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渋谷区におけるハロウィーン・ビジュアルコミュニケーションなどに学ぶ 「タイポグラフィデザイン時のフォント選び」

 ショップや企業のデザインを担当する方なら、自社商品のサービスやブランドを他社と差別化させるために、ロゴの制作に携わることもあることでしょう。企業や商品の顔ともいうべき「ロゴ制作」において、デザイナーのセンスだけでなく、ロゴデザインに込める意志をどのように整理し、デザインに落としこんでいけば良いのでしょうか。

2023年渋谷の町全体で掲示されたハロウィンに関する渋谷区のメッセージを伝えたポスターのほか、企業や団体など様々なビジュアルコミュニケーションを手掛けている株式会社onehappy代表・小杉幸一さんにお話を伺いました。


●お話を聞いた人
小杉幸一さん
株式会社onehappy代表/アートディレクター/クリエイティブディレクター
1980年 神奈川県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。博報堂を経て、「onehappy」を設立。「コミュニケーション人格」でプロジェクトを明快にするクリエイティブディレクション、アートディレクションを行う。主な仕事に、SUNTORY「特茶」、NHK 連続テレビ小説「ちむどんどん」ロゴデザインなど多数のデザインを手掛ける。
『わかる!使える!デザイン』(宣伝会議発行/2023年3月初版)では、ノンデザイナーでもビジュアルデザインを論理的に理解できるよう、フォントを声色、文字間を話し方、色を性格に準え解説。

プロジェクトを人格化し、方向性を明快にする

― 小杉さんは、これまで数多くのプロジェクトで、ビジュアルコミュニケーションに「人格」を意識したデザインをされていますが、最近では渋谷区が掲出した「ハロウィーンマナー啓発広告」がありましたね。
「【注意】渋谷はハロウィーンイベントの会場ではありません。」というコピーが渋谷中に掲げられ、大きな反響がありましたが、タイポグラフィをメインにしたデザインへ辿りつくまでのプロセスを教えていただけますか?

小杉 これまで、渋谷区が掲げてきたハロウィーンの啓発広告は、どちらかというとみんなでハロウィーンを楽しもう……という肯定的な広告が多かったように思います。ところが人が集まりすぎたことで、日本国内をはじめ、韓国でも雑踏による死亡事故が発生し、もう少し緊迫感を持ったメッセージが必要になりました。

小杉 「【注意】渋谷はハロウィーンイベントの会場ではありません。」というコピーは、TCC(東京コピーライターズクラブ)から、最初のオリエンテーション時にいただいたものでした。メッセージに厳しさが必要である一方、この言葉だけを見た時、とても強く怖い印象が残ったんです。
まずは、このコピーが町中の至る所で掲載されることを想定し、渋谷を訪れた人にとって、そこで過ごす時間が不快なものにならないよう意識しました。

― 使用されているフォントはどのように選ばれたのですか?

小杉 例えばこのコピーを丸ゴシックで構成していたら、どこか真剣さがないように感じてしまう。一方で明朝だけにしてしまうと怖さが残るし、ゴシックだけだとこのコピーの情緒が感じられない。
そこで今回は「凸版文久見出しゴシック」を使用することで、強いことを言っているけれど、渋谷という町のファッション性やカルチャーに理解のある人が注意しているような、説教感だけを感じさせない抜け感を表現できたらと考えました。

凸版文久見出しゴシック

― オリジナルの「凸版文久見出しゴシック」に少しアレンジを加えられているようにお見受けしますが、具体的にはどのような意図を持ちながら調整されたのですか?

小杉 コピー自体のテキストが長いため、オリジナルフォントのままだと、とてもゆっくり喋りかけられているようなイメージを抱いたんです。でも実際に注意する人って、早口になると思うんですよね。かつ、町中でこのサインを見た際に、キュッと一つのビジュアルとして見えていたらいいなと思い、凸版文久見出しゴシックに長体をかけています。

― タイポグラフィの横にデザインされた「渋」という文字も、どこかユーモアを感じさせますね。

小杉 僕の場合、タイポグラフィも一つのビジュアルとして捉えることが多く、イラストと組み合わせてデザインすることがよくあります。ただ、今回に関しては制作段階の最初から「渋」という文字を使ったビジュアルデザインにしようとしていたわけではないんです。

ハロウィーンを連想させる「かぼちゃ」のアイコンにバツ印をつけていたら、「渋」という文字のなかにもバツ印があることに気がついて。「氵(さんずい)」も全て45度で構成できるし、「止(とまる)」という文字も入っている。この「渋」という漢字自体が記号になっていると感じたんです。

―「渋」を用いたアイコンは、手描きでデザインされたものですか?

小杉 はい。こちらはコピーに使用した凸版文久見出しゴシックとは別に、エッジに丸みをもたせることで、ユーモアのある雰囲気を表現したいと感じました。
究極的に言えばコピーだけでも良かったのかもしれませんが、ビジュアルを組み合わせることで、デザイン的にコントロールされている印象を与えることができます。

― 色にも、デザインの意思が込められているのでしょうか。

小杉 最初は、タイポグラフィの黒に赤を組み合わせてデザインしたのですが、やはり威圧感が強くて。ピンクを加えることでその威圧感が少し紛れ、ファッション性を感じさせる雰囲気を纏うようになる。
渋谷という町を人格化して考えた時、町を知るセンスある人が、厳しさだけでなくそこに訪れている人に寄り添っているような、説教感だけではない抜け感を演出できたらと考えました。

プロジェクトへの姿勢をタイポグラフィで表現

― プロジェクトの舞台である町を人格化して捉え、フォント、字間、色味などさまざまなデザイン要素に意味を持たせていることをお伺いしました。そのほか、企業や団体のロゴをデザインする際には、どんな要素をフォント選びに活かしたら良いでしょうか?

小杉 町の特性ももちろんそうですが、プロジェクトに関わる人の想いや姿勢もビジュアルデザインを決定していく上で、とても重要な判断材料になると思います。
野沢温泉企画」のロゴデザインでは、長野県の野沢温泉で、地域のさまざまな課題を解決し、持続可能な地域モデルを作ろうとする企業の姿勢を表現することが目的でした。

小杉 野沢温泉という歴史ある町を盛り上げるために、地元と地域外からの目線も加えながら、プロジェクトを進行していく会社なので、まずは「野沢温泉」というずっと続いている観光の町としての安心感や、人の温かみを感じられる姿勢を表現したいなと思いました。

小杉 これが、シュッとした明朝体のままだと整いすぎてしまう。ロゴデザインを見て「外からきたやつが何を言ってるんだ」みたいな、地域の人との距離感を感じさせないような意識を持っています。
地方の看板って、例えばその町の工場長が手描きしていたりして、なんとなくそれを描いた人の人間性が感じられたりするものもあるじゃないですか。そんな人間味を表現するために、「秀英にじみ四号太かな」を一度コピーして滲み感を表現し、デザインに落とし込んでいます。

秀英にじみ四号太かな

― なるほど。滲み感を出すことで、味わい深さや風合いが増していますね。
他にも調整を加えられた点はあるのでしょうか。

小杉 フォントは完成されたものとして作られているので、そのままタイポグラフィにした時、整っているけれど詰まっている印象も受けたんです。それよりも、どこか余裕やゆとりがあって、頼り甲斐のある人格を想定していたので、文字を構成する偏と旁の間隔を広げたり、企てるという漢字に含まれる「止」というパーツを少し下げるなどの微調整を施しています。そうすると、少し余白が感じられたり、人の手が加わった味わいのある見え方になるんです。

フォントの選び方はもちろん、タイポグラフィで構成されたビジュアルって、どんなに言葉で説明しても、与える印象は正直。だからこそ、ロゴデザインに込められる、企業やプロジェクトへの姿勢をしっかりと表現できるよう、抜け目なく設計していきたいと考えています。

フォントが持つストーリーを知り、デザインに活かす

― 企業やプロジェクトを人格として捉えることで、フォント選びのヒントになりますね。実際には、画面上にいくつか候補を並べながら選んでいくのでしょうか?

小杉 そうですね。以前はフォントを全体的に見て選んでいたのですが、そうすると、例えば実際に文字を入力した時に思っていた雰囲気と違うぞ……ということもありまして。使用する言葉を、いくつかのバリエーションで並べ、消去法のようにベストなフォントを選んでいます。
ただ、フォントのストーリー性に乗っかる場合もあります。

小杉 これは、渋谷駅のシンボルでもあるハチ公の生誕100年を記念して、一般公募で寄せられたキャッチコピーを用いてデザインしたものですが、渋谷ハチ公、そして生誕100年というだけでものすごいストーリー性があるわけです。そのストーリーを、例えば「A1明朝」で構成すると、硬い印象を受けるだけでなく、サラッと流れてしまうような感じがしたんです。

例えばコピー部分のバリエーションとして「先輩もう100ですか?ツヤツヤですね」というものと「ひとりを愛した。みんなに愛された」というものがあるのですが、明らかに別の人が話していますよね。
公募で寄せられたコピーという背景もあり、それぞれに別の話者がいるので当初はそれぞれのコピーに別のフォントを用いることも考えたのですが、それだとプロジェクトとしてのまとまり感が薄れてしまう。

そこで、それらを一つのプロジェクトとしてまとめる翻訳者のような存在を想定し、ストーリー性を感じるフォントを……と考えた時、「シネマレター」がピッタリとはまったんです。

●シネマレターについて
「シネマレター」は、およそ30年にわたり、映画字幕文字を書き続けている職人の文字をもとに作成されました。映画の字幕は、書いた文字から版を起こし、フィルムに直接、文字を刻みつけていました。その際に版とフィルムがはがれやすいように、画線に隙間をあけて文字を描くのが通例でした。

また、スクリーン上で文字が見やすいように独特の骨格で設計されており、画線の両端に筆止めを持たせているのも映画字幕文字の特徴です。「シネマレター」が持つレトロな雰囲気は、映画関係のデザインのみならず、雑誌、広告、チラシのキャッチやコピーから、あたたかみを演出したい本文などに活用することができます。

― プロジェクトを、温かい俯瞰の目で見ているような雰囲気が出ますね。

小杉 そうなんですよ。数多くあるフォントからプロジェクトや企業のロゴにふさわしいものを選ぶ際に、デザイナーの好みで選ぶのではなく、フォントが持つストーリー性に着目し、そこからデザインのアイデアを広げていくということはとても大切だと思います。

小杉 フォントには制作の目的や時代的背景によって捉え方が違うものもあります。選んだフォントが、世の中にどのように捉えられているのか、そのビジュアルを通してどんな印象を受けるのかを常に意識し、確認しながらデザインを進めているので、多くのフォントをストックし、そこから抱くイメージへの固定概念を持たないようにしています。

― ロゴ制作において、町やプロジェクトを人格化して理解を深めるほか、フォントのストーリー性にも着目して選ぶというお話、大変参考になりました。



後編では引き続き、モリサワフォントを活用したロゴ制作の事例を交えつつ、商標登録が必要なロゴ制作への考え方や、2023年10月に発表された新書体について、小杉さんの感想をお伝えしたいと思います。
ぜひお楽しみに!