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【イベントレポート】FONT COLLEGE vol.5[オンライン]〜文字からつくる世界観〜

モリサワでは、MORISAWA PASSPORTユーザ様限定公開の講座「FONT COLLEGE」を不定期開催しています。

9月30日(水)、note株式会社が運営するイベントスペース「note place」(渋谷区神宮前)にてオンラインでの開催となったvol.5では、ゲスト講師にブックデザイナーの佐藤亜沙美さん、モデレーターにフリーの編集者である武田俊さんをお招きし、ブックデザインにおけるフォントの機能やブックデザイナーというお仕事の魅力について、たっぷり語っていただきました。

ブックデザイナーになるまで

モデレーターの武田さんは、WEBを中心に、多くの企業とメディアを立ち上げ、現在はまちづくりの現場に携わったり、ラジオパーソナリティもこなす編集者。マルチに活躍する武田さんですが、いろいろなメディアの中で一番好きなのは、実は「本」だと言います。

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モデレーターの武田俊さん。本好きの視点から佐藤さんのデザインメソッドを探ります。

ゲストの佐藤さんは売れっ子ブックデザイナー。86年ぶりのリニューアルで話題となった『文藝』(河出書房新社)のアートディレクションなど、様々な書籍のデザインを手掛けてきました。まずは、そんな佐藤さんのキャリアを紐解いていきます。

いきなり、佐藤さんから「武田さんは明朝体とゴシック体、どちらが好きですか?」という質問が飛び出します。武田さんは明朝体と答えますが、佐藤さんとしては「ゴシック体のイメージ」。佐藤さんは、「フォントがその人のキャラクターを表す」という考えを持っているそうです。ちなみに明朝体はシリアスで身体的、ゴシックはフラットでカジュアルなんだとか。

そもそも佐藤さんがブックデザイナーになったきっかけは、何よりも本が好きだったこと。

美術系の専門学校を卒業後、まず広告デザインの会社に就職して現場に携わります。しかし、どうもマスを相手にデザインを伝える仕事にしっくりこない。そこから、「自分が何をつくりたいのか?」と問ううちに「本そのものの魅力」に気づきます。足しげく書店に通い、本の奥付に記された、鈴木成一さんや池田進吾さん、祖父江慎さんといった装丁家・デザイナーのクレジットを発見し、「ブックデザイナー」という職業を意識するようになりました。

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当日、ご自身が手掛けた書籍をたくさんお持ちいただいた佐藤亜沙美さん。

21歳で転職を決意し、出版社のインハウスのデザイナーへ。自分で責任を持って一つの仕事を全うする経験を重ねます。その時期も毎日のように書店に通いながら、特に祖父江慎さんの仕事に心酔。祖父江さんの出演するイベントなどに通い詰めて顔を覚えてもらい、ついに、祖父江さんの事務所であるコズフィシュへの移籍が叶ったそうです。

祖父江さんの仕事では、恩田陸『ユージニア』 (角川文庫) や京極夏彦『どすこい(仮)』(集英社)、酒井駒子『金曜日の砂糖ちゃん』(偕成社)などに影響を受けましたが、最もシビれたというのは「文字組み」。文字組みは、いわば本の骨格です。いかに奇抜なデザインの本でも、読者に不親切にならないようリーダビリティ(可読性)を失わない必要があります。

佐藤さんによると、文字組みにも“粋と野暮”があります。それはセンスや直感がものを言う暗黙知の集合体。武田さんも、本を読んでいて「この文字組み美しいな」と感じることはあれど、その美しさが何に由来するかはっきり掴めないと言います。そうした伝えづらい本質的な部分を言語化して教えてもらえたのが、何より貴重な体験だったそうです。

佐藤さんがコズフィシュで特に印象に残っているのは、『岡本太郎爆発大全』(河出書房新社)。大好きな岡本太郎の仕事をするために、なんと太郎のお墓参りにまで行き、「どうしてもやりたい!」という熱い想いを祖父江さんに伝え、無事にゲットできたと言います。

男性が多い業界なので、若手の女性であることを意識し、祖父江さんにお願いして単独の仕事を増やすように戦略を練ります。それが功を奏し、佐藤さん個人への仕事の発注が増えてきたことをきっかけに、2014年に独立してサトウサンカイを設立。現在6年目、一人で事務所を切り盛りしているそうです。

ブックデザイナーは文字を「にじませ」てきた!

次の話題は、「ブックデザイナー」という仕事の具体的な内容へ。佐藤さんはブックデザインについて、装丁家とも言うし、線引きは難しいとしながらも、基本的には「一冊の本を通してその人が作業をすること」だと定義します。

そこで武田さんは雑誌を例に挙げます。武田さんの経験からすると、雑誌はチーム。編集長やアートディレクターがいて、その下に編集部員、そして外部のライターやフォトグラファー、イラストレーターがいるという構造です。一方で、「書籍は一人のデザイナーの身体性が大きく反映される」と佐藤さんは語ります。関わる人数が少ないからこそ、それぞれの手癖が強く出るので気が抜けないのです。

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佐藤さんの仕事の流れは、まず編集者や著者からオファーが来て、次に送られてくる作品の棒ゲラを「自分が一番最初の読者」という気持ちで読み、デザインのイメージを膨らませるそうです。ブックデザインは「感想文のようなものかもしれない」と佐藤さんは言います。その際に浮かんだイメージの鮮度を大切に、造本プランを提出して、ディスカッションを重ねていきます。

書籍にはカバー、表紙、帯など様々なデザイン要素がありますが、書体に関して言えば、佐藤さんは初めにノンブルの書体を決めるそうです。なぜなら数字には、英語のものも含めて何万書体もあるから。ノンブルを決めることで、その本のキャラクターが付けやすくなります。

佐藤さんがブックデザインで楽しいのは、「どこがこの本の遊びどころか」を考えている時。あれもこれもとアイデアを盛り込みすぎていた若い頃と違い、今は「ここだけは譲れないポイント」を絞って決め、値段や部数といった制約の中で遊び切る。そうすることで、「書籍が生命力を持つ」そうです。

特に、佐藤さんがモリサワの中で好きな書体は「秀英にじみ明朝」。もともと佐藤さんは、文字の「にじみ」をつくるために大変な作業をしてきました。かつて活版印刷の時代は、文字が自然と紙ににじんでいました。しかし現在は印刷技術が進化し、文字がほとんどにじまないようになっています。そうすると、白と黒のコントラストがはっきりついた、フラットな紙面になってしまう。それをあえてにじませることで、文字に味わいが生まれ、紙に引っかかって定着するようになるのです。

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秀英にじみ明朝。佐藤さんが苦労した「にじませ」を代役してくれる優れもの。

「秀英にじみ明朝」が世に出るまで、佐藤さんは原稿をコピー機で縮小し、さらにそれを拡大コピーするという非常にアナログな手法を繰り返すことで、その「にじみ」を表現していました。だから今はこのフォントができて助かっていると笑います。

一冊の本が出来上がるまで

ここからは佐藤さんの用意したスライドで、ブックデザイナーという仕事を解剖していきます。飛び出てきたのは「書体をどうキャラクターづけしているか」を表すマトリクス。

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上は読みやすい「可読性」。下はポップさや遊びをイメージさせる「デザイン・装丁」。左は活版時代の流れを汲んだ、枠内の文字が小さく余白が大きい「オールドスタイル」。右は現代的な、枠内の文字が大きく余白が小さい「ニュースタイル」。

こんなマップを念頭に、文字を選択していきます。大切なのは、イラストは柔らくするけれども書体は緊張感を持たせる、といったメリハリづけ。これによって書籍のセオリーを崩し、本にキャラクターを与えていくことができるのです。

例えば左下にある「にじみ明朝」にはカラッと白黒つかないような“湿度”があるので、小説などのジャンルに適しています。また、たくさんの種類があるゴシックですが、左上にある松尾貴史『ニッポンの違和感』(毎日新聞出版)は政治的にかなり踏み込んだ内容の本。それでもしタイトルまで極太明朝だと、物々しすぎてしまいます。そこで、「皆さん
に読んでほしい本ですよ」と示すために、丸ゴシックを使ったそうです。

「作字」というフィールドもあります。使いたい書体のイメージがあるけど、まだないから書いてしまう、それが「作字」です。右上にある『文藝』では、古風なメディアなので明朝体を使いたくなるところを、ウロコも払いもなく、懐が大きいゴシックをパスで書くことで、現代的で、新しいことが書かれているように見せられると言います。

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最初のキモである思考マップ。佐藤さんが読んで思ったことをイラストで書き起こす。

佐藤さんが一冊の本を完成させるまでには、以下のような手順を踏みます。今回は、能町みね子『雑誌の人格』(文化出版局)が出来上がるまでの過程です。

①造本プラン
編集者に向けてプランを出し、世界観を共有。本のテンションを伝えるための、アイデアのイメージソース。

②仕様プラン
現実的な金額や部数、流通所などの問題がないかを示す。外せないポイントを匂わせることも忘れずに。

③編集作業と素材づくり
本文をどのように構築するかを立体的にするための台割りをつくり、ロゴや写真撮影のイメージを伝える。

④シミュレーション
いくつものパターンを提示。「これは迷いますね。アザーを捨て切れなさそう」(武田)

⑤仕上げ
最後に帯や箔押し、文字の盛り上げなど、遊べる要素を入れて完成!

このようにして一冊のブックデザインはつくられているのです。

一方で、滝口悠生『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』(NUMABOOKS)のように、タイトルから一緒に決めていくアプローチの仕方もあります。文字としてビジュアルに起こさないと、タイトルもイメージできないからです。文字もまた、ゴシックなのか明朝なのか、明朝であればどういう明朝なのかといったことをすり合わせます。様々に並ぶタイトルの中、「川」というストレートなタイトル案に、思わず武田さんも「川の専門書みたい」とツッコミます。

さらに、デザインに入っていく段階で、表紙の色味を試行錯誤します。佐藤さんは制作途中に、“色味が何パターンもある表紙”というアイデアを思いつきました。自由が許される作品ということで、大手の版元でできないことがやれたらいいと考えたからだそうです。

デジタル印刷機を用いれば実質的に版がないので、いろんな色にしてもコストが変わりません。そこで、この本は最終的に、書店に行く動機付けになる「セレクトできる書籍」というコンセプトのもと、色味が違う10パターンの表紙が展開されました。佐藤さんによれば「ここがこの本の遊びどころ」です。

「買うとき迷いました。どれがオススメですか、なんて店員さんに聞きながら(笑)。あまりしたことがない本の買い方でしたね」(武田)

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滝口悠生『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』(NUMABOOKS)書影一覧。

また、三浦展、隈研吾 他著『渋谷の秘密』(PARCO出版)では、渋谷の雑多でカオスなイメージからイラストレーターを佐藤さんが提案。さらに、各著者のページごとに色味やフォントなどが異なるデザインが施されました。

「雑誌と違って、書籍は一冊一冊が独立したプロダクトなので、つくり方が毎回違うんですね」と感心する武田さんに、「常に30個くらいの仕事を並行して進めているので、それぞれの本で人格を変えている感じです」と佐藤さんが返します。

終わりに

最後に視聴者の方からの熱心な質問に答えてから、佐藤さんはイベントを振り返り「文字やフォントのことって、ちょっと地味だから話しづらい部分がありますよね。なかなか共感が得づらくて。だから、今日はこうして文字についてたっぷり話せる場所があって本当によかったです」と満足そうに語ってくれました。

武田さんの軽やかな進行のもと、佐藤さんがいかに本づくりを楽しんでいるかがひしひしと伝わってきました。これからブックデザイナーを目指そうという人や、本のみならず様々な文字とデザインに関わる人たちは、改めてブックデザインの持つ力に着目することができたのではないでしょうか。

武田さん、佐藤さん、ありがとうございました。

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FONT COLLEGEはこれからも不定期に開催し、noteでレポートを掲載していきたいと思います。 

Text : 中島 晴矢
Photo : 引田早香

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