「文字」から始まるデザイン
広告グラフィックデザインには、文字を中心に構成された表現も多く見かけます。「ことば」の意味を理解してほしいという狙いがある一方、ビジュアルとしても見せる必要があるデザイン。そのデザインが、企業の理念や指針をどのように印象づけるかは「ことば」を装飾するフォント選びと、細やかなチューニングがあってこそ成り立つものとも言えます。
今回は、デザインで株式会社にインタビュー。企業の指針やキャッチコピーなどの「文字」から始まるデザイン事例から、フォント選びの重要性と、より研ぎ澄まされたデザインへと仕上げるための精緻化のプロセスについて伺いました。
「dof ハッピー鬼十則」のデザインから学ぶ、課題解決の糸口を担うフォントの役割
ー 本日はよろしくお願いします。デザインで株式会社では、株式会社dofの「dof ハッピー鬼十則」という企業行動指針のアートディレクションを齊藤さんが、デザインを山本さんが担当されていますが、テキストを中心としたデザインの中で、フォント選びではどのような思いで制作されたのでしょうか?
齊藤 株式会社dofは、電通でクリエイティブ・ディレクターとして活躍された故・大島征夫さんと、齋藤太郎さんが2005年に立ち上げた会社です。
電通には、四代目社長・吉田秀雄氏が遺した仕事の掟である「鬼十則」というものがあるのですが、「働き方改革」などを経て今の時代に合っていないのでは……と現在は企業指針から姿を消してしまいました。
そんな中、おふたりが電通で育まれた企業精神を自分たちの会社の行動指針として受け継ぎたいという思いを持たれ、「鬼十則」のことばの重みは残しつつ、今の時代にあった企業指針としてアップデートしたものが、「dof ハッピー鬼十則」になります。歴史のある精神性を受け継ぎながらも、決して堅苦しくない新しい時代のコミュニケーションにするという観点で、デザインの方向性を定めました。
齊藤 デザインは課題解決の手段であり、写真やグラフィックと同様にフォントも大きな要素の一つになります。伝える内容が、どんな口調で、どのくらいの声の大きさで表現されるのか、フォントの選び方によって変わってきますし、それにより与える印象も変わります。ですから、フォント選びはデザインする上で、かなり重要なポイントであると言えます。
山本 広告デザインを含め、さまざまなデザイン制作では何らかの「ことば」が要素として必ず入りますので、デザインとフォントは密接な関係があると考えています。
また、デザイナー歴が長くなればなるほど、フォントの持つ意味合いや、それぞれのフォントの特徴への理解も深まっていきますので、それらがコミュニケーションの中でどういう役割を果たし、見た人にどんな印象を与えるのかはとても重要視しています。
ー「dof ハッピー鬼十則」は、「ことば」がデザインの中心として構成されていますね。「ハッピー」の部分は、太めの明朝体で書道の先生が添削する朱書きのような印象もあり、それ以外はゴシック体を中心にデザインされていますが、デザインの意図について具体的に教えていただけますか?
山本 今回の場合は「ことば」と、インパクトのある笑った鬼のイラストが中心的な存在になるデザインでしたので、まずはフォント選びからデザインがスタートしました。最終的には「ハッピー」という文字に「黎ミン」、その他は「A1ゴシック」を採用しています。
齊藤 ことばを中心としたビジュアルをデザインする場合、文字を印象付けるためにゴシック体と明朝体を組み合わせながら組んでいくこともよくあるのですが、「A1シリーズ」って写植の時代の文字の形を踏襲しているのか、明朝もゴシックも文字のカタチに味わいがありますよね。このフォントだから成立したデザインとも言えるかもしれません。
「A1ゴシック」も「黎ミン」もそれぞれが使いやすくて人気のある書体なので、既存の広告デザインでよく見かけるフォントともいえます。そんな中でも個性のあるデザインにするために、フォントに敢えて長体をかけたり、「はらい」の部分を伸ばしたりするなどアレンジを加え個性を表現しています。
フォントはそれ自体がデザインされているものですが、今回の場合は、仕上がったデザインを、ポスターや企業のウェブサイトにて展開されることが決まっていたため、スマートフォンなどで閲覧した際に、ことばの塊を一つのビジュアルとして見せつつ、しっかりと読める文章でもありたいという狙いがあり細かなデザイン処理をしています。その点は、雑誌や本のような文字組みで使用する際のフォント選びとは異なってくる部分かもしれません。
ー なるほど。ことばを中心としたデザイン構成では、フォント選びのほかにも、一つ一つの文字へのデザインにも重要な意味合いがあるのですね。
山本 主に使用している「A1ゴシック」は、少しオールドな印象があるフォントですが、さらに判子で押したような質感を持たせるために、線を太らせて滲み感を加えつつ、可読性を維持できるよう一文字ずつ文字の隙間や空きを調整するほか、隅だまりを少し膨らませて重みを表現するなどの調整をしながら構築しています。
強調したい「ハッピー」の部分は、ニュアンスを感じさせる朱色を選び、その他の黒い文字もK100ではなく、墨色を感じさせるK90くらいで仕上げています。
齊藤 デザイナーがこうした職人技のような緻密なデザイン作業を重ねることで、そのことばの持つ意味や重要性がより心に響き、味わいのある印象に繋がっていると思います。
そして「dof ハッピー鬼十則」には、「鬼十則」にはない十一則もあるんです。色々と重みのあることばもあるけれど、最終的には「とはいえ、あなたの人生だ。」っていう。なんだか素敵ですよね。
ー 本当ですね。企業イメージをも左右するデザインの様々な工夫、大変参考になりました。
「ことば」をビジュアル化させたデザイン
ー 新聞やJR構内の大型広告でも展開され話題になったTOPPANホールディングス株式会社の広告デザイン(2021年制作)に話を移したいと思います。大泉洋さんと成田凌さんが起用された、シンプルなビジュアルに「すべてを突破する。TOPPA!!! TOPPAN」のコピーが目立つ印象ですね。
齊藤 そうですね。この広告デザインには、凸版印刷が印刷だけの会社ではないんだよ……ということを世の中に知らせること、また「凸版印刷」という会社をより多くの人に知ってもらうという目的がありました。そのため、TVや新聞、街中の大型サインなど、マス・コミュニケーションを活用し、タレントさんを起用した広告キャンペーンが始まりました。
「すべてを突破する。」というのは、印刷だけではない全ての課題を解決する会社という意味があり、大泉さんと成田さんの掛け合いも「TOPPANのこと、印刷の会社って思ってません?」という会話からスタートしています。
このビジュアルに使用されている「TOPPA!!! TOPPAN」というコミュニケーションロゴは、1965年から使用されてきた凸版印刷のコーポレートロゴを元にしています。
通常、コーポレートロゴを使用する場合、CIの運用ルールでアイソレーションエリア(ロゴ周りに必要な余白)など様々な制約があるものですが、このデザインでは、「TOPPAN」のコミュニケーションロゴの近くに「TOPPA!!!
」という文字が組まれているほか、紙面ギリギリのラインにコーポレートロゴが配置されています。
その背景には、今まで馴染みのあるコーポレートロゴを使用することで、ブランドを認知させるという意図があり、実現のために「TOPPA!!! TOPPAN」自体をブランドコミュニケーション・ロゴとして改めて制定していただいたという裏側があります。
ー デザインの実現までに、大きな制約の概念も外し、クライアントに理解をいただく努力もあったのですね。そのほか、どのようなデザインの工夫があったのか教えていただけますか。
齊藤 「TOPPA!!! TOPPAN」というキャッチフレーズは、コピーライターの方が作られたもので、最初の段階ではエクスクラメーションマークも3つではなかったと記憶しています。ただ、このキャッチコピーを拝見して、この字面をガッチリとロゴとして表現した方が強いイメージになるのでは……と思い、「TOPPA!!! TOPPAN」という文字組みで提案させていただきました。
﨑山 「TOPPA」に関しては、コーポレートロゴと同じ書体を使用していますが、「!!!」に関しては新たに制作する必要があったため、エクスクラメーションマークだけが浮いてしまわず、かつ「!!!」が一つの文字として見えるよう、下にくるNの文字幅と揃えてまとめたり、勢いを表現するために斜体にするなどの工夫をしています。
また、「TOPPA!!!」は、オレンジから赤へ変わるグラデーションでカラーリングしていますが、これは少しずつ熱意や情熱が高まっていくイメージをデザインしています。
ー こちらのデザインではコピーが階段のように連なり、最終的に「すべてを突破する。TOPPA!!! TOPPAN」が大きくあしらわれたデザインになっていますね。コピー部分のフォントは何が選ばれていますか?
﨑山 「A1ゴシック」を採用しています。コピーを優先してデザインを組んでいったのですが、改行することで階段のように連なる雰囲気や、読みやすさに意識を向けた時、コピーが一つの塊として見えたら良いなという思いがありました。
凸版さんが作った「凸版文久ゴシック」でも組んだと思いますが、とても読みやすい書体である分、コピーがさらりと流れてしまうような印象を受けて、少し癖があってひっかかりのある「A1ゴシック」に落ち着いたという経緯があります。
さらにこの広告が、駅構内の大型サインで掲示されるため、一文字が人の身長くらいの大きさで印刷されるんです。パソコンや印刷で見た時には気がつきにくい角の部分の処理や丸みなど、よりシャープさを感じられるように細かな調整をしています。
ー その後2023年には凸版印刷株式会社がTOPPANホールディングス株式会社へと社名変更し、新たなビジュアルも制作されていますね。
齊藤 TOPPA!!!TOPPANというコミュニケーションロゴを使用すること、大泉洋さんと成田凌さんを起用したデザインになるという点は2021年から変わらぬままですが、社名変更という大きな変化に伴い、広告デザインのビジュアルも既存のものから変えたいというご要望をいただきました。
そこで、2021年のビジュアルは白バックでデザインしたものに対し、2023年の社名変更では黒バックにし、タレントのお二人がコーポレートロゴに向かって飛び上がり、突き抜けてくるような突破感で表現しています。
また、2021年はどちらかというと ”企業メッセージを伝える広告” だったものに対し、2023年は ”社名変更というフォーマルなご案内” になります。
その場合は、キャンペーンでの声色とは少し異なる印象で打ち出した方が良いのではと「A1明朝」を採用させていただきました。「A1明朝」って、明朝体のなかでも伝えたい内容がしっかり伝わる、本当に使いやすいフォントだなと感じています。
﨑山 ただ、制作時には「A1明朝」のウエイトが少なかったので、太さの調整を加えています。
ー 実は2023年に「A1明朝」のウエイト(R / M / B)が追加されました!
﨑山 そうなんですね!それはありがたい限りです!!(笑)
齊藤 「A1明朝」ってオールド感が程よくあるのに、古く見えないっていう良さがありますよね。時代にあっているというか。フォントにもトレンドがあって、少しずつ変わってくるので汎用性の高い「A1明朝」も、そろそろ使い収めなのかなぁ……と思いつつ、懐が広いからついつい選んでしまうんですよね。
﨑山 フォントが持つ良さや持ち味を活かすために、なるべく元の書体に手を加えないようにはしているのですが、大きく使用される部分や、塊として見せたい箇所は、ディティールをどうアレンジすればより見やすくまとまりが良くみえるのか、いくつも検証を重ねています。例えばはらいの長さや、文字の重心の位置など、伝えたい印象に合わせてアレンジを加えるようにしています。
ー なるほど。フォント選びや文字ひとつひとつのバランス調整を通して、フォントが持つ力を十分に発揮できるようデザインされているお話、大変参考になりました。ありがとうございました。