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「ボルクロイド」ってなにが由来…?いろんな書体の名前の決め方お話しします!

フォントメーカーである私たちモリサワは、毎年新書体をリリースしています。新しい書体を世に送り出すときに重要な要素の1つが、書体名です。
今回は新書体の「ボルクロイド」をはじめとして、書体名をどうやって決めているのか、なかなか知られることのない裏側についてお届けします!


新書体「ボルクロイド」 書体名のワケ

2023年秋にリリースされたボルクロイドについて、皆さんもうご存知でしょうか?

ボルクロイドは直線のみで構成された、インパクトの強い超極太デザイン書体です。
迫力のある大きな字面とギリギリまで攻めた太さが圧倒的な「黒み」を感じさせる、個性的なデザインをしています。
打つだけでロゴに見えるような特徴からか、漫画やアニメに関連するシーンなどで少しずつ使われてきているようです。(ありがとうございます!)

ところでこのボルクロイドという言葉、あまり聞いたことのない単語ではないでしょうか …?
それもそのはず、実はこの書体のために考えられた造語なんです。

書体のイメージに合わせたネーミング

ボルクロイドとは、ずばり「Bold(太い)」「黒い」「アンドロイド」を組み合わせたオリジナルの名称です。

「Bold」と「黒い」は見たまま、特徴的な太さと黒みからとっています。

モリサワの他の太い書体と比べてもこの通り!ボルクロイドは圧倒的な太さと黒みです。
開発当時も、「できるだけ黒く、白いところを埋める」ということをテーマにデザインされました。

開発中のデザインの変化
左が開発初期 右がリリースされた書体

見出し・タイトルなど大きな級数での使用に特化させることを前提として、そういったシーンでの可読性をなんとか担保できる限界まで太さ・黒みを追求しています。

「アンドロイド」は直線で構成された幾何学感や力強さからくる独特の雰囲気や、使用されそうなシーンから連想してつけられています。

ボルクロイドは開発当初から、戦隊モノなどのヒーロー的な要素や、SF・ロボットなどの要素を表現したい箇所での使用が想定された書体でした。

書体開発をする際には、どんな特徴を持ったデザインにするか?といったことはもちろんですが、「この書体はどんなところで使われそうか」という使用シーンの想定をしながら進行していきます。
デザインを試行錯誤していく過程では、使用想定にあったイメージの画像に書体を配置し、マッチしているか?効果的か?魅力的か?といったことを確認しながら検討を行うことも多くあります。

書体名を決めるときも、使用想定から連想される雰囲気やワードが候補に挙がることが多く、ボルクロイドの場合は「アンドロイド」が組み込まれる形になりました。

こうして、ボルクロイドは書体の特徴である太さ・黒み、書体が与える幾何学的・硬質・力強さ・インパクトなどの印象、使用シーンなど総合的な書体のイメージから書体名が決められ、新書体としてリリースされました。

さまざまな書体名の決め方

まずはボルクロイドを例に「書体のイメージに合わせる」名前の決め方をご紹介しましたが、書体名の由来はそれだけとは限りません。

規則的な命名が多かった写植時代

まずは少し昔のお話から。写真植字(以下、写植)時代の書体は、書体の具体的な特徴や用途から、ある程度規則的に命名されることが多くありました。

写真植字:1960~1980年代の日本で主流となっていた、光学的に文字盤の文字を印画紙に焼き付ける印刷技法です。

例えば、現在も多くの方に愛用いただいている「ゴシックMB101」は、「見出しゴシック体MB101」という写植書体を元に作られた書体です。「MB101」部分、型番のような印象を受けませんか?
これは、コードのように各アルファベットや数字に対応した意味があり、書体の特徴や用途を表しています。

モリサワ独自のコードとして、「M」は見出し向けの太さであること、「B」はゴシック体であること、「101」は書体コードを表しています。つまり、この書体は「101というコードが割り当てられた見出し用ゴシック体」であることがアルファベット部分だけでもわかるようになっているんです!
書体分類を表すアルファベットは「A」は明朝体系、「B」ゴシック体系、「C」は筆書体系、「D」は丸ゴシック系、「E」は隷書系を表すコードとして書体につけられていました。

他にも、「秀英3号」・「秀英5号」は「秀英舎」が「3号」や「5号」という文字サイズにマッチするようにデザインしたかな書体を元にしており、ルーツや書体に関する具体的な情報をそのまま落とし込むようなネーミングです。

総合書体化されたAP版が2023年秋にリリースされました

このように、特に写植時代の書体はコードや具体的特徴・用途などに基づいて規則的に名前が決まっていた書体が多くありました。

書体の特徴がよく出ている文字を入れる

社内で新書体をリリースするまでの準備をしていると「この書体の魅せたい文字ってどれ?」という会話がよく聞こえてきます。
これはつまり、書体の特徴がよく出ていてアピールにぴったりな文字はどれ?ということです。
実は書体名を考える際も、この考え方は重要視されています。

書体紹介のための見本やPRでは、書体名をその書体で組む場合があります。
書体名に書体の特徴がよく出ている文字を入れることでユーザーの皆さんに魅力をアピールする機会が増えるため、積極的に取り入れているんです!

新書体の「アルデオ」も書体の特徴を意識して名前を決めた書体です。

アルデオは、平体気味のプロポーションに、水平垂直のラインを意識したコントラストのある線画が特徴の幾何学的なデザイン書体です。
書体の特徴である「ライン感」をアピールするために、「より直線的でシンプルなエレメントを持つカタカナを使う」「下のラインに沿って這うようなデザインを持つグリフを入れる」の2点を意識して、文字がピックアップされました。

下のラインに沿って這うようなデザインのカタカナ

特徴的なグリフを使ったキャッチーで明るい響きの名前を検討した結果、ラテン語で「輝く、熱望する」を意味するアルデオに決まりました。
どうでしょう?改めて見てみると、組んだ時に書体の特徴である「ライン感」がよくわかる書体名ではないでしょうか。

書体のコンセプトから

開発の際に決めた書体のコンセプトに由来を持つ書体名もあります。
2022年にリリースされた欧文スーパーファミリー、「Role」もその1つです。

Serif・Sans・Slab・Softの4つのスタイルと、Text(本文用)・Display(小見出し用)・Banner(大見出し用)の3つのサイズ別に最適化されたデザインのバリエーションを持ち、各スタイル最大9つのウエイトで展開される200書体を超えるファミリーです。

Roleはさまざまなジャンルと用途に合わせて展開するという構想のもと開発されていて、「誠実さ」と「安定感」をコアイメージとしながらも、各スタイルが固有の特徴・印象を持つようデザインされています。
書体名はそんなコンセプトから英語で「役割」という意味を持つ「Role」と名づけられました。

書体のコンセプトと合わせた名前にすることで、その書体のストーリーや説得力を高めることができます。

シリーズがわかるネーミング

2022年の「翠流アトラス」・「翠流ネオロマン」・「翠流デコロマン」を皮切りに、今年も「翠流ゆゆポップ」・「翠流きら星」がリリースされた「翠流シリーズ」は、台湾のArphic Typesの漢字にモリサワで制作したかな・英数字を組み合わせて共同開発を行っているシリーズ書体です。

翠流シリーズ

これらの書体は共同開発のシリーズであることがわかるように「翠流」が頭についています。
この「翠」は名称を検討していた当時、Arphic Typesの社屋の最寄り駅だった「江子翠Jiangzicui駅」から取られています。その後、発音のしやすさ、今後もさまざまなデザインのシリーズ書体につくことを考えてどの書体にも馴染むよう検討し「翠流」となりました。

2022年にリリースされた「タカ風太」を含む「タカ書体」は高原新一氏によってデザインされた書体として、「タカ」がシリーズの目印・屋号の役割を果たしています。

タカ書体

このように、デザインやコンセプトが異なるけれどつながりのある書体をシリーズとして認識してもらうために、書体名の頭に共通したワードを入れる場合もあります。


いくつかご紹介しましたが、ただ書体の名前を決めると言ってもさまざまな切り口で検討を行なっているんです!
もちろん1つの決め方のみにこだわるのではなく、「書体のイメージに合っている上に特徴がよく出る文字を含めた書体名」など、複数の発想を組み合わせてその書体にぴったりな名前をつけています。

規則的な命名が多かった写植時代と比べて、近年はユーザーの皆さんに覚えてもらいやすい、愛着がわくようなキャッチーな響きかつ、書体の特徴や世界観を伝えられる名前を目指して検討することが多いです。

書体名決定までの流れ

最後に、実際に書体名を決める際の流れを簡単にご紹介します!

案出し

まずはさまざまな切り口を意識しながら、タイプデザイナーや企画担当者などを中心にとにかくたくさんの案を出します。その数30個を超えることも!
あとから絞られていくため、最初は数の勝負です。

たくさん出た案の中から、名前を選抜し、時には開発チームの投票や議論で候補を絞ったり、しっくりこない場合は候補をさらに追加で考えることも。

最終決定までのいろいろ

書体名の最終決定には、名前がその書体に合っているかだけではなく、細かな検討事項もクリアする必要があります。
例えばモリサワでは書体名の文字数に社内ルールで上限を設けており、書体によってその制限にあった名前にする必要があります。また、製品としてリリースするものなので、もちろん商標調査も行います。

これらをクリアできてはじめて、書体名が決まります!

実は、たくさん考えた候補たちがチェックで全てNGとなってしまうこともしばしば…  案出しからやり直しになることも少なくないため、頭を抱える難しい部分です。

ユーザーの皆様に自信を持って書体を提供するために、さまざまなことを検討しながら、チェックを経て書体名が決まっていくのです。


最後までお読みいただきありがとうございました!
普段なかなかお話しすることのない、書体のネーミングに関する考え方・決め方をご紹介しました。
書体に限らず、世に出すもののネーミングってとても難しくてとても大切ですよね。この記事を読んで共感や新たな発見があれば嬉しいです。

記事中紹介したボルクロイドやアルデオなどの2023年新書体も含めて、いろいろな書体を使いながら名前にも注目してみてください!
ぜひ「スキ」もよろしくお願いします♡(担当:Y)