【イベントレポート】FONT COLLEGE vol.6[オンライン] 〜2020年新書体徹底解剖SPECIAL〜
モリサワでは、MORISAWA PASSPORTユーザ様限定公開で「FONT COLLEGE」を不定期で開催しています。
2020年11月24日(火)にオンラインでの開催となったvol.6では、今回新たに収録される書体の開発ストーリーについて、グラフィックデザイナーで新書体見本帳の制作を担当された大崎善治さん、大日本印刷株式会社の宮田愛子さん、有限会社字游工房のタイプデザイナー 岩井悠さん、モリサワのタイプデザインディレクター 富田哲良の4名に語っていただきました。
ゲスト
2020年11月12日(水)にリリースされた新書体は、手書きや活版印刷のニュアンスを持ったあたたかみのある和文書体のほか、ラテンアルファベット、キリル文字、ギリシャ文字、及びベトナム語用文字をカバーするセリフ体の欧文書体を追加しました。その他、人気和文書体にペアカーニングを搭載したA P版も加わるなど、日本語・多言語デザインの表現の幅を広げるラインナップとなっています。さらには、今年度から、字游工房書体もラインナップに追加されました。
早速ゲストの皆さまが、新書体の概要を話してくれました。
※新書体記事に関しては、こちらの記事も併せてご覧ください。
座談会1〜それぞれの推しポイント〜
―早速ですが、今年の新書体はいかがですか?
大崎 そうですね。可愛らしさいっぱいの、手書き調の「ぺんぱる」がまずは大きな特徴ではないかと。それから、「くれたけ銘石」というのは、一見すると強そうだけれど、どこかしら可愛らしさもあって。いろんな用途に使っていただけそうですよね。本格的な欧文書体の「Lutes UD PE」は、ウエイトもたくさんあるし、作るのが大変なのかなとか思いながら、見本帳のデザインを組ませてもらいました。どうでしたか?富田さん。
富田 すでにだいたい言われちゃった感じがしますけど…。
大崎 僕がモリサワさんみたいになってしまった(笑)
富田 「くれたけ銘石」を手掛けたのは「その時代ごとに書物でつかわれてきた文字や書体を現代に復刻する」というコンセプトを掲げている欣喜堂さんで、モリサワでは2017年から欣喜堂さんの書体を毎年リリースしています。「くれたけ銘石」も、中国晋代の墓誌銘より復刻した漢字書体と、森川龍文堂の活字見本帖から復刻した和字書体を組み合わせて作られています。いわゆるオールド書体と呼ばれる作風で、見出しで使ってもらってもバッチリ格好良く決まりますが、ぜひ長めの文章を組むことにもチャレンジして欲しいですね。
大崎 そうですね。漢字と和字の魅力的な姿っていうのを感じてもらいたいですね。それから、「ぺんぱる」も組んでいて楽しかったですね。個人的には縦組みがしっくりくるかなあと思っています。家庭で過ごす時間が増えてきたこのご時世で、ハンドライティング調の「ぺんぱる」はとてもタイムリーで、使うシーンも増えるのではないでしょうか。
富田 手書き風の書体は書き文字をスキャンしたものをベースに作成されることも多いですが「ぺんぱる」は全てデジタル上で作られています。なので、拡大した時も線がよれずなめらかな線質が再現されるので、色々なシーンで使い勝手がいいのかなと思っています。
大崎 固有の字形を持っていながら、全体としてみたときにそこまでバラバラせずきちんとラインが揃っていますよね。
―「にじみ」シリーズも2017年から出ている人気シリーズですよね。
宮田 そうですね。今年で第4弾になります。「秀英アンチック」は元々岩井さんに改刻を担当していただいた書体でした。
岩井 はい。その節はお世話になりました。
宮田 ベースをとても綺麗に作っていただいていたので、にじみ処理も無事、綺麗に仕上げることができました。にじませちゃって、大丈夫でしたか?(笑)
岩井 はい!グラフィックデザイナーにとって、一から文字をにじませようとするのはとても大変ですし、その処理が初めからされている書体というのは、とても使いやすいのではないでしょうか。
宮田 ありがとうございます。「にじみ」シリーズは、活版印刷の印影で生じるインクの “にじみ” や、金属活字自体にはない “ゆらぎ” を細かく分析した書体なんです。
全体的な線の太さ、ハライ・ハネの先端の丸み、交差部のインクの溜まりなど、活版印刷ならではの特徴を細かく確認しながら作っていきます。
書体ごとに「ゆらぎ量」や「太らせ量」などをパラメータで定め、最終的にはプログラムで処理した文字を一文字ずつ手作業で整えながら、多くの工程を経て作られたのがにじみ書体です。
大崎 装丁やタイトルのデザインのとき、デザイナー自身で書体を加工して使うことはよくあるんですが、書体として完成されているのは画期的ですよね。醸し出す雰囲気がかなり変わるので、使っていて驚かされます。
富田 正直、レトロ調の加工を施すという意味では、しきい値やテイストも含めてユーザさんに委ねられるべきものだろう、という意識でいました。なので、フォントメーカーとしてはにじんでいない書体だけで十分なのではと思っていたこともありましたが、リリース以降、よく使われているのを目にするようになりました。
これまで活字を紡いできた会社だからこそ、「活字の風合いを再現する意味でのにじみ加工」という大義名分があるのは強いと思います。
岩井 そのうち “かすれ” や “ぼかし” もできたりするのかな、と想像を膨らませてしまいます。次の展開が楽しみですね。
座談会2〜新書体見本帳のワード選び〜
―今回の新書体リリースの大きなトピックとして、字游工房書体が追加されたことが挙げられますよね。
岩井 はい、ありがとうございます。字游工房書体は、1989年に設立された有限会社字游工房によって手掛けられた書体です。字游工房は、株式会社写研出身のデザイナー3人によって作られた会社で、委託制作として数々の書体を手がけてきました。それらの書体は今も尚多くのユーザにご支持をいただいています。
株式会社SCREENグラフィックソリューションズの「ヒラギノフォント」、大日本印刷株式会社の「秀英体ファミリー」の一部書体などのほか、「游書体ライブラリー」として自社ブランドの書体も同時に手掛けてきました。
2019年にモリサワのグループ会社となってからも、精力的に書体制作を続けています。
―新書体見本帳にもたくさんの組み見本が挙げられていますね。大崎さん、組むのは大変でしたか?
大崎 そうですね…まず何よりも、字游工房の全書体が提供されるというのは驚きでした。字游工房書体といえばすでに多くの方に知られた書体でありますが、これを機にさらによりたくさんの方に使っていただけるというのは嬉しいです。見本帳を組んでいても楽しかったです。
やはり字游工房といえば本文書体というイメージが私の中にもあるので、文字の形や姿というよりは、組版としてどういう表情を見せるかがとても大切だと思うので、(ビジュアルページの方では)文章組ということをより意識しながらそれぞれ作らせてもらいました。
岩井 どの書体もとっても素敵に組んでいただいてありがとうございます。拝見していく中で、自分が書体に対して抱くイメージ通りのものもあれば、反対に、こういう使い方もあるのか、と驚くようなワードもあり、面白かったです。
「游明朝体五号かな」では、ウイスキー、マルシェ、カルチェラタンといった、大人っぽい雰囲気を感じさせるワードが並びます。『サライ(小学館)』や新幹線グリーン車の車内誌『ひととき(JR東海)』のような、趣味のいい大人が読んでいる雑誌の雰囲気がよく反映されていると思います。
そして、「游明朝体36ポかな」では、たそがれどき、おばあちゃん、など、情感あふれる言葉が印象的でした。どちらの書体も、明治や大正に制作された金属活字をベースに持つものではありますが、それぞれ異なる雰囲気を持つ組み見本になっていると感じました。
次に「游ゴシック体」ですが、これは、1つひとつの角を丸くすることで、優しく見えるゴシック体として作られた書体です。見本に挙がったワードは「基礎力マスター講座」や「やさしい経済学」など。これを見て、アカデミックな実用書などの硬い内容を難しく見せないゴシック体なのかもしれない、と新たな気づきがありました。
また、「游ゴシック体初号かな」の組み見本としてあげられた「鉄道さんぽ」というワードですが、さんぽというものは、時間に余裕がある人しかできない嗜みという点で、ユーモラスでのんきな表情があるこの書体が正にぴったりだと感じます。
ちょっと気になったのは、長めの文字を組むときの例文として、『日本文化私観』や萩原朔太郎作品などがあがっていますよね。書体と選ぶテキストのマッチングというのはどのように決めているんですか?
大崎 そうですね、まず最初になんとなく組み初めて見た時から、時代とかこんな雰囲気の文章なら似合うかな、とあたりをつけています。
岩井 まずどの時代が合うかっていうところから考えるんですね。
大崎 あとはその文章の作家さんや文体でもみたりしていて、書体によってどれが合うかを導き出しますね。字游工房のかな書体っていうのはどれも表情が違っていて、一画一画置かれている線や、残されている筆の動きなんかを見ると、すごく味わい深くて。昔の文学作品から感じられるような郷愁や哀愁が似合うんだろうなあと思います。
ですので、こんなに一度に字游工房書体を並べて比べるという機会はこれまでなかったので、改めて書体の持つ力に気づかされましたね。
―かな書体といえば、秀英アンチックも元々はかな書体でしたよね。
宮田 はい。実は今年の一番の推し書体は「秀英アンチック+」なんです。
元々、「秀英アンチック」は広辞苑を組むことを目的に改刻し、「秀英角ゴシック」の漢字と組み合わせを想定しながらチューニングをしていました。今回はかな書体だった「秀英アンチック」を総合書体としてリリースができたので、より使っていただけるかなと思います。
岩井 実は「秀英アンチック」は私が初めて担当したかな書体だったので、私にとっても思い出深い書体です。
座談会3〜最新のフォント事情〜
―今後の展望として、それぞれお聞きしたいことや、お伝えしたいことはありますか?
富田 モリサワはフォントメーカーとして、デザインに必要な素材の1つとして書体を捉えたときに、字游工房さんが掲げている“文字においての主食や米”のように、クリエイティブの屋台骨やインフラのような存在として、文字文化の裾野を広げていければいいなと思っています。
大崎 確かに、基本書体として明朝体やゴシック体が持つ役割は幅広いですよね。使う書体の選択肢が増えていくというのは使う側にとってはとても嬉しいことと思います。
その点で言うとやはり字游工房書体のリリースは喜ばしいニュースです。見本帳を見比べるだけでは書体それぞれの本当の良さや奥深い違いはなかなか見えてこないと思うので、ぜひどんどん使ってみて、実際に比べてみて、それぞれの良さを感じ取って欲しいですね。
(デザイン書体でいうと)「ぺんぱる」みたいなペン字風の書体って、モリサワさんにしては珍しい気がしますが、どうですか?
富田 そうですね。モリサワはこれまで、どちらかというとベーシックな書体が多く、手書き風、ペン字風の書体は多くありませんでした。最近はCMや広告でも手書き風のデザインをよく見かけるので、そういったシーンでも使っていって欲しいと思いますね。字游工房さんは、デザイン書体は作らないんですか?
岩井 そうですね…「勘亭流」は本文書体ではなく、これはかなり以前に作られたものなんですが…。字游工房は本文書体に重きを置いてきていて、その姿勢はこれからも変わらないと思っています。これには、字游工房の二代目代表取締役であり、現在も書体設計士として活躍されている鳥海修さんの強い想いがありそうです。
大崎 なるほど。本文は字游工房、デザイン書体はモリサワ、とグループ内で役割分担されていくなら興味深いです。
宮田 「ぺんぱる」を見ていて、秀英丸ゴシックの開発を決める時にも、手書き風のものを作ろうと言う話が上がったことがあったことを思い出しました。
富田 秀英体はまだ改刻していないものもありますよね?
宮田 そうなんです。次なる改刻や、新たな「にじみ」シリーズなど、これからの展開も楽しみにしていてください。
―自分の中で一番好きな書体って何かありますか?
岩井 字游工房書体で一番お薦めしたいのは「游築見出し明朝体」ですね。これは2003年にリリースされたもので、「東京築地活版製造所36ポイント明朝活字」を復刻して作られたものなんです。
この書体は各エレメントと、筆画が交差する部分の角が丸くなっているのが特徴で、金属活字を紙に押さえつけたとき、圧がかかりインクがはみ出す様子が再現されています。
“活字において完全な角はないはずだ” という考えのもと、全て丸く処理がなされているんです。
また、縦画が垂直でなく、若干傾いているのも面白い特徴で、これは、活字を作る当時の職人が逆さに字を彫っていく工程の手癖を再現しているもの。斜めにする際も全て一律に傾けているわけではなく、縦画が在る場所によって微妙に傾きを変えています。
例えば、この「掴」という字。一番左端にある手へんの文字がいちばん立っていて、真ん中にあるその隣はもう少し寝ていて、そして一番右端にある縦線がいちばん寝ています。この関係が、ほぼ全ての文字において保たれています。
字游工房書体は、書体ごとの小売りもしているのですが、「游築見出し明朝体」は他の書体に比べて希望販売価格が高いんです。書体と言うのは通常、作る文字数に比例して制作コストが上がっていくのですが、こちらの「游築見出し明朝体」の収容字種は5000文字くらい。一般的な書体に比べて文字数は少ないですが、一文字ずつにかかる多くの手数が値段に反映されていると言うわけなんです。
今はあまりやっていないですが、字数が少ないので、足りない字を作って欲しいと言う注文も受けていた頃がありました。
この書体は当時の職人さんの手彫りで一文字ずつ作られていたものがベースになっているので、元にした見本帳に指定の文字がない場合は、他のサイズの活字を資料であたることになるんです。角丸の処理や縦画傾きの制御がとても大変なので、この書体の注文が来たときは、大変だなあと思ったりもしました(笑)
こちらは、同じ「書」と言う文字ですが、左が「游明朝体 D」で右が「游築見出し明朝体」のアウトラインです。このように、制御点を見比べるとかなり数が違うのがお分かりでしょうか。制御点が多いので、作字をするエディターの動作が緩慢になることもあり、作るのに苦労しました。
ただ、いい勉強になったなと思っています。この書体は一文字ずつの情報量が多いので、その分、文字に温もりや力がこもっていると感じます。
「游築見出し明朝体」は、今は字游工房から独立された先輩デザイナーが中心となって制作された書体です。発売から15年以上を経ても色あせない書体を生み出すその力量に感じ入るばかりです。
大崎 なんだか、ずっと解説を聴いていたくなってしまいますね(笑)
視聴者投稿Q&A
「1つの書体を開発するのに、どれくらいの時間がかかりますか?」
富田 開発仕様によっても違いますが、モリサワは10000文字くらいのセット書体を作る場合、1つのウエイトでだいたい2年くらい…太さのバリエーションが増えると3年くらいかかる、と言う感じです。
岩井 字游工房もだいたい同じくらいの期間です。太さのバリエーションがある場合は、細いウエイトと太いウエイトの工数を1とすると、その中間のウエイトを作る時は0.5というように、補間を取りながら制作の効率化をはかっています。
宮田 秀英体の「平成の大改刻」の場合だと、例えば2005年からの7年間で10書体を手掛けましたね。
岩井 制作を進めていくうちに、取り組んでいるその書体に書体自身のことを教えてもらうということがあります。制作を続けていくうちに次第に書体への理解が深まっていって、作り始めの文字との変化に気づくことがあるのです。
突き詰めていくとなかなか終わりが見えなくて、昔ある書体を手掛けたときは自分の手から放すのが怖くて、帰りの電車の中でもずっと書体の出力紙をしつこく見直したりしていました。
大崎 終わりがないですもんね、できることならずっとやっていたいですよね。
「書体を作る上で譲れないポイントはありますか?」
富田 僕はディレクターという立場なので、期限と予算を意識しつつ、経営戦略に即した書体を作っていくという使命があります。なので、デザイナーのこだわりは最大限尊重しつつ、制作の目的とコストをしっかりすること。
あとはお客さまの声をなるべく多くデザインに反映していくことを心がけています。
宮田 「秀英明朝」の “い” のつながっている線を切らないことですかね。改刻の際に、「秀英体らしさをずっと継承していくこと」を心がけてきたので、一筆書きの“い”のように、その書体に詰まった秀英体らしさや、秀英体であることの意味を持ち続けていくことが譲れないポイントです。
岩井 自分の手から放すときに、今の自分がベストを尽くしたという実感が持てるかどうか、ということを大切にしています。
大崎 皆さんそれぞれ、違う立場からの守りたいものがあるということが分かりますね。1人ひとり違った思いがあるから、こうした、表情が違う書体がたくさん生まれていくわけですね。
「2020年新書体徹底解剖SPECIAL」いかがでしたか?
リリースされたばかりの新書体、開発者の想いを聞くとより一層理解が深まりますね。皆さんもぜひ、開発秘話を思い出しながら、新書体を使ってみてください。
FONT COLLEGEはこれからも不定期に開催し、noteでレポートを掲載していきたいと思います。今後の掲載も、どうぞお楽しみに!