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【インタビュー】わたしの“推し”フォント 第10回 UDON 「書体は映像の世界観を決める重要な要素。モーションならさらにその文字に感情を与えることができる」

いま、私たちは情報の多くを文字から受け取っています。メディアの中心が印刷物からスクリーンに変わってもなお、文字がコミュニケーションのひとつの要であることは変わりません。
「My MORISAWA PASSPORT わたしの“推し”フォント」では、さまざまなジャンルのデザイン、その第一線で活躍するデザイナーに、文字・フォントをデザインワークのなかでどのように位置づけ、どのような意図・考えで書体を選択しているのかをインタビュー。あわせて、「MORISAWA PASSPORT」“推し”フォントを紹介いただきます。
第10回は、タイポグラフィックな演出でさまざまな分野の映像制作を行なうUDON(ウドン)さんにお話を伺いました。

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UDON
モーショングラフィックデザイナー。福岡県出身。映像制作会社を経て、2019年よりフリーランスとして活動。CM・Live・MVなどの分野でモーショングラフィックスを制作する。現在は都内の専門学校で非常勤講師も務める。うどんが好き。
https://udonmg.com  マネジメント:VIXI https://vixi-vixi.jp


1.モーショングラフィックスと文字の関係

コミュニケーションの中心が印刷メディアからスクリーンメディアへと移り変わるなかで、近年、一層存在感を強めているのが映像です。
プロモーションムービーやCM、MVはもちろん、SNS上でほんの数秒表示される広告までもが映像で伝える時代になり、いかに短時間でわかりやすくメッセージを伝えるかは、メディアにおいて非常に重要なポイントになっています。
今回、紹介するUDONさんは、そうした映像のフィールドで活躍するモーショングラフィックデザイナーです。

人によっては聞き慣れない、モーショングラフィックデザイナーとは一体どのような仕事なのでしょうか。まずはその仕事の内容から伺いました。

「おもに映像内に出てくるグラフィックや文字を動かすことがモーショングラフィックデザイナーの仕事です。
演出の一環でグラフィックを動かすこともあれば、見てほしい部分や文章に視線を誘導するためにモーションを設定することもあります。静止画で見せられたテキストは伝わりかたがフラットになってしまいますが、文字にちょっとした動きをつけるだけで、自然にそこに目が行くようになり、メッセージをわかりやすく伝えることができます。モーショングラフィックスには、映像内の文字に読みやすい導線を作るという役割も持っているんです」

たとえば、複数の文字情報を入れなくてはいけないケースでも、優先順位の低いものはあえて動かさず、見てほしい部分だけに動きをつければ、ついそこに注目してしまいます。
UDONさんが文字のモーションを担当したPayPayのTVCMでは、見せたい、伝えたいテキストに効果的な動きを加えることで、情報の優先順位をうまくコントロールしています。
こうした視聴者を誘導することが、モーショングラフィックスの重要な役割のひとつなのです。

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2.モーショングラフィックスへ進むきっかけは?

「モーショングラフィックデザイナーというと、最近の仕事のように感じるかもしれませんが、以前からグラフィックを動かす職業自体はありました。
映像表現にグラフィックデザインが積極的に取り入れられる時代になったことで、そうした職能が見えやすくなっているのだと思います」

そう話すUDONさんは、webデザインやグラフィックからモーショングラフィックスの領域に足を踏み入れたのではなく、言わば生粋のモーショングラフィックデザイナー。
そんなUDONさんがそもそも、モーショングラフィックスに興味を持ったきっかけはなんだったのでしょうか。

「直接的にこの作品の影響を受けて……というものはないのですが、世代的に一番影響が大きかったのはボーカロイドですね。
ボーカロイド登場以前は、MVといえばアーティストが演奏する姿や歌う姿を撮影するものでしたが、ボーカロイドのMVではそれが難しいケースも多く、そうした状況の中でどうすれば効果的なMVを作れるかを試行錯誤するなかで、“イラストを出そう”“歌詞を文字として入れよう”となり、さらに“文字を動かしてみよう”というように発展してきたように思います。
そういう映像表現の変化を目の当たりにするうちに、“文字やグラフィックが動く映像っていいな”と思ったのが、モーショングラフィックスに興味を持つようになったきっかけです」

歌詞を映像に取り込むリリックビデオの手法は、いまでは人が歌うMVにも使われていますが、ボーカロイドが出始たころは自然な声のつながりにならないこともあり、歌詞を映像に載せることで内容を伝える必要があったという側面もありました。

「ボーカロイドの曲では、人間では歌えないような、息継ぎのない、速いテンポの曲を歌わせることもあります。特にそうした映像では歌詞、文字の重要性が大きかったのでしょうね。
その発展形として、その文字自体に装飾、グラフィックの意味合いを持たせていった結果が、いまのリリックビデオにつながっているんじゃないかと思っています」

その後、UDONさんは福岡から東京の専門学校へと進学し、本格的にモーショングラフィックスを学び始めます。

「通っていた学校は少し特殊で、モーショングラフィックスを専門に扱うコースがありました。
そこでの知り合いや同世代のモーショングラフィックス作品を作っている人たちとEveryday One Motionというプロジェクトを立ち上げて、交代で1日ひとつ、モーション作品をアップしたりしていました」

卒業後、UDONさんはモーショングラフィックスを含めたクリエイティブを手がける会社に就職。ここは広告映像だけでなく、ドラマのオープニングタイトル等も手がける会社でした。

「ここではモーショングラフィックスだけでなく、デザインをイチから起こすこともありました。グラフィックデザインについての学びはここで基礎から教わったと思っています。
会社と兼業しながら、個人でもモーショングラフィックスの仕事を受けていたのですが、個人への依頼が増えてきたことでだんだん両立が難しくなってしまって。いろいろな人と、広くつながりたいとも思っていたので、2019年、独立を決めました」

ロックバンド・amazarashiのライブ「朗読演奏実験空間”新言語秩序”」での一曲「しらふ」では演出を担当。これはUDONさんが会社に在籍しながら個人で受けた最初の仕事でした。
独立後も、amazarashiの仕事は続き、ライブ「未来になれなかった全ての夜に」では「後期衝動」の映像演出、「帰ってこいよ」MVではモーションを担当しています。

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このほかにも、バーチャルシンガー・花譜の1st ONE-MAN LIVE 「不可解」では「エリカ」の映像演出を、Void_Chords feat. Yui MuginoのMV「LIES & TIES(Full Ver.)」では演出とモーションを手がけるなど、数々の著名アーティストの映像制作に関わっています。

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Void_Chords feat. Yui Mugino 「LIES & TIES」 (MV Full Ver.)


ここからはより具体的に、映像の中で文字、書体がどのように選ばれ、映像の世界観に寄与しているのかを紹介していきましょう。

3.MORISAWA PASSPORT実例|ヰ世界情緒「シリウスの心臓」

UDONさんがモーショングラフィックスを手がける場合、グラフィックデザイナーが組んだテキストを映像に組み込むこともあれば、すべての制作をUDONさんが行なうこともあります。
バーチャルシンガー・ヰ世界情緒が歌う「シリウスの心臓」のMVは、演出から制作まですべてをUDONさんが手がけた仕事です。

「KAMITSUBAKI STUDIO(神椿スタジオ)という、音楽を軸にYouTubeで活動するクリエイティブレーベルがあるのですが、ヰ世界情緒さんはそこに所属するバーチャルシンガーのひとりです。
新曲『シリウスの心臓』がリリースされるのに合わせて、MVの制作依頼をいただいたのですが、この曲はメロディだけでなく、メッセージ性を持った歌詞が特に重要でした。そのため、イラストをメインに情景的に構成するのではなく、歌詞、リリックをしっかりと見せてほしいという要望をいただきました」

そのオーダーに基づいて、UDONさんは全体のコンセプト・演出を設計。モノクロのトーン、光や星のきらめき、繊細なグラフィック、そして歌声にあわせて画面に現れては消える文字。
切ない歌詞はときに詩的な静けさをともない、ときに弾けるような輝きを連れて浮かび上がります。

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「このMVでは書体にA1明朝を使っています。
歌詞をグラフィカルに映像で表現するリリックビデオの場合、僕は“キャラクターの個性、曲調に合わせて、ひとつの書体を選ぶ”ということを方向性として決めているのですが、『シリウスの心臓』では、ヰ世界情緒さんの特徴的な高い声、上品な歌いかたが、A1明朝のイメージと相性がいいなと考えて選びました」

しかし、UDONさんはそこからもう一歩踏み込み、文字を通して作品の世界観を描き出しています。

「個々のデザイン面で言うと、歌詞の意味を文字やデザインにも反映させています。
この曲は、大切な人を失ったこと、そしてその相手を想う歌なので、その欠落や喪失をデザイン的にも意味付けするために、A1明朝を使ったあとに、文字をエフェクト等で意図的に欠けさせています。
世界観を表現することを優先しているため、可読性は高くありませんし、読みやすさを無視している部分すらありますが、クライアントからもこれでOKをいただくことができました。
リリックビデオにおける文字は、読みやすさが求められるテロップとは違って、可読性の優先順位は低いと言えるかもしれません」

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組んだ文字を欠けさせる、バラして少しずつ表示させる……そこに欠けられている手間、作業時間は膨大です。

「Illustratorで組んだ文字をばらしたり、組み替えたりしながら、After Effectsに持っていって動きをつけるというのが基本的な流れなのですが、こうした文字を細かく動かすことがモーショングラフィックデザイナーの生業なんです。
僕の場合は特に、広告系のモーショングラフィックスをやっていたこともあって、文字周りは最初から細かくコントロールすることが多かった。その方法論をいまでも踏襲しているんだと思います」

4.MORISAWA PASSPORT実例|THA BLUE HERB「ASTRAL WEEKS / THE BEST IS YET TO COME」

モーション、演出、制作等すべてを担当した「シリウスの心臓」に対して、THA BLUE HERBのMV「ASTRAL WEEKS / THE BEST IS YET TO COME」のうち、後半の映像(THE BEST IS YET TO COME)では、目まぐるしく変化する背景のタイポグラフィックなモーションを担当しています。
これは「シリウスの心臓」とは逆に、一定の可読性が求められた案件でもあります。

「このMVの背景に流れていく文字は、過去20年分の楽曲のパンチラインです。ファンが背景に流れている歌詞を見て、どの曲かがわかるようにする必要がありました。
結果として選んだ書体は『シリウスの心臓』と同じA1明朝ですが、文字のイメージだけでなく、可読性の高さ、背景になじませるときにエッジがやわらかいほうがいいというのが、ここでこの書体を選んだ理由です。
この背景文字には、海外のストリートアートやグラフィティのような表現にできないかという狙いもあって、そうした点ではA1明朝の特徴でもある“にじみ”がここではうまくフィットしたと思っています」

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ひとつの太さ(ウェイト)しかないA1明朝でも、映像内の文字の太さに違いがあるのは、A1明朝をベースに線の設定等で太らせる処理をしているためです。
「シリウスの心臓」では繊細なトーンを生み出していたA1明朝は、ここでは力強さすら感じさせます。

「太さを変えたいときは別の書体を使うよりは、一定の書体(ここではA1明朝)を状況に合わせて太らせる/細らせるケースが多いですね。
書体の文字はこうした処理だけでなく、どのように動かすかによっても表情と印象は大きく変わります。動きによって、文字に感情をつけることができるというのは、映像、特にモーショングラフィックスの大きな特徴だと思っています」

5.MORISAWA PASSPORT実例|花譜 – 夜が降り止む前に(samayuzame Remix)

ヰ世界情緒と同じく、KAMITSUBAKI STUDIOに所属するバーチャルシンガー・花譜。
「夜が降り止む前に(samayuzame Remix)」のMVでは、解ミン 宙によってやわらかく品のあるイメージを生み出しています。

「最初にどの書体にするかを選ぶとき、ひとつの言葉に対して自分がインストールしている書体を当てて並べていく作業をするのですが、そのとき、解ミン 宙がピッタリ合うと感じました。
このフォントが持つウロコの丸み、やわらかさが曲調ともマッチしていましたね。
映像に使う文字は、時間の経過のなかで色や背景が変わっていくことがあります。そうした変化に耐えうる書体かどうかは書体選びでも重要なポイントだと思っていて、そうした点から見ても、解ミン 宙やA1明朝は“なじみがいい”書体だと思います」

解ミン 宙は隷書の筆法を取り入れた書体。伝統、歴史を感じさせるものに多く使われていますが、映像のなかで動きをともなって描かれることでその印象はまた違うものになっています。

「解ミン 宙は、MVならやさしいバラード系には向いている書体と言えるのかもしれません。
バラードは曲のテンポがゆっくりした曲が多く、リリックビデオにした際に歌詞が表示される時間も必然的に長くなります。
こういうケースでは特に書体をおざなりに選ぶのではなく、グラフィックデザイン的な視点を持ってセレクトするほうが映像としての強度も保てると感じています」

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6.MORISAWA PASSPORT “推し”フォント

膨大な情報量を持つ映像。その世界観を作り上げるために、多くの書体の中からイメージに合うひとつを選び出し、表情と動きを与えていくUDONさんに、“推し”のフォントを3つご紹介いただきました。

1.A1明朝
「とても好きなフォントで、明朝体を検討する際には必ず一度当てはめてしまうくらい使用頻度が高いです。文字としてみても、墨だまりによるやわらかさがあり、上品さを感じられるところがポイント。にじんだようなエッジが映像にもなじみやすいと思います」

2.リュウミン L/R/M/B/EB/H/EH/U-KL・KO
「リュウミンは切れ味がいいフォントです。文字を加工する場合でも、リュウミンなら斜体をかけるだけでもさらに切れがよくなります。可読性も抜群なので、映像内で短い時間ではっきりと読ませたいというようなときに使いやすいですし、リリックビデオにも使えると思います」

3.くれたけ銘石
「使いどころを選ぶフォントだと思いますが、漢字の造形がかわいらしいと思っています。仕事ではまだ使ったことはありませんが、アナログ感、クラフト感が求められるとき、すごく相性がいいフォントですね。そういう表現が求められるときに使ってみたいと思っています」


映像によるコミュニケーションの機会が増えるなかで一層、重要度が増してきている文字、書体。
映像制作においてさまざまな書体が使えるということはどのような意味を持つのでしょうか。最後に聞いてみました。

「映像の世界観を作り上げるうえで、文字のかたち、動きが果たす役割は非常に重要です。
そのとき、MORISAWA PASSPORTのように、多くのデザインバリエーションがあるのは大きなメリットになると思います」

*この記事は2021年3⽉に発⾏された、マイナビ出版『+DESIGNING』vol.51掲載のものを加筆・再構成したものです。

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