見出し画像

ブックデザイナー 佐藤亜沙美さん特別インタビュー! 〜マトリクスで解析?!2022年新書体の「活かし方・組み合わせ方・使い方」〜

この秋モリサワでは、和文・欧文合わせて100ファミリー近い書体をリリース予定です。こんなにたくさんあると、どうやって使いこなしたらいいか悩む方も多いかもしれません。そこで今回はリリース直前の特別企画として、ブックデザイナーの佐藤亜沙美さんの視点で新書体の印象や使い方について語っていただきました!2021年10月に発行した先行公開リーフレットの制作を担当されたのも実は……。最後までお見逃しなく!

■お話を聞いた人
佐藤 亜沙美さとうあさみさん
ブックデザイナー。1982年生まれ。2006年から2014年までブックデザイナー祖父江慎さんの事務所・コズフィッシュに在籍。2014年に独立し、サトウサンカイを設立。『Quick Japan』のアートディレクターを経て、2019年より『文藝』のアートディレクターを務める。最近の担当作に「2022年大河ドラマ 鎌倉殿の13人」のタイトルデザインなどがある。

モリサワのイメージを変えた新書体

― 本日はよろしくお願いします。まずは率直に、2022年新書体の印象を教えてください。
佐藤 
今年リリースされる新書体はデザイン性の高い書体が多く、これまで私が抱いてきた「ベーシックで美しい書体」「汎用性の高い書体」といったモリサワのイメージが変わるほどの驚きがありました。

和文書体のラインナップは、古風な明朝体から個性の強い尖った書体までバラエティが豊かで意外性も感じました。
欧文書体も種類が充実していて、なおかつ、セリフ体・サンセリフ体がそろっている状態は壮観でした。ウエイト展開の広さやさまざまなデバイスに合うような設計など、今の時代を意識して開発された書体であることが伝わってきましたね。

2022年モリサワ新書体の一覧

―ありがとうございます!実は……佐藤さんには「先行公開リーフレット」のご制作をお願いしていて、これらの新書体に一番早く触れていただいていたんですよね。佐藤さんには紙面の見せ方からご相談にのっていただきました。

佐藤 そうなんです!2021年10月にモリサワさんから発行されたリーフレットのデザインを担当しました。紙面の構成は、扇子のように山折りと谷折りを交互に繰り返す「じゃばら折り」を採用しています。紙面をいっぱいに広げていただくと、和文と欧文のそれぞれの新書体が一面でずらっとご覧いただけるようになっています。

一般的に書体を紹介する見本帳は、同じ文体や文字が並んでいて、字面の変化を楽しめる作りになっていますが、今回は紙面を大きく使ったリーフレットを制作することで、エレメントを見せたい書体を大きく掲載することや、縦横の文字組みによって書体のキャラクターの強さを表現することなど、従来の見本帳にはない書体の魅力が発信できたと思っています。

ーイラストを織り交ぜてはどうか、というのも佐藤さんからのご提案だったかと思います。そこにはどんな思いがあったのでしょうか?
佐藤 文字だけを見ていると「その文字がどういった性格であるのか」「制作物の中でどのように飛躍してくれるのか」がわかりにくい場合もあります。挿絵が入ることで、どのようなシュチュエーションで合わせられる書体なのかを、作り手の方々にイメージしてもらいやすいようにご提案しました。

佐藤さんから、実際に使われる場面を意識したアドバイスをいただいたおかげで、
より新書体のワクワク感が届けられたと思います。

独自マトリクスで2022年書体のキャラクターを整理

ーここからは、新書体の活かし方について深掘りさせてください。これだけたくさんの新書体を使って実際にリーフレットを組んでいただいている中で、気になる書体はありましたか?
佐藤 
モリサワさんから事前にその質問をいただいたので、頭の整理も兼ねて芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を題材に、新書体を組み合わせて本の表紙と帯を制作してみました。

是非画像を拡大して細部まで見てみてください!!

佐藤 私は本をデザインする際に、マトリクスを使って書体ごとのキャラクターを整理しています。今回は「デリケート」「パワー」「ポップ」「シック」を軸に取り、和文と欧文、クモのイラストも加えました。

個人的には、「シック」+「パワー」、「ポップ」+「パワー」に分類した個性が強いエレメントがおすすめです。芥川作品の表紙は、古典作品の趣を表現するために渋くなりがちですが、児童向けの短編小説という『蜘蛛の糸』のジャンルを考えると、「ポップ」系のデザインも似合うなと思いました。
私は、子供向けの本もデザインすることがあるのですが、視覚的にも楽しい紙面を作りたい時には、「ぽってり」「イカヅチ」「タカ風太ふうた」などのデザイン書体も役立つなぁと思いました。

佐藤 デザイン文字を自分で作字する時もありますが、デザインの統一が難しい場合も多いのが難点です。あらかじめデザインされた書体がラインナップされていると、使用頻度も上がりますしね。

そのほか、人気が出るだろうと感じた書体は「ココン」です。チャーミングさがあり、旅行系の本のタイトルや女性化粧品のパッケージなどに向いている書体だと思います。

―ありがとうございます。マトリクスにしていただくと、ラインナップの広さが可視化されてわかりやすいですね!
佐藤 
そうなんですよ!あとは「秀英にじみ四号太かな」もありがたいです。「秀英にじみ明朝」が世に出るまで、縮小コピーと拡大コピーを数回繰り返すことで文字の「にじみ」を自作してきた私にとって、すぐにでも使いたい書体です。汎用性も高く、ユーザーの皆さんも待たれている書体ではないでしょうか。

※「秀英にじみ四号太かな」については、秀英体の開発者にインタビューしたnote記事がございます!こちらも是非ご覧ください。

佐藤 また、今回のラインナップをみていて、名前の覚えやすさも書体選びの重要なファクターだと思いました。数ある書体の中から検索する際に、「名前なんだっけ?」となると、探すのが少しおっくうになります(笑)。
「プフ」はかわいくて覚えやすいし、「ココン」も耳に残る名前です。「タカ風太」は、他にも「タカ」とつく名前の書体があるので、デザインの連想のしやすさがありました。

―今年の新書体は特徴のあるデザインが多く、各担当が書体名を決める際もそれを体現できるように気を配っていました。そう言っていただけて嬉しいです!

書体選びと欧文

―続いて、普段お仕事で書体を選ぶ際には、どのようなことを意識しているかを教えてください。
佐藤 書体を選定する際には、「信頼がおけるかどうか」という点を軸に選んでいるように思います。
この人は信頼できるぞという書体が自分の中に何人かいて、作品に合わせてその方たちに登場いただくイメージです。

佐藤 マトリクスで見ると、にじみ系やクラシックな書体は「まず間違いないだろう」という安心感がありますし、ポップな書体はどのように化けていくのだろう……という期待がありますね。上手くはまれば、より大きな驚きを与えることもできるのではないかと考えています。

欧文に関していえば、これまでは和文と欧文を同時に使用する場合は、日本メーカーの和文と海外メーカーの欧文を組み合わせて使用することがほとんどでした。今年は欧文も大幅に拡充されるので、選択肢が増えることは嬉しいですね。サンプルで作ってみた『蜘蛛の糸』の画像でも和文と合わせて欧文書体を選んでいます。

上段:和文書体と欧文書体の組み合わせ
下段:和文書体の従属欧文で組んだもの

佐藤 また、「混植こんしょく」となると日本語よりも数パーセント欧文を大きくしたり、ベースラインを合わせるために何歯下げるなどの調整を行って合成フォントにしていましたが、その都度、調整を行うことは非常に手間がかかりました。今年の和文書体は従属欧文も黒味の具合がちょうどよく設計されていて、書体を変えずに使っても面白いかなと思っています。

今後のモリサワの書体開発に期待すること

―新書体のリリースは、制作実務にもメリットがありそうでしょうか?
佐藤 
そうですね。MORISAWA PASSPORTはユーザーが多く、複数の作業者間でのデータのやり取りの際にこの書体を持っていない!という心配はほとんどありません。

私が関わる雑誌や書籍など出版物のデザインでは、編集者やDTPの方、印刷会社さんに文字を修正してもらったり、InDesignごとお渡して調整してもらうことがあります。
双方で同じフォントを持っていない場合は、所々アウトラインをかけてやり取りしなければならず、作業が煩雑になってしまいます。これまではデザイン書体はモリサワでないフォントを使うことも多く、ときにはここがネックになることもあったのですが、今年の新書体リリースでより広いラインナップがカバーされ汎用性が高まったので、修正作業の煩雑さも払しょくされると期待しています。

―今後のモリサワの書体開発に期待することは何ですか?
佐藤 
「(これまでの真面目なイメージではない)こんな書体がモリサワから出るんだ」というような “どうかしてる!(笑)” 感のある書体がもっと発表されると楽しいと思います。
個性がものすごく強い書体は、個別に購入したり、自分で作らないといけない場合が多く、どうしても汎用性が低くなってしまいます。スタンダードな書体がありつつ、日本語として読めるかどうかというような書体もラインナップされていると、サービスを使う側として非常にわくわくしますね。
書体がバラエティ豊かになると、モリサワの新たな一面が見られるようで嬉しいです!

―制作の基本を支える書体は充実させつつ、“どうかしてる!” と思ってしまうくらいの驚きや楽しさをお届けできるような幅広いデザインをユーザーの皆さまにご提供できるよう、努めていきたいと思います。佐藤さん、本日はありがとうございました!

実はまだあります、インタビュー後編予告

新書体で組まれた色々な「蜘蛛の糸」、壮観でしたね。書体を変えるだけで受ける印象が変わることが、読者の皆さまにも伝わったのではないでしょうか。筆者も、今後さまざまなシーンで書体が使われていくのが非常に楽しみになってきました。

さて、インタビューはこれで終わりではありません!
後編では、2022年10月4日にスタートするMORISAWA PASSPORTの後継となる新サービス「Morisawa Fonts」を、佐藤さんにいち早くレビューいただいた様子をお届けします。 サービスの詳細とともに佐藤さんの感想もたくさんお伝えしたいと思います。お楽しみに!(担当:M)


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!