人気書体「A1明朝」の新ウエイト開発に迫る
みなさまにようやくお伝えできる日が来ました!
モリサワのフォントライブラリで一二を争うほどの人気書体「A1明朝」が、この度3ウエイト構成の “A1明朝ファミリー” として新たにリリースされます!
「A1明朝」といえば、某有名アニメーション映画のタイトルに使われている “あの書体” として認識されている方は多いのではないでしょうか。長年のファンも多く、そのノスタルジックなたたずまいからデジタルフォントとして今もたくさんご愛用いただいている書体です。
今回はそんなA1明朝をもっと好きになってもらうために、書体の歴史からAP化・新ウエイト開発の裏側まで語り尽くします。
「A1明朝」の特徴
まずはA1明朝を初めて知った方のためにも、書体の特徴をおさらいしていきます。
A1明朝は、オールドスタイルの明朝体に分類されます。どこか整いすぎていない、ゆったりとしたカーブの漢字と流麗なかなの絶妙なバランスで、独特の味わいを持った書体です。
「オールドスタイル」の書体は、ふところが狭く、文字ごとのサイズや幅でより自然な筆書きに近い骨格を持っています。「モダンスタイル」の明朝体の「黎ミン」と比較してみると形も印象もガラッと変わりますね。
そして、A1明朝のデザインといえば、なんといってもこの “墨だまり” です。
他の明朝体にはあまりない処理として、先端や交差部分に角が丸くなったようなアールが施されているのが大きな特徴です。これによって、やわらかな印象と自然な温かみを感じさせる書体に仕上がっています。
この墨だまり、もともとは温かみを演出するための装飾ではなく、とある理由でこの形になっていたのを “再現” しているんです。その由来は60年前まで遡ります。
これまでのあゆみ
A1明朝が今の形に至った経緯は、印刷業界の歴史と深く関係しています。
1960年 写植用書体「太明朝体A1」リリース
A1明朝の元となる書体は、現在主な印刷技法となっているDTP以前、1960~1980年代の日本で主流となっていた「写真植字(以下、写植)」の時代に生まれました。写真植字機は、原字が映されたネガのガラス板(文字盤)の文字を光学的に印画紙に焼き付ける “写真で文字を組む機械” でした。
その写植用の書体として生まれ、A1明朝の前身となったのが「太明朝体A1」です。
そして、墨だまりの正体はまさにこの写植による印刷の特性にあります!
「太明朝体A1」は原図ではよりシャープなアウトラインですが、文字を光学的に印画紙に焼き付ける写植の特性により、印刷された見本では文字の交差部分ににじんだようなアール(角の丸み)がついています。
交差部分の丸みが写植の特性であるということは、「太明朝体A1以外にも写植で印刷された書体は墨だまりができていたのでは?」と思うかもしれません。もちろん他の書体でもこのような仕上がりのものはありましたが、一方で墨だまりの発生を避けるための “隅とり” の処理が施される書体もありました。
写植による印字では、レンズで拡大縮小して文字サイズを決めるだけでなく、レンズの角度調整によって長体や平体、斜体といった光学的にゆがめた像をつくる書体の加工が行われていました。また、写真のピンぼけを利用した “ボケ印字” や、レンズに紗をかけて文字のエッジを甘くしたりする細工も行なわれていました。
こういった写植由来のアナログな書体の加工のアイデアが、デジタルフォント化の際に原字デザインをそのままフォントにするのではなく、墨だまりも含めてA1明朝のデザインとして採用されるきっかけになったのかもしれません。
写植と太明朝体A1については、「A1ゴシック」の記事の『「A1」という名のDNA』でも触れているので、こちらもあわせて読んでみてください。
2005年 「A1明朝」としてデジタルフォント化
そして、2005年には「A1明朝」としてデジタルフォントがリリースされます。可読性を担保しつつ、柔らかな書体の雰囲気をより活かすために墨だまりを残し、柔らかく目に優しい文字組版を目指しました。
また、このタイミングで字形の修正のほか、かなは一回り大きくして潰れが起きそうな箇所を改善、漢字も偏と旁が極端にアンバランスなものが修正されました。これらは太明朝体A1に当時寄せられていたお客様の声から修正方針が決められました。
当時のお客様の声の中には「ちょっと太らせると、柔らかい良い感じになる」というコメントもありました。以降もA1明朝の太いウエイトを望む声はたびたび聞かれるようになり、ウエイト拡張のプロジェクトは密かに進んでいったのでした。
2023年 新書体「A1明朝(AP版) R/M/B」リリース
今回リリースされる「A1明朝」改め「A1明朝(AP版)」で新しくなった点を見ていきましょう。
1. ウエイト拡張
これまで単一ウエイトで提供されていた太さを「R」とし、新たに「M」と、さらに太い「B」が追加されました。
M、Bは墨だまりのにじんだ感じが目立ち、より温かみのあるデザインになっています。チラシやバナーでリッチさを出したいときや、より印象を強めたい場面でもご活用いただけそうです。
ちなみに、2005年リリースの「A-OTF A1明朝 Std」はウエイト表記が「Bold」になっているのに対し、2023年リリースの「R」が従来のA1明朝相当なのでご注意ください。
2. AP化
書体名にも「(AP版)」とあるように、和文・欧文ペアカーニングと最新のIVSに対応した AP版書体としてのリリースになります。
A1明朝以外の書体も、2023年の新書体リリースでメニュー名に「A-OTF」がつく書体は全てこのAP版が揃ったことになります! アプリケーション上でペアカーニングの値を適用して使うことで、より美しい組版が実現できます。(※「A-OTF~」から始まるフォントと、「A P-OTF~」から始まるフォントに互換性はありませんのでご注意ください。)
AP版書体の仕様についてはサポートページにてご案内していますので、この機会にぜひチェックしてみてください。
3. 欧文・記号デザインの刷新
AP版リリースの際に一部書体はデザインの調整や変更が行われており、A1明朝(AP版)で大きく変わったところとして、欧文・記号のデザインが新規で制作されました。
16世紀のフランスにルーツをもつローマン体に着想を得たクラシカルな骨格を持ち、オールドスタイルの明朝体に合わせたデザインにリニューアルされました。AP化にともなってスペーシングも調整されています。「和欧混植する際に欧文書体は別のフォントを使っていた」という方も、A1明朝の新しい欧文デザイン、一度試し打ちしてみてください。
新ウエイト開発の裏側
さらに詳しく制作舞台裏を語っていただくべく、A1明朝(AP版)の開発に関わったデザイナーを突撃しました!
デザイナーインタビュー
ー まずは、3人の分担について教えてください。
原野:既存のA1明朝のデータからウエイト拡張をしたのですが、私がMとBのウエイトの太さを決めました。主な担当範囲については、私がかな、小田さんに漢字の拡張をご担当いただきました。
池田:墨だまりがついていないアウトラインからの拡張だったので、私の方では太めたデータをお二人から引き継いで、小田さんにもご相談しながら墨だまりの加工をしていきました。
ー ありがとうございます。さっそくなのですが、原野さんのプロフィールの好きなフォントに「A1明朝」の記載があり、ぜひどんなところが好きかお聞かせください!
原野:そう言われるとうまくお伝えできるか自信がないのですが(笑)、個人的には静かだけど凛とした雰囲気があって、使われているときに主張しすぎずデザインの中になじむ、澄んだ空気のような透き通った感じのある書体だと思っています。大学時代はグラフィックデザインを専攻していたのですが、学生の頃から好きな書体で自分の作品にも使っていたので、モリサワに入社しようと思ったきっかけでもありますね。当時そういう雰囲気の書体を他に知らなかったのでいい書体だなと思っていました。
ー 当時からウエイト展開があったらいいと思うことはありましたか?
原野:そうですね、もう少しウエイトの幅があったらいいのになと思っていました。
ー 原野さんも待望のファミリー化が今回実現したということですね! ちなみに、ウエイトはどのように決めていったのでしょうか?
原野:ウエイトを決めたのは数年前になるのですが、当時のチームのメンバーにアドバイスもいただきながらリュウミンを参考にして、今のR・M・Bの太さになりました。ウエイトのジャンプ率としてはMはもう少し太くてもよかったかなと思う一方、A1明朝は静かなグラフィックや、堅実さを持たせながらも印象的な場面でさりげなく使われる書体だと感じているので、RとMは微妙な変化かもしれないですが、Mは「Rがもうちょっとだけ太かったらよかったのに」という場面に対応できるかもしれません。
原野:自分でA1明朝を使っていた時ももうちょっと太ければな……と思う場面がありました。そんなかゆいところに手が届く、ユーザーさんの「これくらいの太さがほしい」みたいなところにうまくはまればいいな、と思います。
ー ご自身の経験から、まさに使い手目線で決めていったということですね。
ウエイト拡張以外だと、今回のAP化にあたってどんな調整があったのでしょうか?
小田:既存のウエイトのRでは、私の方で漢字の横画の位置が悪いものや、はらいが跳ね上げたような形のものをよりA1明朝として相応しいデザインに修正しています。とはいえ、長年ご好評いただいている書体ですから、今回は改刻というよりは既存のデザインをなるべく尊重して微調整したというイメージです。2005年の写植の原図をデジタル化した時にもっと多くの修正がありましたね。
小田:微調整してもなお他の明朝体に比べるとアンバランスさがある書体なので、墨だまりがないとちょっと出来の悪い明朝体になってしまうけど、これが文字を邪魔せずついていることですごく味のある書体になっていると思います。墨だまりは役者で言ったら名脇役!
ー なるほど! そんな墨だまりは、どのように加工されていったのでしょうか?
池田:編集ツールである程度自動で角を丸くするようアールをつけていますが、墨だまりが大きすぎる・小さすぎるところや、距離が近すぎるところがないかチームで1文字ずつ目視で確認して調整しています。
ー 欧文のデザインも一新してより雰囲気のあるデザインになりましたね。こちらはどのように採用に至ったのでしょうか?
池田:新規で制作された欧文は16世紀のローマン体をリファレンスにしていて、スタイルとしてはまだ完成されていない、でもそれが味となるような書体なので、そういった背景からもA1明朝の和文と親和性が高いのではないかというところからこのデザインが採用されました。
池田:ベースとなる書体は欧文制作チームより引き継ぎ、その時点で墨だまりはついていなかったのですが、和文に合わせて墨だまりをつけたデザインになっています。また、欧文の方がシャープな印象なので、和欧混植したときに同じくらいに見えるようにアールは和文よりも若干大きくつけています。
小田:墨だまりは、かな・漢字・記号を一つの書体として繋がって見せる役割も担っていると思いますね。
ー 小田さんが写植の「太明朝体A1」から今回のファミリー化までの変遷を振り返って、この書体はどのように見えているのでしょうか?
小田:デジタル化当時、私は墨だまりの方針には関わっていませんが、写植の書体はそこまで墨だまりがついていないのをレトロな表現として墨だまりをよりわかりやすくつけるというのは良い選択だったのではないかと思います。ファミリー化については、実はデジタル化する2005年時点ですでに提案をしていて構想としては前からあったけど、私としては一番いい時期にファミリー展開をリリースできたと思ってますよ。原野さんはちょっと遅いんじゃないかって言ってたけど(笑)。
ー やはり写植の時代の印刷物に馴染みがある人からすると、墨だまりは懐かしさを感じさせる要素になっているんですね。
小田:やっぱりこの書体は墨だまりがいいですね。大きさも絶妙。私は昭和の人間なのでA1明朝は昭和レトロな書体だと思ってます(笑)。でも、古くは見えない。洗練されてもいるし、ほっとするような暖かさもあるし……
だから多くの人に愛されている書体になっているのかな、と思います。
ー アナログな感じが新しい世代にも支持されている今日この頃、A1明朝の更なるリバイバルの風を期待したいですね。小田さん、原野さん、池田さん、ありがとうございました!
あとがき
今回はファミリー化・AP版のリリースを記念して、「A1明朝」について深掘りしました。
デジタル化の際にあえて墨だまりをつけるというのは、写植の原図に施された隅とりとは全く逆の発想ですが、その墨だまりを逆手に取ってデザインの一部としたフォントがあるというのは筆者的 “フォント沼” ポイントでした。
A1明朝は共通のコンセプトを持つゴシック体「A1ゴシック」の記事でも紹介しています。こちらも合わせて読めば、あなたもA1マスター!
太明朝体A1の紹介で取り上げた写真植字については、こちらのページでも詳しく語られています。
最後までお読みいただきありがとうございました! よかったら「スキ」お願いします。(担当:H)