見出し画像

【イベントレポート】クリップスタジオ×モリサワ iPadツール初コラボイベント  「安倍𠮷俊のクリエイティブワーク大公開! 人気イラストレーターが考えるフォントのイメージ」

2020年11月13日(金)に、ペイントツール「CLIP STUDIO PAINT」を提供する株式会社セルシス様との共催で、オンラインコラボイベントを開催しました。
今回お招きした特別ゲストは、漫画家・イラストレーターとして活躍されている、安倍𠮷俊先生です。

画像1

安倍 𠮷俊 (あべ よしとし) / 漫画家・イラストレーター
アニメ『serial experiments lain』、『NieA_7』、『灰羽連盟』、『TEXHNOLYZE』、『RErideD』のキャラクターデザイン原案、灰羽連盟(全話)RErideD(一部)は脚本も担当。漫画は『ニアアンダーセブン』『リューシカリューシカ』『こどものグルメ(連載中)』。
Twitter | Youtube

1 iPadをフル活用!安倍先生の制作環境

まず初めに、安倍先生が飼っていらっしゃるペットの紹介から始まり、ユルめの雰囲気からスタート(笑)

画像6

レオパードゲッコー(ヒョウモントカゲモドキ) (写真左)
ギリシャリクガメ (写真右)
安倍先生は爬虫類がお好きだそうです。

その後、先生の制作環境をお見せいただきました。ご自宅が仕事場でもある安倍先生が作業に集中できるのは、朝お子さまが幼稚園に登園し、午後14時頃に帰ってくるまでという限られた時間。お子さまたちが帰宅してからは、作業部屋ではなくリビングで、iPadを使って作業をすることが多いそうです。そんな安倍先生の作業部屋の様子がこちらです。

画像3

先生は日頃から、ご自身の制作プロセスや作品についてをYouTubeでも紹介されているので、カメラや配信機材、三脚など、先生のチャンネルをご存知の方にとってはお馴染みの風景かもしれません。
デスクに置かれているPCは2台。Macbook Proは動画編集用、iMac27インチは、液晶ペンタブレットを用いて絵を描くというように使います。液晶ペンタブレットはいずれ買い替えねばと思いつつも長年愛用しているとのことです。

続いて、こんな面白い光景も目にすることができました。

画像4

なんと、エアロバイクにテーブルがついています。ご自身のTwitterで「机に向かいつつ運動ができたらいいのに」とつぶやいていたら、とあるメーカーさんが送ってくださったそうで、漫画のネームを描くときやテキストを打つ時に実際に使用しているそうです。
作家として、父親として、両者のバランスを保ちながら作業効率を重視する日々を送る中、安倍先生は、いずれ作業が全てiPadで完結していけばいいと願っています。
使用ソフトはCLIP STUDIO PAINT for iPad。PC版とほぼ同じ機能で使えるようになっていて、PCの画面がそのままiPadに表れているようでとても便利に感じているとのこと。最近はiMacと液晶ペンタブレットの組み合わせよりもiPadでの作業がメインとなっているそう。
「液晶ペンタブレットの描き味に20年くらい慣れていたので、iPadの画面がカツカツ当たる感じや、ガラスの面が滑る感覚が馴染まず使い始めは苦労しました。最近はざらざらするフィルムを貼ったりと工夫し、だんだん慣れてきたところです。」
iPadを使って、場所を選ばずにクリエイティブな作業ができる将来が、確実に近づいています。

2 「赤のアリス」オリジナルイラストライブドローイング

続いて、今回のためにオリジナルで描き下ろされた「赤のアリス」のイメージイラストは、ご本人の解説と共にライブドローイングで紹介されました。

画像6

鉛筆で書いた線画をスキャンして、iPadに取り込んだ状態からスタートです。

背景の色を塗る
まず、背景の色をざっと塗っていきます。
この時のポイントは”光”。塗る色が決まっている場合は最初から固定で色を塗る場合もありますが、今回のようにイメージや全体の雰囲気を重視する場合は、「光がどうなっているか」から書くことが多いそう。「この辺りが光ったら、この辺りが暗いかな」と考えながら、場面にライトを当てていくように、大まかな陰影をつけていきます。

画像7

ざっくりと色を塗る
続いて、本や髪の色など、それぞれの色を塗っていきます。最初から細かい方に集中しすぎてしまうと、全体を観てきたときに不自然になるため、あまり描き込みすぎないように心がけているそうです。
「デジタルだと本当に細かいところまで拡大できてしまうので、際限が無くなってしまう。できるだけ大きくざっくりな作業も重要視しています。」

スクリーンショット 2020-12-16 10.02.20

安倍先生がイラストを描く上でいつも注意しているポイントは、“視線の誘導”だといいます。見ている人ができるだけ長く画面の中に滞在してもらえるように、かつ、誘導していることに気づかれないような作品作りを心がけているとのこと。
ただこれは、どのような用途で使われるかによっても異なります。例えば小説のカバーのような商業イラストの難しいところは、文字やその他の要素が入ってくることが多く、イラスト上で意図した視線の誘導が成立しないことも。
漫画においては、読者の目が止まることなくスーッと流れるように読んでも意味が通る必要があり、イラストとは作り方が異なるため、安倍先生も漫画を描き始めた頃は苦労したそうです。
「今回のイラストは久しぶりに描き込んでいい仕事だったので、嬉しかったですね。」
また構図や色合いなどは、最初から計算して作り込むことはなく、無意識に進んでいくことが多いそうで、描いてみて、完成したものを見た時に「自分がこういうものを描きたかったんだ」と気づかされるといいます。

今回のイラストは、フォントをモチーフにイラストを描き起こして欲しいという、モリサワからの無茶振りとも言えるオーダーだったのですが、「お題があるというのは面白いです」と、快く引き受けてくださいました。
「自由に描いていいと言われるとかえって描けないんですよね。お題や制限があると、それを越えようとしてしまうので、いいものが作れます。制約をプラスに転換することで、いいクリエイティブになると思っています。」


イラスト中にフォントを入れる
全体的に色が塗られていったところで、いよいよフォントをイラストに入れていきます。
イラスト中のアリスの服の色は水色。(「ディズニーのアリスに引っ張られないように」と試行錯誤されたそう。)この水色の服が、本から飛び出してきた「赤のアリス」の文字によって、赤色に侵食されていくイメージが描かれていきます。

画像8

実際に打ち込んだテキストを変形させるという手法なのですが、手順としてはテキストをラスタライズして、ビットマップのレイヤーに直してから「メッシュ変形」という機能を使っています。「絵の中に文字をなじませるというのは、結構難しいんです。絵を描くのと同じくらい、文字列の変形に時間がかかりました。」
「文字があると、見る人はどうしてもそれを読んでしまう。吹き出しの中ではなく、世界観を表現するためにフォントを使うと言うのは新しい試みで、今回のようにフォントを題材にしないとなかなか思いつかなかった」と話してくれました。

このような制作過程を踏まえて完成したのが、こちらのイラストです。

画像5

イラスト中では、絵の世界観に合うようにアルファベットが多く使われていますが、よく目を凝らしてみると、「赤のアリス」と言う文字が散りばめられています。皆さま、お分かりでしょうか?フォントのもつ可愛らしさや独特の世界観を、見事に描き上げていただきました。

3 タイプデザイナーが語る「書体制作プロセス」&「漫画に使えるおすすめフォント」

後半は、モリサワのタイプデザイナー2名が、書体制作の裏話と、漫画に合うモリサワフォントを教えてくれました。

画像9

半田藍 / 株式会社モリサワ タイプデザイナー (写真左)
株式会社タイプバンクにて、漢字タイポス・TBUDシリーズ・かなバンク・TBかナシリーズなどの開発に携わる。合併に伴い、現在は株式会社モリサワで和文・欧文のプロジェクトに従事。2019 年新書体「赤のアリス」のデザインを担当。
渡邉克志朗 / 株式会社モリサワ タイプデザイナー(写真右)
モリサワ文研株式会社にて、多言語書体やA1ゴシックの開発に携わったのち、現在は株式会社モリサワで主に和文書体のプロジェクトに従事。CLIP STUDIO PAINT 使用歴 5 年のユーザ。

制作環境の紹介
同じ「タイプデザイナー」の肩書きを持つ半田さんと渡邉さん。制作環境はどちらかというと対照的で、アナログとデジタルを使い分け、それぞれの制作スタイルが確立されています。

半田さんの仕事道具

画像10

画像13

PC・国語ノート・シャープペンシル・消しゴム・参考にしている本
眠気覚ましのコーヒー・イヤホン(ラジオを片耳だけ聞いている)・iPhone

「太い芯のシャープペンシルで文字のあたりをつけて、細い芯と消しゴムで仕上げていきます。iPhoneは写真やスクショを溜めていくために、スクラップブックのような使い方をしています。」


渡邉さんの仕事道具

画像11

画像12

PC・国語ノート・シャープペンシル・消しゴム・黒の水性ペン
ペンタブレット ・CLIP STUDIO TABMATE


「黒の水性ペンは黒く塗り込んだ状態を確認するために使います。CLIP STUDIO PAINTをペンタブレットで使い、専用左手デバイスの「TABMATE」を使うなど、デジタル環境での制作も増えました。」

半田さんが語る、「赤のアリス」制作プロセス書体は、使用用途によって作成する文字数が異なります。「赤のアリス」は、見出しなどの短文を組むために作られた、装飾性の高い書体なので、比較的小さい文字セット(ミニ2セット)で作られました。その文字数はおよそ5,000字で、制作期間は約14ヶ月という、書体の中では短いプロセスで作られました。
「赤のアリス」は、 “非日常的な世界観に” と言うイメージのもとスタートしました。まず、書体の雰囲気を定めるための関連ワードを画像検索し、イメージとなる素材を集めるところからはじまり、次に手書きで文字を書いてみて、文字の方向性を探っていきます。今回はペン先が平らで、ペンの傾きで線の細さが異なるものが使用され、手書きのスケッチをデジタルで書き起こして、デザインの方向性を確定していきます。

画像14

文字が作られていくプロセスとしては、まず骨組みのバランスを考え、「モデル文字」と呼ばれる26個程の文字を作成。そこから漢字の形のパターンがだいたいカバーできるくらいの約500文字を作ってみます。そしてやっと、全ての文字を仕上げていきます。このように、少しずつ、かつできるだけ効率的に制作が進められていきます。

半田さんは、書体を作る上で「一番格好いい最大公約数を目指す」と言う視点を大切にしています。特定の文字においてだけ成立する格好よさは「ロゴ」に通用するものであり、どんな文字でも綺麗に見えるように成立させているものが「フォント」である、とのこと。

「赤のアリス」は、10年前に作られた仮名のみのデザインが前身となっています。欧文のデザインから着想を得たと言う独特の装飾、ダイヤの形などによって、可愛らしく、明るい印象を与えます。
「おすすめの使い方としては、“非日常的な呪文”や“可愛さに反して難しいことを言うようなシーン”です」と、制作者だからこそ思いつくシーンを教えてくれた半田さん。また、線を途切れさせる「ステンシル」加工なども、雰囲気を変えたいときにおすすめとのことです。

画像15

渡邉さんが教える、「漫画で使えるモリサワフォント」
続いては、自身もクリップスタジオユーザ歴が5年という渡邉さん。漫画の様々なシーンにぴったり合うモリサワフォントを紹介してくれました。

基本のセリフは「アンチック」と「ゴシック」の組み合わせが最もベーシックなんだとか。CLIP STUDIO PAINTには合成フォントを設定できるツールもあるので、漢字と仮名をそれぞれ指定し、複数のフォントを一つに組み合わせることができて、とても便利です。

また、大声や重要なセリフを強調させたい時は、太いゴシック体がよく映えるそう。ここでは「新ゴB」や、明朝体を使う場合に合う「リュウミンU」を紹介してくれました。モリサワフォントには「新ゴ」と呼ばれるものがたくさんありますが、「UD新ゴ」との違いも教わりました。
小さくても読みやすく視認性の高いフォントが「UD新ゴ」、文字が大きく見えて主張があるのは「新ゴ」とのことで、漫画においては「新ゴ」がおすすめだそうです。

画像16

画像17

他にも、心の声を表す時などに使うモノローグには、「新丸ゴ」や「じゅん」などの丸ゴシックがぴったり。最大限強調したい時の「新ゴ シャドウ」、勢いのあるセリフには「ぶらっしゅ」。
いわゆるホラー書体の「TB古印体」。「赤のアリス」はメルヘンチックな場面で効果的なのでは、など。漫画を描く時にすぐに活用できそうな、実用的なラインナップを教えてくれました。

画像18

最後にCLIP STUDIO PAINTの機能として、「ルビ設定機能」を紹介。漫画のセリフの場合は、どのフォントにも明朝体でルビをふるのが一般的だそうで、サンプルでは「リュウミン」でのルビが紹介されました。
モリサワフォントとCLIP STUDIO PAINTの機能をフル活用することで、漫画制作と文字入れをiPadで完結出来ることが伝わってきました。

サプライズ!安倍先生をイメージしたオリジナルフォント
ここで、お二人からとっておきのサプライズ。安倍先生のお名前をイメージしたオリジナルフォントのプレゼントです。

画像19

明朝書体のように横線が細く、所々が空いていること、そして角には丸みを持たせているのが特徴です。これは、安倍先生の描くイラストが持つ儚げなイメージを元に半田さんが手書きでスケッチし、それを受けて渡邉さんがもう少しニュアンスを変更して最終デザインに落とし込んでいくという工程を経て作られました。

画像20

事前に知らされていなかった突然のサプライズに安倍先生は「とても面白いです。自分ではわからないイメージを形にしていただきました。自分のことって自分でわからないので、こんなイメージなんだ、と驚きました。」とコメント。これから実際に使っていきたいと話してくれました。

4 座談会〜視聴者投稿Q&A

イベントもいよいよ終盤を迎え、安倍先生、半田さん、渡邉さんを交え、全員での座談会へ。

司会 改めて「赤のアリス」のイメージイラストを描かれて、どうでしたか?

安倍 
画面の中に文字が入ると、どうしても読めてしまうので、確実にそこに目がいってしまうんですよね。絵のデザインにも視線を向けて、文字にも視線を向けるという、戦いみたいなものがありましたね。 …っということも、今気がつきました。やっぱりいつの間にかというか、無意識に書き進めていたところがあるんですよね。 

司会
 言語化されて改めて気づきがあるんですね。

半田 「赤のアリス」という書体に対してのどの部分を気にされてイラストにしていったんでしょうか。

安倍 
まずはアリスと聞くと、トランプとかいろんなイメージが湧いてきたので…まずは「書体名のもつ意味」みたいなところから入りました。そこから、文字のデザインを見ながら、「不思議の国のアリス」に引っ張られすぎないように、でもアリスは使いたいし、と思いながら、じゃあ文字だし、本で、図書館にしよう、とイメージを膨らませていきました。

画像22

文字と漫画の関係についていえば、私は “絵の中に馴染ませるとデザイン、吹き出しの中に入れると音になる” と思うんです。例えば「赤のアリス」を吹き出しの中に入れると、女装癖のある殺人鬼みたいな、怖いだけでもない、可愛らしいだけでもない、みたいな相反する要素がある人のように受け止めてしまいますね。

視聴者投稿Q&A
「なぜ今の職業に就いたんですか?」

安倍 
高校を卒業後、漫画家のアシスタントを経験したんですが、そこが大きなきっかけとなっています。もっと画力をつけて役に立ちたいと思って勉強していくうちに絵を描くことが楽しくなっていって。そこから美術の予備校に通ったり、絵の勉強を深めるようになっていきました。

半田 
今の仕事に就いた経緯というより、文字に興味を持ったのは、子どもの頃のポスターの宿題がきっかけです。かつてレタリングを習っていた母が、ポスターの中の文字を手直しをしてくれて、作品がとてもよくなったのが印象的だったんです。

画像23

渡邉 学生時代にプロダクトデザインを学んでいました。当時はまさか、自分が文字をデザインするとは思っていませんでした。文字を勉強したのはモリサワに就職してからになりますが、働いてみてわかったのは、実は自分は文字が好きだったということですね。これからもずっと続けていきたいです。

画像24

「安倍先生の作品は独特の表情、絵画のような美しさが特徴ですが、自身の作風に至った経緯は?」

安倍 絵画の勉強をしながらアシスタントを経験したり、日本画の制作を行いながらCG制作をしてきたりといった、いろんなことを並行して経験してきたことによるのではないかなと思っています。
絵描きの人からは漫画っぽい絵、と言われるし、漫画家の人からは、絵画っぽい漫画、と言われるんです。

司会 
これまでの経験が、安倍先生作品の唯一無二の世界観を創っているんですね。

その他、半田さん渡邉さんが気になってつい見てしまう文字やおすすめの本など、漫画、文字といった領域を超えた様々な質問に答え、本イベントは穏やかに締めくくられました。

時代とともに制作環境が変わっても、作品に寄り添い、クリエイターを支えられるような文字が必要になっていくのだと感じました。

画像25


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!