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リズム感を感じる書体選びで読む人の意識を引き留めるデザイン

2024年4月、原宿にオープンした商業施設・東急プラザ原宿「ハラカド」。施設の3階には、企業ブランディングや音楽関係のアートワーク、地域活性化プロジェクトなど、さまざまなジャンルのデザインを手がけるデザイン事務所れもんらいふが、オフィスを併設したクリエイターが集まる場所を構え、ファッショナブルな原宿の文化を継承し、新たな文化の創造に取り組んでいる。

今回ご紹介するのは、株式会社れもんらいふの代表で、2023年夏に公開された映画『アイスクリームフィーバー』の監督も務めるアートディレクターの千原徹也さん。デザインワークにおけるフォントへの向き合い方についてお話をお伺いしました。 


千原徹也さん

⚪️お話を聞いた人
千原徹也さん|株式会社れもんらいふ 代表/クリエイティブディレクター・映画監督
1975年京都府生まれ。広告(H&Mや、日清カップヌードル×ラフォーレ原宿他)企業ブランディング(ウンナナクール他)、CDジャケット(桑田佳祐 「がらくた」や、吉澤嘉代子他)、ドラマ制作、CM制作など、さまざまなジャンルのデザインを手掛ける。またプロデューサーとして「勝手にサザンDAY」主催、東京応援ロゴ「KISS,TOKYO」発起人、富士吉田市の活性化コミュニティ「喫茶檸檬」運営など、活動は多岐に渡る。そして、ついに長年の夢だった映画監督としての作品「アイスクリームフィーバー」が2023年7月に公開された。2024年春開業、原宿の商業施設 東急プラザ原宿「ハラカド」にれもんらいふを移転させ、新たなプロジェクトに取り組む。

原宿の文化を継承し、街をデザインする

れもんらいふのオフィス(ハラカド3F)

ー本日は、原宿の新スポット「ハラカド」の一区画に構えた「れもんらいふ」のデザイン事務所でお話を伺いますが、商業施設にこんなにもオープンなデザイン事務所があるって、とても不思議な感じがしますね。まずはその辺りの経緯なども含めて、千原さんが手がけられているデザインの話を聞かせていただけますか?

千原 原宿ってこれまで日本のポップ・カルチャーを牽引してきた街で、ファッションや音楽など、さまざまなジャンルの最先端を生み出してきた場所として、クリエイターにとってはとても大切な街だと思うんです。
関東大震災以降に建設され、ハイセンスなブティックやギャラリーが入居していた同潤会アパートが表参道ヒルズにかわり、原宿もどんどん大型の商業施設へと生まれ変わるにつれ、個人で活動してきたアーティストの活動する場が少なくなり、街の雰囲気がガラリと変わってしまう。

そこで、この場所に東急さんが「東急プラザ」を建てると決まった際、原宿のクリエイティブの会社が数社集まって、どんなビルになるのかヒアリングしようという会があったんです。まだその段階では、どんなビルになるのか具体的な内容が決まっていない段階で、新しくできる商業施設を、原宿らしい文化を継承する場にしていくために、どうあるべきか提案してほしいと、東急さん側からお話をいただきました。

ー なるほど。街が新しく生まれ変わる一方で、これまで築いてきた原宿の文化を大切にしようという動きがあったのですね。

千原 そうです。僕らが提案したのは、この場所の斜め向かいに、1990年代後半まで「原宿セントラルアパート」というのがあったのですが、そこには、タモリさんや糸井重里さんとかが事務所を構えていて、1階の喫茶レオンには、ファッションデザイナーとか、カメラマン、コピーライターなど、さまざまなクリエイターやアーティストが打ち合わせに来て原宿の新しい文化を生み出してきた場所でもあるんです。

そういった歴史を踏まえ、「ハラカド」も、クリエイターが常駐し、さまざまな文化を生み出すアパートのような場所にできたら良いのではないかと提案させていただきました。
そこでこのフロアに、誰でも自由に訪れることができ、ライブラリの本を見ながらアイディアを広げたり、ここで偶然出会う人同士のコラボレーションが生まれるほか、デザインについて気軽に相談できる場として、「れもんらいふ」の事務所を構えることにしました。

「ハラカド」内のれもんらいふオフィスの様子

ー 商業施設の中に事務所があることで、どんな新しい変化が生まれていますか?

千原 デザイン事務所ってなんだか敷居が高いイメージもあるように思うんです。何かお願いすることが決まっていないと、気軽に相談できないような……。その点、この事務所の斜向かいにはFMラジオ「J-WAVE」のスタジオがあって、ゲストで訪れたアーティストたちが、ふらりとこの場所に寄って立ち話したりするのですが、ふとした会話から新しいプロジェクトの種が生まれることもあります。

この場所を長期的に面白い場所にしていくためには、売上が立つテナントを入れること以外にも、さまざまな人が訪れ、そこで何か新しいことが同時進行的に生まれていくことも大切で、人と人の繋がりから生まれるクリエイティブな枝葉を広げ、新しい文化を作り上げていくために、ビジュアルデザイン以上の、総合的なデザインが必要だと感じています。
「ハラカド」のロゴにも、この場所が、人々の出会いの交差点となって新しい文化を生んでいくという意味を込めてデザインしています。

 

関わる全ての人の共通認識を図るフォントの役割

ー デザインは、プロジェクトに対する共通認識を図る一つの要素でもあると思うのですが、千原さんにとって、フォントが持つ役割についてどのように感じていらっしゃいますか?

千原 どのような書体を使っても、読むことはできますよね。フォントを選ぶことで読みやすい文章にするとか、文字間や行間を調整することで美しい文字組が生まれるということは、よく知られていることだと思います。
それ以上に僕の場合は、言葉と言葉の間に少し空間をいれることで、ここで読み手に一息入れてほしいとか、太い書体になっているから強いメッセージであるといった、読み手にどのように読んでほしい、伝わってほしいという、自分の心の奥底にある思いを伝える手法であると考えています。

ー なるほど。そういう意味で捉えると、千原さんが監督を務められた映画『アイスクリームフィーバー』では、書体をいちからデザインされたと伺っていますが、その辺りの具体的な話もお聞かせいただけますか?

フライヤー表/裏

千原 僕はデザイナーが地盤にあった上で映画監督を務めさせていただいたので、まずはこの映画の世界観をスタッフや出演者などと共有するために、英書体を使ってAからZまでのアルファベットや数字などで「アイスクリームフィーバー書体」というオリジナルのタイポグラフィを作成し、タイトルなどに使用しました。
加えて日本語の基本書体を4つ決めてポスターやチラシなどを作成したのですが、これらが『アイスクリームフィーバー』を体現する書体になっていったと感じています。

千原 映画制作の最終段階で、エンドロールを制作したのですが、その際には、エンドロールに登場する一人一人の顔を思い浮かべては、日本語の基本書体4つからどの書体がその人らしいかを思い浮かべながら書体を選んでいったんです。それが関わってくださった方への感謝の表れでもあって、作りながら泣きそうになった覚えがあります(笑)

エンドロール


「読む」行為を意識させる異なる書体の組み合わせ

これまでの作品は、このように一覧でまとめているそうです

ー 千原さんのこれまでの作品を拝見させていただくと、印象の異なる書体を組み合わせたロゴなどのアートワークが多いように感じるのですが、その辺りの書体の組み合わせの極意を教えていただけますか?

千原 文字のリズムというものを意識しているかと思います。子どもの頃、漫画をよく読んでいたのですが、漫画って漢字にゴシック、平仮名に明朝を用いていることが多くて(一般的に「アンチック体(アンチゴチ)」と呼ばれる)。そんなリズム感が潜在意識の中にあるんでしょうね。バラバラの書体がひとつにまとまっているのが心地よいというか。

川上 未映子さんの『りぼんにお願い』っていうエッセイの装丁や書籍内のデザインを担当させていただいたのですが、これも合成フォントで漢字と平仮名を全然違う書体で組み合わせていますね。

『りぼんにお願い』目次

ー 合成フォントを作る際の、千原さんなりのルールやセオリーはあるのでしょうか?

千原 なるべく性質の異なる書体を組み合わせることが多いかもしれません。漢字が太いゴシックで、平仮名は細い明朝を用いるとか。見るからにリズムがある感じが心地よいですね。あえて違和感があるけれど、どこかまとまっているような。読む時に違和感を感じるかもしれないけれど、文字を読むことを楽しんでほしいっていう思いがありますね。 

文字を読むって日常にある普通の作業だと思うんです。でもどこか違和感がある組み合わせにすることで、敢えて目を留め、惹きつけるというか。そこもデザインされているということを感じてほしいんです。
デザインされていることを意識させないっていうのも一つの正解だと思いますが、僕の場合はその逆で、この文字を選ぶ一つ一つの作業に意図があり、そこにデザインが加わっていることを意識づけたいという気持ちで書体を選んでいます。

桑田佳祐 がらくたライブ(2021.04)
  赤線:毎日新聞明朝
青線:秀英明朝
コイズミクロニクル(2017.05)

 ー 小泉今日子さんの35周年のシングルベスト『コイズミクロニクル』のジャケットデザインは太い明朝と細い明朝の組み合わせですし、桑田佳祐さんの『がらくたライブ』のアートワークでは、さらに一つ一つ特徴のある書体が多く組み合わされていますね。

千原 30年の「年」とか、茅ヶ崎の「茅」には勘亭流を使っているんですが、なかなかこのフォントって使われにくいフォントだと思うんです。
そういう日の目を浴びない書体をどう使うかみたいなところに面白さを感じているのかもしれませんね。でもこうしてバラバラの書体の中に入れてあげると、なぜか収まるというか。

書体見本|勘亭流
書体見本|毎日新聞明朝

ー デザイン作業自体も、とても楽しそうですね。リズム感に加えて書体選びの指針にしていることはなんでしょうか?

千原 時代を理解するということかと思います。作られる作品や商品がどの時代を背景にしているかを見極め、適切な書体を選んでいくということです。
僕の中の普遍の定義って、「時代の最先端」をいくことだと考えています。そういった意識を持ったデザインは、30年後、40年後になって見返しても、その時代を表現する普遍なものとして捉えられると思うんです。だからこそ、今の時代なら今のトレンドをしっかり把握しておくということも書体選びの大切なポイントなのではと感じています。

ー なるほど……!千原さんの書体への視点、大変参考になりました。ありがとうございました!