私のフォント使いこなし術 第2回 勝又弘充「かたまりとしての文字の美しさを追求した、商品名が引き立つデザイン」
第2回は、食品のパッケージを中心に、繊細な文字の使いこなしでキャッチーかつインパクトのあるデザインを追求する、株式会社ヘルメスのアートディレクター勝又弘充さんにお話を伺いました。
1.パッケージが注目される時代
今回お話を伺った勝又さんは東洋美術学校でデザインを学び、卒業後に株式会社ヘルメスに入社。現在15年目になるというベテランのデザイナーさんです。
「弊社はもともと、商品からパッケージデザイン、宣伝ツールやWebまですべてのデザインを手掛ける総合的なデザイン会社です。さまざまなデザインを手掛けてそれぞれ実績を重ねてきた中で、現在はパッケージのご要望を数多くいただくようになりました。
コロナ禍で店頭に行ける人が減り、オンラインで商品を選ぶ人が増えたため、商品のフェイス(顔)が売り上げを直接左右することも、パッケージデザインのニーズを伸ばしている理由だと思います」
パッケージは比較的長い期間使われ続けることもあり、メーカー側でも相応の時間をかけてデザインのテストを繰り返し、世に送り出されます。また、店頭に数多く並ぶ商品の中から選ばれ、まったく興味のなかった人にも、まずは手に取ってもらわなければなりません。そのためよりキャッチーでインパクトのあるデザインが求められるといいます。
「店頭での見栄えはもちろんですが、昨今はWebでの見え方にも配慮が必要になっています。例えば白い上品なパッケージや箔押しなどの上質感はWebではあまり伝わりません。はっきりとした色使いや、商品の特性がそのフェイスから感じ取れるかどうか、商品名がしっかり読めるか、といった点に注意してデザインを考えるようにしています」
2.新鮮な印象のパッケージ
例えば2021年の夏に発売したモランボンの『糀レモン鍋用スープ』の場合、これまでの鍋スープにはない新しい味であることや、糀やレモンなどの素材のヘルシー感、またレモンらしさを全面に出した色使いなどをコンセプトとして立てたのだそうです。
「ターゲット層の想定も重要です。『キムチ鍋』や『ちゃんこ鍋』といったこれまでの定番鍋用スープのユーザーよりも若い層を想定し、メインビジュアルの鍋も洋風のものをチョイスしています。書体もすっきりと健康的なイメージのあるA1明朝を選びました」
商品のイメージやターゲット層から、使用するフォントを導き出すという勝又さん。このデザインに決まるまで、10パターンほどのデザインを提案しましたが、それらはゴシック体や、明朝体に近いデザインフォントなどすべて違うフォントを当てていたそうです。
「デザインの方向性で選ぶフォントは当然変わります。弊社ではかなりの数のフォントを入れていますが、ベーシックで良質なフォントは、やっぱりモリサワだと思っています。デザインを考えるときの第一候補です。文字は加工することが多いとはいえ、元の文字の品質が高いと、あまり手をかけなくても完成された印象になります」
パッケージに使用するフォントは打ちっぱなしではなく、商品名が力強く見えるよう、それぞれ形に微調整が加えられています。『糀レモン鍋用スープ』でも、「レ」の縦棒を上に少し引き伸ばすことで全体のバランスが整えられました。
「長い文章ならひと文字ごとの形はあまり気にならないと思いますが、商品名は数文字。この商品の場合『レモン鍋』は、たった4文字しかありません。その4文字の中でバランスを調整し、かたまりとして美しく見えるように考えています」
3.商品の持ち味をどの文字で表現するか
フォントを選ぶときには、まず商品の『持ち味』について考えるのだそう。
「フォントのデザインによって、喋りかけてくるニュアンスが違ってくると思うんです。大きな声なのか、小さな声なのか。男性なのか、女性なのか。新しいものなのか、伝統的なものなのか。商品のオリエンシートからそういった情報を汲み取ってフォントを選ぶようにしています。
もちろん、ターゲットとしているユーザーがどんなフォントのデザインを好むか、も考えます」
そのためデザインの最初の段階で、ある程度書体の候補も絞られます。勝又さんの場合は、MORISAWA PASSPORTの中でもよく使うフォントが数十種類決まっていて、基本的にはその中から商品のテーマに沿ったものを選んでいるといいます。
『三本珈琲』の缶コーヒーのシリーズでは、秀英にじみ明朝が使用されています。
「社名をそのまま商品名として使用するということもあり、歴史のある普通の明朝体ではなく、クラフト感のある、人の手がかかったていねいなコーヒーの味わいを表現したくて選びました」
秀英にじみ明朝や、秀英にじみ角ゴシック、A1明朝やA1ゴシックといった印刷のにじみを表現したフォントは、経年変化やエイジングによるレトロ感や、手作りのクラフト感を出すのに適しているそうです。
商品のイメージと同様、パッケージデザインでは視認性が重要です。このことからも、パッケージには比較的スタンダードなフォントが選ばれやすい傾向があるといいます。
「例えばPOPを作るときには、インパクト重視でデザイン書体や極端に長体をかけた明朝体を使うことがあります。同じフォントでも変形させることで印象が大きく変わるので、その新鮮さがいいなと思うことも。でもパッケージデザインではあまり使いません。
それよりもスタンダードなフォントの中で違いを出す感じです。例えば『レモン鍋』のA1明朝は新しく、若い人向けのイメージになりますが、もしリュウミンの太めのものを選ぶとレトロで伝統的な印象になります。そのフォントが使われていた時代背景や、流行のようなものも関係あるのかもしれません」
4.シズル感の出るフォント
『糀レモン鍋用スープ』と同じモランボンの商品ですが、『あふるる!肉汁餃子の素』の場合では、ガツンと力強いA1ゴシックがチョイスされています。
『A1ゴシックが出る前は、角の取れたきれいなゴシック体があまりなかったんです。なので、ゴシックMB101を使って加工をしたりしていたんですが、A1ゴシックが出てからは、明朝だとハードルが高くなり過ぎてしまう、もう少しカジュアルな感じを出したいときによく使っています」
アサヒコの『豆腐プロテイン』シリーズでも、商品名にはA1ゴシックを使用しています。
「A1ゴシックのしっとりした、ウェッティなイメージが合うと思って使いました。シズル感が伝わりやすい書体だと思います。この商品の場合は、下半分の現代的なロゴがすでにあったので、そこに読みやすさと今風な感じを加えようと思いました。視認性がよいのもA1ゴシックに決まったポイントです」
A1ゴシック以外によく使うゴシック体は、やはりスタンダードな新ゴや見出ゴ、太ゴB101など。新ゴは万能でクセがなく、読みやすいので使い勝手がよいそうです。オールドな感じを出したいときは、ゴシックMB101や中ゴシックBBBを選ぶそうですが、こちらは主にパッケージ以外のグラフィックに使用しているとのことでした。
ふだんからスーパーマーケットに出向き、商品を眺めることが好きだという勝又さん。自分がデザインしたパッケージが並んでいる姿を見ることも、パッケージデザイナーのよろこびなのだそうです。
「とてもうれしくて、思わず全種類買ってしまうことも……。デザインを考える際に市場調査することもあります。他社がどんな書体を使っていて、売り場でどう見えるのか。商品の差別化を考えるのは大切です」
5.上質感と差別化
最後に、贈答用として使われることの多い「アンリ・シャルパンティエ」のお菓子のシリーズを見せていただきました。いずれも勝又さんの演出する上質感や、贈り物にふさわしい華やかさが感じられるデザインです。
『芦屋のリーフパイ』は、本店の近くにある芦屋川のイラストをメインに、お客様や長年愛顧してくださっている地元の方々への感謝を込めたデザインだといいます。
「感謝の気持ちを考えたときに、温かみのある書体がいいなと思い、みちくさを使用しました。フォントの名前もこの風景のコンセプトに合っている気がします」
恵比寿様の福々しさが際立つ『えびすフィナンシェ』は、福男選びで有名な西宮神社に奉納するために作った地域限定の商品です。金色に輝く箱に上品な象牙色の帯が掛けられ、商品名には隷書E1が使用されています。
「隷書はふだん落款のようなデザインで使用することが多いんですが、この隷書E1は筆のつながりが繊細に描かれつつ、角がカクカクしたところに歴史も感じられます。新しさと古さが同居した、和風テイストの洋菓子によく合う新鮮さが感じられるので採用しました」
『大納言ふぃなんしぇ』も限定商品で、仏事にも使えるシックな色合いのパッケージになっています。使われているフォントは、古い書物からヒントを得てデザインされたきざはし金陵。手書きのような有機性があり、ニュアンスの感じられる明朝体です。
「和風のパッケージですが、いわゆる明朝体ではなく少し楷書のようなテイストがあり、カチッとした印象に仕上げたくて選びました。贈り物としての特別感や、和洋の融合したお菓子のイメージを表現しています」
みちくさ、きざはし金陵はMORISAWA PASSPORTの中では比較的新しいフォントです。また隷書E1はモリサワの最初期からある書体ですが、『えびすフィナンシェ』のようにひらがな・カタカナだけで組まれることは珍しく、使われている例を見かけることは多くありません。
「MORISAWA PASSPORTに新しい書体が追加されると必ずチェックします。パッケージに対して小さく文字を入れる場合には特に、普通の明朝体を使ってしまうと差別化ができません。ひとくせある書体を使いたいと思ったときに、新しい書体を選ぶことは多いです。隷書E1は組んでみると意外に繊細で新鮮さを感じました」
昨今は差別化だけでなく、SNS映えへの要望も少なくないのだそう。勝又さんはそれを踏まえつつ、
「華やかさや、文字をカッコよく入れるだけなら、デザイナーであれば誰でもできると思います。パッケージの機能を保ちながら、これらの要望に答えられるのがプロだと思っています」
勝又さんのきめ細やかなこだわりや、そのための手数のひとつひとつが、信頼されるパッケージデザインにつながっています。
6.「気になる」フォント
すずむし
「フォントリストには入っていても、使ったのことのない書体です。お菓子のパッケージにはいいんじゃないかな? と思いつつ、すずむしが似合うような可愛いイメージの仕事が自分のところに来ないという事情も(笑)。
可読性があまり高くないので、平面のデザインの方が使いやすいかもしれません。このフォントが使えるデザインはなんだろう? って常々考えています」
はるひ学園
「こちらもかわいい書体です。文字間が開いているので、かたまりとしては見えづらいですが、場合によってはそれが生きてくるデザインもあるんじゃないかな? と思っています。どちらかというと、シンプルでスタイリッシュなものを手掛けることが多く、見ている人にはわからないようなところに時間をかけてデザインしているので、逆にこういったかわいい書体が気になってしまうのかもしれません」
勝又さんは、無駄なものを省いたシンプルで上質な印象のデザインを得意とされています。このようなデザインでは、フォント選びや文字組みといった作業からさらに一歩進み、ひと文字ごとの線の太さや長さ、角の丸みといった微妙なコントロールを施すことが重要であることがわかりました。
また勝又さんのパッケージには繊細さだけではなく、売り場やWebでどのようにお客様を惹きつけるのか、またその商品らしさの表し方やブランディングといった面で大胆な表現や工夫が詰まっていることが感じられました。
*この記事は2021年9月に発行された、マイナビ出版『+DESIGNING』
Vol.52掲載の記事を加筆・再構成したものです。
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