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組版は結局何が正解なの? 実例を見て考える


組版ルールの「正解」がわからない問題

突然ですが、組版って、難しいですよね。

「フォント」ひいては「文字」は言葉や情報を表す材料のひとつでしかなく、相手に情報を伝えるためには文字を並べる「組版」が必須です。
しかし、ただ文字を並べていけばよいわけではありません。
モリサワnoteでもこれまでお伝えしてきた通り、組版には一定のルールがあり、いろんな要素が複雑に絡み合っています。(まだご覧になっていない方は以下のマガジンをチェック!)

そんな中で、組版を学び始めた方がぶつかりがちな壁として、
「組版ルールといっても選択肢がたくさんあって、この中で何を使うのが正解なのかがわからない」
という問題があります。筆者も組版を学び始めたころ同じ疑問を持っていましたし、お客様からもよくいただく質問です。

組版にはルールがある、が……?

組版「ルール」と言ってはいるものの、必ず守らなくてはいけないものだけではありません
読みづらくなるので「やってはいけない」とされている決まり事もあれば、「選択肢がいくつもある」というものもあります。

組版を料理に例えると、「肉は生焼けのまま食べてはいけない」のようにやってはいけないルールもあれば、「肉じゃがは豚肉や牛肉などの肉で作る」のように、食べる人や献立、スーパーの特売ラインナップ、その他の状況などによって取捨選択を行う要素もあります。
組版も同じで、最終的に制作したいものや読み手、その本が結果としてどんな形になるかを見据えて、取捨選択しながら設定する必要があるわけです。

やってはいけないことはもちろん押さえておかなければいけませんし、選択肢のある要素についてはまず「どんな選択肢があるかを知る」ことが第一歩なので、noteの組版記事や組版の基礎講座では選択肢を紹介しています。

ただ冒頭にも書いたように「選択肢がたくさんあることはわかったけど、結局何を使うのが正解なの……?」と聞かれることも多くあります。

実際の書籍を観察して考える

結局のところ「ただ一つの正解」があるわけではなく、ケースバイケースではあるのですが……
とにもかくにも餅は餅屋ということで、まずは実際に出版されている書籍を見て、どういった組版が行われているのか考察してみることにしました。

出版社には、その出版社内での決まり「ハウスルール」が存在するというのが定説です。また、書籍によって一貫性を持たせるために「ブックルール」が設定されているものもあるようです。
実際に出版されている本を見てみることで、ケーススタディ的に各社の組版ルールを垣間見られるのではないかと考えました。

夏目漱石『こころ』で見てみる

ひとまず手に取ったのが、夏目漱石の『こころ』。
例として、新潮文庫の体裁を見てみます。

夏目漱石『こころ』新潮文庫(第202刷)

《基本体裁》
・版型:106mm×151mm
・天/小口:約14mm/約12.5mm
・文字サイズ/行間:9.25pt/5.5pt
・本文書体:リュウミン R-KL
・字数/行数:1行38字/16行

※数値はモリサワnote編集部にて独自計測

まず行末(画像内オレンジ部分)に注目したところ、句読点を版面外に出す「ぶら下げ」がところどころ行われていました。ぶら下げを行うことで、句読点が行頭へ配置されないようにする調整部分が減り、本文のベタ組を保つことができそうです。

またルビ(画像内ピンク部分)に関しては、原則親文字の上方向に詰めて付ける「肩付き」で、ルビが長い場合は前後の文字にはみ出して配置する「ルビかけ」が許容されているようです。


この『こころ』は各出版社から書籍化されているので、『こころ』を見れば同じ文章で出版社ごとの組み方の違いを見つけられるのではないかと考えました。
いくつか見てみると、文庫としての書籍サイズから天地のバランス、使用書体、行数、1行の字数などさまざまな違いが見られます。
1つ具体的な例として「段落や行の先頭に括弧が来た時」の扱いを見てみましょう。

新潮文庫の場合

新潮社や出版社A(画像左)は段落の先頭に括弧が来た時は0.5字下げにしていて、通常の段落先頭(1文字分の字下げ)よりも括弧が上に食い込んだ形で組まれています。
一方で、出版社Bの文庫(画像右)では1.5字下げになっていました。

また段落先頭ではない、通常の文の途中でたまたま行頭に括弧が来てしまった場合も見てみます。

新潮社や出版社A(画像左)はアキを入れない「天付き」状態になっています。こうすることで、先ほど挙げた段落先頭に括弧が来た場合の0.5字下げと明確に区別できるようになっています。
一方で段落先頭の括弧を1.5字取っている出版社B(画像右)は、文の途中の行頭括弧は0.5字下げです。

これらは「どちらが良い・悪い」ということではなく、あくまでも各社の選択の違いであり、それぞれ紙面全体のバランスを取って読みやすくなるよう組んでいる、ということです。


出版社ごとに違いがあることが分かったところで、ふたたび新潮文庫に戻ってハウスルールやブックルールを見出してみようと考えたのですが……

「こころ」の他に複数の新潮文庫を確認したところ、書籍によっても少しずつ違いがありそうに見えます。まず書体がリュウミンだけではなく、秀英明朝で組まれているものもあれば他の書体のものもあるのです。

ルールとして完全に統一されているのかと思いきや、厳格に決まっているわけではなさそう、ということがわかりました。
ハウスルールやブックルールがどう設定され、どのように運用されているのか……例外も多そうで、実物を考察するだけですべてを把握することは困難を極めます。

……

……

それならいっそ、出版社さんに聞いてみればよいのでは……?

ということで、実際に出版社さんにお伺いしました。
〈次回は来月公開です。お楽しみに!〉