見出し画像

【インタビュー】わたしの“推し”フォント 第5回 草野 剛(草野剛デザイン事務所) 「性別、年齢、国境を超えて、みんなでシェアしたい。そのためには誰にでも受け入れられる書体がいい」

いま、私たちは情報の多くを文字から受け取っています。メディアの中心が印刷物からスクリーンに変わってもなお、文字がコミュニケーションのひとつの要であることは変わりません。
「My MORISAWA PASSPORT わたしの“推し”フォント」では、さまざまなジャンルのデザイン、その第一線で活躍するデザイナーに、文字・フォントをデザインワークのなかでどのように位置づけ、どのような意図・考えで書体を選択しているのかをインタビュー。あわせて、「MORISAWA PASSPORT」“推し”フォントを紹介いただきます。
第5回は、メディアを横断してさまざまなカルチャーのデザインを手がける草野剛さんにお話を伺いました。

画像1


草野 剛(草野剛デザイン事務所)
1973年生まれ、東京都出身。グラフィックデザイン全般の制作を行なう。株式会社アスキーを経て有限会社草野剛デザイン事務所を設立。武蔵野美術大学非常勤講師。コヤマシゲト氏と同人サークルCCMSを行なう。2015年より一般社団法人 JMAGクリエイターズ協会の理事を務める。


1.文字の役割、書体の選びかた

アニメ、コミック、ライトノベル作品等、メディアやカルチャーの分野で数々の仕事を手がけている草野さんは、デザインの中で文字、書体をどのように位置付けているのでしょうか。まずは聞いてみました。

「日本語は表意文字としての漢字、表音文字としてのかな、記号、数字、約物と多くの文字によって成り立っていますが、それぞれの文字の表情を細かくコントロールしていくことは、デザインの品質や目的に強い影響を及ぼします。
ただ一方で、文字は情報を受け渡すための乗りもののようなもので、“デザインコミュニケーションにおける役割のひとつにすぎない”とも考えています」

書体を選ぶ際に気をつけていること、重要だと思っていることはどのようなことなのでしょうか。

「書体を選ぶとき、誰が、どのようなコンセプトで作った文字なのか、どういうシーンで使う書体なのかを知っておくことは重要だと考えています。
ただ、あくまでこれは書体選びのとっかかりに過ぎず、そこに頼りすぎないことも大切なんですよね。
知識が先立ってしまうと、ある種の正しさしか感じられず、“誰のためのデザインなのか”という部分が抜け落ちてしまうことがあるからです。
ルールや知識の上にあぐらをかいてしまって、外に向かってデザインしているはずが、自分を守る方向に向かってしまうんです」

知識や理論、ルールを知りつつもそれに縛られないこと。
それは草野さん自身が意識的にそうならないように心がけていることでもあります。

「正しさに満ちた、型とセオリーに則ったデザインもいいけれど、そうした理屈じゃないところでデザインに向き合っていたいんです。
書体選びの際に、“肉料理だから赤ワイン”というような教義に従う必要はないと思っていますし、行きすぎたクラフトマンシップ、つまりデザイナーからの審美を意識したデザインにならないようにもしたい。
そうして積み重ねていった細部が、ある種の愛好家のよろこび、フェチズムとして溜まっていくことが重要だと考えています」

2.デザインテーマは“二次元コンテンツの一般化”

デザイン、そして文字・書体はあくまでもコミュニケーションのためのものであり、そこに自身の個性、表現を過度に投影する必要はない。草野さんのデザインスタンスは明快です。

「僕自身、名乗る肩書きはアートディレクターではなく、あくまでグラフィックデザイナーと言うようにしていて。僕の個性に期待してデザインを依頼いただいた時点で、それはクライアントによってディレクションされていると言えるからです。
コンテンツはあくまでもクライアントのものであり、クライアントがどのような人たちと、どのようにコミュニケーションを取りたいかを汲み取ってデザインを構築することが、僕の役割なんです。そうした意味では、“自分ではあまりデザインを考えないようにしている”とも言えるかもしれませんね。
アニメやマンガの仕事だけでなく、企業のロゴやサービス、アプリも同じアプローチでデザインをしています」

草野さんのデザインテーマのひとつに「なるべく広く、多くの人に受け入れられるものを作る」というものがあります。これはアニメやカルチャー系の仕事を多く手がける草野さんゆえの願いでもあります。
そして、その実現のプロセスのなかで書体選びは重要な役割を担っています。

「デザインを始めた頃から心に決めているテーマに“二次元コンテンツの一般化”なんです。
コミュニケーション、カルチャー、デザインの変化によって、アニメやコミックも多くの人に受け入れられるようになりましたが、より広く、多くの人たちと関係性をつくり上げるためには、いかにも特徴的な表現は避けたほうがいいと思っていて。
たとえば、ファンシーでキャッチーなデザイン書体は、“かわいい!”“最高!”と思う人もいれば、拒否感を抱く人もいるかもしれません。それなら、ゴシックMB101のようによく知られた、見慣れた書体のほうが関係性を作りやすくなる。そう考えています」

画像2

3.草野さんのデザイン&書体実例

ここからは実際に草野さんが手がけた仕事の中で、書体がどのように使われているのかをみていきましょう。
まずは「MANGA都市TOKYO」の図録です。

「ここでは、ヒラギノ明朝の漢字に游築五号仮名とCaslonを合わせています。
実は、“ヒラギノは表情に乏しい、無機質でつまらない書体”と思っていたんです。でも、40歳を超えてから、汎用性や機能性の高さ、公園や図書館のような公共性、明瞭で凛としたかたち、スマートでスタイリッシュな印象……そうした部分に気づいて、“なんてすばらしい書体なんだろう!”と思えるようになって。それからは多用しています。
游築五号かなを組み合わせたのは、テキストを饒舌にしたかったからです。ヒラギノだけだと少し堅苦しい印象なのですが、游築五号かなを入れるとやわらかい表情になります。
情報としてのテキストはヒラギノそのまま、情感を加えたいときには游築書体と組み合わせるというのが、基本的な使いかたですね」

画像3


もうひとつは、「Re:ゼロから始める異世界生活」
ここでは小説のタイトルロゴと画集タイトルで、同じ作品ながら異なる文字処理をしています。

「小説のロゴは、ゴシックMB101新ゴリュウミンをベースにゴシックの下をカットしていています。画集ではこのロゴを使わず、あえてヒラギノ明朝+游築五号仮名にしました。
こうしたデザインでは主体となる絵が一番重要なので、絵の魅力と文字、それぞれがぶつかり合わないように整えるようにしています。
書体によって表情を変えたり、文字を変形させることで、要素の関係性に意味を持たせられるという点で、文字・書体はデザインに非常に有効な手段だと思っています」

画像4


多様なコンテンツに対して、意外と思えるほどベーシックな書体選び。しかしそれこそが、コンテンツの魅力を一番に引き出すことにもつながっています。

「見慣れた書体、つまり書体が持つ表情の透明性が高くなると、文字表現の個性が失われて、どこかで見たことがあるようなデザインのになってしまうと思うかもしれません。
でも、コンテンツのテーマ、ストーリー、コンテクストがしっかりあれば、文字の表情がスタンダードでもコミュニケーションの強度は保つことができる。そう思っています」

4.MORISAWA PASSPORT “推し” フォント

最後に、草野さんがいま、イチオシのMORISAWA PASSPORT“推し”フォントを3つ紹介しましょう。

1.ヒラギノ明朝 W2〜8/ヒラギノ角ゴ W0〜9
「縦にも横にも組めて、印刷にもオンラインにも使える機能性、明瞭で凛としたかたち、スマートでスタイリッシュな印象、公園や図書館のような公共性、まるでアナウンサーのようなハキハキした声。僕にとってヒラギノは“信用できる書体”です」

2.リュウミン L/R/M/B/EB/H/EH/U-KL・KO
「リュウミンは時代に左右されないすてきな書体です。縦書きの書籍のようなテキストだけの世界ではヒラギノではなくリュウミンを使います。KLだけでなく、KO(オールドがな)があるのもありがたい。いろいろなリュウミンを作ってほしいですね」

3.A1ゴシック L/R/M/B
「A1ゴシックは広く受け入れられる書体だと思います。エッジがとろけたような処理のおかげでフトコロが広く見えますし、ほどよく情感がありながら明るい印象。気品を感じながらカジュアル。居心地のよさ、風通しのよさを感じられる書体だと思います」


文字、書体はあくまで関係性のなかで決定されるもの。
ときに主張し、ときに控えめにする……そのバランスをていねいに構築していくことが重要だと草野さんは言います。
書体選びもまた、文字のかたちだけに捉われることなく、全体の調和のなかで文字の役割を見つけだすことが大切だと言えるでしょう。

*この記事は2020年9月に発行された、マイナビ出版『+DESIGNING』vol.50掲載のものを加筆・再構成したものです。