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フォントが醸す印象を基にプロジェクトの世界観を共有する
通りすがりの天才、こと川田十夢さん。AR(拡張現実)を使った子ども向け教材付録(学研の科学)のデジタル付録の企画開発や、2024年に東京・虎ノ門で開催された没入型音楽体験ミュージアム「MUUUSE(ミューズ)」では音楽生成プロジェクト木曜日のカンパネラを展開するなど、幅広く活躍されています。
川田さんがナビゲーターを務める『J-WAVE INNOVATION WORLD』(毎週金曜20時〜)の1コーナー、『Morisawa Fonts ROAD TO INNOVATION』では、各界のイノベーターやクリエイターから仕事へのこだわりや未来へのビジョン、課題解決のプロセスを伺うほか、ゲストを表す言葉とそれに合ったフォントをMorisawa Fontsから選んでいただいています。
今回は、BUCK-TICKのニューアルバム『スブロサ SUBROSA』より3曲のリリックビデオを制作されたプロジェクトのお話を中心に、川田さんから見える拡張現実の世界で、フォントがどんな役割を果たしているのか、お話をお伺いしました。
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⚫︎お話を聞いた人
川田十夢さん(AR三兄弟・開発者)
1976年熊本県生まれ。10年間のメーカー勤務で特許開発に従事し、システム開発と特許開発に従事。ウェブ広告や展示会のプロデュースなども手掛け、2010年に独立。映像担当の「次男」、プログラム担当の「三男」とで開発ユニット「AR三兄弟」を編成して活躍。企画、発明、設計、執筆、司会などを担当している。
著書『拡張現実的』(2020)、『AR三兄弟の企画書』(2010)がある。2014-2016年 J-WAVE『THE HANGOUT』火曜ナビゲーターを担当。現在は毎週金曜日20時からJ-WAVE『INNOVATION WORLD』に出演中。WIREDなどで連載を持つ。
拡張現実におけるフォントの重要性
― 活躍の場をますます広げられている川田さんですが、さまざまなプロジェクトに携わられる中、川田さんと「フォント」の関わり合いについてお伺いしたいと思います。
「拡張現実」という言葉だけで聞くと、視覚的に見える「文字」よりも、音声や動画などで表現されることに注力されるイメージがあるのですが、その点はいかがですか?
川田 フォントは世界観づくりや現実の定義において重要な要素だと捉えています。例えば、松本零士先生の『銀河鉄道999』では、主人公がさまざまな星を旅するわけです。重力のない星、砂の星、ガラスの星……登場するそれぞれの星において、文字はどんな形態だろうって考えてみると、砂の星では形さえないような文字かもしれないですよね。
そう考えると、自分が表現したい世界観を伝えるのには、フォントが与えてくれる印象を活用するのが一番だと思います。
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― 確かに、世界観を伝える上でフォントの役割は大きいですね。具体的には、どのようにフォントを選び、活用されていますか?
川田 プログラミングの世界などでは、読みやすさを重視した等幅フォントつまり何の装飾もないフラットテキストが主流なので、まずはそれがベースにあるのですが、表現の世界においては、空間なのか、または紙の中なのか、文字への優先度がどこにあるのかなど、媒体によって選び方は変わってきますよね。可読性が高い方がいいのか、それともグラフィックの一部としてあんまり読めなくてもいいのか……など。
僕の場合、関わるプロジェクトそれぞれに異なるフォントを使った企画書を作っています。プロジェクトごとにフォントを変えることで、その仕事に向き合う自分の気分も変わる。
それに、企画内容の世界観を表現するフォントを使用することで、ミーティングの際にも相手に企画内容を分かりやすく伝えることができると思っています。
『スブロサ SUBROSA』の世界観
― 12月4日に発売されたBUCK-TICKのニューアルバム『スブロサ SUBROSA』では、全17曲にPVとしてリリックビデオが制作され、そのうち3作品で制作を担当されたとお伺いしておりますが、その際も企画書でフォントから世界観を伝えていらっしゃったのですか?
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川田 そうなんです。今回はアルバム17曲中3曲のリリックビデオを制作させていただいたのですが、これが、『paradeno mori』の企画書です。
1985年に生まれたアーケードゲーム「スペースハリアー」が、BUCK-TICKの始動年と同じであることを重ね、ゲームの世界観でリリックビデオを作ろうという企画書です。その企画書の説明文に使われているのが、Morisawa Fontsの「アルデオ」。どこか昭和っぽさとか、ゲーム感があるフォントですよね。
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川田 爽快感がある曲だし、すごくゲーム音楽っぽい要素もあるなと思って。中心で走っているのが、ギタリストの星野英彦さんという設定。
リリックビデオなので、歌詞がゲーム上のいろんな所で出てきます。そこでもアルデオをビットマップフォント(ドットで表現した文字)のようにデザイン加工して使用しています。
通常、リリックビデオは歌詞を中心にしたものが多いのですが、今回僕らは、実はゲームエンジンで制作しました。そのため、実際にゲームとして動かすことも可能です(笑)。
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川田 これはエンディングの画面ですが、それぞれメンバーがランキングされています。1位にランキングされているのは、昨年お亡くなりになったボーカルの櫻井敦司さんです。
なんで1位かというと、「67257」という数字は、櫻井さんがこれまでBUCK-TICKで歌詞を書いた文字数。今は櫻井さんが堂々の1位ですけれど、これからは、メンバーがバンドを守っていく(新しい歌詞を書いてゆく)のでランキングの動向から目が離せません。
― なんだか、泣けてきますね。
川田 このアルバムの特別先行試聴会が2024年11月28日に恵比寿など3箇所限定であって、リリックビデオと同時に新譜がはじめて公開されたのですが、このラストシーンで会場では泣いている方もいらっしゃいました。
櫻井さんはもういないけど、確かにいるというか。過去があって現在があるというか。そのニュアンスをしっかり形にしたくて、各ステージもBUCK-TICKと所縁のあるネーミングにしました。
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川田 これは、タイトルチューンでもある『スブロサ SUBROSA』のリリックビデオの企画書ですね。この曲は、全体的に秘密結社っぽい印象があります。鍵穴を覗くと秘密めいたものが蠢いているという。
重い扉 向こう側 内密秘密 薔薇の下 狐 狼 蛇 梟 黒山羊 山猫 鴉 鷹
という歌詞が曲中に登場するのですが、万華鏡の光の向こうに、歌詞に登場する生き物をデザインしたステンドグラスなどは、AIも活用しながらトータル300枚くらいを描きました。
曲の写実的な世界観が映画のワンシーンと重なるので、歌詞は映画の字幕に近いニュアンスで表示したくてMorisawa Fontsの「シネマレター」を使用しています。
企画書の最初のページでも、企画内容に合わせたフォントを用いて企画書を作成しています。やはり、イメージが伝わりやすいですね。そしてこの曲は、普段使うことのないような動物の難しい漢字名が出てくるのですが、欠け文字がないというのも、フォントメーカーだからこその安心感があります。
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川田 3曲目は「冥王星で死ね」です。この曲では大道芸人のチクリーノの4本足パフォーマンスを360度から撮影して、おどろおどろしい雰囲気を表現しています。
この曲の歌詞からは、言葉の意味というよりも音楽的な響きを重視していると感じたので、リリックビデオなのに歌詞を出さずに表現しています。唯一、最後に出てくるタイトル文字がこちら。
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「冥王星で死ね」。強烈な歌詞ですよね。このフォントは曲を作った今井寿さんが僕のラジオにゲスト出演してくれた際に、自身を切り取る言葉のフォントとして選んだ「きざはし金陵」を採用しています。物騒なタイトルなので、ちょっと出すぐらいがいいかなと(笑)。
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川田 BUCK-TICKといえば、アルバムごとに印象が全く異なります。まさにフォントも毎回キービジュアルを担当されているデザイナーさんが苦心されたうえで選んでいるのだと思います。
最初に僕がこの曲へ向けて選んだフォントは「古印体」だったのですが、今井さんが番組で選んだ「きざはし金陵」だと、もう少しシュッとした印象になるというか、もっとシンプルな世界観になったので、冥王星でも使わせてもらいました。
言葉によるフォントの選び方も大切ですが、言葉の出し方の工夫も大切だと思っています。武道館公演でもこの曲を担当したのですが、やっぱりこのタイトル『冥王星で死ね』が出た瞬間にウォーって盛り上がりました。
ー『スブロサ SUBROSA』といえば、昨年10月にBUCK-TICKのボーカリストの櫻井さんがお亡くなりになって以来、初のアルバム発表ということで、メンバーにとっても、ファンにとっても思い入れの深い作品になったと思います。
企画の初段階から、表現する世界観をフォントで表した企画書のアイデア、とても参考になりました。
モリサワの新書体について
― プロジェクトごとにフォントを決め、企画書づくりに臨まれる川田さんですが、新しく加わった新書体について、感想などをいただけないでしょうか。
川田 毎年、ラインナップが新しくなるのは素晴らしいですよね。新しいフォントに対しては、新入社員を迎えるような感じで捉えています。「え、そんなに若いのに純喫茶いくの?」みたいな(笑)。フォントを見てから、新しい企画がイメージできるという場合もありますね。
「虹蛸天国」なんていいですよね。ちょっと昭和な匂いも、サブカルチャーな感じもします。
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川田 僕はプロフィールにも「やまだかつてない」って書くくらい昭和が大好きなのですが、フォントの素晴らしいところといえば、フォントを変えるだけで、時代を着せ替えられるような印象があります。
ARは印刷と比べるとまだ新しい技術ですが、フォントの選び方ひとつで表現できる時代性があります。「形から入る」という言葉は一般職ではあんまりいい意味で使われないですけど、デザインやグラフィックの世界では形が第一ですから。まずはフォント選びから企画書を作ってみるといいと思います。
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― それでは最後に、『Morisawa Fonts ROAD TO INNOVATION』の企画にちなんで川田さんを切り取る言葉と、それを表すフォントをお選びいただけますでしょうか。
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川田 「現実的ではないけど、拡張現実的ではある」by ボルクロイド で、お願いします。ボルクロイドは印象的でありながらARマーカーにもなりそうな、いい感じのフォントです。スシテック刑事という去年末に開発した展示にも使いました。
ぼくのアイデアは「現実的ではない」とよく言われてしまうのですが、「でも拡張現実的ではありますよね?」って切り返しで実装して見せてしまうことにしています。最初から誰かが実装できそうなアイデアなんて、つまらないですからね。
拡張現実におけるフォントの使い方のヒントがたくさんお聞きできました。川田さんありがとうございました!
『Morisawa Fonts ROAD TO INNOVATION』の過去の放送内容はこちらからご覧いただけます。ゲストが切り取った言葉とフォントもぜひチェックしてみてください!