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〈note文字旅〉写真植字の百年。写植と印刷の歴史を辿る。

紙や印刷の歴史が好きな人のみならず、文字やフォントの沼にハマった人にとっても聖地となっている、東京・飯田橋の「印刷博物館」。 人々の生活やコミュニケーションの発展において欠かすことのできない、「印刷」の技術や文化史をテーマに幅広く研究・資料蒐集を行っている、国内では珍しい博物館です。 この印刷博物館で、現在とある企画展示が開かれています。

写真植字の百年
会期:2024年9月21日(土) ~ 2025年1月13日(月・祝)

いまから100年前の1924年、モリサワの創業者である森澤信夫が、株式会社写研の創業者である石井茂吉氏の協力を得て、邦文ほうぶん写真しゃしん植字しょくじの特許を出願しました。
写真植字機とは、写真の技術を応用して文字組みをする機械のことです。文字の大きさと文字の数だけ活字を必要とする活版印刷が主流だった当時において、この発明は画期的で、日本の印刷とタイポグラフィの歴史を変えた大きなできごとでした。

この邦文写真植字機発明から100年という区切りの年に企画された展示が「写真植字の百年」です。写真植字の歴史や役割、仕組み、書体デザインなどが、さまざまな展示物とともに紹介されています。
今回の〈note文字旅〉では、学芸員の本多さんにお話を伺いながら、印刷博物館と企画展示についてご紹介します。


印刷博物館 学芸員の本多さんにお話を伺いました!

■お話を伺った方
印刷博物館 学芸員 本多真紀子さん

ー 今日はよろしくおねがいします。まずは、この記事を読んでくださる人のために、印刷博物館について教えていただけますか?

本多 印刷博物館は2000年にオープンした博物館です。
中国やフランスなど様々な国で国立の印刷博物館がありますが、日本国内ではなかなか実現しませんでした。
その中で、凸版印刷株式会社(現TOPPAN株式会社)の100周年記念事業として実現することができたのが当館です。

ー 本多さんはオープンの頃から在籍されていたのでしょうか?

本多 はい。準備室の頃から携わっています。
当時は凸版印刷から配属される人ばかりだったので、新入社員として印刷博物館に配属されたのは私が初めてでした。

ー ということは、就職される前からずっと印刷に興味があったり、専門に学ばれていたのでしょうか?

本多 いえ、全くでした(笑)
学生の頃はポスターを整理するようなゼミにいて、どちらかといえばデザイン寄りの勉強をしていました。そこでポスターの調査に来た凸版印刷の人と知り合って学芸員の仕事に就くことになったんです。
印刷の現場のことを全く知らないまま配属されてしまったので、会社に入ってから、現場見学に行ったりしながら印刷の勉強をしましたね。

ー 博物館をいちから立ち上げるというのはすごいことですね。立ち上げにあたり、どのようなご苦労がありましたか?

本多 いったんベースになるものがあればそれを元に改善していくことができますが、そういったものがない状態からのスタートでしたので、「0から1にする」のは大変でした。
印刷博物館といっても、テーマをどうするのか、歴史や技術を展示するのかなどを決めていく部分に時間がかかっていましたね。

本多さんは学芸員とのことですが、普段はどのようなお仕事をされているのでしょうか?

本多 展示にかかわることであれば、なんでもやりますよ!
購入した物の採寸や写真撮影などの収蔵物管理から、展示の企画を立ててどういった見せ方をするのか検討をしたり……。光や湿度といった環境の管理もしています。
印刷博物館ではワークショップも多いため、それらの企画は当館ならではかもしれません。SNSの発信を通じた広報活動なども含め、幅広く行っています。

※印刷博物館のイベント・ワークショップ等はぜひ下記をチェックしてください!

企画展示「写真植字の百年」について

ー 2024年は邦文写真植字機の発明100周年ですが、これにあわせて今回の展示を企画されたのでしょうか?
本多
 実はそれ以前にも、写植についてはどこかでアウトプットをしなければ……という気持ちがずっとありました。
印刷博物館がオープンした2000年の時点で、もう写植は過去のものになりつつあったので、その頃から何らかの形で展示をしたいとずっと考えていました。
そしてさまざまな方から、写植の展示はやらないの?とせっつかれてもいましたね。それこそモリサワさんからも(笑)
そして今回、多くの方にご協力をいただき、ようやく実現をすることができました。

ー 実現いただけて大変嬉しく思っています! 今回の企画展について、準備期間はどのくらいかかったのでしょうか?
本多 2、3年前から開催に向けて準備をしていました。
印刷博物館だからこそできる形にしたいと心がけていましたね。モリサワさんだけでもなく、写研さんだけでもない、写植機開発の後発でもあるリョービさんも含め、3社の写真植字機を揃って展示したいと考えていました。

PAVO-KY(株式会社写研)、ROBO 15XY III(株式会社モリサワ)、LEONMAX ZOOM1(リョービ株式会社)の写植機がずらりと並ぶ

実際に展示を拝見すると、写植機だけでなく、文字盤やパンフレットなども各社のものが並んで展示されており、本多さんの思いを強く感じることができました。各社のものが揃って見られるのは大変貴重で、非常に興味深い展示になっています。ぜひ現地で体感してください。

ー 準備をしていくなかで、一番、ご苦労されたことは何ですか?
本多
 写植は1970年代から2000年前後まで使われていたため、現在も当時現役で使っていた人がたくさんいる、「それぞれの経験が現代に残る、まだ生きている歴史」とも言えます。そのため、さまざまな視点があり、客観的な展示をするさじ加減が難しかったです。

ー 私達モリサワで展示等を行うとどうしても主観が入ってしまうところがあるため、客観視された展示は非常に勉強になりました。モリサワの中にも、当時の写植に関わっていた人が在籍しています。

本多 そうですよね。そういった人たちがいて、その方々にとっては「写植」というのは日常にあるものだったと思います。
あまりにも当たり前だったため、例えば「版下はんした」といった印刷物の中間生成物はあまり残っておらず、それも今回の展示を準備する際に困ったことの一つでした。もっと日常的に行われていた写植についても展示を行いたかった部分があります。

ただこういった展示を行うことで、ご意見をいただいたり、新しい発見があったりと、また次へと発展することも多くあります。今回がきっかけになって、また新たなアーカイブになっていくと良いなと思っています。

「写植のはじまり」ー 2つの展示

ー 今回の展示の中で、見どころを教えてください。
本多
 ギャラリートークなどで見どころと紹介しているのは、「模型」と「初期の写植機」の2つです。
(全景写真)

本多 ひとつは、1924年に写真植字機の特許を出願するにあたり製作した試作模型です。モリサワから門外不出だったものを、印刷博物館だからこそお借りすることができました。
写真などで何度か見たことはありましたが、実物を見るとこんなに小さいんだと驚きでした。

普段は大阪にあるモリサワのショールームで展示していますが、東京で見られる機会は滅多になく、外部に貸出を行ったのも今回が初めてです。

本多 もうひとつは写研さんからお借りした初期の写植機。このふたつが写植のスタート地点といえるもので、今回揃って展示できるのは本当に嬉しいと思っています。

本多 このふたつについては、どの場所に展示するかについてもかなり悩みました。最終的に、象徴的になるように各コーナーの中央に展示しました。それぞれ各コーナーを見たら、模型と初期の写植機とが最初に正面に見えるようになっています。

写植がもたらした変化

ー 印刷博物館では印刷の歴史を見ることができますが、その長い歴史の中で「写真植字」の位置付けや役割はどういったものだったと思われますか?
本多
 写植の登場は、グラフィックデザインが変わる大きなきっかけであったと思います。
昔の、例えば美人画のようなポスターでは「文字」といえばデザインの中では添え物で、絵や図が中心でそこにタイトルや説明をつけるための補助的な役割でした。
しかしオフセット印刷では、レタリングや活字ではない「文字」を印刷の中で扱えるようになり、「文字」をデザインの中に取り込むようになりました。
文字自体のデザイン・書体にもバリエーションが出てきて、それを加速させたのは間違いなく写植ですね。

写研フォントのリリース

ー 今年は写研フォントがモリサワから提供開始となります。
本多 楽しみですね! 写研の書体を懐かしむ声ももちろんありますが、写植を使ったことがない人たちには新しい書体として迎えられるのではないでしょうか。
写植時代の書体たちを、温故知新というか、「新しい」と感じて使用する世代のひとたちが出てくると思います。

「写植」という技術・手法はコンピューター時代の到来によって変遷しましたが、そこで使用されていた書体は現在も多くの人々に利用されています。2024年からリリースされる写研フォントについても、ぜひご注目ください。

写真植字の技術は発明から100年になりますが、実際に使用されていた時期は印刷全体の歴史から見ると非常に短く、かつ意外と最近まで使用されていました。まだ完全に歴史になりきっていない「生きた歴史」である写真植字の百年を、ぜひこの機会にご覧ください。

印刷博物館のイベント情報

講演会「写植発明の歴史──メディア、言語、社会」

日時:2024年10月26日(土)
会場:15:00~17:00 / オンライン配信 15:00~16:30
講師:阿部卓也(愛知淑徳大学創造表現学部准教授)
Zoomウェビナーお申し込みはこちら(オンライン)外部リンク
※会場参加は定員に達したためお申し込みを終了しました

写真植字機デモンストレーション「MC-6 型(2024)」

日時:11月16 日(土)11:00~11:30、13:30~14:00
   11月30 日(土)11:00~11:30、13:30~14:00
場所:印刷博物館企画展内「 MC-6 型(2024)」展示前
定員:各回20 名(先着順、当日会場受付)
参加者の中から当日会場での抽選で、MC-6 型(2024)での印字体験ができます。