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【インタビュー】わたしの“推し”フォント 第9回 芥陽子「作品の印象に大きく影響する本文には、その作品らしさと読みやすさを両立した書体を」

いま、私たちは情報の多くを文字から受け取っています。メディアの中心が印刷物からスクリーンに変わってもなお、文字がコミュニケーションのひとつの要であることは変わりません。
「My MORISAWA PASSPORT わたしの“推し”フォント」では、さまざまなジャンルのデザイン、その第一線で活躍するデザイナーに、文字・フォントをデザインワークのなかでどのように位置づけ、どのような意図・考えで書体を選択しているのかをインタビュー。あわせて、「MORISAWA PASSPORT」“推し”フォントを紹介いただきます。
第9回は、ブックデザインを中心に活躍を続ける芥(あくた)陽子さんにお話を伺いました。

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芥 陽子
アートディレクター/グラフィックデザイナー。
アパレル雑貨の企画デザインを経て、現在の仕事はブックデザインを中心に、美術展の構成・ポスター等、アニメ・映画の広告、CD、DVD、Blu-ray他パッケージデザイン、雑貨、店舗ディスプレイなど。


1.芥さんのデザインワーク

芥さんのデザインフィールドはおもにブックデザイン。
手がける本のジャンルは幅広く、文芸からコミックまで多種多様ですが、その内容、世界観、対象、読ませるリズムとそこから引き起こされる感情、ストーリーへの没入感……さまざまな要素を織り込みながら、作品の器としての本を作り上げています。
芥さんの現在の仕事はブックデザインが7〜8割を占め、残りは美術展やアニメ、映画関連と、非常に多岐に渡ります。

「全国5つの会場に巡回した萩尾望都さんの美術展『デビュー50周年記念 萩尾望都 ポーの一族展』では、企画(展示作品選定・展示順等)から入り、ポスター、チラシ、看板、サイネージ等広告類、展示パネル、キャプション、図録、グッズ類一式を手がけました。
アニメ・映画でロゴや広告、DVD・Blu-rayパッケージを担当した作品には『獣王星』『西洋骨董洋菓子店』『四畳半神話大系』『伏 鉄砲娘の捕物帳』『百日紅』『シャドーハウス』『犬王』(2021年4月現在作成中)などがあります」

芥さんの仕事はこうしたコンテンツに関わるデザインだけにとどまりません。
過去には、CDジャケット、スキンケアブランドのパッケージデザイン、眼鏡ブランドzoffの姉妹ブランド「CONSOMME」の店舗ディスプレイ等を担当。
ブックデザイン、広告、パッケージと、多く仕事を手がけるなかで、文字・書体に持たせる役割や重みは違うのでしょうか。芥さんに聞きました。

「デザインするものが変わっても、文字や書体に持たせる役割は同じです。これまでブックデザインだから、パッケージだから、と分けて考えたことはなかったですね。
グッズのデザインのように文字が占める割合がとても小さい場合でも、選ぶ書体や組みかたによって、全体の雰囲気に大きく影響すると思っています」

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2.ブックデザイナーに至る道

いま、ブックデザイナーとして活躍する芥さんは、いつ、どのように本の魅力に触れ、どのような経緯でブックデザインを仕事にすることになったのでしょうか。

「もともと本は読むことも物としても好きでしたが、いま振り返ってみると一番最初に“ブックデザイン”というものを意識したのは、子どものころに学校の帰り道の本屋さんで見た『大島弓子選集』(朝日ソノラマ)がきっかけだと思います。
当時の漫画といえば、フレームがあって同じ書体のタイトルがあるような定型フォーマットのものしか意識にありませんでしたが、羽良多平吉さんが装丁をされたこのシリーズは、白い布のような風合いの紙のカバーに小口は真っ黒、金や銀の帯にきれいに組まれた文字……シックで瀟洒な雰囲気で、こんな素敵な漫画本があるんだなと思いました。
装丁に惹かれて本を買い、大島弓子さんの漫画を初めて読んだのですが本当に素晴らしい作品で、なるほどこの装丁はぴったりだな、と思いました」

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こうしてデザインの道を志したものの、すぐにブックデザインの現場に進んだわけではありませんでした。

「奨学金をもらいながら桑沢デザイン研究所の夜間に通い、昼間は広告デザインの事務所でアルバイトをしました。アルバイトと言っても、仕事はおもに使いっ走り。紙焼きや版下作りを手伝うこともありました。
ただ、広告デザインの現場は、見ていて広告代理店とのやり取りが不毛で不条理に感じられましたし、体力的にも大変……という印象を受けたので、“卒業後は広告以外のデザインをしよう”と、そのときに思いました」

次についた仕事は、雑貨屋の企画デザイン。

「人に勧められて、アルバイトのつもりで面接に行ったら、その日から採用されてしまったからという、なりゆきまかせな理由で就職したのですが、かなり尖った、変わった雑貨や服を作っている会社だったので、仕事が楽しくて、あっという間に数年が過ぎました。
ただ、途中から顧客の対象年齢が下がっていき、中高生向けにそのときの流行のものを作らなければいけなくなってきました。
ある夏、墨絵のような和柄のTシャツが流行り、秋に“これからはスクールパンクだ!”と方針が決まったとき、“付き合いきれん!だいたい、’スクールパンク’って何だよ!?”と思ってしまい、ほどなくして仕事を辞めることになりました」

広告デザインの現場に触れ、雑貨の企画デザインの仕事についた芥さん。
次の仕事を思案するなかで、子どものころに出会った大島弓子さんの本に惹かれたことを思い返し、「わたしもいつか、素敵な本を造ってみたい」という想いから、ブックデザイナーへ道を模索するように。そして早速、行動を始めます。

「ブックデザインは内容に沿って作られるものだから、「和柄だ、次はパンクだ」というような、ポリシーのない“しょうもない流行”はないんじゃないかと思いました。あとになって、ブックデザインにも一部のファッションほどではないにせよ、長いスパンで流行があるということを知ることになるのですけれど。
実は雑貨のデザインを辞めたあと、ある人に依頼(無茶ぶり)されてまったく未経験の状態で一冊ブックデザインをしたことがあります。
なんとかできあがって、「本造り楽しいな!」と思ったのですが、これはどこかでもっとちゃんと修業したほうがいいなとも思ったのです。それに、女ひとりでフリーを始めたばかりだと舐められていろいろと危ないこともあり、事務所に所属したほうが安全だなとも思いました。
そこでとりあえず青山ブックセンターに行って、平積みになっていたデザイン雑誌『デザインの現場』を見てみたら、ちょうどブックデザインが特集されていたんです。そのなかで、目に留まったのが祖父江さんのページでした。
“こんなメチャクチャなことやっていいんだ……”と思えた吉田戦車さんの『伝染るんです。』から、佇まいが本当に素敵な『トーベ・ヤンソン短編集』まで手がける、その振り幅が素晴らしいと思えて、祖父江慎さんの事務所(コズフィッシュ)に電話をかけることにしました」

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一度目は「スタッフは募集していない」とのことで断られるものの、三ヶ月後に再び連絡をすると面接をしてもらえることになります。

「作品ファイルを見せたら、“ぜひ来てほしいけれど、いまスタッフを雇う余裕はなくて……”と言われて。それなら仕方ないと諦めようかと思ったのですが、そのときの祖父江さんはとてもお忙しそうだったので、『せっかくだからなにか手伝って帰りましょうか?』と伝えたところ、結果的に夜中まで手伝うことになってしまって(笑)。
そのまま、『明日も来て』が毎日繰り返されて一週間が経ったころ、“アルバイトでもいいなら”という条件で働けることになりました。
その後、当時在籍されていた先輩が退職したことをきっかけに社員になったんです」

コズフィッシュでの日々は、芥さんにとってブックデザイナーとしての基礎を築き、造本、紙、印刷、文字、書体……ブックデザインに必要なあらゆる学びを得る時間となりました。

「ブックデザインに関することは、すべてコズフィッシュで学びました。体力的には大変でしたが、本づくりはおもしろかったですし、楽しかったですね。
広告の事務所や雑貨のデザインでもモンセン(欧文書体の清刷り見本帳)やレタリングや写植で版下を作っていましたが、文字組みはキャッチコピー程度のものだったので、本文組みについてもここで教えてもらいました。
祖父江さんは『伝染るんです。』のようにハチャメチャな造本、デザインをしている印象がありますが、トラディッショナルな造本もされますし、文字組みは厳密で、しっかりしているんです。まず基本の『型』があるからこそ崩せるし、効果的なんだという学びがありました」

その後、指名での仕事が増え、シェアメイトが家を出たことで自宅に仕事のスペースを作れるようになったこと等の理由が重なり、独立を決意。2006年、ブックデザイナーとしての活動をスタートしました。

3.書体が持つイメージをキャラクターとして捉える

MORISAWA PASSPORT等のサブスクリプションサービスが登場し、多くの書体が使えるようになったいま、芥さんは書体をどのように選び、デザインに活かしているのでしょうか。
まずは芥さんが魅力を感じる書体、使いやすいと思う書体について伺いました。

「和文書体では、ちょっと時代のついたクセのある明朝が好きです。
たとえば、モリサワフォントなら秀英3号5号あとは築地体系の書体。担当する仕事が、暗く美しいものや、ちょっとこじれているもの、まがまがしいものが多いので、こうした明朝体が大活躍します。
肩の力の抜けた楽しいエッセイなどの仕事も多いので、近年、丸ゴシックがたくさんリリースされているのは大変ありがたいですね。秀英丸ゴシックちび丸ゴシックなどは、使いやすい書体だと思います。
欧文は、基本的には端正でエレガントな書体が好きです。
GaramondCentaurGill sansのように、長い年月を生き抜き磨かれてきたトラディッショナルな書体はやはり美しいなと思います。こうした書体は、偉大な長老や仙人のお力を借りるつもりで使っています」

毎年、さまざまな書体がリリースされ、書体選びにも多くの選択肢があるなかで、それぞれの書体の特徴をどのように把握しているのでしょうか。

「書体はそれぞれの特徴を、性格、キャラクター、雰囲気、佇まいとしてイメージしているかもしれません。
ハキハキした口調の元気な書体、おおらかでちょっと図々しいくらいの雰囲気の書体、ニコニコと性格のよさそうな書体、やさしくおっとりとした佇まい、繊細でちょっと神経質で優雅な感じ、少し厳しいけど美しく上品な老婦人、気難しいけどノーブルな賢者、ちょっと緊張するけど来てもらえば間違いない、尊敬する長老たち……そうしたイメージで書体を捉えていて、それぞれの文字の力を借りてデザインをしているという気持ちが常にあります。自分自身よりも、偉大なフォントデザイナーたちを信頼していますから。
仕事で使う書体を考えるときは、純粋に文字のかたちとして捉えることと、性格・雰囲気として捉えること、その2つを同時に検討していて、その時々で割合を変えていくイメージですね」

それでは、芥さんは実際の仕事のなかでどのように書体を選んでいるのでしょうか。ここからは3つの事例をもとに、その考えかたを紐といていきましょう。

4.MORISAWA PASSPORT実例『犬たち』

『犬たち』は、ひたひたと忍び寄る呪縛と恍惚の幻想小説です。
少し違和感のある、厳かで緊張感のあるひんやりとした本文にしたかったので、書体は漢字にリュウミン R-KL、かなに秀英3号(98%)、約物にヒラギノ明朝 W3、英数字にAdobe Garamond(110%)を指定しました。
秀英3号、秀英5号はクセが強く、本来、本文書体には向かない書体だと思いますが、妖しい世界に耽溺していただきたいので、あえて求心力のあるものを選んでいます」

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5.MORISAWA PASSPORT実例『九十歳。何がめでたい』

「『九十歳。何がめでたい』は、九十歳を超えてますます闊達な佐藤愛子さんのエッセイです。
豪快で勢いのある内容であること、高齢読者が多いことを考慮して、ヒラギノ明朝を基本にウエイトは通常よく使われるW3より太めのW4に、サイズも大きめの15Qにしました。英数字はCaslonを110%で組み合わせています。
この指定は読者の方からも『文字が大きく、濃くて読みやすい』と好評だったそうです。
のびのびと楽しく元気なエッセイ・小説は、おおらかなヒラギノ明朝をよく指定しています」

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6.MORISAWA PASSPORT実例『きょうも、せんべろ 千円で酔える酒場の旅』

「『きょうも、せんべろ』は、“千円でべろべろになれる”呑み屋を歩くエッセイです。
堂々と機嫌よく呑み歩いている雰囲気にするため、見出しには凸版文久見出し明朝を使って、“せんべろだけど文豪(なんとなく池波正太郎のイメージ)っぽさの可笑しみ”を表現しました。
店名横の解説文には秀英角ゴシック 金を、本文には気さくなヒラギノ明朝 W4Caslon(110%)と組み合わせています」

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ここで紹介した3冊はいずれも本の内容と文字のイメージを重ね合わせて、書体が選ばれています。

「書籍のデザインでは、装丁はもちろん、本文書体の雰囲気が作品の印象に与える影響はかなり大きいと思っています。読みやすいことは当然として、厳粛なのか気さくなのか、軽妙なのか内省的なのか、勢いよく読む本なのか、じっくり読む本なのか。その作品が、その作品らしいかたちになるように、それでいて主張が強すぎて読書の邪魔にはならないような書体を選んでいます」

本においてあくまで主役はその内容。
内容のイメージを歪めることなく伝えるために、それにふさわしい書体を選ぶ。文字で伝えるメディアだからこそ、その選定はより慎重な作業になると言えるでしょう。

7.MORISAWA PASSPORT“推し”フォント

ここからは、MORISAWA PASSPORT収録書体の中から芥さんが“推し”の3つのフォントを紹介します。

1.A1明朝
「やわらかく、やさしいところが気にいっていて、タイトルやキャッチに大きく使います。明朝は基本的に端正だったり、ビシッと決まっている個性的な美しさがある書体が多いので、素直で狙っていない隙があってやわらかいA1明朝にしか出せない雰囲気が欲しいときがあります」

2.A1ゴシック L/R/M/B
「ぶきっちょでたどたどしいところがあり、タイトルやキャッチに大きな級数で使います。A1明朝と同じく、狙っていない隙があって、とぼけた感じ。活字のインクだまりやにじみのある秀英にじみシリーズもいいのですが、もっとゆるくて素朴な性格のよさが欲しいときに重宝します」

3.秀英体シリーズ
「秀英明朝には闊達で力強い文豪のイメージがあり、タイトルや惹句などに威力を発揮します。秀英3号は凛として流麗、ここぞというときに使いたい書体。秀英丸ゴシックは品よく、かわいいですし、秀英にじみシリーズは手軽に味が出せて便利な書体です」


芥さんがMORISAWA PASSPORTに感じている魅力、メリットはどこにあるのでしょうか。最後に聞いてみました。

「MORISAWA PASSPORTには、後工程と環境が共有しやすい、外字・旧字を持つ書体が揃っているというメリットがありますが、何よりも本に合う書体を探すとき、たくさんの書体を気軽に試せるのがいいですよね」


*この記事は2021年3⽉に発⾏された、マイナビ出版『+DESIGNING』vol.51掲載のものを加筆・再構成したものです。