漫画家 沖田×華先生 特別講演会「やらかしたっていいじゃん」
今回はフォント沼なお話ではなく、モリサワが取り組んでいる活動についてお伝えします。
モリサワは「文字を通じて社会に貢献する」という経営理念に基づき、「文字の視点」から性別、年齢、国籍、障害などの個性差を受け入れ、尊重される共生社会の実現、ダイバーシティの推進に取り組んでいます。
この活動の一環として、LD、ADHD、識字障害といった目に見えない障害と向き合いながら、自身の経験を赤裸々に公表し続ける漫画家の沖田×華先生、株式会社ぶんか社 第一編集部 編集長の花澤亜希子氏をお招きし、「障害への理解」をテーマに特別講演会を行いました。幼少期から現在に至るまで、乗り越えてきた苦労や、今でも苦手なことなどお話しいただきながら、モリサワフォントに抱いた印象やウエイトの違いで変化する見やすさについても伺いました。
日常で感じる困難と対処法。読者に伝えたいこと。
― 沖田先生が診断を受けた障害は、いわゆる「発達障害」と呼ばれ、生まれつきの脳の働き方の違いにより、さまざまな特性があるそうですが、例えばどんな特性をお持ちなのでしょうか。
沖田×華先生(以下、沖田):学習障害(LD)の一つである識字障害(ディスレクシア)という字の読み書きが難しい特性があったりします。小学校の時から、書取りの練習を毎日させられても全く字がうまくならず。毎日のように親に怒られていました。今でも、漫画の原稿で、ちょっと難しい漢字は書けないので、アシスタントさんに書いてもらったりします。
花澤亜希子氏(以下、花澤):ネームでは漢字の間違いが多いですね。平仮名で書かれているところを漢字に直すといった修正もすることがあります。
― ご自身の生活でご苦労されていることはありますか?
沖田:締め切りはきちんと守っているつもりですが、打合わせの日をよく間違えてしまいます。実はこの講演会の打合わせも忘れていました(笑)。時間もよく間違えるので、ごまかせるように1時間前に着くようにしています。それから、初めて行く場所は、前日に周辺まで来て下見をしています。当日に迷って時間に遅れそうになると、パニックになってしまうので。知らないことがあるととても不安になるので、前もって情報を入れておかないとダメなんです。
漫画も、以前はページ数が急に増えたりするとパニックになっていました。当時は通常4〜6ページの連載をしていたんですが、突然違う出版社が「じゃあ今回16ページで」と言ってくる。すると「どうして私をこんなに困らせるの!?私のことをいじめているんだ!」と決めつけてしまって。その度に、同じく漫画家の夫が「それはお前の作品が面白いから仕事をくれているんだよ」と諭してくれたり。
― 予期していないことがあるとパニックになってしまうんですね。また、容貌失認という障害があると、漫画で拝見しました。
沖田:はい、そうです。他人のことは主に声で認識しています。冬は特に大変ですね。黒いダウンジャケットに帽子と、似たような恰好をしている人が多いので、夫婦でスーパーに行ってもちょっと離れると夫が分からなくなってしまうんです。最近も、夫と間違えて知らないおじいちゃんのカゴに卵を入れてしまいました(笑)
― 沖田先生を一番身近でみている花澤さんは、沖田先生のこうした特性をどう感じていらっしゃいますか?
花澤:初めてお会いした時は、「本当に障害があるのかな?」という印象でした。ところがある日、3〜4人で取材をしていた時、会話をしていてもうわの空だったんです。その後上がってきた原稿も、内容が全然違っていました。そこで3人以上になると会話が苦手なんだな、と気がつきましたね。
あとは、連絡事項が複数ある場合は、必ず一つずつ伝えるようにしています。お互い抜けがなく、伝わりやすいので。それから、電話での雑談中には、なるべくお願いごとをしないようにしています。代わりに、LINEやメールで文字に残していますね。
魅力的なところもたくさんあります。行動的だし、アイデアもどんどん出してくれます。本当に太陽みたいな方です。
― 作品の中で、たくさんの過去の出来事が細部まで描かれていますし、「頭の中に記憶の引き出しがある」というお話もありました。
沖田:はい。現在、5作品くらい連載があるんですが、漫画のジャンルによって、記憶のあり方が違うんです。
例えば「やらかしシリーズ」の場合は、小さい頃の記憶を使っています。どうして昔の細かい記憶があるかというと、子どもの頃、自分が見た面白い話をすると友達と楽しく会話ができるということに気づいたんです。それが自分の家族の話で、うちの親の恥ずかしいことを全部記憶するようにしていました。いわゆる映像記憶というもので、今でもその時のことは、天気や服装まで、昨日のことのように思い出せます。一方で、毎日のようにやらかしているエピソードはすぐ忘れちゃうので、その場ですぐに絵にしたり、Twitterに投稿したりして、それを思い返しながら原稿にしています。
『お別れホスピタル』(小学館)は部屋のようなイメージです。ドアをノックして開けたら、これからネームにする患者さんのデータが、クローゼットみたいにブワッと並んでいます。
例えば、80歳の患者さんの50歳当時の話を取り上げようと思ったら、その人の人型の束を一つ取るんです。その人型は80枚の紙が重なっていて、その束の50枚目の紙をちぎって漫画に描いている感じですね。その部屋にはファックスもあって、友達から聞いたエピソードなどが送られてきています。
『透明なゆりかご』(講談社)は、ドアを開けたら海ですね。延々と続く潮干狩りをしているイメージです。「すくったら泥!またすくっても泥!ネタが無い!」みたいな。これは本当に大変です。
― 看護師をされていたご経験があるということですが、その際にご自身の特性で困った点などはありましたか?
沖田:私は高校を卒業してすぐ准看護師の免許を取って、4年間くらい小児科に勤めていました。仕事自体は楽しかったんですが、学生時代と比べると、社会に出てからの学習障害の特性の出方がまったく違っていましたね。
職場では、それぞれの人間関係をきちんと把握していないと仕事に支障が出るんです。ところが就職した時には、私はそれを理解していませんでした。例えば、同僚の陰口をそのまま本人に伝えて、病院の人間関係を悪化させてしまったりとか。あと掃除中に、衝動的に落書きをしたくなって、使っていたハイターで壁に自分の名前を書いてしまったり。院長夫人に「どうしてこんなことやったの!」と怒られました。でも理由がないから答えられなくて。わざと困らせていると勘違いされて、嫌がらせをされるようになったんです。
そうして結果的に看護師を辞めることになりました。仕事も職場もとても好きだったので、それさえなければ看護師を辞めていなかったと思います。
― 人の気持ちを理解しにくいということで、日々何か工夫していることはありますか?
沖田:夫と暮らして17年目になるんですが、一緒に住んで最初の10年くらいはずっと喧嘩していたんです。ですが、11年目からは、夫の性格を受け入れられるようになりました。
夫は相談をしてくることが多いんですが、例えば「仕事を辞めようと思っている」「辞めたらいいんじゃない」みたいな話し合いをした次の日に、「やっぱり続けようと思う」と言い出したりするんです。そうすると私は途端にブチ切れてしまうんですよね。「昨日の話し合いはなんだったのー!」って。相談に乗った相手の意見が変わってしまうと、それを聞いてきた自分の時間が無駄になると思っていたんです。
でも、段々と、そういう愚痴を言える人が私しかいないってことに気がつきました。なので、話を聞こうとするポーズを習得しましたね。自分に関係ない話とは思いつつも、きちんと合いの手を入れられるようになりました。そうすると、不思議と喧嘩しなくなるんですよね。
― 作中で「対人マニュアル」を作ったエピソードがありましたが、どういった内容ですか?
沖田:私は、一緒に仕事をしている人との関係性を間違えて、友達の延長みたいに思ってしまったりすることがあるんです。例えば、原稿に直しが入って、その時に忙しい状況だと、途端にムカッときてしまう時があって。「なんでこんな忙しい時に、こんな面倒臭いこと言ってくるんだ!」みたいな。「私が嫌いだからこういうことをするんだ」っていう被害妄想に入ってしまいがちなんです。
そこで、「編集は友達じゃありません」とか「私のことが嫌いだけど、イヤイヤ付き合ってくれているんだ」とか、あえて強い言葉を書き、インプットするようにしたんです。そうすると、修正が入った時も「私のことが嫌いなのにわざわざ言ってくれたということは、これは本当にやらなくちゃいけない仕事なんだな」と思えるようになったりして。
昔、花澤さんが異動するかもって話になった時に、「私もついていきます!それがたとえ小説でもファッション誌でも!」って大騒ぎしてしまいました。マニュアルを作る以前は、そうやって、担当さんに迷惑をかけることが度々あったんですよね……花澤さんが辞めちゃったら今でも泣きますけどね(笑)
花澤:(笑)でもやっぱり、線引きはしっかりされている先生だと思いますね。おしゃべりしていても、仕事の話になると顔つきが変わるというか。そういうところは、やっぱりプロだなと思います。
―「やらかしシリーズ」で読者にどんなことを伝えたいですか?
沖田:発達障害への認知というものが昔に比べてすごく広まっていますよね。たまに、知人から「自分の子どもが発達障害だけどどうしたらいい?」という相談を受けることもあるんですが、対処の方法は一概には言えないんです。本当に十人十色なので。だから、答えられないんですが、あまり悲観的にならないでいいですよ、と伝えたいです。当事者って意外と悲観的に思ってないんですよ。親の方が不安になったり可哀想と思ったりする。
そのきっかけや参考として、この本が読まれていったら嬉しいですね。
識字障害と文字。モリサワフォントはどう見える?
様々なフォントをご覧いただき、ウエイトの違いで変化する見やすさや、「A1ゴシック」や「竹」など、先生がそれぞれのフォントに抱いた印象についてご紹介します。
― 識字障害をお持ちの方は、線の強弱やはね、はらいがあると文字を見間違えてしまうという特性があるそうです。そこで、縦線が太く、横線が細く作られている明朝体(黎ミン)を使って、漫画の中でも取り上げられた「嬢」の漢字を用意いたしました。一番見やすいのはどれですか?
沖田:L、R、Mは読めますね。中でもRとMは、書けと言われればぎりぎりですが模写できます。Bからは難しいですね……。字が太いと線同士がくっつきだして、形がボワっとして、横線が何本かわかりません。4本にも見えるし、5本にも見えるんです。書くのは自信がないかな。
学生の頃、電子辞書でどんなに拡大しても、明朝体だったらその字を書くことができませんでした。顔くらいに拡大して、一本ずつ線の数を数えても、その数を記憶できなかったり。でもある日、夫がボールペンで書いた字をスッと読めたことがあって。たぶんボールペンは線の太さや強弱がないので、問題なく読めたんですよね。字の形がいろいろあるということを、そこで初めて意識しました。
― 続いて、フォントにどのような印象を持つか教えてください。いくつかのフォントで「×華のやらかし日記」というテキストを用意しました。
沖田:字を見るとき、面白いかどうかという基準で見てしまうのですが、そう考えると……
ぺんぱる
これは面白いですね。「し」が「く」みたいに見えます。こういう「し」でもいいんだって思いました。たまに私が書く字に似ています。
竹
これが一番好きですね。
(テキストが書いてある紙を振りながら)文字がカチャカチャ動いて見えます。なんだか音付きで見えてしまうんですよね。線が針金で作られたように、おもちゃっぽく見えますね。そのせいもあってか、なぜか銀色にも見えます。
TB古印体
怖いですね(笑)
すずむし
読めるけど書けません。「華」は、線が何本かまったくわからないです。
勘亭流
拍子木みたいな木の音が聞こえます。「竹」もそうですが、たまに音付きのものがありますね。
プリティー桃
スナックっぽくていいですよね。桃って書いてあるからか、ピンクっぽく見えます。
陽炎
「か」「し」がわかりづらいですね。平仮名はやっぱり、書体によってわかりづらいですね。
― 以前打ち合わせでお伺いした時は、「A1ゴシック」が読みやすいとおっしゃっていましたね。
沖田:そうですね、見やすいし書きやすい。私、横線が多い字をどんどん大きく書いてしまう傾向があるんですが、「A1ゴシック」だったらたぶん、同じスペースで書けそうです。線の強弱がポイントだと思います。
― 文字を見て色や音を感じると言うのは面白いですね。
沖田:以前テレビで見たんですが、発達障害の学生の中には、参考書に色が多いと見づらくて使えないという人がいるそうです。シンプルで白黒なものじゃないと勉強しづらいと言うケースもあるみたいですよ。
― 識字障害を抱え、今までどのようなご苦労がありましたか?
沖田:小学校6年生までは、文章のまとまりが書けませんでした。なのになぜか「ペンパル部」(文通する部活)に入ってしまって、苦労しましたね。「あ」「ぬ」「ん」「ね」が極端に書けなかったので、親に何回も練習させられていたんですけど、全然書けるようにならなくて。最終的に友達に「50円あげるから手紙書いて」ってお願いするようになったんです。そうしたらとても気持ちが楽になりました。
親や教師からは、「真面目に努力すればできるようになる」としか教わってこなかったんですが、無理だったので、できないことは誰かにやってもらえばいいやって思うようになりました。結局相手の親にバレて注意されちゃうんですけど(笑)
― 識字障害の認知度が上がってきたと思いますが、沖田先生はどうお考えでしょうか?
沖田:識字障害って一つじゃないということがわかりました。文字が一部反転して見えたり、文字が水彩画のように滲んで見えてしまったり、人によっていろんな見え方があるらしくて。
あるテレビの特集で、実際に識字障害の人が見ている文字の見え方(震えていたり、一文字だけどこかに飛んで行ってしまったり)をPCで再現した映像を見たことがありました。その時、「ああ!私も同じ見え方だ!」と思いました。学生の時って、文字がどう見えづらいのかを言葉にできないんですよね。それで本当に苦労するし、読むことを諦めてしまう。他人から、怠けているとか真面目に勉強していないと言われることもあると思います。
でも今は、個人個人にあった教え方にどんどん変わってきているらしいです。きっとこれからも、認知や向き合い方がもっと変わっていくんじゃないかな。
発達障害を理解して、特性を前向きに捉える。
― 先生の漫画で、「これは自分の特性だから仕方ないか」と、状況や人の気持ちなどを受け入れるシーンがありますよね。「もっと自分のことを理解してほしい!」と腹を立てることはないのでしょうか?
沖田:理解してほしいというよりは、どうやったら怒られないで済むのかということしか考えていませんでした。私は困っていないのに、自分以外の人が困っている状況ばかりだったから、自分が悪いんだと思っていました。自分が悪いと強く思っていたので、周囲に腹を立てることはなかったですね。子供の時って、自分が何に困っているかわかっていないんですよね。だから親や周囲の大人も、広く意見を聞いて、発達障害に対する理解を深めた方がいいのかなと思います。
― 最後に同じように目に見えない障害を抱えている方にアドバイスをお願いします。
沖田:モリサワさんに出会って、ものすごく膨大な数の字の形があることに驚いたと同時に、文字って残るものなんだ、ということがとてもよくわかりました。
もし、障害を抱えていることで、例えば今、文字の読み書きが苦手だったとしても、「この文字って面白いな」と興味を持つことがとても大事だと思うんです。字を書くことが嫌だと嘆くのではなく、この文字の形面白いな、真似したいな、と思いながら、遊びの延長みたいに感じることも大切なのかなと思います。
そうやって、書ける・書けない、読める・読めない、それ以外のところで文字に対する関心を持って欲しいと思います。
一口に発達障害と言っても、困難さを抱えるシーンは本当にさまざま。自身の特性を前向きにとらえ、のびのびと生きようとする沖田×華さん。そして、先生の特性を理解し的確にサポートする花澤さん。どんな困難を抱えている人も心地よく過ごしていけるような、共生社会の実現に向けたヒントがたくさん詰まった講演会となりました。
モリサワは、多くの人が障害への理解を深め、一人ひとりが自分らしく生きていける共生社会の実現を目指して、これからも文字を通じた社会貢献に取り組んでまいります。
沖田×華 公式Twitter @xoxookita
*2022年7月13日 記事内の画像を一部修正しました。