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デザイナーとエンジニアの綿密な連携で実現。流れるように文字がつながる筆書体「澄月」【2021年新書体】

食欲の秋、芸術の秋、読書の秋…新書体の秋!
というのも、モリサワでは例年秋頃に新書体をリリースすることが多く、今年も10月21日にリリースとなりました。ユーザーさんの反応が気になって仕方ない今日この頃です。

今回は、2021年度の新書体の中から澄月ちょうげつについてご紹介します。開発メンバーへのインタビューでは、担当デザイナーに加えて、フォントの制作には欠かせない存在であるエンジニアも登場しますので、最後までぜひご覧ください。

1. 繊細かつスピード感のある行書風のデザイン書体

まずは「澄月ちょうげつ」のデザインについて、簡単にご紹介します。

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澄月は、繊細かつスピード感のある行書風のデザイン系筆書体です。
はね、にじみやかすれ、太さの強弱があり、正方形の枠にとらわれない伸びのある骨格をしています。筆の運びによって行書風に省略したり繋がりを持たせているのも特徴です。

書家さんが半紙に書いた字をデジタル化して制作しており、できるだけ自然な手書きの表現になることを目指して開発しています。

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▲ ベースとなる文字は、書家さんに半紙何百枚分も書いていただきました!

書体自体のデザインが手書きであることはもちろんですが、できるだけ自然な手書きの表現を実現するために、全ての文字に固有の幅を持たせていて(フルプロポーショナルフォント)、入力するだけでそれぞれに合った文字送りになります。

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また、 フォントに備わる機能を活用することで、とある動きを実現しており...
ここからは、この “動き” について掘り下げていきます!

2. フォントが動く!?文字のバリエーションの多様さ

澄月を語る上で外せないのが、文字のバリエーションの多様さについてです。
まずはこちらをご覧ください。

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このように、「連綿合字」や「別デザインのかな」などの豊富な文字のバリエーションが、アプリケーション上で文字を打つと “自動で” 入力されるようになっているんです!(※アプリケーションによって挙動が異なる場合もあります。)

文字のバリエーションは大まかにわけると以下の2つにわけられ、サポートしているMin2セット(モリサワ独自規格)の他に、約800種類の文字が澄月用に追加搭載されています。

文字のバリエーション:
①連綿合字
②前後関係に依存して変化するかな

これらの文字はフォントに備わっている「OpenType機能」を細かく設定することで動かせるようになっているのですが、説明を始めると大変長くなってしまいそう...なので、今回はその機能によって “どんなことができるのか” に焦点をあててご説明します。

①連綿合字
澄月では特定の品詞において、手書きの続け字から着想を得た「連綿体 ※1」(縦書き用のみ)を用意しています。

※1 連綿体
書法の一種で、漢字の行書・草書や仮名などの続け書きのことを指す。

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“漢字混じりの連綿” と “かなの連綿” があり、画像のように「美味しい」や「ます」などの特定の文字の組み合わせが打たれると、合字機能(複数の文字を合成して1文字に置換する機能)によって自動で置き換わるようになっています。
連綿合字は全部で250種類ほど搭載していて、いろいろな文字のつながりをお楽しみいただけます。

②前後関係に依存して変化するかな
文字がつながって見える連綿体の他にも、普段文字を書く時のような無意識の文字の流れを表現できる機能を搭載しています。

通常のフォントだと、1文字につき1デザインであるのが基本です。しかし、手書きで何か書くときに、全部同じ文字を書いている、なんてことはありませんよね?知らず知らずのうちに、次の文字を意識した形になっているのではないでしょうか。この微細な変化を表現するため、澄月では1つのかなに対して複数のデザインを用意しています。

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例えば、同じ「の」という字でも、1つ目の「の」の収筆は左側に流れるような形状になっています。これは次に来る文字が左側から始まっているためです。
このように、後ろにくる文字の始筆の位置によって、繋がるような形のデザインが出てくるように細かく設定しているんです!

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また、「お・お」などの同じかなが続いた場合は同じデザインにならないように全てのかなで別のデザインが発動するようにしていたり、改行や句点など文章が一息つくような場所に来る場合の専用字形も用意しています。

なぜこのような複雑な設計がされたのか、このあとのインタビューで担当者が想いを語っていますので、是非ご覧ください。

3. 変体仮名で、味のある和風デザインができる!

澄月の特徴として皆さんに知っていただきたいことの一つに「変体仮名 ※2」が搭載されていることがあげられます。

※2 変体仮名
ひらがなの異体字のことで、1900年の小学校令施行規制によって一音一字に統一された現在一般に使われている平仮名に対し、同一でありながら字体が異なる仮名を指す。

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澄月は、Unicodeに登録されている変体仮名286文字を収録していて、画像のような、和食料亭のメニューや和菓子の品名など、和風表現に少し深みを出したい時などに効果的にお使いいただけます。
文字を眺めるだけでも楽しいので、是非インストールして “かなの歴史” に思いを馳せてみてくださいね。

変体仮名は自動変換の対象ではなく、ユーザーのみなさんに任意で選択していただく文字になっています。呼び出し方法についてはこちらのサポートページをご覧ください。

4. 制作者の思い(デザイナー・エンジニアインタビュー)

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お話を聞いた人:
・タイプデザイナー 新井 尚子(あらい なおこ) ※写真左
2011年事業譲渡によりモリサワに入社。前社では「本明朝-U」「Roゴシック新がな」の制作のほか、多くの書体制作に従事。近年は「澄月」をはじめ「UDデジタル教科書体」「赤のアリス」「白のアリス」などの漢字の拡張に携わる。

・エンジニア 遠藤 由布子(えんどう ゆうこ)※写真右
2016年モリサワに入社。組込書体などのエンジニアリング業務を担当。書体開発では「みちくさ」「澄月」の連綿書体に携わる。

ーまず、澄月のコンセプトについて教えてください。
新井:
澄月は “文字を打ち込むだけで流れるように文字がつながり、まるで筆で書いたような風合いが出せる書体” というのをコンセプトに開発しました。実際に書家さんが書いた文字のアウトラインを起こしてフォントにしていて、より手書きのイメージを出すために、デザイン上でも技術面でも様々な工夫を施しています。

ー筆の風合い、とても感じます!手書きの文字をもとに制作しているということでしたが、大変だったことはありますか?
新井:やはり、手書きを再現した書体であることが最大のポイントであり、苦労した点です。書家さんが書いた文字が持つのびやかで優しい雰囲気にどうやったら近づけるか、デザイナー同士のこれまでの経験や書道の知識も踏まえて何度も意見を交わしながら、試行錯誤していきました。

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▲ 制作過程でのチェック資料。連綿体制作の跡がみられる。

新井:例えば通常フォントを制作する際は「へん」や「つくり」などはひとつのパーツを元にして幅などのバランスを調整していますが、澄月は手書きの微妙な揺れを表現するため、単純な幅の調整だけではなく複数のパーツを用意し、その中から選んで調整していました。木偏だけでも10種類ほどを組み合わせて作っているんです。こうすることで、より手書きの風合いに近づいたのではないかと思います。

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▲ 木偏作成時の実際の作業画面

ーこんなに細かい工夫があったとは!手書き感を出すために、他に工夫していたことはありますか?
新井:書家さんの書いた文字をフォント化するというのは筆書体だと珍しくない手法ですが、澄月はOpenType機能の活用によってそこをもっと突き詰めた書体になっていると思います。

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新井:例えば「あお」「あめ」と打った時のそれぞれの「あ」の形が微妙に異なっていたり、仮名のバリエーションが豊富になっています。これらの文字の組み合わせを細かく考えて、それをデザインまで落とし込んでいくまでには時間がかかりましたね。デザインを作るだけではなく、実際にフォントとして “打つだけでそれが動く” ようにするには、エンジニアの遠藤さんのご協力が不可欠でした。

遠藤:恐縮です......。実は私、澄月のプロジェクトには自ら名乗りを挙げて参加しました。2017年にリリースされた「みちくさ」というフォントも連綿体を搭載している書体なのですが、この書体の制作を当時担当していたことや、また自分自身の趣味が書道ということもあり澄月の制作に関わることは念願でした。

ー遠藤さんからのアプローチだったんですね。みちくさとの違いはどんなところにあるのでしょうか?
遠藤:例えば、みちくさはベタ組みで組めるように設計されていますが、澄月は全ての文字に固有の幅を持たせたプロポーショナル仕様です。また、みちくさはOpenType機能のボタンを押していただくことで連綿体などの文字のバリエーションが発動するようになっている一方で、澄月は打つだけで自動で発動するようになっていて、連綿体の発動条件の設定も微妙に違います。
これはどちらが優れているという話ではなく、それぞれのデザインに合わせて機能を検討したことによる差だと思います。

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遠藤:企画担当からエンジニアにオーダーがきた時に聞いた話なのですが、みちくさは明朝体風で少し長めの文章組にも耐えうるデザインであり「本文に音とリズムを与えること」をテーマに書体を制作していました。少し長めの文章で組版することを考えると、ベタ組みができる方がいいですよね。同様の理由で連綿体も自動で発動するのではなく、場合によって選んでいただけるように設計しています。

一方澄月は「まるで筆で書いたように見せたい」という想いがあり、それを実現させるために、手書きの時に見られるような文字固有の幅を持たせたフルプロポーショナル書体の設計をオーダーしたそうです。自動で文字のバリエーションが発動するのも、手書き感を出すための綿密な設計をより効果的に感じていただくための手段でした。

ーなるほど。単純に機能をアップデートしたわけではなく、書体に合わせて設計されているんですね。
遠藤:そうなんです。実装の詳細は説明が難しいので割愛しますが、このようにそれぞれのコンセプトに合わせて細かくすり合わせをしながら機能を実装していきました。通常書体と比べると倍近い実装期間が必要になりましたが、それだけいい書体になったのではないかと思っています!

「みちくさ」についてはnote記事を執筆しています。詳しくはこちら

ー 澄月の機能の実装にはエンジニアも深く関わっているとのことですが、フォント制作は澄月のようにチームで進めることが多いのでしょうか?
新井:基本的にはチームで作成していて、1つのフォントが出来上がるまでにたくさんの人が関わっています。澄月のプロジェクトでは、企画担当が1名、デザイナーが3名、エンジニア3名が中心となり制作が進められました。
通常のフォント制作では、デザインを納品してからエンジニアがフォント化の作業をする、というように分担して作業を進めますが、澄月の場合は仕様が複雑だったので各担当が並走しながら作業を進めていった稀な例だと思います。

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遠藤:そうですね。機能を実装する過程で、技術面でデザイナーの意見を取り入れたり、デザインをより活かすためにエンジニアからデザイナーへ提案をすることもありました。東京と大阪の二拠点でリモート上でのやりとりだったのですが、デザイナー側でそれぞれの文字の特徴や動作の優先順位を細部までまとめた「フォント仕様書」というものを作成していただいたので、細かな認識をすり合わせるのにとても重宝しました。

ーお話を聞いていて、デザイナーとエンジニア、それぞれへのリスペクトを感じました。お二人にとってお互いはどんな存在ですか?
新井:エンジニアさんは、デザインした文字を思い通りに使ってもらえるようにフォントとして形にしてくれる頼もしい存在なのですが、特に遠藤さんはデザインの知識があるので、文章組について意見をもらったり、アドバイスをたくさんいただきました。その節はありがとうございました。

遠藤:こちらこそ!私にとってはデザイナーは憧れの存在で、バランスよく文字をデザインしていくのが本当にすごいと思います。澄月の複雑なデザインの組み合わせで自分が判断できないところなどデザインの観点から判断してもらうことも多く、とても助けられました。......褒め合いみたいになってしまいましたね(笑)

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ー素敵な関係ですね...!綿密な連携で制作が進められていった澄月も、いよいよリリースとなりました。ユーザーのみなさんに一言お願いします!
新井:澄月は、和菓子のパッケージや料亭のメニューといった和風な表現、年賀状や手紙などのあたたかみのある手書き表現が似合う、上品で風格のある書体に仕上がりました。自分の手書きの文字と同様 “自分の書体” として使っていただけると嬉しいです。

遠藤:澄月では、みなさんにより手書きの雰囲気を感じていただくために連綿体などが自動で発動するようになっていますが、自動発動を解除(OpenType機能の「前後関係に依存する字形」を解除)することで、例えば「たのしい」という言葉を入力するとき、「の」と「し」を続けるのか、「し」と「い」を続けるのか、選んで使用することもできます。表現の自由度が高く、より豊かな表現へと繋がる機能が詰め込まれているので、ぜひ自分好みの表現を探して欲しいなと思います。

ーエンジニアとデザイナーの思いがぎゅっと詰まった「澄月」。今後どんなところで使われていくのか楽しみですね。
新井さん、遠藤さん、本日はお話をありがとうございました!

5. おわりに

今年の新書体の中でも特に複雑な設計がされている「澄月」。
いろいろと機能のご説明はしましたが、入力するだけで “自動で” 動いてくれるのが澄月のいいところなので、まずはダウンロードしてお試しあれ!

澄月をはじめとした、2021年モリサワ新書体は2021年10月21日(木)からリリースを開始しました。 #モリサワ新書体使ってみた  ツイートや、記事へのご感想など、ぜひコメント欄やTwitterへお寄せください。
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2021年度のモリサワ新書体も、どうぞよろしくお願いします!(担当:M)