体は和文とは比べものにならないくらい毎日書体が世の中に出てきていますが、伝統的な活字やカリグラフィーの技法、デジタルならではのエッジなどの様々な要素を混ぜ合わせてジャンルを横断するような書体も多くみられます。
欧文書体の開発やリサーチを経験したことで、私自身が明朝体のセオリーに縛られていたことに気づかされました。今回のプロジェクトで、明朝体を捉え直し逸脱してみようと模索できたことはよかったですね。使いやすい書体になるように、チームでいろいろな意見を聞きながらチューニングできたのでとても勉強になりました。

開発当時のチーム内チェック資料

小針 書体は声に例えられることが多いですが、書体自身がメッセージを持ちすぎてはいけないなと考えてます。例えば声のいい人がいたとして、自分の声をアピールしながら話さないと思うんです。とはいえ、ある程度目立たないと見つけてもらえない。今回明朝体の制作に挑戦したことで、そこのバランス感覚の大切さを改めて感じました。

書体が主役になりすぎないほうがいいですね。「この書体を使えばデザインが決まる!」みたいな書体よりも、歴史に倣いながら手の動きに対して自然な形にまとめて、写真や装画などの他の要素と共鳴できる書体を目指したいです。

デザインと共鳴する書体

ーリリースからこれまでに見つけた使用事例で、これは!というものはありましたか?

小針 例えばこちら。

ジェヨン 著、牧野 美加 訳
『書籍修繕という仕事』
原書房、2022

小針 本にまつわる題材の装丁に使っていただけたのが嬉しかったですね。先ほどの通りで、レイアウトや装画と一体となってデザインを支えている感じがしています。そういう意味では書体の意図が伝わったというか、意図以上の使い方をしてもらえているなと思いました。

ナギーブ・マフフーズ 著 、香戸 精一 訳
『ミダック横町』
作品社、2023

小針 書体を作るときは「こんな場面で使って欲しい」という使用想定を考えるんですが、この例はまさに「霞青藍」が狙っていた人文・文芸ジャンルで使ってもらえたので嬉しかったですね。

今回は偶然どちらも霞青藍の例になってしまいましたが、霞白藤もいいな〜と思うものがたくさんありました。
文芸ジャンル(印刷市場)を意識して作ったこともあってか、この書体の使用事例は画面でみるより実物の方が綺麗に見えているので、ぜひ手に取ってみて欲しいです!

ーありがとうございました!想定していた場面で使っていただけると、通じ合えた気がして嬉しいですよね。みなさんもぜひ街なかで探してみてください!

あとがき

いかがでしたでしょうか?
今回は、書体のデザインを知ってもらう他に、デザイナーの書体に対しての考え方も深掘りしたい!という裏テーマもありました。デザイナーの考えや背景を知ることで、書体に興味を持つきっかけになったら嬉しいです。

個人の感想ですが、「型」があるからこそ “型破り” という言葉があるように、明朝体という「型」があるからこそ生まれる新しい表現があるのだなと、気づきのあったインタビューになりました。

ではまた、次の記事もお楽しみに!(担当:M)

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