【インタビュー】わたしの“推し”フォント 第3回 岡崎智弘(SWIMMING)「デザインは関係性をつなぐ仕事、文字はその中で情報を伝える器であり模型のようなもの」
いま、私たちは情報の多くを文字から受け取っています。メディアの中心が印刷物からスクリーンに変わってもなお、文字がコミュニケーションのひとつの要であることは変わりません。
「My MORISAWA PASSPORT わたしの“推し”フォント」では、さまざまなジャンルのデザイン、その第一線で活躍するデザイナーに、文字・フォントをデザインワークのなかでどのように位置づけ、どのような意図・考えで書体を選択しているのかをインタビュー。あわせて、「MORISAWA PASSPORT」“推し”フォントを紹介いただきます。
第3回は、グラフィックデザインを中心に印刷物、映像、展覧会などジャンルを問わず活躍する岡崎智弘さんにお話を伺いました。
岡崎智弘
グラフィックデザイナー
神奈川県出身。2011年9月よりデザインスタジオSWIMMINGを設立。
グラフィックデザインの思考を基軸に、印刷物/映像/展覧会など視覚伝達を中心とした領域を繋ぎながら、文化と経済の両輪でデザインの仕事に取り組む。代表的な仕事に、Eテレ「デザインあ 解散!コーナー」の企画制作、「紙工視点」「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE シーズンプロモーション“ anima of onomatopoeia”」「離島情報季刊誌ritokei」のグラフィックデザイン、「デザインあ展」「虫展ーデザインのお手本ー(21_21 DESIGN SIGHT)」の展示構成など、柔軟に活動を続ける。
1.デザインという仕事、書体の役割
グラフィックデザインの思考を軸に幅広い分野の仕事に取り組んでいる岡崎さんは関係性を作るのがデザインでありデザイナーの仕事と考えています。
「デザインはいろいろなものの関係性をつなぐ仕事だと思っていて、グラフィックであれば色やかたちと書体を組み合わせる、展示会では空間や時間軸、人の行動を考えて情報を伝えるための書体を組み合わせる、あらゆる関係性のなかで、何をすればいいのかを考えるのがデザインの役割だと思います」
関係性を作る仕事の中で書体というのはどのような存在なのでしょうか、その役割を聞いてみました。
「情報を送る側と受け取る側がいて、デザイナーはその間をつなぐわけですが、デザインを形作る中で書体は文字という情報をはじめとして、いろいろなものを載せる器という役割を持つものだと考えています。
人間は視覚を使ってコミュニケーションをすることができるので、まとまった情報を伝える時には文字は必要な道具だと思います。当り前に存在してて、みんなが共有して使える道具という意味では、文字の果たす役割はとても大きなものです」
2.岡崎さんにとっての書体とは
情報や空間、書き手と読み手をつなぐ関係性を作るデザインという仕事の中で、岡崎さんが書体に求める要素と何でしょうか。
「イメージや声色を持たせることを意図してデザインされた書体もあると思いますが、書体は器として機能することが必要なんじゃないかと思います。
書体はそれぞれの形から想起できるトーンがあると思いますが、一方でそうではない魅力、機能、特徴もあると考えています。文字を構成する点や線などの形、ひらがな、片仮名、漢字が形式として整ったパッケージになっているものが書体で、それ自身が主張するのではなく、情報を載せるための器であることが必要だと思います」
それでは、器としてふさわしい書体とはどのようなものなのでしょうか。
「僕が器として使いやすいと感じるのは、人があとからそこに意味を持たせることができる、“模型的”な書体です。
たとえば、人体の模型は構造とか存在を表すものであって、そこに個別の人格はありません。
同じように、余計な人格やイメージを持たない模型的な書体を構造として存在させることで、デザイナーや読む人がそこに意味を載せることができるんじゃないかなと。
一方、書体は平面の情報を扱うときに、統一したトーンで伝えることができる役割も持っています。
情報を載せるための器であり、トーンを整えるものでもある。書体はそうしたしくみを備えているものなんじゃないのかと考えています」
3.岡崎さんのデザイン&書体実例
岡崎さんが手がけた仕事のなかで、フォントはどのように使われているのか。実際に見てみましょう。
ひとつめは東京都現代美術館で開催された「おさなごころを、きみに」展の告知グラフィック。
郵送でも届けられることを考慮して判型を小さくし、文字要素も多めのデザインとなっています。
「Noritakeさんのイラストをメインビジュアルにこぶりなゴシックを合わせ、大人も子供も楽しめる展示、おさなごころという純真さとイラストのイメージにマッチするようにしました。
こぶりなゴシックはゴシック体の中でもやさしさや洗練された印象があると思っています。メインとなるビジュアルのまわりには余白を多めに持たせ、文字情報は四角にぎゅっと収める構造を設計しました」
岡崎さんの仕事、もうひつは2012年の創刊からデザインを担当している『ritokei』。
季刊で刊行されているタブロイド紙で、スタイリッシュな価値観とは別の価値観でデザインをされたということです。
「見出しは号によって変えるときもありますが、基本的に本文はリュウミンと游築五号仮名を組み合わせています。
展示やDM、読みものなど、媒体が違っても文字の役割は“あるトーンを持って内容を伝える”という点では同じですが、媒体の大きさによって人との距離感は違ってきますから、それにあわせた書体を選ぶというのは大事です。それぞれのスケールによって、人と文字との関係性というのは違ってきますから」
最後は2018年に松屋銀座内のデザインギャラリー1953で開催されたご自身の個展の告知用DMです。
「自分の名前の部分だけをA1ゴシックにして、ほかの情報と違う質感を感じるようにしています。
いろいろな書体を検討してにじませてみたりしましたが、写植を彷彿とさせるちょっとにじんだA1ゴシックのニュアンスが一番しっくりきました。
名前以外の要素ははっきりしたディテールの書体を使っているので、見た目にしても機能的にも、ごくわずかな違和感を感じさせるようにしたいと意図もありました」
4.MORISAWA PASSPORT “推し” フォント
その岡崎さんが選ぶ、MORISAWA PASSPORTイチオシのフォントとは何なのでしょうか。
ここからは3つの“推し”フォントをオススメポイントと合わせて紹介します。
1.中ゴシックBBB
「妙な模型感がここちよい書体だと思います。決して無味、無個性というわけではなくて、文字らしい特徴を持っていてしっくりなじむ一面がありながら、文字の典型としての模型のような感じ。どんな内容でも詰め込むことができる書体です」
2.こぶりなゴシックW1/W3/W6
「やわらかくて品がある。でも、やわらかすぎないという、ちょうどいい雰囲気を持ったゴシック体だと思います。文字から受ける印象を考えたとき、こぶりなゴシックは、広く実用として活用することができる気がするので、使いでのある書体だと思います」
3.リュウミンL/R/M/B/EB/H/EH/U-KL
「中ゴシックBBBと同じようにこれも模型性のある書体だと思っています。ファミリーのバリエーションも豊富に揃っているので構成しやすく使いやすい書体です。どのウエイトも全般的に整っていて、大きくしても小さくしても使いやすいですね」
文字は、分解すれば点や線といった要素や図と地で構成されただけのもの。
それを文字として認識し、意味を見出す人間の捉えかたと関係性自体がそもそもおもしろいと岡崎さんは言います。
歴史や背景、作り手の意図とはまた違う視点で書体を見てみると、また新しい発見があるかもしれません。
*この記事は2020年9月に発行された、マイナビ出版『+DESIGNING』vol.50掲載のものを加筆・再構成したものです。