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フォントを“必殺技”にするデザインの作り方

Font College Open Campus(以下:FCOC)は、フォントのことをより身近に感じていただけるよう、毎回さまざまなテーマを基にお話しする無料公開講座です。
今回のテーマは、株式会社NASU代表取締役の前田高志氏による「フォントを“必殺技”にするデザインの作り方」。グラフィックデザインに欠かせないさまざまなギミックを学ぶことを楽しく学べる“デザインの必殺技”カードゲームDesig-win(デザウィン)」の中から、知っておくと役に立つ“フォントの必殺技”をご紹介いただきました。


イントロダクション ― やりたいことはなんでもやる。みんなとだったらできる。

前田氏は1977年生まれ。大阪芸術大学デザイン学科卒業後、任天堂株式会社へ入社し、企画部に配属されました。およそ15年間、グラフィックデザイナーとしてカタログやポスターといった店頭販促物や会社案内などのデザインを手掛け、その後独立。現在では株式会社NASUの代表取締役であり、クリエイティブディレクター、アートディレクター、グラフィックデザイナーを務めます。

また、「マエデ(旧:前田デザイン室)」というクリエイターコミュニティを主宰。“室長”として、より多くの人がクリエイティブに関われるよう、開かれたアウトプットの場を主宰しています。二つの軸を構えることになった背景には、会社員時代に感じた自身の葛藤がありました。

「もともと、やりたいことはなんでもやるタイプだったんですが、20代に感じたような、“教えてくれる先輩がいない”、“仕事とかは関係なく、休みの日には作りたいものを作りたい”というストレスを解消できるような場所を作ろうと思ったんです。それに、一人ではなかなかできないけど、誰かとならできるんですよね。そういうチームがあったらいいなと思ってマエデを作りました」
前田氏は、自身の著書も積極的に発表されています。『勝てるデザイン(幻冬舎・2021年)』は、デザイナーだけでなくデザインを武器にしたいすべてのビジネスマンへのデザインと向き合う極意が書かれており、前田氏の代名詞とも言えるベストセラーに。

そして今年の7月に『愛されるデザイン(幻冬舎・2024年)』の発売されています。AIやテクノロジーの発展によりデザイナーではない人もデザイナーになっていくこの時代に、“デザイナーよりデザインがわかってしまう本”として、デザインテクニックよりもデザインの考え方に触れる一冊です。
「僕自身、macやAdobe製品、そしてモリサワがなければ、デザイナーになれていないと思うんです。それってやはり、テクノロジーの進化が不可欠だったということです。これからはいろんなアプリを駆使してデザイナーになる人が増えてくるはず。そういう時代に、一番大事なのは“思考の背骨”だと思います。今絶対に必要なことを書きました」

「ここで私、前田高志の人生(半生?)を振り返ってみましょうか」
幼少期から現在までの写真にモリサワフォントを掛け合わせた、いくつかのスライドを見せてくれました。

右下の書体名は正確には「秀英にじみ四号太かな」です

画面いっぱいの写真と、年齢が記載されているのみのスライド。これを見ただけでも、なんとなくその人の人生を思い描いてしまうのではないでしょうか。このように、複数の情報を見たことで頭の中にイメージや意味を思い浮かべることを「シニフィエ(signifier)」と呼びます。前田氏は、このように「頭の中にイメージを作ること」がデザイナーの役割だと言います。

シニフィエの考え方は、ブランディングにおいても有効です。世界中の有名なブランドは「その名前を聞いた時に思い浮かぶイメージがみんな大体同じ」という強さがありますが、弱いブランドだと思い浮かぶイメージが人によってさまざま。そのイメージをより集約させていくのがデザイナーの務めといえます。
 
そして、今回の講義中、前田氏がたびたび呼びかけていたことがあります。

毎回フォントが変わっていました

講義中に登場する内容の感想や自身のアイデアを、ハッシュタグをつけてXに投稿してほしい、というもの。「人が発信し合い、ひとつのムーブメントにしたい」と、オンライン視聴者に対してもリアルタイムでコメントを求めていました。その呼びかけに応じて、zoomのチャット欄では視聴者からのコメントが随時届き、さまざまな声が飛び交う賑やかで活発な時間となりました。

愛されるって何なん?

このように、制作だけでなく、SNSの発信やアウトプットに重きをおく前田氏は、「デザイナー新人類」「デザイナー異端児」とも言われており、周りと違うユニークな視点を求められることが多いと言います。
では、日々求められ続けるような、愛されるデザインとはどんなものなのでしょうか。それは「表面ではなく内面」「共感ではなく共鳴」「短期ではなく持続」だと言います。“なんとなく作られたデザイン”ではなく、意味をもち、続いていく強さがあるものにしていく必要があります。
株式会社NASUの由来は「為せば成る」。30代後半で独立した前田氏は、自分の中の支えになるような言葉を屋号にしようと考えたのだそう。2018年に法人化してからは、ジャングルジムがあるようなユニークなオフィスにて、格闘技大会「Breaking Down(ブレイキングダウン)」のネーミングおよびメインビジュアル、イラストレーターであるサタケシュンスケ氏のポートフォリオサイト、亀田製菓「じゃがごたえ」のパッケージなど、見る人の心に強く残るようなデザインを多く手掛けています。


フォントを必殺技にする

それでは本題に入っていきましょう。今回のテーマは「フォントを必殺技にする」。早速表示されたこちらのスライドにも、ある“必殺技”が込められています。

その技の名前は「NEWS PAPER」。新聞の見出しから着想を得たというこの技は、大きい英語、文字詰めはツメ気味で、「バーン!」と飛び出てくるようなインパクトと登場感を持った雰囲気が特徴です。ここでいう必殺技名はいわば、その技を引き出しやすく使いやすくインプットするためのキーワードを指します。
この“必殺技”という概念は、『勝てるデザイン』の中のエピソード「デザインの必殺技を増やせ」がきっかけで生まれました。加えて、同書の巻末にあるワーク「デザインを1000例集めろ!」「マイベストとマイワーストを決めろ!」「デザインの必殺技を10個作れ!」をマエデメンバーにやってもらったところ、盛り上がったので“デザインの必殺技”のカードゲームを作るプロジェクトとなり「Desig-win」が誕生しました。
デザインの経験値やアイデアの引き出しが少ない若手時代は、依頼が来てからなんとなく作り始めてまたやり直す……といった、前田氏曰く「土を練って壺を作って壁に投げるような」作業工程を踏むことも少なくないはず。
そこで、ある程度的を絞って、初めから“できるだけ気に入った壺”を作っていけるようになるために、デザインの鉄板あるある技を遊びながら習得するオリジナルゲームが作られました。オリジナリティあふれるネーミングとカードのグラフィックを一緒にインプットしておけば、実際に依頼が来て手をつけ始める時にふと思い出すことができる。このカードゲームは、そんな引き出しやすさを狙った「シニフィエ」そのものです。

「Desig-win」に収録されている技の種類は100種類以上あり、その1/4ほどはフォントにまつわるカテゴリになっています。今回は、その中から抜粋してご紹介いただきました。

①フォントウォール…文字が隙間なく背景に敷き詰められているもの。メッセージで視覚的なインパクトを与えることができます。
②フォントダイバーシティ…文字の種類や表現を一文字ずつ変えること。さまざまな文字が賑やかさを醸し出し、印象付けることができます。

③フォントコネクト…文字を線で繋ぐこと。一筆書きのように線を繋ぐことで流れるような美しさを生み出すことができます。
④フォントテーピング…文字をオブジェクトの境目に配置すること。あえて枠からはみ出すように配置することで、個性的な雰囲気を生み出すことができます。

「フォントテーピングは、自分では普段使わないテクニックだったので、勉強になった技の一つです。デザインって、つい自分の中のパターンみたいなものが決まってきてしまいますよね。このカードはこうして自分の引き出しを増やすために、いろいろな使い方ができます」


⑤マージンブレーカー…文字がはみ出るくらい大きく配置すること。もっとも伝えたいメッセージの印象を強めることができます。
⑥タテヨコスクランブル…縦組み、横組みで文字を配置すること。思考回路のような混沌とした雰囲気を生み出すことができます。

⑦シースルーレイヤード…オブジェクトに透けた文字を重ねること。前面の文字と背景にフォーカスでき、奥行きも表現できます。
⑧ムードイングリッシュ…読ませる意図のない、雰囲気のある文字を配置すること。飾りのようにおくことで、おしゃれな雰囲気を生み出すことができます。


⑨アンダーマーカー…文字の背景に帯を敷くこと。文字を目立たせ、読みやすくすることができます。
⑩ハートウォーム…手書きの文字で表現すること。伝えたいメッセージに気持ちを込めることで、見る人の感情にアプローチすることができます。

いかがでしょうか?どこかで一度は見たことがあるものや、使えそう!と思った必殺技はありましたか?さらに今回の講座では、みんなで参加できるワークとして、チャットにて、自身が考えたオリジナル必殺技を募集しました。いくつかご紹介します。
 
・「無彩色セパレーター」
背景とフォントの色が喧嘩する時とりあえず白(無彩色)縁で乗り切る!!
・「フォント・ハイウェイ」
太いゴシック体を高速道路のジャンクションのように繋げる
・「大小ファンタジー」
文章の中で文字の大きさを変える
・「マナーモードムーヴィング」
フォントが震えて残像が残っているようなタイポ。フォントが「動いていた」ように見える
 
皆さん思い思いに発想を膨らませ、チャット欄は大盛り上がり。こうして楽しみながら言語化することで、デザインの引き出しが増えていきますね。


モリサワフォントの必殺技

前田氏はさらに今回のFCOCに合わせて、モリサワフォントを使った必殺技を考えてくれました。あまりのバリエーションの多さに、その場にいたモリサワ社員も脱帽です。
「ここまで作れたのはもちろんこれまでの経験もありますが、普段から“必殺技思考”でデザインを見ているからだと思います。皆さんも常日頃、たくさんのデザインを見て、ストックを貯めていきましょう」

「明朝ビッグバン」
A1明朝を大きく使うというのはよく見られるデザインで、前田氏も鉄板で使うんだとか。墨だまりが美しく映え、大胆に使っても味わいが伝わるフォントの一つです。

「にじみメンタリー」
秀英初号明朝 撰を用いた必殺技。前田氏自身も、プレゼン資料などによく使うと言います。ドキュメンタリー感が出て、アナログ加工やグランジテイストがハマります。

「パワーオフ」
プフ ピクニックを使用。気の抜けたテイストとゆるい世界観が、ほっこりした雰囲気を醸し出し、まるで某どうぶつ系RPGのようなかわいいゲームにもしっくりきそうです。

「タイムスリップ」
前田氏が最近一番好きだという秀英にじみ四号太かなを使用しています。時代の重みを感じさせるような重厚感があり、ドキュメンタリーや時代ものにちょうど良さそうです。
「ひらがなが気持ちよくて、なるべく詰めて使いたいフォントですね」と前田氏。ちなみにこのイラストは、ChatGPTに描いてもらったそうです。

「ショテンポッパー」
使用フォントはぺんぱる。マーカーで描いたようなぬくもりのあるテイストが特徴です。手書きのPOPが有効とされる書店やドラッグストアで、まさに手書きPOPと同じように使えそう。「筆圧やにじみなど、手書きの風合いをさらにプラスすると良さそうですね」

「プレーンヨーグルト」
オンスクリーンでの本文書体として開発されたあおとゴシックを使用。癖がなくて、まさにプレーンな印象は、爽やかで気持ちのいい雰囲気です。「文字間もちょうどいいスッキリさ」と前田氏も絶賛。ユニクロや無印良品のような、世界観よりもメッセージ性を打ち出すブランドにマッチしそうです。

「ビッグロゴ」
2023年リリースの新書体ボルクロイドを使用していて、「説明がしづらいけどめちゃくちゃいい、アルファベットだけでなく、ひらがなもカタカナもあるのがすごい!」と前田氏もお気に入りのフォントです。インパクトだけでなく読みやすさもあり、雑誌の表紙やフライヤーなど、きちんと読ませるコンテンツにも使いやすそうです。

「ブックストーリー」
くれたけ銘石を使用。漢字のフォルムが特徴的で、懐かしくも新しくもとれる独特の味わいが、コンテンツ系デザイン、広告など、さまざまなシーンで使えるのではないでしょうか。前田氏曰く「古いようで古くないデザイン」とのこと。

このように、多くの必殺技を披露してくださいました。「たくさんあるモリサワフォント、どれを使おう?」と迷った時に思い出せるように、ぜひ参考にしてみてください。
そのほかの必殺技に関しては、Xのハッシュタグ「#FCOC」「#フォントの必殺技」にて、前田氏自ら公開しています。また、参加してくださったフォロワーの皆さんのアイデアもたくさん寄せられています。これを読んでいるあなたもぜひ、お気に入りの必殺技をポストしてみてくださいね。


前田氏がよく使うフォント

最後に、前田氏が実際によく使うフォント「フォント四天王」を教えていただきました。
こぶりなゴシック
品がある伝統的なフォントですが、古すぎないところが使いやすいと言います。
A1明朝
先ほどの必殺技でも登場したフォント。墨だまりの風合いが人気です。
UD新ゴNT
前田氏が任天堂にいる頃によく使用したそうです。
「任天堂に入社したのは2001年なんですけど、その頃は、UDシリーズが流行り始めた頃なんです。それから、流行りすぎて“やや可愛すぎるか?”とも思われ始めた頃に、少し経って登場したのがUD新ゴシリーズで、当時衝撃を受けました。これは、あおとゴシックにも通じるんですがとにかく普遍的で読みやすい」
秀英四号太かな
「最近好きなフォントなんですよね。勝手に“マグマ”と呼んでいます(笑)心の叫びや、主張が強いメッセージを、誰かの脳裏に焼き付けるようなイメージがあります。こんな感じで」


またフォントを扱うテクニックとして、細かなアレンジを加えることもあると言います。
例えばリュウミンでは、一番細いウエイトのものを少しラウンドをつけて太らせ、にじみを加えることで、どこか活版印刷のような風合いを作ることができます。A1ゴシック Bは、少し細らせて使うことも。Helveticaは、もともと活版時代からあるフォントで、にじむことを前提に作られたので、オフセットを作っていくとにじみの強弱を楽しむことで、より完成度が上がると感じるそうです。

今回の講演内容を考える上で、自身の中に「食わず嫌いフォント」があることに気がついた前田氏。フォントの引き出しを増やすために、新しいフォントを使うには2つ、おすすめのチャンスがあると言います。

「一つめはプレゼン資料です。実際にプレゼン資料を作るとき、その商品や会社のイメージに合わせてフォントを変えることがよくあります。二つめはバナーです。バナー制作って、今やデザイナーの登竜門というか、比較的最初の方の仕事として取り組むことが多いんじゃないでしょうか。また、モリサワは新書体リリースの度に特設サイトを作っていて、必殺技的な使い方の提案が多いんです。2014年くらいまで遡れるみたいなので、どんなフォントがあったか探してみるのもおすすめです。フォントを選ぶって楽しいので。ぜひ、フォント名や、既存のデザイン、固定観念に引っ張られることなく、プレーンな目で、自由に使ってみてください」

おまけ:もっと早く知りたかったこと

NASUでは、2023年の「フォントの日」(4月10日)に合わせて、1DAYイベント「FONT BAR」を開催しました。このイベントは、デザイナーだけでなく誰もが触れる機会が多い「フォント」をデザインの入り口として、グラフィックデザインの魅力に触れるようなコミュニケーションを促すことが目的。一夜限りのFONT BARは大盛況になったといいます。

当日、一人のタイプデザイナーが参加され、カジュアルに文字に関する話題を振ってみようと思った前田氏は、次のような質問を投げかけました。
「自分が作った書体を、平体や長体かけて使われたら、腹立ちますか?」
緻密で繊細な作業を繰り返し、精魂を込めて設計された書体のはず。そんな風に大切に、大切に作られた書体の形を勝手にいじってしまうことはタブーなのでは、という思いが、かねてより漠然と胸に染み込んでいたと言います。
そこで投げかけたストレートな質問に対し、そのデザイナーさんから返ってきた返事が「全然自由にやってください、と言われたんです。逆に“こうして使うんだ”とおもしろく感じる、ともおっしゃってくれました。そこからとっても気持ちが楽になって。先ほどのリュウミンを太らせたりするアレンジとかも、罪悪感から解き放たれて思い切りできるようになりました」

フォントは楽しく、誰もが自由に選んでいいもの。遊びながら、のびのびと、フォントに親しんでいけるといいですね。
 誰もがデザインやフォントに触れることができるようになった今だからこそ、デザイナーに必要なのは遊び心ある姿勢と柔らかな発想。今回の講義では、引き出しを増やすために必要な“ワクワクする考え方”を、ビジュアルを駆使しながらわかりやすく言語化していただきました。
 
Font College Open Campusはこれからも不定期に開催し、noteでレポートを掲載していきます。今後の掲載もどうぞお楽しみに!

【お知らせ】

このたび、前田氏が代表を勤める株式会社NASUが新たなデザインアワード「Design-1 グランプリ」を開催します。

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「Design-1 グランプリ」とは、現場で活躍するグラフィックデザイナーにスポットライトを当てたデザインアワードです。

このアワードでは、既に仕事で制作したデザイン、もしくは既存の自主制作作品の中から、「デザインの必殺技®」という「グラフィック表現においての魅力あふれる鉄板技」を見つけて応募していただく内容となっています。デザインの背景やストーリーを重視するのではなく、純粋に表現者としてグラフィックデザイナーとして培ってきた「技」を募集し、その技術力で競うことを目的としています。

エントリー期間:2024年8月5日(月)〜10月27日(日)まで

デザイナーの皆さん、ぜひ自分の必殺技を披露してみてはいかがでしょうか。