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【note開設2周年特別企画】欧文フォントは簡単につくれるの? 7時間でフォントを作ってみてわかったこと。

2020年8⽉から数々のフォントにまつわる記事を投稿してきたモリサワnote編集部は、おかげさまで開設2周年を迎えました!

今回は特別記念企画として、欧文フォント制作の舞台裏やこだわりをワークショップレポートとインタビューの両面から、わかりやすくご紹介したいと思います。モリサワが大切にしている「使う人の目線で、書体をつくる。」というものづくりの姿勢は、和文フォントだけでなく欧文フォント開発にも受け継がれています。ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです。

1. 7時間耐久欧文フォント制作チャレンジ

某月某日、ここは編集会議が行われる会議室。何やらいつもと違う様子で鼻息荒く企画に臨んでいる編集部員がいます…。

みなさんこんにちは。モリサワnote編集部の担当Hです。私は現在入社3年目、主に和文フォントの企画に携わっています。突然ですが私は今、モリサワで働く中で大きな問題にぶち当たっています。それは、「和文フォントの漢字多すぎ問題」です。

モリサワで取り扱うメジャーな和文フォントの規格は Adobe-Japan1-3 (Std)というもので、約9,300文字のセットです。そのうち漢字は約7,000文字、雨の日も風の日も漢字のチェックをしていると気が遠くなることもしばしば...。

そんな日々を過ごす中でふと思いました。欧文フォントなら文字数少ないし作るのラクなんじゃない…?と。この疑問を紐解き、あわよくば欧文フォント担当になるべく、今回は欧文フォントがどれだけお手軽につくれるか検証してみたいと思います!!

モリサワの1日の業務時間は7.5時間なので、今回は7時間でゼロから欧文フォントが作れるかチャレンジします! と言っても、私はフォントのデザインはできないので、社内のタイプデザイナーに協力いただきます。

ワークショップにチャレンジするデザイナー:樽野 さくらたるの さくら
プロフィール:
タイプデザイナー。2011年モリサワ文研株式会社に入社。欧文書体「Role Pro」や「Sharoa Pro」の制作を担当。

樽野さんには詳細を伏せ、終日研修とだけ伝えています。飛んで火にいる夏の虫ですね…。これから前情報なしの抜き打ちで7時間欧文フォント制作にチャレンジしていただきます!

制作ジャンルの選定

欧文フォントといってもデザインスタイルは様々です。今回は欧文の構成要素を下図の6区分26種に大別し、樽野さんには各区分からランダムで6つのキーワードをピックアップしてもらい制作する欧文のジャンルを決めます。

Style:スタイル・分類
Weight:太さ
Width:字幅
x-hight:「x」などの、アセンダー/ディセンダーを含まない小文字の高さ
Contrast:太さの抑揚の差
Flavor:デザインの風合い

いざ選定…..

難しいジャンルを引き当てるよう目力でプレッシャーを与えていきます。ゴゴゴゴ……

樽野さんも目力で応戦してきます。負けられない戦いがここにはあるようです。ゴゴゴゴ…..

まずはスタイルから….せーの!!!

樽野 やだー!いきなり一番ひきたくなかった Serif がきちゃった…….

樽野さんいわく、「セリフ体はサンセリフ体に比べて構造が複雑なので制作により時間がかかってしまう」とのことです。セリフ(Serif) は文字のストロークの先端についている飾りが語源です。一方で サンセリフ(Sans-serif) は直訳すると「飾りのない」という意味になり、セリフ体よりシンプルな形状のスタイルです。
和文でいうところの明朝体 = セリフ体ゴシック体 = サンセリフ体というように置き換えてみるとイメージしやすいのではないでしょうか。

 セリフ体は作るのが難しいということですね。しめしめです。….もはや欧文を短時間で作れるのか?というテーマから樽野さんを追い詰める企画へと変貌を遂げてきている気もしますが、細かいことは気にせず進めていきましょう!


制作スタート !! お題は「現代的でローコントラストなセリフ体」

ということで、最終的に選定されたお題は次の通りです。

スタイル:セリフ体
ウエイト:レギュラー
字幅:やや長体
コントラスト:低め
エックスハイト:低め
フレーバー:現代的またはテック系

果たしてこのキーワードでどのようなフォントが生み出されるのでしょうか!
ドキドキのワクワクですね。

ここからは7時間の制作記録をギュギュッとダイジェストでお届けします。樽野さん流の進行手順や欧文フォントの制作Tipsと合わせてご覧ください。


1時間経過 - nとoから始まる基本設計

まずは、書体のリズムを決める小文字の「n」「o」から作っていきます。小文字の中にはこの二文字から派生して作成される文字も多くあるため、開発の早い段階でデザインされることが多いようです。

樽野さんの場合、n と o のデザインが決まった後に何を作るかはルールを設けてないそうで、コンセプトや使用想定と関連のある単語から作ることもあれば、思い浮かんだ形から作ることもあるとのこと。

今回は時間も限られているため、効率重視で n と o の派生文字である h / m や、b / d / p / qと作り進めます。


2時間経過 - フォントの個性は小文字で決まる?

なんと最初の2時間で小文字の4分の3ほどができているように見えます!! これは予想外のスピードです。まずいですね…。あれ、早く作れた方が良いのでしたっけ…? 企画の趣旨を忘れそうです。

樽野さんいわく、「まずはざっくりと形を作っていきつつ、今回は時間が限られるため全体の統一感の確認やスペーシング(文字と文字の間の空間、文章組のリズム感)の調整も同時に行う」とのこと。

ちなみに大文字ではなく小文字の方から作る理由は大文字に比べて文章での出現頻度が高いこと、またデザイン的にも個性が出やすい傾向にあるため、書体全体のイメージが掴みやすくなるから、とのことです。


3時間経過 - 小文字が完成!? 「g」のデザインバリエーション

3時間で小文字のアルファベット26文字が一旦揃いました。やはりこれはとても早いのではないでしょうか…!! 確かに小文字が一式揃って文章が組めるようになるとフォントの持つ個性や空気感のようなものが伝わってくる気がします。


コントラスト(太さの抑揚)が低めに設定されているためか、温かみがあるというか、どこか優しい風合いを感じます。

ちなみにこの画面では「g」のデザインのバリエーションを検討しているようです。シンプルな印象の single-story(一階建)のデザインにするか、活字由来のdouble-story(二階建て)にするか。たった1文字のデザインですが、フォントの個性を左右する要素の1つになるとのことでした。最終的にどちらのデザインが採用されたのか…お楽しみに!

5時間経過 - 大文字で見る現代的なスタイルの定義

開始から5時間が経過したところで、大文字もおおよそ揃ってきました。こうして見ていると確かに大文字は直線的な構造が多かったり、C / G / O / Qなどフォルムに一貫性のある文字も多く、小文字よりシンプルなデザインになっていることが窺えますね。 

このシーンでは字幅の差をどれくらいつけるかを検討しているところです。小文字同様に大文字では「H」と「O」がフォントの持つリズム感のベースになるのですが、「W」のような文字は幅が広くなる一方で、「I」のようなシンプルな文字の幅は当然狭くなります。この文字幅の差をしっかりつけるとクラシックなイメージのプロポーションに、文字幅の差を抑えて均一に見せると現代的なイメージのプロポーションとなります。

今回は現代的なスタイルがテーマの一つに入っているため文字幅の差は比較的抑えめで、デザインしていく中でそのバランスを探っていくという作業になります。

その他、オールドなスタイルと現代的なスタイルの大まかな違いはこちらの画像をご覧ください。


7時間経過 -  最終デザインチェック

最後の1時間は全体のデザインのチェックを行います。単語を組んでみたり、A〜zまで並べてみたりして太さやスペーシングの微調整といった、完成度を高める作業をしていきます。

そんなこんなを経て….


完成! その名も “7 Hours Serif”

ということで、あっという間に完成してしまった欧文フォントがこちらです…。まさか本当に7時間で欧文フォントが作れてしまうとは思っていませんでした。タイプデザイナーという職業の匠の技を垣間見て私はとても感動しています!

今回制作したフォントは制作時間にちなんで 7 Hours Serif と名付けました。改めて「現代的でローコントラストなセリフ体」というお題にフィットした作風になっているか、ぜひみなさんもご覧いただければと思います。

先輩社員から「奇をてらわないシンプルなスタイルであるほどに、作者の個性が滲み出るのがタイプデザインの面白いところ」と新人研修で聞いたことがありましたが、私は今回の企画を通してまさにその通りだなと感じました。

7 Hours Serifはローコントラストで現代的な風合いでありながらも、どこか優しい香りがするように思います。これは樽野さんの個性なのかもしれませんね。

(ちなみに書体名をつけてから後で慌てて数字の「7」も追加でデザインしてもらったのは内緒です。)


2. タイプデザイナーインタビュー

やっぱり簡単に作れちゃうの? 欧文フォント制作の真相

たったの7時間で欧文フォントを完成させてしまうのはすごいの一言につきますが、同時に「欧文フォントはこんなに早く作れるのに、なぜモリサワからあまりリリースされてないのか」という疑問を持ちました。モリサワの欧文デザイナーはサボってるんでしょうか…。開けてはいけないパンドラの箱のような気がしてなりませんが、思い切って真相を聞いていきたいと思います。

ーまずは7時間の制作お疲れ様でした!

樽野 ありがとうございます。突然の企画ですごくびっくりしましたが、楽しく作ることができました。

ーこんなに早く、そして美しいフォントが完成してびっくりしています!

樽野 実はモリサワからリリースされている欧文フォントと比較すると、今回作った 7 Hours Serif は品質や作業工程どちらの観点からみても全体の1割にも満たない感じなんですよね。

ーえっ…そうなんですか!? 私には完成してるようにしか見えませんが、どのようなところが足りていないのでしょうか?

樽野 まず前提として、本来は新しいフォントを作る目的やコンセプトを関係部署とすり合わせた上で試作を複数することがスタートになります。今回は製品としてのゴールや品質を定める時間は割愛してどれだけ短時間でサンプルを仕上げるかということにフォーカスしざっくり大枠のデザインを作ったという感じですね。通常であればデザイン的な完成度はこれから様々に改善していく必要があり、段階で言えば最初の叩き台を作ったというイメージです。


欧文組版はファミリー展開やデザインバリエーションのニーズが高い

樽野 そのほかにも、欧文フォントならではの工程や難しさみたいなものもありますね。

ー例えばどのような工程があるのでしょうか?

樽野 欧文フォントは和文フォントと比較して搭載される文字数が少ないです。そういう意味では、確かに1つのフォントの文字拡張作業(文字を作り増やす作業)においては工数は少ないと言えますね。

樽野 一方で和文組版と比べて欧文組版においては、ウエイトやスタイルのバリーションが求められるシーンが多くあります。

ー具体的にはどのようなものがあるのでしょうか?

樽野 例えば今回私が制作したフォントはいわゆる正体のデザインですが、欧文組版、特に長文の組版においてはイタリック体と呼ばれる斜体のバリエーションが必須になります。

樽野 イタリック体はただ正体を傾ければ良いというわけではなく、セリフ体では筆記体のニュアンスが入ったテイストが主流です。そういう意味ではあらかじめ2種類のスタイルを想定してデザインしていく必要があると言えますね。

ーなるほど…字形にも変化をつけてイタリック体のフォントを丸々別で作っているんですね。

樽野 その他にも、限られたスペースに多くの情報量を掲載する場面や見出し利用で強いインパクトを与えるために用いられるコンデンス(長体)や、オプティカルサイズと呼ばれる使用サイズごとに最適化されたデザインバリエーションを開発することもあります。

樽野 和文書体でも長体や見出し専用書体などが開発されるケースも無くはないですが、欧文書体に比べると圧倒的に数が少ない印象ですね。欧文は1フォントにおける文字数の制約が少ないからこそ、多様な組版表現が文化として浸透していると言えるのかもしれません。

ー確かに和文フォントだとウエイトが複数用意されているだけで手厚いという印象を持っていましたが、欧文フォントだとこんなにも豊富なバリエーション展開があるんですね。


欧文は1人で作る、和文はみんなで作る

樽野 参考までですが、私が制作を担当して昨年リリースされた Sharoa Pro という欧文フォントは 1フォントに940文字ほど搭載されています。そこにイタリック 体とウエイトのバリエーションを含めると 18,800文字程になるのですが、これらのデザインの担当としては私1人で制作をおこなっています。

ー18,800文字を1人で…すごい大変そうですね……。

樽野 和文だと1万文字を超えるセットを1人で制作するケースはあまり無いと思うんですが、モリサワではこれくらいの規模の欧文フォントファミリーだと1人で作ることも珍しくありません。むしろ1人で作った方がファミリー全体としての一貫性やクオリティの管理が行き届くというメリットもあったりします。

樽野:もちろんアルファベットはシンプルなフォルムの文字がほとんどなので、画数の多い漢字を作るような大変さはありませんが、一方で欧文フォントの多くの文字種はプロポーショナル幅でデザインされていてスペースの調整にとても時間がかかります。和文フォント以上に丁寧なカーニングペアが用意されることも多い印象です。なので、本当にそれぞれの大変さがあるんじゃないかなと思います。

ー文字の特性や使われる環境によってケアすべき内容も大きく変わってくるということですね。メモメモ…。


アルファベットと言語の関係

樽野 モリサワの欧文の規格名と内容を知っていますか?

ーはい!モリサワでは主に2つの規格が用意されていて、Pro と PE の2種類ですよね。

樽野 そうです。Pro だと100言語、PEだと151言語をサポートしています。PEにはGreekグリーク(ギリシャ文字) や Cyrillicシリリック(キリル文字)が含まれますが、Pro の方はアルファベットをベースにした文字で100種もの言語に対応しているということになりますね。

ー言われてみると和文フォントにもアルファベットは搭載されていますが、和文フォント = 日本語をサポートするためだけに開発されるもの、というイメージがあったので、1つのフォントで複数言語をサポートするという意識は持ったことがなかったかもしれません。

樽野 私も欧文フォントの担当になる前は同じような感覚でした。100言語をサポートする為にはダイアクリティクスと呼ばれるアルファベットの上下にデザインされるマーク類が必要になってきます。

樽野 私は英語やフランス語くらいまでは馴染みのあるデザインだなという印象だったんですが、例えばトルコ語やベトナム語といった、日本で生活をしているとなかなか目にする機会がないマークもProフォントには多く搭載されているんです。

ーベトナム語のマークに関しては私はこれまで一度も見たことがない気がしますね…。

樽野 やっぱりそうですよね(笑) 欧文フォントを通して日々多様な言語について勉強することも仕事の一つになります。

ー時と場合に応じてゼロから勉強する必要があるということですね。これは和文フォント開発ではなかなかない工程になりますね。

樽野 そうですね。つまり、各言語を使う方にとってはどれも欠かせない文字たちなので、自分が日常生活で使わないからといった理由で馴染みのあるアルファベットのデザインとクオリティに差を設けるわけにはいかないということですね。むしろ見慣れない文字ほど慎重にデザインする必要があるのかもしれません。

ーなるほど〜、複数言語を取り扱うフォントの開発は、現地の文化への理解やリスペクトが欠かせないということですね。

ものすごく勉強になりました。樽野さん、ご協力ありがとうございました!


3. あとがき

さて、読者のみなさま、今回のnote2周年企画「欧文は簡単につくれるの? 7時間で欧文フォントを作ってみてわかったこと。」いかがでしたでしょうか?

個人的には今回の企画を通してさまざまな気づきを得ることができました。

1つは、実際に7時間で欧文フォントが作られたことです。これは漢字を含めた数千という数の文字を作る和文フォント開発では到底できません。

一方で、完成したと思ったフォントが製品という視点からみると1割にも満たない工程しかクリアできていなかったのです。文字を増やす以前に必要な企画段階での綿密なすり合わせや、文字の形が揃ってからのスペーシングやデザインチェック、さらには実際の組版で使いやすくするためのスタイル展開の拡張まで…。見えている文字のアウトラインのデザイン以外にも、使う人のことを考えた奥深い設計思想がありました。

今回の取材で和文とは異なる工程で制作していく欧文フォントにも興味を持つことができました。機会があればぜひじっくり欧文開発に関わってみたいです!

最後までお読みいただきありがとうございました! ご参考になったらぜひ「スキ」お願いします。(担当:T / H)

▼2022年欧文新書体の解説記事はこちら!

▼樽野さん制作の欧文書体Sharoa Proの記事はこちら!