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「フォント選びはフォント選びに非ず」コンセプトを正しく伝えるデザインとは

2023年8月7日、先日開催されたFont College Open Campus 9限目にて「地域と産業とデザインの関わり方」についてお話いただいた株式会社RWの稲波伸行氏が校長を務める講座「イナバデザインスクール」(以降:デザスク)とモリサワのコラボセミナーを開催しました。
テーマは「コンセプトを正しく伝える、コミュニケーションの方法」。フォントを駆使し、世界観を創るデザイナーの視点から、普段目にしている文字がどのようなフォントで創られているかに目を向け、フォントの基本情報をおさらいしながら、フォントがデザインに与える影響を改めて考えてみるためのワークショップが行われました。


「デザインをみんなのものに。」 和やかで活気のある学びの場

この日の会場はモリサワ名古屋支店。事前応募の30名ほどが参加しました。中にはすでに顔見知りの参加者も多く、初めて参加する方は全体の1/3ほど。開始前からフランクな会話がはずみ、会場内は終始和気あいあいとした雰囲気でした。

時間になったところで、さっそく一人一人の自己紹介からスタートしました。

「『自分で学ぼうとしないと何もわからない』というスタンスがこのスクールのスタンス。自分から学び取るつもりで積極的に発言してください」と稲波氏。自己紹介も、参加者自らが挙手して指名するスタイルで、自発的に進められていきました。今回の参加者は、愛知県内や近県の企業に勤める会社員、フリーのデザイナー、名古屋市内の芸大生、官公庁や地方自治体の職員など、実際にデザインを自ら手がけている人も、デザインに日頃触れる機会が少ない人も、それぞれが目的を持った皆さんでした。

全員の自己紹介が済んだところで、稲波氏より、デザスクが発足された経緯について説明がありました。

デザスクは「デザインをみんなのものに」をコンセプトに、デザイナーだけに限らず、ノンデザイナーにも広くデザインを伝えるために開催されており、最近では「イナバデザインスクール プロフェッショナル」として、企業や街づくり事業の団体といったビジネス向けの展開もされています。
RWのミッション、ひいてはこのスクールのミッションは「社会のデザイン力を上げる」というもの。ノンデザイナーにおいてもクリエイティブスキルの必要性が高まりつつあり、その実感をもつ人が年々増えているにもかかわらず、なかなか自分たちだけでは環境を整えられないという企業が多いのが現実です。
そんな中、このスクールでは、直接デザインすること、考えること、あらゆる側面においてのデザイン力をあげることを大切にしています。

「今は、とても変化の激しい時代です。見えない未来に向けて一社だけで答えを出す時代じゃないと思っています。会社の枠組みを超えたコミュニティの中で、みんなで考えていくこと、共創することが、答えを見つける手助けになるのではないのでしょうか」

この「共創体験を創ること」は、株式会社RWでも掲げているテーマです。事業者とクリエイターが力を合わせた時に、あるとき思いがけない着地を見せることがあります。いわば「創造的飛躍」とも言えるこの体験をRWでは「PYON理論」と呼び、専門家同士の協業、目的への胎落ちといったステップを踏めたときに初めて感じ取れるものだそうです。そんなPYONな体験をどんどん増やしたい、という思いが根幹に据えられています。

★「PYON理論の詳しい説明や株式会社RWのこれまでの経歴は、下記をご覧ください

また、デザスク生徒会長の水谷氏は、庭師、不動産経営、NPOの立ち上げなどさまざまな経験を持ちながら、現在は地域の課題に寄り添ったさまざまなプロジェクトを手がけており、デザインに関して言えばいわゆるノンデザイナーという立場です。

「デザイナーの皆さんって、デザインについて人に聞けないことの方が多くないですか?また、非クリエイティブの人がデザインする機会も年々増えているし、今ではスマホ片手にでも簡単にデザインに触れられるけれど、何がいいのかわからないという人の方が多いと思うのです。
僕自身もデザインについて全く勉強をしたことがないところからスタートしていて、稲波さんに聞いてみたらとてもわかりやすく教えてくれた、というのが2年前。この経験をもっといろんな人に伝えていった方がいいと思っているんです。今でもこうしてデザインスクールで、デザインをどう伝えていくかを試行錯誤して、デザインにできることを皆さんと一緒に考えています」

デザスクの生徒会長、進行役の水谷岳史氏(株式会社 On-Co 代表取締役)


コンセプトを正しく伝えるコミュニケーションの方法 – フォントを活用したワークショップ

今回のスクール参加者には、モリサワを知らない方もいたり、フォントそのものに対する知識も人によってさまざま。そこで、ワークショップに入る前の前段として、過去のFont College Open Campusのモリサワパートの映像を流しながら、フォントの印象を左右する、文字の特徴について学んでいただきました。フォントのおおまかな分類や、文字を構成するパーツなどの基本情報をおさらいし、私たちが日頃、文字のどこを見て「雰囲気」を感じ取っているのかを紐解いていきました。

いよいよ今日の本題です。まずはインプットトークとして稲波氏から、コミュニケーションにおけるフォント選びの役割についてお話がありました。良いコミュニケーションにおいて最も大事なこと、それは「コンセプト」だと言います。コンセプトとは、何かを考えるときに一番元になる考え方のことで、価値観や哲学も含まれる場合もあります。コンセプトは商品作りの際には必ず設定されますし、企業やブランドで言うとミッション、ビジョン、パーパス、と呼ばれたりもします。いずれの場合も、ターゲットは誰なのかを明示し、コンセプトを体現するためのキーカラーやロゴ、トーン&マナーやネーミングを設定していきます。これらが決まってきた上でようやく目に見える形でのデザインに落とし込む作業に入ることができ、そこでフォントを選ぶシーンに直面することになります。今回のスクールのネタはパッケージデザインですが、パッケージの場合は、デザインが決まってからさらに、素材や製法を具体的に決めて行き、最終的に完成を迎えます。

稲波氏が考えるフォントの選び方は「フォント選びはフォント選びに非ず」。これら一連の流れを意識しながら、どのフォントを選べばコンセプトが伝わるかを考えなくてはなりません。

RWが過去に手がけた事例から、フォント選びのケーススタディを見てみましょう。

「株式会社百福 のりもも」

元々はB to Bの海苔の加工メーカーだった企業から、B to C向けの新ブランドを立ち上げた例です。このブランドでは3つのブランドラインを設定し、RWではそれぞれのキービジュアルやパッケージデザインを担当。このブランドを手がけるにあたり、設定したミッションは「百年先にのりをつなげる」というもの。そこから「海苔の世界を広げる」「流通を変える」「同志を増やす」「生産者を護る」の4つのビジョンを決めていきました。

これらのミッション、ビジョンを実行していくために、他社の海苔ブランドなども考察していきながら「海苔のあり方を変えないといけない」という考え方にたどり着いたといいます。既存のイメージを脱却し、あり方を変えたブランドはどんなデザインを採用しているか、どんな世界観を構築していったか、海苔ブランドだけに限らず色々なジャンルのブランドを見ながらイメージを膨らませていったのだそう。具体的に挙げると、コーヒーショップでありながらサードプレイスとのイメージを定着させたスターバックス、日本伝統の抹茶を今風にアレンジしたナナズグリーンティ、「だしパックは質の悪いもの」というイメージを脱却し、高級路線で勝負した茅乃舎のだしなどです。こうして、さまざまなものを見て、プロジェクトチーム内で言葉を共有して行きながら、最終的に出来上がったパッケージがこちらです。

既存の海苔のあり方を変えるために、既存の海苔ブランドでは使われてこなかったようなビジュアルを目指し、和でも洋でもない、老若も問わないテイストを落としこむことに。ピンク色でわずかに刺激を与えつつ、フォントは丸ゴシックを採用することでかわいらしい印象を与えながらもニュートラルさを出し、全体の調和が保たれています。

この事例からもわかるように、まさにフォント選びはフォント選びだけに非ず。ブランドそのものが何をコンセプトとするか、そしてそれを体現するためのツールであるということを理解しなくてはいけません。


ここから参加者が実際に手を動かしながら“パッケージデザインとは”、“フォント選びとは”について学び合っていきます。用意されたワークショップは「名古屋の新しいお土産『ういろうチップス』を考える」というものでした。イラストや最低限の情報、コピーがすでに配置された擬似パッケージデザインが用意され、あとはそこに商品タイトルである「ういろうチップス」とその英字版「WIRO CHIPS」、キャッチコピーである「ちーっぷす」を配置していきます。テキストはあらかじめ、約10種類ずつのモリサワフォントがサイズ違いで用意され、用紙をハサミで切り取りながら、パッケージを完成させることが目標です。

コンセプト
味、色展開例
横組
縦組
パッケージのベース

セリフ体(明朝体)がもたらすイメージは「正しさ、伝統、上品さ」、サンセリフ(ゴシック体)は「素直さ、ニュートラル」といったように、フォントの形としての特徴は商品のイメージに直結します。また、フォントが与える印象のコントロールで大切なのは「余白」。文字と文字の間をたくさんとるとより上品に、詰めると元気がいい、ハキハキとした印象にもなり得ます。そうした基礎知識を念頭に置きながら、参加者は30分程度、この課題に取り組んで行きました。

作業中はテーブルごとに、互いの選んだフォントや配置の仕方を参考にしながら、また自由に他のテーブルを行き来しながら、自由でアットホームな時間が流れて行きました。稲波氏も各テーブルを見廻りながら、実践的なアドバイスを投げかけて行きます。

「気に入った書体をどんどん選んでいきましょう、習うより慣れよ、です」

「ターゲットを決めることも忘れないでくださいね。出張帰りのサラリーマンなのか、若い女性で、具体的に何歳くらいなのか、ファミリー向けなのか、など細かく決めてみましょう」

また参加者の中には「普段使わない脳みそを使っている感じがします。どうしたらいいんだろう……」と悩ましい声や「見られることにドキドキする」という声も。あっという間に30分が過ぎて行きました。

みんなで見せ合う発表会

発表会ももちろん自発的に、発表したい人がみんなの前に立ちます。発表する内容は、「どういう意図で作ったか」そして「ターゲットは誰か」の2点です。ここでは、発表された作品の中からいくつかをピックアップしてご紹介しましょう。

Aさん作品
普段のお仕事:国家公務員、伝統工芸の振興に携わっている
ターゲット:女性、大学生、高校生 

「中学生の娘がいるのですが、ういろうもチップスもどちらも好きではなくて。その人も買えるようにちょっと可愛らしさを伝えてみました。チップスのまるみを出すために文字の配置にこだわっていて、このフォントは少し硬い感じがするのでチップスの硬さを出してみました。 

稲波氏「かなり個性的ですよね。作り込めるの素晴らしいと思います。書体のエレメントがくどさを出していて、なんとなく名古屋っぽい書体な感じがします。

Bさん作品
普段の仕事:日用食器メーカー勤務
ターゲット:若者に買ってもらえたら

「ういろうは昔からあるので明朝体を出してみました。チップスはゴツゴツっとした感じがするので、文字をごちゃごちゃにしてチップスがごちゃっと集まっている感じを出しています。英語のフォントも複数使ってみていて、全体的にごちゃっとさせてみています」

稲波氏「フォントをあれこれ変えたくなっちゃうのとてもよくわかります。ですが、パッケージだとフォント数は3つくらいが好ましい。タイトル、遊びを効かせるパーツ、と分けて、日本語と英語それぞれ2種類くらいがベストですかね」

Cさん作品
普段のお仕事:車関係の仕事、フォントの知識はほとんどない
ターゲット:普段ういろうを手に取らない人、ご挨拶向けに

「『ちーっぷす』というコピーや、ういろうの『うぃ』が挨拶っぽくて、ポイントになると思ったので、ご挨拶にも持って行けるようなデザインをと思って考えました。本の表紙みたいな幕開け感のある感じを意識して、タイトルは右上で、シンプルな感じをイメージしています」

稲波氏「いうことないですね。この、何もない余白がしっかり語っているデザインだと思いますし、全体としてとてもいい雰囲気が出ていると思います。何もないけど何かある感じになっている、というのが余白を活かす最大限のポイントです。繊細な空気感が余白にまで及んでいて、素晴らしいと思います」

Dさん作品
普段のお仕事:芸大四年生 伝統工芸やまちづくりの活動をしている
ターゲット:旅好きの若者、20代くらいを想定

「ワークショップの資料をもらった時に、チップスの味のバリエーションのページがあって、何味かがわかるパッケージにした方がいいので真ん中に持ってきました。パッケージとしては真ん中に情報が集まっていた方がいいような気がして、タイトルも真ん中に置きました。この書体はなんとなく名古屋っぽいかなと思います。旅行に行ったお土産として「面白いものあったよ!」と友達に気軽に渡せるようなデザインにしたいと思いました。

稲波氏「『ちーっぷす』のの軽さがこの書体によく出てますよね。また、縦のデザインというのはどことなく情緒がでるものなんです。反対に、横のデザインはよりニュートラルなイメージを与えます。商品名をどう見せたいか、文字の配置で意識するのはとても大切です。理路整然と使いたければ横、情感を伝えたければ縦、みたいな感じで、覚えておいてみてください」

Eさん作品
普段のお仕事:障子紙などを扱うメーカーで販促企画、カタログなどの制作
ターゲット:ファミリーで誰でも食べられる感じ 子供達と、みんなでワイワイ食べてほしい

「スーパーオーソドックスに、自分の真面目な性格もあって、とにかくきちんと揃えたという感じです。5つもフォントを使用しているのは禁じ手かもしれませんが…… 硬さとやわらかさをフォントだけで出したくて、硬さの中に柔らかさがあるような商品のテイストを伝えました」

稲波氏「こちら側の意図通りで嬉しいです(笑)ただ、余白の意味をわかってレイアウトされている印象を受けました。また、書体をいろいろと変えていますが、ニアリーなものを選ばれているので、凸凹した印象がありつつ大きい変化ではなく……イレギュラーではあるけどナシではないかなという感じです。もう少し厳密に調整するといいデザインになる可能性がある、非常に繊細なデザインだと思いました」


時間の関係上全ての作品を発表することはできませんでしたが、どれも個性豊かな作品が揃い、同じテーマでも一つも同じデザインがないことを全員で体感。そのバリエーションの豊かさに驚かれる方も少なくありませんでした。


ワークショップを終えて

最後に、参加した皆さんからの感想を(もちろん挙手性で!)語り合い、今日の締めくくりとなりました。
「失敗しないように、と慎重に考えてしまったけれど、他の人の作品を見て、もっと自由でいいんだ、と気づいた」
「図工の時間のようで、久しぶりにものづくりの楽しさを感じました」
と、デザインの楽しさを感じた方や、
「一度思い浮かんだイメージがあったら、それとは別のパターンを作ろうとしてもなかなか難しい」
「普段の仕事柄、どうしても目立つ文字ばかり選んでしまうけれど、もっと繊細なフォント選びがあると知った」
など新たな発見があった方がほとんどでした。また、
「フォントに対しての知識が一切なかったので、明朝体やゴシック体の基本情報を知れてよかった」
「フォントメーカーという会社があることを知らなかったので驚いた」という、フォントに対しての新たな気づきを得た方も多くいらしゃいました。もちろん「皆さんと一緒にわいわいとデザインについて考えることがとにかく楽しかった」「エネルギーをもらいました」といった声も多数。まさに、「デザインはみんなのもの」ということが参加者全員にしっかり伝わった時間となりました。


稲波氏は今回の総評として次のように語りました。

「モリサワさんと一緒にコラボさせてもらってとても楽しかったです。やっぱり皆さんにお伝えしたいのは、フォント選びがフォントを選ぶだけに非ずということ。目的からブレイクダウンした上でフォントを選ぶ大切さがおわかりいただけたのではないでしょうか。
また、余白はフォントを活かすためにも大切だということを忘れないでいただきたいです。余白って一見すると何もないようで、その空間をデザインしているということなんです。文字やその他のエレメントとその周りの空間を、パズルのように組み合わせるという感覚が、意図するトーン&マナーを表現するスキルとなると思います。
フォントって、慣れてしまうとつい同じフォントを使いがちです。そういう時こそ、目的を紐解きながら自分たちの意図に沿って、都度新しいフォントを使う冒険心も忘れないでください」

デザイナーにとっても、ノンデザイナーにとっても、デザインのノウハウがわかっていると互いのコミュニケーションの引き出しが広がります。デザイナーはもちろん表現の幅が広がり、ノンデザイナーにとってはディレクション(指示)の引き出しを増やすことに繋がるのではないでしょうか。
まさにデザインは、みんなで作り上げ、共に課題解決をするために不可欠なコミュニケーションであるということ。イナバデザインスクールで伝えられる共創力が、これから多くのフィールドで幅広く活用されることを願っております。


モリサワは今後も、デザインやブランディングにまつわる様々なイベントに取り組んでいきます!今後のお知らせもどうぞお楽しみに!