カワサキ初の電動モーターサイクル、ハイブリッドモーターサイクルに導入された「視認性×個性」を叶えたオリジナルフォントの話
オリジナルフォントを作る理由には、企業のブランディングや商品の魅力を視覚的に伝えるといった、様々な背景があります。今回お届けするのは、「新しいモーターサイクルに搭載する、モニター専用のフォント」についてのお話です。
実はモリサワでもこれだけ用途に専用性があるフォント開発は珍しく、担当したタイプデザイナーも改めてカスタムの魅力を感じたそう。そこで、ご依頼をいただいたカワサキモータース株式会社のソ ジウォンさんに、担当したモリサワのタイプデザイナーとタイプディレクターがお話を伺いました。
1. 特別な瞬間をオリジナルフォントで彩りたい
富田 最初にモリサワへご相談いただいたのは2年ほど前ですね。やっとこうしてお披露目されるのはとても感慨深いです。
今回は、カワサキ様にとって初めてとなるオリジナルフォント開発の経緯を一緒に振り返らせてください。
最初に、自己紹介をお願いできますか。
ソさん カワサキモータース株式会社(以下、カワサキ)のスタイリングデザイナーです。
今秋にカワサキ初となる電動モーターサイクル 『Ninja e-1』『Z e-1』 とハイブリッドモーターサイクル『Ninja 7 Hybrid』の発売を発表したのですが、その新型モデルに搭載するモニターのGUI[※]デザインを統括しています。
樽野 これまでカワサキのモニターには、既存のオープンソースのフォントを使用されていましたよね。
ソさん モニターの世界も日々進化していて、現在のスタンダードになりつつあるフルカラーTFT液晶スクリーンを弊社が導入してまだ5、6年ほど。当初は手探り状態でもあったので、すぐに使えるフォントでスタートしました。
その後、数年かけて分析を進め、モニター開発にフォントはとても重要だと確信したのです。そうなると現状のオープンソースのフォントではオリジナリティが出せず、代り映えもしない…。
私は在学中にフォントデザインを学んだ経験があり、オリジナルフォントの開発ができることも知っていたので、ならばカワサキのシグネチャーフォントを作りたい!と思ったのがきっかけですね。
樽野 当時は詳しくまでは伺っていませんでしたが、今回発表された「カワサキ初の電動モーターサイクルが登場!」というタイミングでもあったのですね。
ソさん そうですね。二度とない “初登場” ですから開発チームも力を入れていますし、同時にオリジナルフォントを披露できたらうれしいなと思っていました。
富田 モリサワ以外のフォントメーカーにもお声がけされていたと聞きました。
ソさん 実際いくつかのフォントメーカーさんに打診して、ベースになるフォントの提案をお願いしました。そしてモリサワさんからご提案いただいたフォント「Sharoa Pro」「Stainless」を拝見して、「これだ!」って思えたんです。
富田 ありがとうございます。事前に「レトロ&ロード」「スポーツ性」といったキーワードやフォント選びの注意点、ソさんが作成したフォントイメージなど、ヒントになる素材をたくさんいただけていたので、提案がしやすかったです。
それぞれ2案ずつを準備し、事前にお伺いしていた、よく使われるワードなどでサンプルを作成してお見せしました。モーターサイクルのモニターで使用されるということでしたので、ダークモードのサンプルもご用意しましたね。
ソさん 乗車中の振動や太陽光の反射など、モーターサイクルのモニターに使うので、視認性は重要なポイントです。ご提案いただいたフォントは、視認性に配慮しながらも、それぞれ個性があり、一目で使いたいと思いました。
2. オリジナルだからできる、用途に合わせたカスタマイズ
カワサキとモリサワが共同開発したオリジナルフォントは、『Kawasaki Type 001』『Kawasaki Type 002』の2種類。それぞれ全くイメージの異なるフォントをどう生み出していったのか、そのこだわりについて深堀りします。
富田 『Kawasaki Type 001』のベースとなる書体は「Sharoa Pro」を採用いただきました。
ソさん もともと2種類のうちひとつは「レトロ&ロード」をイメージしていたので、クラシックな雰囲気もある「Sharoa Pro」はぴったり。基本形として使いやすく、やさしい印象のフォントですね。
樽野 「Sharoa Pro」は私が開発を担当し、2021年にリリースした欧文フォントです。「あおとゴシック」という和文フォントとの併記利用を目的に開発しました。
『Kawasaki Type 001』は時計表示に使用されていますが、カスタムのご依頼の中で「:」(コロン)へのご要望が印象深かったです。「:」は欧文フォントにおいてやや下寄りに表示されますよね。これは英小文字と並ぶ際の配慮なのですが、時計の場合は、ご要望のように、中心へ表示させるとバランスが良いです。
ただ、物理的な中心と、人の目が感じる中心がイコールではない場合があるので、細かな調整に悩みました。本来フォントは、さまざまなシーンで使用して違和感のないことが前提ですが、オリジナルフォントのように使用する目的が決まっている場合は、その文字のベストなデザインも変わってくるのだと、改めてカスタムの奥深さを感じました。
ソさん 「i」などで使われている「・」(ドット)の形も試行錯誤しましたよね。ベースの「Sharoa Pro」では四角ですが、一時は角丸に変更してもらったこともありました。
樽野さんから「文字の線の端はすべて四角なので、ちょっと違和感があるかもしれません」とコメントをいただいたのですが、「Sharoa Pro」の丸みのある印象に合わせてどうしても試してみたくて。
樽野 後日、「やっぱり四角がいいですね」とご連絡いただきましたね。
ソさん 実際、試作いただいた文字を眺めていると、違和感がありました。クライアントの要望だからといって、その通りのフォントを作るのではなく、樽野さんのように、歩み寄りつつも、専門家としての助言をいただけるのは大変ありがたかったです。
富田 続いて、「Stainless」をカスタムした『Kawasaki Type 002』についてはいかがですか。
ソさん 提案書で初めて見たときから「Stainless」の強いキャラクター性はインパクト抜群でした。その名の通り、鉄板を曲げたようなメタリックな雰囲気を持つフォントだと感じ、モーターサイクルにピッタリだと思いました。数字の「3・6・9」だとか、アルファベットの「S」などの曲線が美しいです。『Kawasaki Type 002』は新型機種のメインフォントとして、モニター内のロゴ・時計表示以外のすべてに採用しています。
富田 手書き感と幾何学感がちょうどいいバランスで混在したフォントですよね。
ソさん 線の太さも絶妙です。『Kawasaki Type 002』はスピードメーターにも使用し、速度に合わせて随時数字が切り替わります。モニターを見てもチラつきがなく、自然に変化するよう、「3・5」のセンターラインをそろえるといった修正を行いました。
ほかにも、最小だと5mmほどのサイズで表示されるため、文字がつぶれないよう意識しています。
富田 いわゆる7セグメントディスプレイと言われる、デジタル時計や電卓などで使われる数字のデザインがベースにあるように理解しました。数字が変化しても、ベースのラインがあまり変わらないようなデザインの工夫ですね。
樽野 「T・E・F」といった英字の横画を斜めにカットしたことも印象深かったです。
ソさん 疾走感やスピード感を出すことが狙いでした。オリジナリティを出したいというのもフォント開発のテーマのひとつではあったので。
富田 記号の「''」(ダブルプライム)も追加しましたね。時間表示、秒表示に使用しますが、実はベースとなる「Stainless」にはラインナップしていない文字。今回「よく使う文字」として挙げていただいたので、新たに開発して『Kawasaki Type 002』へ加えています。
私たちは、マークとしては知っていましたし、用途も分かるのですが、一般の方にはあまり知られていない記号かと思います。
樽野 大文字小文字含め、「K」はカワサキ(KAWASAKI)の頭文字であり、「k」はメーターに必須の「km」などにも使用されるため、かなりこだわりを感じました。フォント開発終盤に行ったネイティブチェックで確認が入り、最後に修正もありました。
ソさん そうでしたね、社内でもKへのこだわりは強かったことを思い出しました。
富田 あらゆる点で、『Kawasaki Type 002』はモーターサイクル専用として、メーターとしての専用性を高めたり、カワサキならではの個性を演出したり、オリジナルフォントの醍醐味が詰まったカスタマイズになりましたね。
樽野 フォントの使用シーンが決まっているからご要望も明確で、「文字の変動を自然に見せるためにラインを揃える」のように、修正の意図がはっきりしていたので、こちらも納得してスムーズに進められました。
ソさん 最終的にフォントをどう活用するかを決めていたことが、具体的に進められた要因です。モニター画面のGUIデザインも私が統括しているので、ズレもない。その分、とても細かい部分の修正をお願いしてしまったかもしれませんが…。
樽野 ソさんは美大でデザインを学ばれている際に、フォントデザインのご経験もあるとお聞きしました。そのおかげでフォントに対する造詣が深く、ご要望も分かりやすかったです。私たちのフィードバックに対してのご理解もスムーズで、一緒にお仕事していて楽しかったです。
富田 ○km/Lの「/」や、先ほど話にあがった「:」や「;」など、通常のフォント制作ではあまり注目されない文字に対して細かなご要望があり、新たな気づきにもなり、興味深いお仕事でした。
ソさん フォントデザインの基本知識はあったものの、プロのご意見は大変勉強になり、おふたりに担当いただけて嬉しかったです。
3. 今後の可能性につながる、第一歩
富田 『Kawasaki Type 001』『Kawasaki Type 002』の今後の活用予定をお聞かせください。
ソさん オリジナルフォントを作るきっかけは新型機種の開発でしたが、車両の状態や走行ログなどを確認するためのアプリ『RIDEOLOGY THE APP』 にも採用され、その他新機種への採用も内定しています。
今回の経験を踏まえて、社内では「フォントが違うだけでこんなに印象が変わるなんて」という声が聞こえてきているので、次なるオリジナルフォントの可能性があるかもしれませんね。
富田 今回発表された『Ninja e-1』『Z e-1』『Ninja 7 Hybrid』は日本国内でも販売を予定されているとのことですね。日本の街中で走る姿を早く見たいです。実際に見たら、モニターを覗き込んでしまいそうです。
ソさん フォントもそうですし、メーターが軌道を描く様子なども非常にいい感じなので、楽しみにしていてください。
各分野におけるデザインのプロとして専門性やこだわりがあるからこそ、お互いに理解し合えるという、終始笑顔のたえない取材になりました。
みなさんも、新型の『Ninja e-1』『Z e-1』『Ninja 7 Hybrid』はもちろん、そのモニター画面にも、ぜひ注目してくださいね。
記事中に登場しましたモリサワのフォント「Sharoa Pro」については、こちらも合わせてご覧ください。