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『東京防災』デザイナーが語る。老若男女に届くニュートラルなフォントと、グラフィックデザインの未来

モリサワでは、MORISAWA PASSPORTユーザ様限定公開の講座「FONT COLLEGE」を不定期開催しています。

4月22日(木)、note株式会社が運営するイベントスペース「note place」(渋谷区神宮前)にてオンラインでの開催となったvol.7。「デザインにおける新様式 ─誰にでも伝わるデザインとは─」と銘打った今回のイベントは、モデレーターにフリーランスの編集者・武田俊さん、ゲスト講師に『東京防災』などを手がけるNOSIGNER代表の太刀川英輔さんをお迎えし、防災デザインから未来の創造性に至るまで、たっぷり話を伺いました。

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デザインと建築の密接な関係

「未曾有の危機とデザインの関係」「進化思考について」を二つの大きなテーマとして始まった今回のイベント。まずは自己紹介も兼ねて、太刀川さんが今の仕事を志したきっかけからトークが始まります。

太刀川さんにとって、このイベントの収録スペースである外苑前は思い出深い場所とのこと。というのも、大学院生だった2000年代前半、外苑前にあった建築家・隈研吾の研究室に通っていたからだそうです。興味深いのは、太刀川さんがデザインではなく建築を学んでいたことです。

「当時は建築とグラフィックデザインが混ざっていった時期でした。例えばレム・コールハースはグラフィカルな建築をつくっていました。そこで僕も建築の側から独学でグラフィックデザインに踏み込んでいったら……そこが“沼”だったんです(笑)。ミイラ取りがミイラになるように、建築家を目指していたらデザイナーになっていました」

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そもそもグラフィックデザインと建築は、ルーツにおいて不可分の関係にあると太刀川さんは指摘します。グラフィックデザインにはバウハウスなど建築的な運動の影響があるし、現代でも非常口のサインに見られるように、デザインはかつて建築の装飾でもありました。

太刀川さんは実際に、イギリス発祥のマギーズがんケアリングセンター「マギーズ東京」の建築など、建築デザインにも携わっています。また、ブランディングに関わっているというオーケストラ「バッハ・コレギウム・ジャパン」では、バッハが生きていた時代の書体を調べ、そのフォントを建築図面のようにデザイン。Firefoxで有名なMozillaの日本オフィスの内装を手掛けた際には、その図面をデザインした上で、オープンソースとして無料公開したそうです。

このようにグラフィックデザインと建築の融合を試みている太刀川さんは、「グラフィックデザインはどんなクリエーターにとっても重要なスキル」と強調します。

「基礎教養としてグラフィックデザインを身につければ、様々なクリエイティブに活かせます。さらに街中の看板や広告などのデザイン・書体から、その奥にある文脈をどんどん読み取れるという豊かさを手に入れられるんですよ」

「僕もデザインの『沼』の入り口に立たされそう」と武田さんも引き込まれながら対話は進みます。

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デザインに必要なのは、匿名性か顕名性か?

そこから太刀川さんは、大学院生の時に独立して「NOSIGNER」を設立。匿名のデザイナーとして活動を開始します。「人類史において脈々と生起してきたデザインという現象には、顕名性が必要ないのではないか?」という仮説から、「優れたデザインは個人を超える」というビジョンを掲げました。

それを受けて、「たしかに優れたプロダクトをつくることができれば、それは制作者という属人性から解き放たれて、端的にいいモノとして存在し、アップデートされていきますね」と武田さん。「覆面レスラーみたいな存在ですね。世が世ならバンクシーになれたかもしれない」と太刀川さんは笑います。

ただ、NOSIGNERを設立してから5年後に起きた3.11で、匿名性の限界に突き当たったと言います。オープンソースデザインを探求していた矢先に起こった東日本大震災によって「一人でできることが少ない」と感じ、また「匿名の集団」をイメージできなかった太刀川さんは、そこで初めてNOSIGNER=太刀川英輔と名前を明かします。そして、震災から40時間後に「OLIVE」というプロジェクトを立ち上げました。

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「防災分野のWikipedia」とも言われるOLIVEは、災害時に役立つデザインのアイデアを誰でも投稿できるウェブサイトです。例えば、仮設トイレやマスクの作り方などを投稿・共有できます。サイトを立ち上げるとすぐに、限られた資材で生きのびるためのアイデアが100以上集まったそうです。

「デザインとは新しいモノをつくること。ではなぜつくるのかと言うと、今より少しでもマシな状況をつくるためですよね。でも、その『今』が壊れてしまうのが災害です。そうすると、『その状況からどう助かるか?』が何より重要になってくる。そうして生まれたのがOLIVEだったんです」

震災時、太刀川さんはものづくりに対して無力感を覚えたと言います。時間をかけてモノをつくっても、被災地での喫緊の課題には役立たない。そこで、様々なアイデアや防災グッズ作成のレシピを、ラフでもいいからどんどんシェアしていくことに注力したそうです。

一方でOLIVEを通じ、災害時など過酷な環境でこそクリエイティブが役に立つことを実感した、と太刀川さんは振り返ります。

「震災の一月後に支援活動で石巻を訪れた際、何もなくなってしまった町で生活を立て直そうとする人々から、ある意味でポジティブと言えるほどの創造的なエネルギーを感じました。助けに行ったつもりが逆に元気をもらったほど。そこで、人間がピンチの時ほどクリエイティブは頼りになるんだと気づいたんです」

これには武田さんも「今まで購入していたモノが手に入らないとなると、つくり出すしかない。そうしないと生活できないとなった時、クリエイティブが自走していくわけですね」とうなずきます。


人に届くニュートラルなフォント

そこから武田さんが水を向け、より具体的なフォントの話へ移ります。OLIVEで使われていた書体はモリサワの見出ゴMB31。選択した理由は、「ニュートラルなフォントだから」と太刀川さんは解説します。

「見出ゴMB31には、いい意味で色がないんです。僕らが見慣れている書体はMSゴシックなどいろいろありますが、僕にとってはそれらより、見出ゴMB31や、それに影響を受けたフォントがスタンダードに見えます。だから僕は見出ゴMB31がすごく好き。平たく言えば『日本語のヘルベチカ(欧文フォントの定番)』だと思ってますね」

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武田さんは「ニュートラルなフォントを選んだのは、なるべく多くの人にこのプロジェクトを知っていただくために、できるだけ書体が持っているノイズを削ぎ落とすために選択されたということなんだ」と納得しながら都度ビシバシと要約していきます。そして、実は太刀川さんにはモリサワに注文したいことがあるそうです。

「見出ゴMB31は1ウェイトしかないんですよね。他にも1ウェイトだけのフォントがあって、例えばA1明朝は本文にいいけど、ちょっと見出しに使いたい時もある。そこでウェイトがほしいんですが、なんとかしてください、モリサワさん!(笑) ……と、ホントに言いたいこともあるんです、フォントだけに」

ダジャレも飛び出したところで、次はいよいよ都民である武田さんにも馴染み深いという『東京防災』の話題へ。被災地に入って防災キットをつくるなど5年近く活動を続ける中で、OLIVEを参考に本をつくりたいという依頼を受けたそうです。それが『東京防災』でした。

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編集者である武田さんは、その部数に興味津々。東京都の一世帯ごとに一冊、さらに学校や公共施設などにも配布するため、最終的な部数は、なんと累計800万部! 一冊330ページあるので、行政史上最大規模の印刷プロジェクトだったと言います。日本で最も発行部数の多いと言われる黒柳徹子さん『窓ぎわのトットちゃん』が700万部。武田さんも「トットちゃんより出てるってすごいことですね」と驚きを隠せません。

そんな『東京防災』で使用しているフォントは、ゴシックMB101UD(ユニバーサルデザイン)フォント※。『東京防災』が一般的な書籍と異なるのは、読者の対象を絞れないことです。災害においては、全都民、文字通り老若男女が当事者になり得ます。そうした万人に対してどうコミュニケーションするかを突き詰めたところ、やはりニュートラルな見出しゴシックとUDフォントが選ばれたそうです。
※東京防災で採用されているUDフォントは残念ながら他社のUDフォントです。

『進化思考』がアップデートする未来の「創造性」

さらに、先日出版された太刀川さんの著書『進化思考 生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』(海士の風)で提唱している概念「進化思考」について深掘りしていきます。

本書のテーマは「創造性」。「どうしたら人や世の中が創造的になるか?」という問いのもと、太刀川さんは「たとえ自分一人が創造的になっても、世界には課題の方が圧倒的に多い。それならば人類全体の創造性を底上げすれば、社会課題を解決できるはず」と考え、対個人や対企業などで「創造性教育」の実践を継続してきました。

「そもそも、みんな創造性に対してコンプレックスがありますよね。僕はそれがイヤなんです。なぜなら、本来誰もが創造性を持っているから。創造性を伸ばすための練習方法を提供していないのが問題なんですよ。だからこそ、創造性を探求して、たくさんの人に創造的になってもらうという自身のライフテーマをまとめたのがこの本なんです」

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太刀川さんは創造性に最も近いものが「進化」だと言います。進化とは「変異」と「適応」の繰り返し。著書では生物の進化から学びを得ることで、私たちの思考をイノベーションしていくことを指南します。それはデザインの文脈をつむぎ直す試みでもあるそうです。

「それこそ秘伝のタレですね」と武田さんが見立てます。「しかも、太刀川さんが探究してきたその秘伝のタレを、オープンソースとして『秘伝にしません』と出版されたのがこの本ですね」

イベント終盤は質疑応答へ。最後に受け取った「今マシにしたいものベスト3はなんですか?」というユニークな質問に、太刀川さんは「拙著『進化思考』の使い方・届け方」、「創造性教育」に加えて、「未来」を挙げました。

「僕は『大阪万博2025』日本館の基本構想クリエーターなんですが、世の中の未来を問うにはいい機会だと思っています。今の時代に危機感と可能性を感じているからこそ、これからの未来を少しでもマシにしていきたいですね」

かなり濃密なトークが展開された今回のFONT COLLEGE。モデレーター・武田さんの的確でわかりやすい「要約力」には太刀川さんも脱帽するほどでした。また、太刀川さんの語りの節々から溢れ出すクリエイティブへの情熱は、確実に視聴者の方々のもとへ届いたのではないでしょうか。

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太刀川さん、武田さん、ありがとうございました。

FONT COLLEGEはこれからも不定期に開催し、noteでレポートを掲載していきたいと思います。 

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Text : 中島 晴矢
Photo : 引田早香

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