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フォント選びはビジュアルコミュニケーションの要〜意思を持ったフォント選びでデザインの解像度をあげる〜

だれでも論理的にデザインの意図を理解できるよう、フォントを声色、文字間を話し方、色を性格になぞらえ解説した『わかる!使える!デザイン』の著者でもある、アートディレクターの小杉幸一さん。

前半では、渋谷ハロウィンに関するコミュニケーションデザインをはじめ、企業ロゴなどを事例に、フォント選びのヒントを教えていただきました。

今回は後編として、モリサワフォントを活用したビジュアルデザインについて実例を交えてお話しいただきつつ、デザインの際によく使われるモリサワフォントや、2023年10月にリリースされた新書体についての感想もお伺いします。
ロゴ制作におけるフォント選びに迷っている方!最後まで必見です!


●お話を聞いた人
小杉幸一さん
株式会社onehappy代表/アートディレクター/クリエイティブディレクター
1980年 神奈川県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。博報堂を経て、「onehappy」を設立。「コミュニケーション人格」でプロジェクトを明快にするクリエイティブディレクション、アートディレクションを行う。主な仕事に、SUNTORY「特茶」、NHK 連続テレビ小説「ちむどんどん」ロゴデザインなど多数のデザインを手掛ける。
『わかる!使える!デザイン』(宣伝会議発行/2023年3月初版)では、ノンデザイナーでもビジュアルデザインを論理的に理解できるよう、フォントを声色、文字間を話し方、色を性格に準え解説。

フォントからアイディアを得たデザイン事例

― 前半では、いくつかの事例をもとに、小杉さんがデザインされる際のフォント選びにおける指針をお伺いしました。
プロジェクトや企業の姿勢をタイポグラフィで表現していらっしゃいますが、そこに至るプロセスで大きく悩まれることもあるのではないでしょうか?

小杉 そうですね。これはTCC(東京コピーライターズクラブ)のプロジェクトの「ことばみらい会議」というトークセッションイベントで、多くの著名な方が登壇するイベントなのですが、「ことばのこれから」という副題がとても抽象的だったので、なにを示してあげたら良いのか…と悩みました。

とてもプレーンな言葉だった分、シンプルなフォントがしっくり合わなくて。その言葉がもつ情緒が感じられないといいますか。そんな時にふと目に止まったのが「タカリズム」。このフォントのフォルムを見て、なんだか吹き出しみたいだな……と感じたんです。

小杉 「ことば」という文字自体が、吹き出しのように見えて、ビジュアル的だなと感じました。でも、そのままのフォントよりも、もう少し楽しい雰囲気を表現したいなとも思っていて。
例えば「こ」の下の部分をコピーして上部にも活用し、バランスを調整しました。あとは「ば」の濁点を丸にして間隔を広げて配置したり、一つ一つの文字に角度をつけたり。

―「会議」の二つの文字も向き合って話し合っているような雰囲気に見えますね。

小杉 そうなんですよ。「議」という文字のなかにも、びっくりマークのような形で点を加えることで、このプロジェクトを通して新たな発見が得られるようなイメージをつけています。この「タカリズム」から「吹き出し」のアイディアをいただいて。
バック(背景)にあるビジュアルデザインでは、吹き出しの飛び出ている部分を人の鼻に見立て、向き合って会議している雰囲気をプラスしています。

ですから、最初にデザインイメージがあって、それに沿ったフォントを探す場合もありますし、逆にフォントからアイディアをもらって、デザインに落とし込み、まとめているケースも多くあります。

―フォントからデザインのアイディアをもらう! それはとても嬉しいです。


フォントは課題解決に向け精緻化された歯車の一つ

― モリサワのフォントの中で、よく使われるフォントなどはありますか?

小杉 懐が深い感じがする「毎日新聞明朝」ですね。
「中外製薬」のCMで使われている「創造で、想像を超える。」というコミュニケーションロゴに「毎日新聞明朝」を使用させていただいていますが、中外製薬が持つ精神性や繊細さ、解像度の高さを表現するために、ベースのフォントより、かなり細いラインに仕上げています。そして、少し平体をかけて、現代感をプラスしています。

―そうでしたか。実は新聞書体は、「毎日新聞明朝」に限らず、縦組みにおいて省スペースで多くの情報を伝えるために、平体加工することを前提に作られているんです。扁平にした時に、一番綺麗に見えるようにデザインされていることに加えて、それが現代的な印象につながっているというのは大変興味深いです。他にもよく使われるフォントはあるのでしょうか?

小杉 「A1明朝」も好きです。主に文字組で使用するのが好きなのですが、困った時の「A1明朝」と言ってもいいくらい、活用の幅が広い書体ですよね。

― ありがとうございます。A1明朝は今年、ウエイト(書体の太さ)のバリエーションが増えました。

小杉 本当ですか!それは一番嬉しいです。アレンジを加えるとさらに味わいも増しますよね。仕事の中でエディトリアルデザインも担当させていただいていますが、フォント選びの際に明らかに違う指針となるのは、フォントをビジュアルとして活用するか、テキストで活用するのかという点です。

ロゴに限らず、フォントをビジュアルとして見せる時は、目的をはっきりさせること、その目的に合わせて情緒を加えていくという意味で、フォントにアレンジを加えることが多いです。

小杉 「中外製薬」の企業CM後半に出てくる「新薬の扉を、AIと開く。」というコピーには、「A1明朝」と別の欧文フォントを組み合わせた合成フォントを使用しています。

― 和文と欧文の合成フォントでは、どのようにフォントを選ばれているのですか?

小杉 相性の良さだけでなく、あえて別々の概念を持った思想を伝える場合などは、性格の違いがある書体を組み合わせるほうが伝わりやすかったりもします。また、和文と欧文の組み合わせだけでなく、和文でも、かなと漢字の組み合わせで使用するフォントを変えることもあります。

その他にも、さらっとした印象の中で、重みとか引っかかりを表現したい場合などは、明朝体で構成したタイポグラフィの中に、ゴシック体をあえて交えることもあります。

― なるほど。そうした企業やブランドメッセージをビジュアルデザインする際のフォント選びでは、どんな情緒を持たせ、どう印象付けていきたいかを的確に汲み取ることが大切ということですね。

小杉 そうですね。当たり前ですが、デザインは課題解決なので、それにそれを満たすための写真であり、ビジュアルであり、フォントであり。1個1個が課題解決もしくは目的に対しての精緻化された歯車だと思っています。

だから、フォントを選ぶ際に、今回はこれでなんとなくいいか……という感じでデザインすると、その部分の歯車がガチャガチャとなって、動かなくなる、機能しなくなる感覚は常に持っています。その解像度を上げるための、クライアントへのヒアリングであり…。

そしてクライアント側も仕上がったデザインを視覚的に見て、何か違和感を感じる、何かあってない気がするっていう感覚は持っているので、そこで僕らがなぜこのフォントを選んだのかということを、ストーリー性を持って意図を伝えるということはとても大切だと思います。

小杉 視覚的に見える共通言語をきちんと精緻化することで、僕が携わった範疇以外で、社内外のデザイナーの方がデザインする場合でも、なぜこのフォントを使用しているのか、なぜこのビジュアルなのかということへの意識が働くじゃないですか。その説明がないと「なんか可愛いのがいいね」という理由でフォントを選んでしまい、目的に沿って伝えたい情緒がブレてしまう。
方向性さえ合っていれば、ビジュアルが変わっても、デザインに込められた人格や情緒は変わらないと思うんです。なぜこのフォントを使っているのかという意思を共有することを増やすということが大切だと思っています。

― 意識の共有。そうなるとチーム全体でぶれずにメッセージを伝えることができますね。

商標登録が必要なロゴに用いるフォントのチューニング

ー 続いては、商標登録が求められるロゴやビジュアルデザインについて、お話をお伺いできればと思います。

インターネットで自社製品やサービスを世界中で販売・展開できる時代になり、ますます商標登録の必要性が高まっていますよね。これまではMORISAWA PASSPORTを含め、フォントをそのまま使用したロゴについて、著作権の都合上、商標登録が不可能な場合も多かったのですが、新サービスの「Morisawa Fonts」では、フォントを利用して作成されたロゴなどの成果物の商標登録が可能になったのをご存じでしょうか?

小杉 それ、聞いた時にびっくりしました!すぐにMORISAWA PASSPORTから移行したいと思います(笑)。
NHKの『ちむどんどん』(連続テレビ小説・2022年4月〜9月放映)のロゴを作らせていただいた時、「連続テレビ小説」という文字を普通にしたくないなと思っていて。

小杉 モリサワさんのフォント「すずむし」を見た時に、しっくりくるなと感じていたのですが、NHKさんの成果物ではロゴにおいても、全てのデザインで商標登録を取る必要があり、MORISAWA PASSPORTを利用していたため、フォントを使用するのを断念したんです。

そこで「すずむし」フォントからアイディアをいただいて、近いイメージになるように自作デザインしました。まさに、フォントからアイディアをいただいて、細部をチューニングしていくような感じです。

すずむし|書体見本

― そうだったのですね。クライアントさんによっては、最初から商標を取得することが前提の場合と、そうでない場合もありますよね?

小杉 そうですね。最初から商標を取る場合もあれば、将来商標登録をすることを前提にデザインしてほしいという依頼もあります。だから制作時点のことだけを考えてフォント選びをするのではなく、今後の有効性も視野に入れる必要があります。だからMorisawa Fontsを活用して商標登録が取れるとなると、フォント選びの幅が広がりますね。

―「商標登録」のために文字を自作したり、フォントを微調整する必要性については、どのようにお考えですか?

小杉 ロゴにしたいからフォントの一部を調整しなくてはいけないとか、オリジナルで作らないといけないと思っていらっしゃるデザイナーやクライアントさんも多いように感じます。
フォントを選んだだけで何もデザインされていないと思われないよう、手を加えてしまいがちですが、実は、フォントが持つそのままの状態の方が良い、ということも多くあります。

フォントを選ぶ際に、目的に対するコミュニケーションがきちんと図れているか、そして背景のストーリー性にきちんとした理由付けがあれば、クライアントさんにも納得いただけるはずです。
例えば、数ある色彩の中から赤を選ぶのと同じで、色の解像度が上がったものがフォントだとすると、数あるフォントの中から、目的に沿ったコミュニケーションデザインに必要なフォントを選ぶということ自体が重要で、方向性を位置付けるものだと思っています。

― なるほど。モリサワフォントもたくさんのフォントがあるわけですから、その中から、論理的にきちんとした裏付けを持ってフォントを選ぶというのは、デザインの仕事の上でとても大切ですね

小杉 めちゃくちゃ重要ですね。デザインの目的そして時代性を捉えた上でピッタリとはまるフォントと出会った時点で、8割方デザインの仕事を終えたと言ってもいいくらいだと思っています。

小杉 あとは、細かなチューニングを施す必要があれば、手を加える。フォント自体がきちんとデザインされているものですから、手を加えると、抜け感が生まれるのではと感じています。少しでも手を加えるとマイナー感がでるというか。その抜け感を敢えて表現したい場合は必要な工程だとは思いますが、普遍性を表現したい場合は、フォントに手を加えない方が良いということもあります。

― フォントに手を加える際には、明快な理由を持つことの重要性、とても参考になりました。

2023年発表の新作フォントについて

― モリサワは、2023年秋に23ファミリーの新しいフォントを発表しました。ぜひ、新書体の感想を聞かせていただければ嬉しいです。

小杉 わーすごい!!「月下香」のインパクト半端ないですね!
「欅角ゴシック Oldstyle」も好きですね。もはやこのサンプルテキストがタイトルにしか見えないです。「欅明朝 Oldstyle」も綺麗ですね。「か」っていう文字が実は難しくて……でも、この「欅明朝 Oldstyle」の「か」はバランスが好きです。

月下香
欅明朝 Oldstyle

小杉 でもやはり、一番嬉しいのは「A1明朝」のウエイトが増えていることですね。安心感があります。なんだか欧文も少しアップデートされているような気もします。

― お気づきになられるとはさすがです!今回のアップデートでオールドスタイルの明朝体によりマッチしたデザインにリニューアルしています。

小杉 「翠流きら星」も、すぐにデザインに使えますよね。このままでロゴになりそうですよ。アイデンティティもはっきりしていて、エレメントも明快ですよね。
すごく使いやすそうだし、逆に手を加えなくて良い気がします。これだけ個性があるフォントがあると、コミュニケーションツールとしての可能性が広がりますよね。

翠流きら星

小杉 僕は今、学生にデザインを教えているのですが、デザイン経験がフレッシュであるほど、フォント選びに固執がない気がします。経験を積んでいくと、使いやすいフォントとか、好きなフォントに慣れてしまうというか。

一時期はフォントを「かわいい」とか「格好いい」とか「先進性」などのイメージに分けていたこともあったんですが。そのままずっと昔の感覚で勝負するのも、ちょっと違うかなと思っていて。だからフォントから得たインスピレーションとか、感覚っていうのは、常に新鮮な状態でいたいなと感じています。

フォントを選ぶって、すごく時間がかかることなんですが、やはり自分自身の直感を磨いて、信じて、そして論理的に目的に合わせて選んでいくっていうことが大切だと考えています。



小杉さん、貴重なお話をありがとうございました!
前編と後編を通して、町やプロジェクトを人格化して理解を深めるほか、フォントのストーリー性にも着目して選ぶこと、フォントからのインスピレーションなど、さまざまな角度からのロゴ制作の極意を教えていただました。

気になる新書体があった方は、ぜひMorisawa Fontsも見てみてくださいね!
この記事へのスキもお待ちしています〜!(担当:M)

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