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ヤッホー流クリエイティブに学ぶ、心も醸すブランド作りとファンコミュニケーション

Font College Open Campusは、フォントの魅力をいろいろな角度から体感していただくために、デザインからブランディングまで幅広いテーマで、様々なジャンルのゲストをお招きし、不定期に開催している無料公開講座です。
今回の講師は、ビールを製造・販売する株式会社ヤッホーブルーイングより、ブランド戦略ユニット エキスパートの本田敏也氏をお招きしました。醸造系クラフトドリンク「正気のサタン」のコンセプトづくりと、そこからデザインに落とし込むプロセスに至るまで、ヤッホー流クリエイティブについてお話しいただきました。


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第2部 ヤッホー流クリエイティブに学ぶ、心も醸すブランドづくりとファンコミュニケーション

ヤッホーブルーイングの代表格とも言える「よなよなエール」のTシャツを身に纏って登壇した本田氏は、いわゆるマーケテイング部門にあたる「よなよな未来課」に属し、ブランド開発やブランド戦略、また市場調査分析などを手がけています。全社員にニックネーム制が導入されているというヤッホーブルーイングにて、本田氏は<コナンくん>というニックネームで呼ばれています。また、社内のチーム名はメンバー自身が自由につけるとのことで、たとえば物流部門は「ハッピーお届け隊」、顧客対応部門は「おもいやり隊」など、自由でユニークな社風が伝わってきます。

株式会社ヤッホーブルーイング ブランド戦略ユニット エキスパート
本田 敏也 氏(通称:コナンくん)
よなよなエールのTシャツが可愛い♡ 外部での講演の際はこれがユニフォームなんだそうです。

そんなヤッホーブルーイングは、「ビールに味を!人生に幸せを!」をテーマに、日本のビール市場にバラエティを提供し、新しいビール文化を創出すること、そしてビールのファンにささやかな幸せを届けることをミッションとして掲げるビール醸造・販売メーカーです。大きな特徴として挙げられるのが、ファンとの交流の多さ。5000人規模のファンイベントを開催したり、ファン独自のイベントに社員がゲストとして招待されるなど、密接な関係づくりが続いています。

「今日は、ヤッホーブルーイング流・ブランド開発の考え方とプロセスを、できる限り詳細に公開します!」

ヤッホーブルーイングのブランド開発

ヤッホーブルーイングは、ブランド開発において「100人に1人に狭く深く刺さるブランドを開発する」ことを最も重要視しています。その根底にあるのは、アメリカの経営学者マイケル・ポーター[1]が提唱した経営理論です。中でもキーとなる一説がこちら。

[1] マイケル・ポーター(Michael Porter、1947年5月23日生)…アメリカ合衆国の経営学者。競争優位を築く3つの基本戦略やフレームワークを提唱し、マーケティングにおいて現在も多く活用されている。

トレードオフとは、どちらかを選べばもう一方は捨てなければいけないという選択のことを指しています。そうした究極の選択をハッキリと行なっていくこと、またそれを繰り返していくことが、独自のポジションを築き上げ、他社から真似されるのを防ぐことに繋がります。
ヤッホーブルーイングでは、「独自の組織文化の浸透」「模倣困難なブランディング」「熱量の高いファンを生むコミュニケーション」3つの活動に重きを置き、それぞれの活動がトレードオフを伴いながら、活動同士のフィット感を生み出していこうと考えています。そうすることで、「マネを躊躇するレベルで」100人に1人に、狭く深く刺さるブランドが生み出されていくのです。

こうしたブランド開発において心がけていることは、徹底的にお客さまの声に耳を傾けること。お客様の声が反映されることで熱量の高いファンを生み、さらにブランディングが際立ってくる、というように、各活動同士のフィット感が生まれる仕組みづくりとなっています。

「一部の顧客から圧倒的に支持される強いブランドを作り、ファンを起点に顧客を増やすこと。それが根底の考え方です。こうした経営的な理念は日頃から会社全体で念頭におき、すべての業務に通じています」

「正気のサタン」について

それでは、実際の商品を題材に上げて、ヤッホーブルーイング流のブランディング戦略を紐解いていきましょう。題材となる商品は、ヤッホーブルーイング初の低アルコール飲料「正気のサタン」です。

正気のサタンは、2022年8月に東京都内のセブンイレブンのみで先行で発売をスタート。販売予定数を想定の2倍のスピードで達成し、発表から約3ヶ月でSNSにて12,000件ほどの口コミが広まり、発売から1年で全国展開がスタートしたという、異例の展開を見せている注目株です。『日経トレンディ』の2023ヒット予測100や、日刊工業新聞「第33回読者が選ぶネーミング大賞」に選出されるなど、様々な業界からの評判も上々です。

正気のサタン最大の特徴は「CRAFT BEER METHOD=クラフトビールと同じ製法で作られている」ということです。一般にノンアルコールビールは、炭酸水にビールの味付けをするような形で、水と麦汁をブレンドして作られています。また近年、ビールからアルコール成分を抜いて作られた低アルコール飲料も発売されていますが、高い技術を以ってしても、どうしても香りが抜けてしまうという弱点があります。
そこでヤッホーブルーイングは、クラフトビールの香りの高さをそのまま保つため、「クラフトビールと同じ製法でアルコール1%未満に落ち着かせる」という、最もシンプルで難しい選択をしました。ビールに近づけた加工品ではなく、クラフトビールそのままの香りと味を追求し、度重なる試行錯誤のもと作られたレシピです。
そうした弛まぬ努力が認められ、2021年には、世界で3番目の歴史を持つビール審査会「インターナショナル・ビアカップ」において、943種のビールのうち20種しか選ばれないカテゴリーチャンピオンに、その年の低アルコールビール(1%以下)として唯一選出。国際的なコンペでも確かな評価を得たのです。

「ビールの国際大会でチャンピオンになっちゃった!という、クラフトブルワーが本気で作ったアルコール1%未満のクラフトビール。それが、正気のサタンです。なんともすごい製品が出来上がりました。さあ、どうやって “模倣困難なブランディング” をしていったのか見ていきましょう」

ターゲット選定、インサイト導出

まず初めに行われたのはターゲット選出です。目指すのは「100人中1人に愛されるコンセプト開発」。どんな人に、どんな時に届けたいのかを深く掘り下げ、徹底してインサイトに迫っていくことにしました。

具体的な手法としては、まず1つ目に、コロナ禍での健康意識や、ウェルビーイングという気運、それらに対してヤッホーブルーイングとしてどうアプローチしていくのか、といった製品投入戦略を考えること。
次に、コロナ禍前後の健康ニーズを調査しながら「30代でお酒をよく飲む」「罪悪感の伴う飲食をしてしまう」「健康商品でバランスを取りたい」などといった仮の属性を立て、5段階でアンケート調査を実施。そして結果的に、「欲求には正直なズボラ健康層」という仮のターゲット層が抽出されました。
続いて、市場やSNSの概況、昨今のトレンドや仮説ターゲットから、「ひらめき」をもってキーワードを設定。健康ニーズの拡大、ウェルビーイングという気運の高まり、その中で見えてきたズボラ健康層。これらをうまく掛け合わせ、嗜好性と健康をどちらも両立させるために、この段階での開発スローガンは「ノンアルじゃなくて、+アル(たすある)」に決定しました。
マイナスのものをゼロにする「課題解決型」ではなく、ゼロからプラスを生み出す「理想提示型」のかたちで、これまで市場にあるものとは違う商品として売り出していくこと。つまり、“アルコールをゼロにするビールの代替品” ではなく、“美味しいのに酔わない嗜好品” を目指すという方向性が定まりました。

続いて、仮ターゲットに対して、どんなインサイトがあるのかを改めて洗い出していくのが次のステップです。
まずは、酒類に限らずカップ麺やその他類似のカテゴリの製品ユーザーの動向を調査し、無意識な行動要因を徹底的に観察。続いて、チーム内で全員が合意するまで徹底的に議論を重ねます。
最後はデプスインタビュー。仮ターゲットと近い属性の知人や既存のお客様に対してインタビューを行い、インサイトを検証していきました。インタビュー内容は、一つの価値観に対して「それがなぜ大事なのか」を掘り下げ、その人の潜在的な価値観をピックアップしていくというもの。「アルコール度数が低い」と「酔わないけどリラックスできる」。すると「思考を鮮明に保てて、趣味を楽しめる」、つまり、「食事やその後の時間を有効に使いたい」という思いがあらわれる、というように、「なぜ?」を繰り返すことでその人が持つ価値観が浮き彫りになっていくのです。これはラダリング法といって、ユーザーの持つ価値観の構造を明らかにするために用いられる方法です。

デプスインタビューは対象人数が多ければ多いほど、より細かなインサイトを導出することができます。正気のサタンでは、挙げられたインサイトの中でそれぞれ「食事はちゃんと楽しみたい」「酔いたくない」「パフォーマンスを維持したい」という3つのカテゴリに分けられました。この3つは一見すると相反する性質にも見えますが、それら全てを包括して捉えると「酔いでパフォーマンスを崩すことなく、食事やその後の時間を楽しみたい」という大きなインサイトが見えてきます。

それではいったい、このインサイトを抱えている人は、どんな人でしょうか。

ここで見えてきたのは、「仕事も家庭も忙しい、ゆとりなし世代」。食事の時間を大切にしていて、最大限に楽しみたい。けれど、ゆっくりお酒を飲む時間はなく、食事もルーティン化してしまっているような人。じっくりとインサイトを深掘りしたことでようやく見えてきたターゲットです。

「ヤッホーブルーイングの組織文化で何をトレードオフしているかというと、スピードなんです。社内でも本当にディスカッションが多くて、全員が納得するまで、とことん話しあっています。また、このように、お客様のインサイト開発もかなり重要視しています。どの製品でもしっかり時間をかけていて、ここを端折ることは基本的にありません」

コンセプト開発

ターゲットが定まったところで、ようやくコンセプト開発がスタートします。コンセプトを設定する上での基本フレームは、誰が、いつ、何によって、どうなる、というように、シーンと価値を具体的に描くこと。このプロジェクトでは、先ほどの3つのインサイト群の中から「食事はちゃんと楽しみたい」「パフォーマンスを維持したい」の2つが選定されました。「酔いたくない」というインサイトは課題解決型の方向性を持っており、この場合には適さないと判断したためです。これら2つのインサイトをベースに、製品コンセプト、製品特徴、飲用シーン、製品情報などで構成されたコンセプトシートが作成されましたが、それぞれ2方向・2表現、合計4つのコンセプトシートで検証を進めることになりました。

検証を進めながらユーザーコメントを読み込んでいくと、「P:料理のおいしさを引き立てる」だけではいまいち伝わらず、「N:ちゃんと美味しくて、あとには残さない」だとインサイトが浅く、強いニーズを感じないという結果に。
一方で「M:大人の食事時間を楽しく彩る」や「R:気持ちを解放する、リフレッシュ」といった便益を表すキーワードに対して共感度が高いということが判明したのです。
選ばれるシーンと特別なインサイトが具体的に見えてきたところで、ようやくコンセプト開発も仕上げにかかります。

コンセプトは、その人がその製品を選ぶ理由になっていく必要があります。つまり、「消費者が諦めていた便益を叶えられる」ものであるということ。ここをしっかり描けていると、お客様が満足する理由につながっていきます。
今回でいう“消費者”とは、前述の通り「仕事も家庭も忙しい、ゆとりなし世代」ですが、さらに製品のスローガンである「ノンアル系の課題解決型のイメージから理想像提示型へ」というポイントも踏まえる必要があります。
そこで、ターゲットを取り巻く生活感や時代の風を感じながら、流行のドラマやテレビ番組の傾向も調査しながらもう1ジャンプ。そうして見えてきた「手軽」かつ「本格」で、忙しい中でもユーモアを持って「楽しんでいる」という世界観とともに、最終的なターゲットインサイトは「食事にこだわるワーキング家事プレイヤー」に決定しました。

では、彼らが諦めていた便益とは何でしょうか。そのヒントは、ヤッホーブルーイングが日頃から大切にしている顧客とのコミュニケーションにありました。対話を進める中に、潜在的で強く共感できる感情が潜んでいることがあるのです。

「食事を適当に済ませていると枯渇する感じ。良いものを食べると幸せの感情が沸き上がる。たまに心を喜ばせてあげないと、やってられない。さらに言えば、普段はその後に色々と用事や予定があって、諦めている」

つまり彼らが諦めていたのは「酔わずに心を満たせる」ということに気がついた開発チーム。この便益を満たすことができる根拠として、「クラフトブルワーが本気で作ったアルコール1%未満のクラフトビール」が機能するべきである。一連のストーリーが出来上がり、正気のサタンのコンセプトとなりました。

ネーミング

コンセプトが定まったところで、ネーミングとデザインを具体化するステップに移ります。

「実は、正気のサタンが生まれるまで、930の没案が生まれたんですよ。出し過ぎ!(笑)」と本田氏。
決定に至るまでに社内で挙げられたネーミング候補の、ほんの一部を見せてくれました。

全てのボツ案はこちらから

「サタン」には、悪魔的・やみつきといったイメージを、「正気」には正常な判断ができる状態といった意味を持たせ、“酔わずに心を満たす”といった製品の世界観を表しています。

ヤッホーブルーイングがデザインで重要視することは、平均的に高評価なものよりも、一部に超高評価なもの。また、好意度より意外性を重視し、自社ブランドらしい要素が盛り込まれているかどうか。アイデアを募ってアンケートを取る、という至ってシンプルなスタイルで、メンバー内でひたすら候補を出してスプレッドシート上での共有と投票が繰り返し行われました。
こうしたアイデアラッシュのポイントは、説明用のパワーポイントなどの資料を作らないこと、ひたすら羅列してぱっと見て良いと思ったものに投票、数が溜まってきたらアンケートを取る、というもの。
店頭では製品の説明を誰かがしてくれるわけではなく、ネーミングだけでコンセプトを伝え、手に取ってもらう必要があるからです。また、アンケート項目は「このネーミング好き?」「このネーミングは気になる?」「このネーミングの製品は買いたい?」の3つを5段階です。3つの中でも特に重要視しているのは「このネーミングは気になる?」だと言います。

「正気のサタンのアンケート結果は、好きTOP1率が36%、気になるTOP1率が49%でした。圧倒的に気になるネーミングではあるけど、好きかどうかと言われるとバラつきがありました。
この時対抗馬だった『惑星アルタス』は、好きTOP1率は42%、気になるTOP1率は37%。ブレが少なくて好意度が高い。ネーミングとしては優秀だったんですよね。実は正気のサタンは2度落選しました。でも、圧倒的に“気になる”度が高くて、なぜか最後には選ばれました。最後は好きになっちゃった、というのが大きいですかね」

パッケージデザイン

パッケージデザインは、コンセプトと方向性、デザインに盛り込む要素を社内で検討した上で、外部のデザイナーに依頼します。上がってきたデザイン案を社内で検討して、アンケートを取って決定していく流れをとっています。
今回のコンセプト「酔わずに心を満たす」を基点に、デザイナーにお願いした要点は、食事の雰囲気を「アゲる」デザイン、愛着が持てるキャラクター、軽やかさを表すパステルカラー、等といった点でした。特にキャラクターについては、限られた広告費の中で、製品自体がしっかりその性質を語るものであることや、消費者にとって友達や仲間のように感じてもらいたいという思いから、ヤッホーブルーイングのブランド開発においてしばしば重要視するポイントだと言います。
また、かなりこだわったネーミングに対して、デザインアイデアのバランスも大事な観点。ネーミングをそのまま表すだけではなく、ある種の意外性や驚きもプラスして、ネーミングとアイデアが 1:1 の関係であることを目指してデザイン制作が進められていきました。

「正しいだけじゃ人の心は動きません。“そうきたか” と思わせるかどうか、ということですね」

また、デザインは「定着」と「アイデア」どちらも重要。本田氏曰く定着とは「完成度の高さ」を示しています。例え普通のアイデアだったとしてもビジュアルが洗練されていれば全体の仕上がりとして格段に良くなることもあるし、定着するまでのルートが意識できていないと、強いアイデアでも柔軟性が低くなると言います。

「少し感覚的な話になってしまうのですが、正気のサタンには当初、『悪魔のお面をつけた人間』というアイデアがありました。ただこれは、そこからの発展性がないというか、ネーミングに対して少し弱いなと思って没にしました。私のポジションはクリエイティブを作る立場ではないので、言語化はかなり難しいのですが、クリエイティブに強い人間や、チーム全体でできる限りこうした議論を重ねています」

日本以外の国のデザインが混ざっていないかを示す「」、他にないものかを判断する「個性的」、美しさを保ちつつ前衛的すぎないかを見るのは「アート性」と続き、「ユーモアー」では、ただのバカになっていないか、クレバーさを感じられるかを判断します。そのほか、“そうきたか” と思わせる「驚き」や「プレミアム感」や「くつろぎ」「親しみ感」、そして実は全製品に共通しているモチーフとなる「」。中でも「個性的」「驚き」「親しみ感」は特に重要視していて、それぞれのポイントが高く、かつ並列であることが不可欠です。これら全てのバランスによって、個別ブランドながらヤッホーブルーイング “らしい” デザインというものが出来上がっていくのです。

また、今回のプロジェクトでは、「サタン」をどう表現するかが最も難航したと言います。いわゆる「悪魔」としてストレートに表現するとわかりやすく、伝わりやすい一方で、寄せすぎると怖い方向に作りがちで、イメージを抜け出せない……立ちはだかる壁に苦戦していた時、ある気づきが解決の糸口になりました。
それは、サタンという存在がヤギで表されているモチーフが多いということ。最終的に「正気のサタンとは、サタンではなくヤギである」という設定をもってデザインを再構築。
目まぐるしい日々をエンジョイしているワーキング家事プレイヤーとして、バカンスを想起させるサングラスや小粋なスーツを着せたりと、リアルタッチをデフォルメしていくことで親しみのあるキャラクターが出来上がりました。完成したビジュアルがこちらです。

「9つの要素は、より多く感じられるほどヤッホーらしいデザインになっていきます。反する印象の要素があった場合はNGとしていますが、不足している・感じられない要素があった場合でも、その他の項目が抜群に感じられる要素で補えていればOKとしています。こうして改めてラインナップを見てみますが、いかがでしょうか?感じられますか?ぜひ店頭で見かけたら手に取ってみてください」

ネーミング、デザインが決まったら最後はヤッホーブルーイングの常套手段。缶の裏に想いを込めたメッセージをあしらいます。こうして、正気のサタンのパッケージは遂に完成を迎えました。

開発期間/チーム編成

ここで簡単に工程期間とチームのおさらいです。
このプロジェクトはターゲット選定・インサイト導出に4ヶ月、コンセプト開発に3ヶ月、ネーミングに2ヶ月、デザインに3ヶ月ほど。トータルで約一年をかけて作られました。チーム編成は、コンセプト開発までの過程に、ブランド開発メンバー「よなよな未来課」から4人。ネーミングやデザイン工程にはアイデアの数が必要なので、クリエイティブメンバーだけでなく、営業やイベント企画など様々なユニットからの社内公募でチームが編成されました。

プロモーション施策

無事にローンチまで漕ぎ着けた正気のサタン。ローンチにあたっては、販売先との関係性などから様々な制約条件が存在すること、製造キャパシティの制限やコミュニケーションリソースの限界、また競合製品との兼ね合いなども考えながら戦略を練っていく必要がありました。
その上でヤッホーブルーイングとしてのゴールはどこなのかを整理していきます。まずは発売時の売り上げを最大化させるための認知・トライアル期間の最大化、特定セグメント(ビールファン、既存ファン)での製品受容と定着、また「醸造系クラフトドリンク」という新しいカテゴリをメッセージングし他社と差別化していくこと。
また次に考えることは、コミュニケーションメッセージとしてどのポイントを訴求していくかということです。コンセプト、製法、カテゴリなど様々な視点から議論を重ねた結果、やはり圧倒的に自信があったのは「味」。「0.7%なのに、美味しい」「クラフトブルワーが本気でつくった0.7%」といったメッセージを、ストレートに「美味しい」と言わずにどう伝えていくことが望ましいか。さらに議論を重ねて辿り着いたプロモーション施策が、「味以外、全部公開」というものでした。

すぐに作成に取り掛かったのは、2万字を超える開発エピソードを掲載した特設サイトです。前述のようなコンセプト設計に至るエピソードや、930のネーミング案も、サイト内で全て公開されています。味以外の情報を徹底的に公開することで、話題が広まり、多くの方に手に取ってもらいたいという狙いがありました。

他にも、SNS投稿キャンペーンで味の感想を募集したり、インフルエンサーのサンプリングなど、「どんな味か気になる!」と思わせるようなコミュニケーション施策が次々に行われていきました。事前告知や話題作りで初期行動を加速させ、SNS発信によってファンの方々の協力を得ながら、ターゲットに情報が染み出していくような方法を構築。そして少しずつターゲット層の人が手に取ってくれるようになって、次第に認知が拡大していくことで、話題がマス化するという展開イメージです。

「これが正気のサタンの開発ストーリーです。その後も、お酒が飲めない人たちだけを集めた飲み会イベントも行うなど、さまざまな仕掛け作りを行いました。来年以降も、プレゼンスを上げるような展開を考えていこうと思っています」

さいごに

冒頭の宣言通り、ヤッホーブルーイング流のブランド開発についてとことん披露してくださった本田氏。結びとして、次のように語ります。

「よく “そんな商品求めてないですよ” とか “こんな名前大丈夫ですか?” というお声をいただくのですが、我が社として、賛否両論は大歓迎ですし、賛否両論があるものの方が強いと思っています。
iPhoneがなかった時代にその価値は誰にもわからなかった、と言われるように、消費者は今存在しないものを判断できないということです。我々は、これまでになかったものを作る時、現在の市場の評価よりも新しい氷山の一角を目指しています。狭く深く刺さるブランド開発こそが、ファンを生む第一歩になって、ファンがブランドを強くしてくれるはず。この後も面白い製品を作っていきたいと思いますので、よろしくお願いします!」

徹底したマーケティングリサーチをベースに、驚きやアイデアが詰まったヒット商品を生み出すヤッホーブルーイング。自分たちが築き上げた関係性を信じ続ける強さが、新しいものを生み出すエネルギーや確かなブランディングの火種になっていると言えそうです。

Q&A

全員が納得できるまで話す、の全員とはどのような人まで含むのでしょうか?製造する人、売る人(営業する人)なども含むのでしょうか?

― 開発チームに入っていたメンバーのことです。正気のサタンで言うと10人ほどのメンバーを指します。

アンケートは、外部のものと社内のもの両方でしょうか?

― 両方です。まず社内でやってみることも多いんですが、社内はそもそもクラフトビール好きばかり揃っているので、どうしても偏ってしまいます。社内である程度目線が定まった、というところで社外の様々なサービスを活用したり、知り合いを通じて色々な方にアンケートに協力してもらっています。

毎度1本はいつも1年かけて市場まで出していますか?

― 場合によりますかね。市場にどう出すかが決まっている場合はそれに準じて企画していきますが、時間の許す限りという感じで、プロジェクトごとに期間も異なります。必ずしも毎回1年というわけではないです。

ネーミングとデザインは社内公募とのことですが、社内のだれに聞くとよいという考えはありますか?

― ネーミングはチームで作ってチームの全員で考えていきます。デザインに関しても、アイデアはチーム内で、制作は外部に依頼しています。社内でアンケートをする時は、その企画のターゲット層にあった社員を抽出してみることがあります。誰か特定の人の意見が強い、というようなことはあまりないですね。

ユニークなプロダクトやイベントを作り出すには企業文化が大きな要因の一つだと思います。 ”スピード感のトレードオフとして全体が合意するまで話し合う” も一つだと思うのですが企業文化はどのように作り、どのようにその文化を浸透・成熟させているのでしょうか?

― かなりこだわりを持っているところで、いろいろなことを実施していますが、まず「企業文化に合致している人じゃないと入れない」ということが大前提です。入社面接の行程もなかなかに多いのですが、その中でも企業文化に合うかどうかは採用軸として重視しています。なので、まず採用の段階でのハードルがしっかりある、というのが一つ。
また、新卒や中途採用に限らず、新入社員は1ヶ月の研修期間を設けています。そこで合意形成を行なって、最大限の力を発揮するという流れをとっています。あとは企業理念の日(文化の日)みたいなものを設けて、てんちょ(社長のニックネーム)が社員に向かって理念を伝える機会がたくさんありますね。

コンセプトが先か味が先か、または順番を決めずに走り出すことがあるのか、気になります。

― 正気のサタンは味が先でした。開発着手前に一度、社内で低アルコール飲料が作れるのかを調査してみたことがあって、その時に「いい味ができたら考えよう」ということでまとまったんです。そこから完成までに1〜2年かかったと思うんですが、ある日突然「うまいのできたぞ!よろしく!」と商品が上がってきたんですよね(笑)。
あまりマーケットインするスタイルではないので、このようにプロダクトと並走して同じタイミングで始まることもあるし、いろいろなパターンがありますね。

正気のサタンは既存のファン(お客様)が火付け役になった印象を受けました。既存のファンが見込めない0からの企画の場合、アプローチは変わると思います。ヤッホーブルーイングさまがファンを作るために行ってきた一部の人にササる強烈なブランド力はどこから生まれた発想、戦略なのか気になります。

― 現在ヤッホーブルーイングは創立26年になるのですが、最初地ビールブームに乗ったことで一気に売り上げが上がり、その後一気に売り上げが低迷した時期がありました。その時に支えてくれたのがファンの皆さんだったんです。
当初なかなか小売り先がない中で、楽天の販売サイトを通じてファンの声を聞いたり、ファンの皆さんと飲み会をする企画(「宴」という恒例イベント)をしてみたり、試行錯誤しながら会社を立て直して行った時に、ファンとの交流が本当にエネルギーになるということがわかり、それが今にも通じる大きなポイントになっています。
またその上で、いかにブランドとして尖っていくかということ、クラフトビールとしてのつくり手のこだわりやトレードオフの差別化戦略などを行なっていく上で、少しずつパズルがはまっていったという感じです。

販売終了してしまった製品も過去にはあろうかと思いますが、共通点などはありますか?

― 共通点があるわけではないですが、製造キャパシティというものがあるので、ある製品が売れれば売れるほど、市場の小さい製品のキャパがなくなってしまうという背景を踏まえて、製造の取捨選択をしています。一度なくなってしまった製品でも、ポイントで復活させる話が出る時もあります。

デザインは「定着」「アイデア」の二つとお聞きし、デザイナーとして非常に興味を持ちました。よければ「定着」についてもう一度具体的にお聞きしたいです。

― 僕がデザイナーじゃないので上手に答えるのがとても難しいのですが……シンプルにいうと完成度のことです。アイデアをたくさん出していった時に、これが本当に完成度の高い製品になるのかということを考えるというか。最終的に面白いネーミング、面白いデザインになるかという逆算をしていく訓練をする。そうしていくうちに面白い製品になっていくんですよね。
アイデアを出していくうちに混乱していって、後から考えると意味がわからないアイデアもたくさんあるんですけど、そうした時に意味わかんないものを残さないようにするというか、そうやってアイデアと定着性を交互に見てアイデアを考えていくようにしています。

商品ロゴとパッケージは同じタイミングで制作しますか?

― はい、同じタイミングでデザイナーさんに依頼して作ってもらっています。

よなよな未来課以外も同じようなユニークなネーミングの部署はあるんですか?

― 変な名前ばっかりですよ。例えば、製造チームは「麦府(ばくふ)」という名前で、その中の醸造側担当は「北奉行」設備は「中奉行」充填は「南奉行」とか。あとは東京の営業は「東京カテゴリラ」というチームで、クラフトビールカテゴリをつくる営業チームだ、とかうたってました。通販系は「通販団・星組」「通販団・月組」とか……社内でしか伝わらないよなあ、っていう名前が多いですね(笑)

ファンとのコミュニケーションは、商品開発に対する関与と、宴のファンミーティング以外にどのようなことをされているのでしょうか。また、リピートしてくれるお客様をよりファンにする方法等、実施されていることがございましたらお教えいただけますと幸いです。

― 直接コミュニケーションを取るというと、飲み会が中心です。醸造所見学ツアーとして、夏の間は週末解放しています。実際にファンの方と連絡先を交換して繋がっている社員もいたりするので、会社の見え方など、率直な意見をヒアリングするシーンもあります。あとは「おもいやり隊」というチームがあるのですが、SNS上の投稿があったら見に行って実際に回答するというようなこともしています。

主に洋菓子のパッケージをお作りする会社に所属しております、企画デザイン部のデザイナーです。最後の方にお話されていらっしゃいました「今存在しないものは消費者は判断できない」という言葉を日々痛感しております。お客様や他部署にご提案する際、それまでに準備した情報を持って行ってかつ納得していただくためにされていらっしゃる事や喋られている事、気をつけられていらっしゃる事がありましたらご教示願いたいです。

― どういう提案するかっていう話ですよね、存在しないものの価値をどう伝えるか。これはあまり苦労していなくて、社長がそもそもこういうものに価値を感じる人なので、世にある評価されているものを持っていっても逆に納得しなくて、「本当に氷山の一角の隠れたインサイトを発見できているか」を見ている。
なので、社内でこの部分で苦労することはないです。外向けの、例えば販売してもらう上での提案は、コンセプトとのターゲットユーザーの話など、消費者がパッと判断できないところはそこまで明示しないですが、製品の新しさや付加価値を丁寧に伝えるようにしています。

①ターゲット選定、インサイト導出 ②コンセプト開発 を終えて、③ネーミング・デザイン のフェーズに移った段階でクリエイティブメンバーの意見をきっかけに①や②に立ち戻ることはありますか?

― どうなんだろう?と疑問に感じて議論することはありますが、基本的に後戻りすることはありません。

「正気のサタン」のパッケージデザインの文字の部分デザインの候補パターンの数と、最終的に今回のデザインに決定された過程はどのようなものだったのでしょうか?今回の文字部分のデザインの物語を教えて頂けないでしょうか。正気のサタンのネーミングとサタンがヤギは分かりましたが、文字デザインの決定はどうだったのでしょうか?

― 実は他のデザインにハマっていたロゴを活かして、そこにヤギを持ってきたというのが実のところです。いくつか案は挙がってきたんですが、何でこの組み合わせになったかというと、“ハマった” としか言いようがないかな……一番視認性もあって当たり前でなくて、ヤギに合致していたから決定したという感じです。

①できたコンセプトにご自身の共感は必要ですか?②ネーミングの中にモチーフがあることが多いですね。意図されているのでしょうか?

― ①必要です。例えば、女性ターゲットのものを男性が作れるかと言ったら、作れるとは思いますが、近いターゲットがいたほうがいいとは思うので、ターゲットユーザーに近い人間がチームに入るということはよくあります。
②意図的にそういうものを作っているというわけではないです。候補の中で強いものが上がってくるので、モチーフが入ったものが選ばれることがやや多いかもしれないですが。基本的には意図しているわけではありません。

販売されている商品数が多いのですが、全てコンセプトが違うかと思います。ビールという括りからコンセプトを広げていくコツはありますか?

― 基本的には「個別ブランド性」ということを意識していて、実は製品に「ヤッホーブルーイング」って書いていないんです。その上で、それぞれのターゲットとそれぞれのコンセプトを尖らせていくということを一番に考えています。なので、ビールというよりは、この製品が誰にとって何なのかということを大事にしています。

ネーミング930案のうち、ChatGPTのものは入っていますか?

― 入っていません!(笑)


今回はたくさんヤッホーさんのビールを準備していましたが、せっかくなので……ビール好きの司会者と一緒に「乾杯!」で締めくくりました。


Font College Open Campusはこれからも不定期に開催し、noteでレポートを掲載していきます。今後の掲載もどうぞお楽しみに!