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【インタビュー】わたしの“推し”フォント 第6回 吉岡秀典(セプテンバーカウボーイ)「目線を引きつけたり、味わいを出したいとき、コンデンス書体やにじみ書体は使い勝手がいい」

いま、私たちは情報の多くを文字から受け取っています。メディアの中心が印刷物からスクリーンに変わってもなお、文字がコミュニケーションのひとつの要であることは変わりません。
「My MORISAWA PASSPORT わたしの“推し”フォント」では、さまざまなジャンルのデザイン、その第一線で活躍するデザイナーに、文字・フォントをデザインワークのなかでどのように位置づけ、どのような意図・考えで書体を選択しているのかをインタビュー。あわせて、「MORISAWA PASSPORT」“推し”フォントを紹介いただきます。
第6回は、ブックデザインを中心に文字を巧みに使いこなす吉岡秀典さんにお話を伺いました。

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吉岡秀典(セプテンバーカウボーイ)
1976年静岡県生まれ。紙と鉛筆を持たせておけば静かな子だったらしい。小学1年生の図工の授業で、みんなは赤く塗っていたザリガニを、自分だけ真っ黒に塗ってしまい先生に残念がられてしまう。その悔しさから独自で絵の練習を3日ほど行なう。高校は工業高校で学ラン一色の生活をおくり、美術系の専門学校で、はじめてデザインという言葉を知る。コズフィッシュを経て、セプテンバーカウボーイという小さな事務所を構える。


1.吉岡さんのフォント環境は?

吉岡さんが手がけるブックデザインの共通点。
それは文字の表情の変化によって、情報の伝わりかたを極めて精密にコントロールしているということです。
しかしそのためにはそれだけ多くの書体が必要になるのもまた事実。まずは吉岡さんの制作環境、書体環境から伺いました。

「フォントはかなりの数を入れていますね。MORISAWA PASSPORTだけでなく、ほかのフォントサブスクリプションサービスも利用していますが、すべてのフォントを入れているとMacの動作が重くなることがあるので、自分にとっての定番書体をまず入れておいて、必要に応じて追加するようにしています。
モリサワフォント以外では、字游工房の書体やタイプバンクゴシックをよく使っていて、特にタイプバンクゴシックはフラットなかたちでスッキリとした印象を出せる現代的なデザインが、どんな媒体にも合うんです」

多くの書体のなかからひとつの書体を選ぶ。そのプロセスはどのようなものなのでしょうか。

「ビジネス書のような媒体だとそこまでシビアに本文書体を選定することはないのですが、内容に味わいがあるもの、イメージを伝える必要があるものは候補書体を出力して検証をします。
書体の検証はディスプレイではできないと考えていて、必ず出力をして束見本に挟んでみて、どのように見えるかを検証しています」

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2.文字単位で書体を変える、精緻なコントロール

そうして指定された書体のセットを見てみると、句読点だけ変える、感嘆符(!)や疑問符(?)だけ変えるなど、極めて細かくコントロールされていることがわかります。

「祖父江慎さんのところに長く勤めていた影響が強いんでしょうね。祖父江さんはちょっとした見出しでも、本当に細かく調整をするので、自分もそれが染み付いているんだと思います。
僕の場合は、パーレン( )が特に気になってしまうので、よくイワタの書体に変えています。抑揚のない( )のかたちが好きなんです」

書体単位ではなく、書体の、さらに文字単位でセレクトしていく……それは書体を知り尽くした、さらにその先にある境地なのかもしれません。
そして、そうした書体選びは組む言葉、文字によっても変わると吉岡さんは言います。

「カバーや帯のように目を惹かせる必要があるもの、キャッチーに見せたいところに使う書体は、その場面に合うかどうかを画面上で細かく検証をしています。
言葉が違うだけでも、はまる書体もあれば、そうでない書体もありますから」

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3.吉岡さんのデザイン&書体実例

多くの書体を駆使する吉岡さんが最近よく行う文字処理があります。それは文字の変形です。文字に対して長体・平体・斜体といったさまざまな処理をする、その理由は何なのでしょうか。

「人の目線をひっかけるための罠として使ったり、書籍の帯などのように、スペースに対して情報量が多い場合に、長体・平体・斜体など変形のかけかたで、テキストのグループ分けをして情報が伝わりやすい状態を作りたいときに使うんです。
たとえば変形をかけずに組まれた文字と、変形がかかった文字があれば、たとえ同じ書体、同じサイズであっても、それが違うものだとわかりますよね。
文字の変形は、その言葉の役割を差別化するためのひとつの方法なんです」

“文字の変形による情報の差別化”とはどのようなものなのでしょうか。
ここからは吉岡さんのブックデザインで紐解いていきましょう。
1冊目は『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』です。

「この本の帯では、秀英丸ゴシックを斜体にして使いました。
丸ゴシック体では、モリサワのじゅんもビジネス書にやわらかさを出したいときによく使うのですが、じゅんはボディに対して文字が大きいので、斜体をかけてタイトに組むとどうしても違和感が出てしまいます。
それに対して秀英丸ゴシックは、変形をかけてツメ組みしても、すっきりと品よくまとめることができます。そのままでも使いやすい書体ですが、変形をかけても使いやすい書体だと思います」

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変形によって目を惹く……その役割を書体そのもののデザインで解決している例もあります。
それが2冊目として紹介する『トップの教養 ビジネスエリートが使いこなす「武器としての知力」』です。

「この本ではUD新ゴ コンデンス50・60を使うことで、同じような効果を出しています。
UD新ゴ コンデンスは最近、よく使う書体で、変形率と太さのバリエーションが豊富なのがうれしいですね。
デザインで変形させることが多いのですが、もとから変形した比率で作られた文字のほうがきれいですから。
個人的には斜体をかけたような書体が今後、出てくれるとうれしいですね」

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3冊目に紹介するのは『2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史伝説の東大講義』。
ここでは変形とは異なる表情の変化を活かしてデザインしています。

「最近のモリサワ書体で気に入っている書体が秀英にじみシリーズです。
フォントの文字そのままではなく、コピー機を使って文字に味わいを加えるというような処理は、以前から好きでよくやっていたのですが、このシリーズはそのまま使うだけで違った表情を出すことができます。
明朝体、ゴシック体、丸ゴシック体が揃っているので、にじみや荒らし加工をデザイン全体に適用したいときでも、使えるのがいいですね」

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「今後、秀英にじみ系だけでなく、味わいのある書体がいろいろ出てきてくれたらいいですね。にじみ具合が強い/弱いというような、にじみのバリエーションがあると、異なる文字サイズでも、にじみ感をコントロールできるようになりますから」

4.MORISAWA PASSPORT “推し” フォント

ここからは、文字の細かい表情をデザインに活かす吉岡さんがオススメするMORISAWA PASSPORT“推し”フォントを3つ、紹介していきます。

1.秀英丸ゴシック L/B
「いろいろな丸ゴシック体で変形やツメ組みを検証しましたが、どれもかたちがきれいでなかったり、バランスがよくありませんでした。秀英丸ゴシックはかなが小ぶりすぎず、帯のコピーをタイトに、かつインパクトを出したいときに一番使いやすい書体です」

2.秀英にじみシリーズ
「秀英にじみシリーズ(明朝・角ゴ 金・角ゴ 銀・丸ゴシック)は大好きな書体。秀英初号明朝のにじみ版も出してほしいですし、強いにじみ・弱いにじみのようなバリエーションがあったら衝撃ですね。今後もこうした味わいのある書体が増えることに期待しています」

3.UD新ゴ コンデンスシリーズ
「デザイン処理として文字を変形させることも多いのですが、変形をかけた結果、文字のかたちが崩れてしまう書体は使えません。UD新ゴ コンデンス(90・80・70・60・50)のように、変形した状態できれいな文字の書体が出てきたのはうれしいですね」



従来は手作業で行なっていた文字への加工はいま、フォントによっても少しずつ実現されています。
今後は、こうしたより表現力に富んだ書体、特定のシチュエーションで際立つ書体がさらに出てくるのではないでしょうか。

*この記事は2020年9月に発行された、マイナビ出版『+DESIGNING』vol.50掲載のものを加筆・再構成したものです。

書体:秀英にじみアンチック
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