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【インタビュー】わたしの“推し”フォント 第2回 木住野彰悟(6D)「デザインのフックを文字では作らない。ふつうに、違和感なく見える文字こそがいい書体」

いま、私たちは情報の多くを文字から受け取っています。メディアの中心が印刷物からスクリーンに変わってもなお、文字がコミュニケーションのひとつの要であることは変わりません。
「My MORISAWA PASSPORT わたしの“推し”フォント」では、さまざまなジャンルのデザイン、その第一線で活躍するデザイナーに、文字・フォントをデザインワークのなかでどのように位置づけ、どのような意図・考えで書体を選択しているのかをインタビュー。あわせて、「MORISAWA PASSPORT」“推し”フォントを紹介いただきます。
第2回は、VIやパッケージデザイン、サイン等で活躍を続ける木住野彰悟さんにお話を伺いました。

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木住野彰悟
東京都出身。2007年にグラフィックデザイン事務所6Dを設立。
企業や商品のVIやパッケージ、空間におけるサインデザインまで幅広く活動。おもな仕事にKIRIN Home TapやKASHIYAMA the Smart Tailorのアートディレクション、“新風館”のロゴ・サインデザイン、NEWoMan/LUMINE0のサイン計画など。東京ADC、JAGDA、SDA、D&AD、カンヌ、DFAAなど国内外のデザイン賞を受賞。

1.木住野さんにとっていい書体とは?

CI・VIやパッケージデザイン、サインデザイン等幅広いフィールドで活躍する木住野さん。そのデザインのなかで書体、フォントが果たす役割とはどのようなものなのか。そして、木住野さんにとっての“いい書体”とはどのような書体なのか。まずは聞いてみました。

「僕は書体に装飾的な役割を期待していないんです。とにかく違和感のない文字、それが僕にとってのいい書体です。
CIやVI、パッケージ、サインはデザインとして世に出てから、何年、何十年も持つデザインにする必要があるので、書体を選ぶときの判断基準も、時代が変わっても違和感なくそこにあり続けることができるかどうかがポイントになっています。
そうした視点で書体を見たとき、新しい書体よりは長く使われている書体、たとえば中ゴシックBBBゴシックMB101のような書体を選ぶほうが、長く持つ確率は高い。そう考えています」

デザインにおける違和感……それは人の目を止める、手を止める要素にもなりえるもの。
しかし、木住野さんはその違和感を書体ではない部分に求めています。

「あえて違和感を作ることで目立たせるというのは、ひとつのデザインテクニックではありますが、まずきちんと作られたデザインがあり、そこからずらすポイント、デザインのフックを作るようにしないと記憶に残るものにはなりません。
書体のデザインに頼って、文字のかたちの変化で違和感のフックを作ろうとすると、軽いデザイン、子どもっぽいデザインになってしまいます」

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2.書体を装飾するか、装飾された書体を使うか

では、木住野さんは装飾的なデザインの書体には否定的なのかというと、そういうわけではありません。

「僕の場合、“違和感のないデザインにしたい”というのが考えとしてあるので、装飾的な書体は使わないというだけで、いまのデザイン書体はデザイン性を備えた高品質なものが増えてきたと思っています。
たとえば、すずむしで文字を組むだけでもPOPとして成立しますよね。それ以外にも、タカハンドのようなキャッチーなものから、勘亭流のような筆文字フォントまで幅広い書体の選択肢があります。
デザイナー以外でもフォントを扱う人が増えているなかで、そのフォントを使うだけで一定のクオリティのものが作れるようになったという点では、現在のフォントバリエーションの豊富さは、文字・フォントが持つ可能性、枠組みを広げてくれたのではないかと思っています。
店頭のPOPのようなものにも質のいいフォントが使われるようになったことで、日本の景色が進化したとも言える。これはいいことだと思っています」

いい書体だと思うけれども、自分のデザインでは使えない。それは求めるデザインに対して、文字・フォントにどのような役割を持たせるか、木住野さんのなかに明確な線引きがあることの証左でもあります。

「秀英にじみシリーズ(明朝・角ゴシック金・角ゴシック銀・丸ゴシック・アンチック)もすごくいい書体だと思います。でも使うかというと僕は使えません。
(にじみのない)秀英明朝に対して、僕が素材感を与えるために文字をにじませるのと、あらかじめにじみ処理がされた秀英にじみ明朝を使うのとでは、やはり意味が違うんです。
素材に味をつけるのはあくまでもデザイナーの仕事であって、そのためには素材、つまり書体はできるだけ味がつけられていないものが望ましいと思っています」

3.木住野さんのデザイン&書体実例

木住野さんが手がけた仕事のなかで、フォントはどのように使われているのか。実際に見てみましょう。
ひとつめは新宿 北村写真機店」のブランディングです。

「ここで使っている書体は、和文がA1明朝、欧文がモンセン・スタンダード欧文書体清刷集に収録されているCaslonです。A1明朝は、もともとモリサワが写植時代に作った明朝体がもとにした書体ですね。
新宿 北村写真機店は、カメラのキタムラのフラッグシップショップで、高価な商品を取り揃え、こだわりの逸品を扱っています。当然、それにふさわしい落ち着きのある佇まいが求められます。
デザイン、文字を装飾的にすると雑多な印象になってしまいますが、書体の文字そのままでも味気ない。そこで写真の原点・カメラオブスキュラをモチーフにしたロゴにあわせて、これまで長く使われてきたA1明朝に写真現像処理を加えたようなにじみ感を加えることで、ショップのイメージにふさわしい文字に仕上げています」

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木住野さんの仕事、ふたつめはimperfect」のパッケージデザイン
選ばれた書体は中ゴシックBBBです。

「imperfectのパッケージでは、商品の魅力やコンセプトなど、非常に多くの文字要素を入れる必要がありました。それぞれを立たせるのではなく、どれも均等に立たせるにはどうしたらよいかを考えたとき、あえて文字から情緒性を排除することにしました。そこで選んだのが中ゴシックBBBです。
中ゴシックBBBは、文字の印象としてはクセがないのに、文字のディテールを見ると味わいがある。美しく、使いやすい書体です。ここでは中ゴシックBBBで文字を淡々と組み、文字の羅列が模様のようにも見えるようにすることで心地よい違和感を作り出しています。
主張の強い書体では発信者側のメッセージが強くなりすぎてしまいますが、クセのない書体を選ぶことでメッセージをさりげなく伝える。imperfectのパッケージは、そうした距離感でデザインをしました」

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このふたつの仕事で共通しているのは、“文字のかたちそのものをフックにしていない”ということです。
ではどこでフックを作っているのか。その答えは“ものとしての素材感”です。

「グラフィックデザイナーというと、平面的な絵で力を持たせようと考えがちですが、そうするとなにか見た目で変化をつけようとします。そうして作られたデザインは長持ちしないように思うのです。
それなら、たとえ文字が入っていない状態、デザインされていない状態でも“いい”と感じられる素材を見つけ出し、その素材が映えるデザインをするほうが確実です。だからデザインのプロセスでも、素材、つまりデザインの土台を決めるのにいちばん時間をかけています」

最後に紹介するのは小田急線の路線図
ここでは情緒、味わいではなく、機能としての書体選びを行なっています。

「小田急線の路線図は、誰にとっても見やすく、読みやすいデザインが求められました。こうした公共のデザインではいま、UD書体を使うことが基本になっていますが、そうした条件の中でベストな書体が、UD新ゴでした。
UD書体の整理されすぎた文字のかたちは少し味気なく感じますが、書体は必ずしも好き・嫌いで選ぶものではありません。適材適所な選択こそ重要だと考えています」

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文字はデザインのひとつの構成要素にすぎません。
しかし、どのようなかたちの文字を使うかはデザインに込められたメッセージの伝わりかたに大きな影響を与えます。そしてそれは景観をも変える要素にもなりえると言います。

「パッケージにせよ、サインにせよ、それを必要としない人にとってはただの景色であり、ノイズとも言えます。その意味では、文字は単なる情報として存在しているのではなく、文字のかたち、つまり書体は景色を作る要素にもなっているとも言えます。それならせめてきれいなもの、味わいのあるものにしたい、そう思ってデザインをしています」

4.MORISAWA PASSPORT “推し” フォント

その木住野さんが選ぶMORISAWA PASSPORTイチオシのフォントとは何なのでしょうか。
ここからは3つの“推し”フォントをオススメポイントと合わせて紹介します。

1. 中ゴシックBBB
「使い慣れているということもありますが、整理されたゴシック体が増えているなか、中ゴには微妙な画線のハネなど表情豊かなエレメントがあり、それが美しい。かたちとしてはクセがあるようで、文字の印象としてクセがないところも使いやすいですね」

2. A1明朝
「A1明朝はすごくいいですね。なぜなら元となった文字が、写植時代からある文字だから。新しい書体はその文字やデザインの印象が何年持つかはわかりません。しかし、昔からある書体というのは、長い年月に耐えることができる文字とも言えます」

3.A1ゴシック L/R/M/B
「ぼかしたような、にじんだような角の処理が作為的に感じるので、書体でデザインの個性を出したくない自分としては、仕事では使わないかもしれませんが、きれいな書体だと思いますし、好きな書体です。文字として組んだときの“絵が強い”と感じています」


街を見れば、そこには多くのデザインがあふれています。そのひとつひとつがていねいに作られることで、街の景色そのものがいいものになる……それは、サインデザインや公共のデザインを多く手がける木住野さんならではの視点と言えるかもしれません。

*この記事は2020年9月に発行された、マイナビ出版『+DESIGNING』vol.50掲載のものを加筆・再構成したものです。

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