【座談会】「美酢(ミチョ)」商品パッケージからCMまで、ブランドの世界観を表現するオリジナルフォント135文字の舞台裏
100%果実発酵のお酢から作られた、韓国発のビネガードリンク・美酢。日本でも、健康や美容を意識する人々を中心に人気を集めています。美酢を販売するCJ FOODS JAPANさんは、リブランディングプロジェクトの一環として、美酢のオリジナルフォント制作を企画され、モリサワがそのお手伝いをしました。
今回は、オリジナルフォント完成までの道のりや込めた思いを、同社のお二人と、制作に携わったモリサワメンバーで振り返ります。
1.時代の空気を取り入れたオリジナルフォントでブランドをアップデート
荻野 美酢は日本でも人気が高く、商品や広告を目にする機会も増えました。新商品もたくさん登場していますよね。
池田さん 最初は900mLの希釈タイプのみの展開でしたが、日本の食シーンの多様化に合わせて、2018年からはストレートタイプやゼリー、アルコール商品など、ラインナップを充実させています。お酢飲料というと、従来は「健康のために無理して飲む」イメージでしたよね。美酢は飲みやすく、果実の美味しさを楽しめるのが特徴で、若年層の女性を意識したブランドです。
荻野 そんな美酢のオリジナルフォントを制作したいと、モリサワにお問い合わせいただいたのが、2022年の6月でした。
曺さん 2011年に日本での販売を開始して以来、おかげさまで順調にファンを増やしてきました。ただ、販売開始から時間が経ったこともあり、今の時代に合ったイメージにブランドを再構築して、さらに多くの方々に美酢の持つビューティーベネフィット(便益)を伝えようということになりました。オリジナルフォントの制作はその一環です。
本間 これまでに御社でオリジナルフォントを制作されたことはあるんですか?
曺さん 韓国のCJ FOODSにはコーポレートフォントがあり、歴史あるいくつかのブランドも独自のフォントを持っていますが、日本では初めてです。
荻野 欧文やハングルはトータルの文字数から見て、比較的オリジナルフォントのハードルが低いといえるかもしれませんね。今回はロゴ周りでよく使う漢字、ひらがな、カタカナ合計135文字をオリジナルフォントとして開発したい、というご要望でした。
何万字にも及ぶ日本語の場合、全ての文字をオリジナルフォントで開発するのは時間と費用がかかります。しかし使用頻度の高い文字をピックアップするのは、短納期かつ低コストで制作できる良いアイデアだったと思います。
2.象徴性・視認性・汎用性。オリジナルフォントの3要件
本間 オリジナルフォントを開発される前は、既存フォントを使われていたんですよね。
曺さん はい。以前のロゴは、既存のフォントをベースに作ったもので、優しく自然な雰囲気が美酢のブランドイメージともとても合っていると感じていました。モリサワさんはどんな雰囲気のフォントも得意とされている印象があり、今の美酢、さらには10年後の美酢のイメージも的確に表現してくださると感じて、お願いしました。
荻野 ありがとうございます!フォント開発にあたって、言語化しづらいイメージをお客様と共有することは重要でありながら難しい部分でもあるのですが、お伝えいただいた要件が非常にクリアでしたので、制作の流れもスムーズだった印象があります。
曺さん そうですね。オリジナルフォントを作るにあたり、まず「守っていくもの」と「変えるもの」を明確にすることが重要だと考えました。美酢の優しくカジュアルな世界観は守りつつ、そこに現代的なフレッシュさや活気を加えていく、またロゴや商品パッケージだけでなく、映像、ウェブ、オフラインの販促物にまで幅広く使用するものなので、どの媒体であっても美しく表現できる汎用性も不可欠でした。それだけに、制作時に考慮すべきことは多かったですね。
荻野 具体的にはどういった部分ですか?
曺さん 同じ広告でも、テレビと屋外のデジタルサイネージでは、対象物を見る距離がまったく違いますよね。また、紙に印刷することもあればモニターに表示するケースもあります。媒体や大きさを問わず、お客様がきちんと読めて、かつ美酢の世界観が伝わるようにするには、あらゆる角度から慎重に検討する必要がありました。
ただ、モリサワさんがフォントデザイン案だけでなく、実際の商品に展開した場合どう見えるか、サンプル画像を作成してくださったので、視覚的なイメージがつかみやすかったです。
本間 「きちんと読める」こと、カタカナの視認性の高さは重要なポイントでしたね。
曺さん 大事ですね。美酢のロゴにはカタカナで「ミチョ」と読み仮名を入れるんですが、常に大きく入れられるわけではありませんし、印刷方法によっても見え方は変わります。フレーバー名もカタカナが多く、ロゴの下に小さく入るケースが多いんですよね。
本間 下に色を引くとさらに読みづらくなりますしね。なので、実際に商品を購入して研究しました。文字がプリントされたキャップのふたを見ながら、小さくても印刷でつぶれないよう、文字のパーツを離して空間を持たせようとか、印刷に耐え得る文字の太さはどれくらいか、といったことを考えて提案しました。
荻野 それだけではなく本間は、既存フォントと組み合わせて使う汎用性も意識していたように思います。
本間 そうですね。文字数を絞り込んでのご依頼だったので、最初から他フォントとの併用を想定していました。なので、他フォントと文字サイズが大きく変わらないよう、ちょうどいい塩梅を探りました。
最初に、キュートでアクティブな印象を持たせた案、直線的な要素を強めて爽やかな印象を持たせた案など4つのイメージパターンでデザインを作成しました。漢字はブランドイメージを保つ意図もあって、既存の美酢のロゴから大きく変えず、少しずつ印象を変えたものから全く変えないものまで提案に加えました。カタカナとひらがなは漢字とのバランスをみながら、それぞれのイメージに合わせてデザインし、提案しました。
曺さん お願いした通りの雰囲気で、さらに細かくパターンを分けてくださったので、新しい美酢のイメージによりフィットしたものを選ぶことができました。文字自体の完成度も高く、パッケージでも販促物でも読みやすく入れられるなと思いました。
本間 最終的には全体に丸みを持たせ、重心を低めにとってかわいらしさを出し、アクティブ性を高めたパターンに決定されましたね。その理由をうかがってもいいですか…?
曺さん 「ブランドイメージと合うか」という象徴性の部分と、視認性、汎用性。一番大切なこの3点をクリアしていたのはもちろんですが、デザイナーとしてとても魅力を感じました。理屈で選ぶところと感性で選ぶところがピタっと一致しましたね。
本間 わっ、ただただ嬉しいです!
曺さん 文字の太さに関しては、ワンウエイト(1種類の太さ)でありながらもさまざまな媒体で使えるようにお願いしましたが、複数のパターンを見せてくださったので、最適な太さを選ぶことができました。
本間 ご提案したものに対して、もう少し太くしたいというご要望をいただき、文字全体の太さを変えた2パターンと、先端やはらいの太さは変えず、他の部分の太さだけを変えた2パターン、計4パターンをご提案しました。
曺さん 先端やはらいの部分をそのままにしていただいたパターンでは、もともとのアクティブなイメージをそのままに、太さを維持できて希望通りでした。本当にわずかな違いではあるんですけれど、見た目や雰囲気が大きく変わることがよく分かりました。
3.オリジナルの記号も! カスタムフォントでできること
荻野 今後、多くの場面で使用していただくフォントですので、デザインチームのみなさんの使いやすさに寄り添って、タイプデザイナーとしてとことんこだわりましたよね。
本間 カタカナの「タ」の点の打ち方でしょうか。当初上付きだったんですけど、曺さんから「下にできませんか」とご連絡をいただいて。
曺さん そうそう。デザインチームのメンバーから「下に点がある方が見慣れた感じがする」と意見が出まして。いろんなフォントの「タ」を検証して、デザイン以外の部署の人にも見てもらい、最終的に変更をお願いしました。フレッシュさも必要ですけど、安心感も大事ですから。
あとは音引きの長さも細かく調整しましたね。フレーバー名には「グレープフルーツ」など複数の音引きが入るものが多く、そのままだと音引きだけが目立ってしまう。よって当初は「音引きは短めで」、とお願いしていました。
本間 短めの音引きをデザインし、実際に文字を並べたときに、もう少し長めがいいんじゃないかとコメントをいただいて。それで、キーボード変換で呼び出す形で、長めと短めの2種類の音引きをご用意しました。文字を詰めて表示する商品パッケージには短い音引き、それ以外は長い音引きと使い分けができるようになっています。
曺さん 長体(文字の横幅を縮めること)をかけることもできるんですが、そうやって無理やり短くするより、最初からデザインされたものを使えば一番きれいに見えるだろうと。
本間 今回、初めてトライしたのが「しずく」マークの制作でした。制作文字として作ってほしいとのご要望を受けて、ひらがなの「しずく」を漢字に変換(雫)するとこのマークが出るように設計しています。
曺さん 記号のひとつとして作っていただいた、美酢だけのマークです!
荻野 文字として扱えるので、級数で大きさや色を自由に変えられます。そこは弊社が提供する、カスタムフォントならではのメリットといえますね。文字の呼び出し方も、お客様が使いやすい形にアレンジできますので、どんどん活用していただきたいです!
4. 「ミチョフォント」が広げるブランドの世界観
荻野 既にCMで新フォント「CJ MICHO」が採用されていますが、実際の制作物に使ってみてどのように感じましたか。
池田さん 社内では通称「ミチョフォント」と呼んでいます。他のフォントと併用する形ではありましたが、違和感なくマッチしていたのでよかったです。とはいえ今後、さまざまな媒体で大々的に活用していく上で、文字数を追加する必要も出てくるのかな、と思っています。
曺さん 一つの文章内では、できる限り他フォントを混ぜずにミチョフォントで統一したいですね。
池田さん 私は制作の実務には関わっていないのですが、ミチョフォントが完成したことによって、デザインの可能性がものすごく広がったと感じていて、これからが楽しみです。このプロジェクトに関わったメンバー全員、作ってよかった!と思っていますね。
曺さん 文字を打つだけですぐに美酢の世界観を広げられるところは非常に助かっています。本格的な活用はこれからですが、フォント自体は使いやすく、今後、パッケージやさまざまなデザインがスムーズに行えそうです。また、美酢がここまで成長して、ブランド固有のフォントを持てたことにプライドを感じます。そしてそれをモリサワさんに作っていただいたのは、個人的にもとてもうれしいことでした。
本間 自分が携わったミチョフォントを、今後、街やお店で目にしたり、購入したりできるんだなと思うと、私もすごく楽しみです!
荻野 パッケージや各種販促物など幅広いシーンでご利用されるということで、可読性を重視しながらも、世界観を表現する、というご依頼に合ったフォントをご提供できたのではと思います。ミチョフォントがさまざまな場所で活躍されれば、フォントメーカーとしてもこれほどうれしいことはありません。本日はどうもありがとうございました!
オリジナルフォント開発という一つの目標に向かって、思いを共有しながら進んだ、各人の熱量が感じられる座談会でした。みなさんがどこかで「ミチョフォント」を目にされた際に、今回ご紹介したポイントを思い出していただけるとうれしいです。
CJ FOODS JAPANのお二人からは、美酢ブランドの一翼を担う矜持と、「きちんと伝える」ことへの責任感が伝わってきました。改めてありがとうございました!