私のフォント使いこなし術 第1回 髙谷加代子「パーツとしての文字は小さくても、こだわり抜くことで伝わるパワーが変わる」
いま、私たちは情報の多くを文字から受け取っています。メディアの中心が印刷物からスクリーンに拡大してもなお、文字がコミュニケーションのひとつの要であることは変わりません。
MORISAWA PASSPORT「私のフォント使いこなし術」では、さまざまなジャンルのデザイン、その第一線で活躍するデザイナーに、文字・フォントをデザインワークのなかでどのように位置づけ、どのような意図・考えで書体を選択しているのかをインタビュー。あわせて、MORISAWA PASSPORTに収録されている、一度は使ってみたい「気になる」フォントを紹介いただきます。
第1回は、広告からロゴまで、幅広いジャンルのデザインを手がけるオーシャン・コミュニケーションズのアートディレクター髙谷加代子さんにお話を伺いました。
1.磨いてきた文字へのこだわり
今回お話を伺ったオーシャン・コミュニケーションズの髙谷さんは、これまで広告系のデザインを幅広く、そして数多く手掛けてきているベテランです。しかしそんな髙谷さんでも、キャリアの初めの頃にはプロの文字へのこだわりに驚いたことがありました。
「大学を出てすぐに入った制作会社で、当時40代だった先輩のADに書体や文字組を徹底的に叩き込まれた感じです。大学ではインスピレーションだけで書体を選んでいましたが(笑)、プロはこんなにもこだわるのかとショックを受けました。すでにDTPが当たり前だった時代でしたが、細かい指定をした写植の発注も経験しましたし、句読点の丸の位置を微妙に動かしたり、文字間調整をOKが出るまで何度も何度もやり直したり……。厳しいと感じることも多かったのですが、プロの文字感覚の凄さを知り、細部へのこだわりについて多くを学ぶことができたと思っています」
A1明朝やZENオールド明朝など、当時の先輩や上司の人が使ってた書体は、どこか体に染み込んだような感覚があり、今でも自分で使ったりすることがあるのだそう。また二社目に入った会社は、さまざまなメーカーの自動車のカタログを手掛ける機会がありました。
「そこでもやはり、書体をおろそかにしてはダメだと感じました。グローバルな高級車メーカーの仕事では、デザインのレギュレーションを守る必要もあったのですが、そのレギュレーションから高級感を感じさせる書体を学んだり、ファミリーカーでは楽しい書体の使い方を覚えることができました」
現在所属しているオーシャン・コミュニケーションズではエンタメ系の激しいものから上質なパッケージやブランディング、硬い印象のある財団法人の広告まで、さまざまな業種でそれぞれに異なる表現方法が求められるデザインを手掛けています。エンタメ系ではフォントをそのまま使用するのではなく、ひび割れや立体感などの加工を施して印象を強くしたり、ブランディング要素のある仕事ではフォントをプレーンに読みやすく美しく組むなど、文字表現の手法も仕事によってガラリと変化させています。
「肌とうじのパックは、ブランディングのためのビジュアルの立ち上げを担当したものです。岳温泉の温泉水と酒蔵の日本酒成分とで作られたパックで、あらかじめ個性的な岳温泉のロゴと蔵元さんのロゴが並ぶことがわかっていました。ここに別の個性が来ると大変だなと思って、どうしたらいいかと悩みましたが当ててみたらオーブがフィットしたので、これをメインの商品名にもってきました。下の欧文は美容のイメージや、和の雰囲気が出るエコーを選んでいます」
2.ブランドのイメージとフォントの関係
髙谷さんが書体を選ぶ際に参考にしているのが、その企業のCIやロゴです。結果的に落ち着いたプレーンな書体を選ぶことが多く、特に新聞広告やアナウンス的な内容には、オーソドックスな書体ほど合うように感じられるのだとか。
「フォーマルな感じのロゴであれば明朝系とか、カジュアルな印象のロゴからするとゴシックだろうとか。ゴシックの中でも見出ゴか、ゴシックMB101か、新ゴか、というように絞り込みをしています。やはりロゴと並んだときに違和感のないものを選ぶのが基準。でもなじみすぎても埋もれてしまうので、違和感のレベルをどのくらいにするかを気にしています。
日本賃貸住宅管理協会の新聞広告では、賃貸住宅管理業の法律が施行されたことの告知と、尽力してくださった方々にとってのスタートとなる新しい朝ということで、朝焼けの街並みのビジュアルを大きく入れました。ここでも新ゴかゴシックMB101かで悩みましたが、結局ゴシックMB101に落ち着きました」
次に紹介するのも同じ財団法人のポスターです。内容に漢字が多く並ぶため、硬く見えすぎないよう悩んだそう。文字サイズや太さでコントラストを付け、明るい色使いや斜めに並べてアテンションを感じさせることで、文字ばかりが並んでいても『絵』として見られるようなビジュアルに仕上げられています。
「ゴシックMB101よりももうちょっと表情が欲しいときに、A1ゴシックを使うことが多いですね。にじみの表現に温度感があり、よりメッセージが伝わるような気がしています」
3.すべてのフォントを当ててみる
髙谷さんは、MORISAWA PASSPORTがリリースされた当初からのユーザーですが、それ以前もモリサワ書体を活用してこられました。MORISAWA PASSPORTができたときは、たくさんの書体を使えるようになってとても喜んだとのこと。
「特に広告のキャッチコピーでは、たくさんの書体を掘り出さないといけないところがあります。イメージ通りの書体にするために自分で作字したこともありましたが、今はフォントの種類も増え、個性的な書体も揃ってきたので助かっています」
MORISAWA PASSPORTのフォントは、すべて髙谷さんのパソコンにインストールされています。実際に使用するフォントは、可能な限り多くの書体候補の中から選ぶ作業をします。新しい書体もリリースされるとすぐインストールしているのだそう。
「だいたいの書体の候補は頭の中にあるんですが、最初はその中から4つくらいはめてみて、それ以外にも私が知らないものもあるかもしれないので、合うかもしれないものをフォントリストの上から順に当ててみます。かなりの数を試すことが多いです。絶対ないってわかっていても、やっぱりひとつずつ見て選びたいんです。
デザインの中で書体から感じられるものの比重はとても大きいので、その分時間をかけている感じです」
商業施設『ミ・ナーラ』のロゴに組み合わせる和文書体も、多くの候補の中からフォークを選びました。「ミ」が6つ並んでいる楽しいデザインに、明るくくっきりとした印象のフォークがよく似合っています。ロゴだけではなく、髙谷さんはこの施設のブランディングとして使用する和文にフォークを指定したそうです。
4.フォントの機能面の重要性
文字には印象を人に伝えるイメージの部分と、文字として読ませる機能の部分とがあります。また、印刷所や共同作業をする先の人との互換性もフォントの機能の一部と言えるでしょう。
「メインキャッチやロゴの加工は、イメージが優先なので個性が強くてもいいと思いますが、ボディコピーにはなるべくさっぱりした書体を選ぶように心がけています。特に新聞広告は印刷の線数が粗いので、小さい文字で不安な場合には潰れにくいUD(ユニバーサルデザイン)書体を使うようにしています。
UD新ゴはフォントファミリーも多く、これにすると間違いないと思える安心感があります。資格証のデザインなど、この先何年も使うようなアイテムの場合には、耐久性も考えてUD新ゴシリーズで統一したいと考えているところです。デザイン的な意味での耐久性としては、流行り廃りがあったり、将来的に古く感じるものは避けます。この点でもUD新ゴは安心です」
フォントの機能の中でも、特にUDに注目が集まっている昨今。クライアントからもUDの視点を指摘されることが増えているのだそう。またUDに対応していることは、書体選びの根拠として説明しやすいこともあるとか。
「特にブランディングに関連する仕事では、いろんな立場の人がいろんな視点で確認の作業をするので、デザインのすべてに根拠や理由の説明が必要になります。UDは現在のキラーワードだと私は思っています。強い武器ですね」
5.書体によって変わるもの
続いて紹介するのは、飲食店のオープニングのためのフライヤー(表裏面)です。ビールとローストビーフがおいしいお店の広告は、シンプルな色使いの中にもイラストや踊るような文字が配置され、楽しそうで賑やかな印象のデザインです。
「淡々と…、というのではなく、ストレートな表現でも温度感を持って伝えたいと考え、A1ゴシックを選択しています。文字の要素はイラストとリンクさせ、メリハリを大きくつけたビジュアルにしました」
「『デザインは細部に宿る』と言いますよね。書体はパーツとしては小さく細かな部分ですが、それが集合すると、扱い方1つで仕上がりのクオリティが変わります。適当にやったものと、こだわって作ったものが並ぶと、デザインした人の表現したいイメージだったり、温度だったりが明確に違って伝わる気がします。
これまでの作品を自分で客観的に眺めて見ても、書体をこだわり抜いて作った紙面はメッセージのパワーが違って感じられます。
『ちゃんと作ったな』とか『やっつけで作ったな』とか。デザイナー同士だけかもしれませんが作品から伝わってしまうと思っていて、自分もそう見られてるかも?と、常に緊張感を持つようにしています。
見る目がある人同士なら、わかるものがありますよね?それは結局ユーザーさんや見る人たちにも伝わるものなんじゃないかな、と思って気を引き締めています」
6.「気になる」フォント
UD新ゴ
「すでに定番フォントとして使用していますが、ブランディングを任されている仕事で今後、UD新ゴのファミリーを統一書体に指定しようと検討しているところです。国家資格に関するアイテムを多数制作することになるので、カラーやフォントがユニバーサルデザインに対応していることが望ましいと考えたからです。フォントのデザイン的にも、流行に左右されない定番の安心感があります」
うたよみ
「エンターテインメント系の仕事など、筆文字を使いたい場面は意外と多くあります。これまではその都度筆文字フォントを購入するか、書家の方に発注しようかと検討していました。うたよみがMORISAWA PASSPORTに入って、気軽に使えるようになり嬉しいです。力強くて勢いがあるので、タイトルやキャッチコピーに文字間を詰めて使ってみたいですね」
フォントのデザインだけでなく、他のスタッフの方々との連携がスムーズに行くことや、UD書体などの機能面にも注目して使用するようにしているという髙谷さん。グラフィックデザインでのキャリアを重ねてきた経験を活かし、UIデザインなど新しいジャンルにおいても丁寧にひとつひとつの書体を選んでいる姿が印象的でした。
*この記事は2021年9月に発行された、マイナビ出版『+DESIGNING』Vol.52掲載の記事を加筆・再構成したものです。