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【インタビュー】わたしの“推し”フォント 第4回 大島依提亜「モリサワのオーソドックスな書体には普遍性がある。見出ゴMB31は僕にとってのマスターピース」

いま、私たちは情報の多くを文字から受け取っています。メディアの中心が印刷物からスクリーンに変わってもなお、文字がコミュニケーションのひとつの要であることは変わりません。
「My MORISAWA PASSPORT わたしの“推し”フォント」では、さまざまなジャンルのデザイン、その第一線で活躍するデザイナーに、文字・フォントをデザインワークのなかでどのように位置づけ、どのような意図・考えで書体を選択しているのかをインタビュー。あわせて、「MORISAWA PASSPORT」“推し”フォントを紹介いただきます。
第4回は、ブックデザインや映画のポスター・パンフレットのデザインで活躍を続ける大島依提亜さんにお話を伺いました。

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大島依提亜
栃木県生まれ。映画のグラフィックを中心に、展覧会や書籍のデザインを手がける。おもな仕事に、映画『シング・ストリート 未来へのうた』『万引き家族』『パターソン』『アメリカン・アニマルズ』『ミッドサマー』『ブックスマート』、展覧会「谷川俊太郎展」「高畑勲展」「ムーミン展」、書籍「鳥たち/吉本ばなな」「三の隣は五号室/長嶋有」「おたからサザエさん」「小箱/小川洋子」など。


1.大島依提亜さんの書体選び

大島依提亜さんが手がけたデザインを見ると、そのデザインバリエーションの幅広さに驚かされます。
しかし、そこに使われている書体はというと、それほど多くの書体を使っているわけではないとのこと。
それでは大島さんはどのように書体を選び、使っているのか。まずはそこから聞いてみました。

「MORISAWA PASSPORTを含め、複数のサブスクリプションサービスに加入していて、パッケージフォントも購入しているのですが、すべてのフォントをインストールしているわけではありません。よく使うものだけ、選んで入れています。
というのは、欧文書体をかなり買うので、それに加えて和文書体を大量にインストールしてしまうと、アプリケーションのフォントメニューが目も当てられない状態になってしまうからです(笑)」

和文書体はセレクトしつつ、一方で欧文書体は大量に購入する……その理由は、映画関係のデザインが多い大島さんならではのスタイルと言えます。

「映画の仕事の場合、まずその作品に合うトーン、特徴を備えた欧文書体を探すことから始まります。欧文書体を先に決めるのは、タイトルなどで英語を扱う機会が多いからです。
当然、作品がもつイメージは毎回違うものなので、新しい仕事が始まるたびに欧文書体を買ってしまうんです。買わないとなんだか不安になるというか(笑)。そのせいで欧文書体はどんどん増えてしまっています。
イメージに合う欧文書体が決まったら、それと組み合わせる日本語書体を選ぶのですが、特に欧文書体に特徴のあるものを使うときは、オーソドックスな日本語書体を選ぶようにしています。欧文書体で印象を作ることができれば、日本語書体がことさらに主張する必要はありませんから。
結果的に、欧文は幅広い書体をインストールしていて、和文はクセの少ない書体をセレクトして入れる……という状態になっています」

2.モリサワ書体がもつ普遍性とは

“クセの少ない、オーソドックスな書体”。そこからさらにひとつの書体に絞り込んでいく。そのプロセスはどのように行われるのでしょうか。

「僕は書体中毒のようなところがあって、いつもいろいろな書体を使いたいと思っているんです。
だから書体を検討するときも、イメージに合う書体や使ってみたい書体を比較検討していきます。
でも、やっぱり戻ってきてしまうことが多いのがモリサワ書体なんですよね。
たとえば明朝体を探していても、最後にはリュウミンが一番安心しますし、ゴシック体なら見出ゴMB31に行き着いてしまう。モリサワ書体には一種の安心感があるんです」

候補書体を検討するものの、結局は行き着いてしまうモリサワの定番書体。
限られた書体を使うことは、デザイン表現の幅を狭めてしまうことにはならないのでしょうか。

「たしかに、“まだこの書体を使っているの?”と思われないか不安になることもあります(笑)。だから同じ書体でもどうやったら、新鮮な使いかたができるかをいつも探っています。
特徴的なデザインの書体はそれだけで魅力的に目立たせることができますが、どの本、どのポスターにも使われていると思えるほど、世の中に行き渡ってしまうと、そこにひとつの価値観が作られてしまいます。
その点、モリサワのリュウミンやゴシックMB101のような書体は、多く使われていながらも一過性の流行としては扱われない、普遍性を獲得していると言えます。
たとえば、無印良品でゴシックMB101が使い続けられていても、ゴシックMB101が無印良品の顔だ、と思うことはありませんよね。特定の属性、印象、価値観を伴わないということが、書体における普遍性ではないかと思っています」

大島さんがオーソドックスなモリサワ書体を使い続ける理由はもうひとつあります。

「どんな書体であれ、その書体を使いこなすためには“慣れ”が必要だと思っています。慣らすまでに時間がかかるから、どうしても同じ書体に頼ってしまうというところもあるんじゃないかな。
新しい書体を見て“いいな”と思っても、違和感なくデザインに使えるようになるまでには時間が必要なんです」

3.大島さんのデザイン&書体実例

大島さんが手がけた仕事のなかで、フォントはどのように使われているのでしょうか。
ここでは3つの映画ポスターとパンフレットを見てみましょう。
ひとつめは映画「マティアス&マキシム」のグラフィックです。

「ここでは、リュウミンKLとKOを長体にしたうえで字間をあけることで良質な空気感を作り出しました。
一般的に、〝ひとつの紙面内では書体を使いすぎないようにする〟というルールがありますが、このグラフィックの右上のコピーには、リュウミンとは別の明朝体を使っています。
僕の場合、“このデザインの明朝はこれでいこう”と決めてしまうのではなく、たとえ同じ明朝系の書体を使う場合でも、エモーショナルなコピー、内容に斬り込むようなコピー、情報としての文字といった役割に応じて、指定する書体や組みかたを変えるようにしています」

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文字をよく見てみると、使っている書体こそモリサワ書体のなかではオーソドックスにしてベーシックなリュウミンですが、変形+組みかたの工夫によって、あらたな表情を引き出していることがわかります。


一方、映画「万引き家族では、大島さんイチオシの書体「見出ゴMB31」によって、ニュートラルながらも落ち着きのある、品のあるたたずまいを実現しています。

「これは日本語、英語を含めたほぼすべての文字が、見出ゴMB31で組まれています。
僕はよほど込み入った絵柄の上に文字が置かれない限り、見出し系ゴシックには見出ゴMB31しか使わないといってもいいくらい、よく使う書体なんです。フトコロが小さいので上質な印象に仕上げたいときに便利な書体ですね。
見出ゴMB31の英数字は、Helveticaに近いかたちをしているのですが、縦横の比率や太さがドンピシャ。あまりにちょうどよくて、英語表記しかないときにも見出ゴMB31を使うほど気に入っています。
見出ゴMB31はいわば、僕にとってマスターピースのような書体なんです」

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普遍性のあるオーソドックスな書体とはまた異なるアプローチで、最近、大島さんがよく使う書体が秀英にじみシリーズです。
映画「ミッドサマー」のパンフレットではその特性がいかんなく、発揮されています。

「このパンフレットでは、明朝体は秀英にじみ明朝、ゴシック体は秀英にじみ角ゴシック銀というように、全面的に秀英にじみシリーズを使っています。
秀英にじみシリーズははじめ、“にじみ具合はいいけれど、自分の仕事では使いどころがないかな”と思っていたのですが、ホラー映画に使ってみたらピッタリとはまって。
古い活字を使った印刷物から取った英数字とあわせることで、活版印刷のような雰囲気に仕上げることができました。印刷用紙も風合いのある紙を選んだことで、秀英にじみシリーズの質感と相まって、いい揺らぎが生まれています」

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映画の世界観を再現する……そのためには書体、文字のかたちだけでなく、印刷物としての質感もまた重要になります。
大島さんは書体、デザインだけでなく、紙、印刷、加工といった総合的なデザインワークによって、多種多様な映画の世界を見事なグラフィックに仕上げているのです。そして、そうした“質感を出す”というプロセスのなかで、ベーシックな書体にもまた新たな表現の可能性を見出しています。

「フォントの文字はそのまま使うのが理想ですが、太さが足りない、味わいが足りないというときは線幅で太らせたり、わずかに破線をつけてにじみ風にすることもあります。
オーソドックスな日本語書体でもこうしたエフェクト込みで捉えてみると、文字表現の幅がより広がるのではないでしょうか」

4.MORISAWA PASSPORT“推し”フォント

最後に大島さんがいま、イチオシのMORISAWA PASSPORT“推し”フォントを3つ紹介しましょう。

1.見出ゴMB31
「あまりによく使うので、もう(使わなくて)いいかなと思うのですが抜けられない。かなり強い常習性があります。同じぐらいの太さ、プロポーションの書体を試してみても、どうしてもしっくりこない。自分でも不思議なくらい中毒性がある書体です」

2.リュウミン L/R/M/B/EB/H/EH/U-KO
「リュウミンもゴシックMB101や見出ゴMB31とともに普遍性を獲得している書体だと思います。リュウミンを使うときは基本的にかなをリュウミンKO(オールドがな)に変えます。字間を変えるだけでも印象を変えることができますし、使いやすい書体です」

3.秀英にじみ明朝
「いままではこうしたにじみ処理は、ものすごい小さい級数でプリントして拡大して疑似的ににじませたり、Photoshopで加工したり、自分でエフェクトをかけていました。秀英にじみシリーズのようにフォントになっていれば、文字直しもかんたんです」


多くの書体を使うよりも、ひとつの書体を使いこなす。
数多くの書体が使える今だからこそ、自分だけの、自分ならではの書体の使いかたを模索してみる。
大島さんが見出ゴMB31をマスターピースとするように、自分だけの“推し”フォントを探してみると、新しいデザイン表現がみつかるかも知れません。

*この記事は2020年9月に発行された、マイナビ出版『+DESIGNING』vol.50掲載のものを加筆・再構成したものです。