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写研フォントってなに? 知って使えばもっと楽しい書体の背景

いよいよ2024年10月15日に、写研フォントの提供が始まります。
Morisawa Fontsでは新書体として提供されますが、どの書体も実は数十年の歴史を持っています。今回はそんな写研フォントの歴史やバックグラウンドを、動画やWebページへのリンクを交えながらご紹介します。背景を知ることで、書体選びがさらに楽しくなること間違いなしです!

なお、今年度リリースされる写研フォントの概要を簡単に知りたい方のために、2分ほどの紹介ムービーをご用意しています。


1. 写研フォントってなに? 

写研フォントとは、株式会社写研(以下写研)が作った写真植字用の書体を元に、モリサワと写研が共同開発したOpenTypeフォントのことです。写研の書体は1970年代から2000年前後にかけて盛んに使われていたものの、これまで専用の組版システムでしか利用できませんでした。今回のOpenTypeフォント化によって、写研書体がPCやタブレットのような一般的なデバイスでもお使いいただけるようになります。共同開発に至った経緯や写研という会社そのものについては、次の「写研ってなに?」で詳しくご紹介します。

2024年にリリースされる写研フォントは、以下の合計43フォントです。

これらのフォントを提供するにあたり、書体の性質にあわせて二種類の開発アプローチを採用しました。二種類のフォントを、「改刻フォント」「写研クラシックス」と呼んでいます。以下ではそれぞれの特徴やコンセプトをご紹介します。 

改刻フォントってなに?

写研の本文用書体を参考にしながら新規にデザインし直した(改刻した)ものです。オリジナルの「石井明朝」や「石井ゴシック」は、いずれもその優美さや完成度の高さで今なおファンの多い書体たちです。改刻フォントではそうしたオリジナルの優美さを残しつつ、現代の環境や用途に適した調整を行うことでより成熟度を高めています。

改刻フォントの設計思想や実際の作業内容については担当デザイナーが動画やnoteでご紹介しています。オリジナルの石井明朝や石井ゴシックがどういう書体だったのか、改刻とはどのような作業なのか、どういう姿勢で担当デザイナーが改刻に取り組んだのかをご覧いただけます。

また、石井ゴシックの改刻についてはABEMAニュースでも取り上げられ、作業の一部をご覧いただけます。写研書体や写研についても解説されており、担当記者の方のわかりやすくも熱意あふれる語り口が印象的です。


写研クラシックスってなに? 

写研の見出し向け書体をできるだけ当時のデザインそのままに再現したものです。写研の見出し書体群は個性豊かで、現在目にするさまざまなデザイン系・見出し向け書体の源流の一つとなっています。写研クラシックスではこうしたオリジナルの個性をそのままOpenTypeフォント化するため、写真植字用書体として使われていた1970年代から2000年ごろの雰囲気そのままにお使いいただけます。

写研クラシックスの設計思想や開発プロセスをnoteでご紹介しています。どんな書体が提供されるのか、当時のデザインをそのまま再現するためにどういった作業を行っているのか、気になる方はぜひご覧ください。

以上、主にデザインや開発プロセスについて焦点を当てた写研フォントのご紹介でした。 改刻フォント・写研クラシックスの仕様については、フォントのリリースに合わせて公開されるMorisawa Fontsサポートページをご覧ください。


2. 写研ってなに?

写研の書体をOpenType化したものが、今回リリースされる写研フォントです。では、その写研とはどういった会社なのでしょうか。OpenTypeフォント化に至った経緯と合わせてご紹介します。

100年前の1924年、モリサワの創業者である森澤信夫と写研の創業者である石井茂吉氏は、邦文写真植字機の特許を共同で申請しました。ふたりは特許申請以前から写真植字機を共同で開発しており、特許取得後もそれぞれの得意分野を活かして写真植字機の改良を重ね、実用化に至りました。画像は写真植字機開発に取り組む当時のふたりを写したものです。

左:石井茂吉氏 右:森澤信夫

写真植字機とは、写真の原理を使って文字組みをする機械のことです。文字の大きさとデザインの数だけ活字を必要とする活版印刷が主流だった当時において、この発明は画期的で、日本の文字と印刷業界の歴史を変えた大きな出来事でした。写真植字機実用化のしばらく後、森澤信夫は独立して大阪で株式会社モリサワを、石井茂吉氏は東京で株式会社写研を立ち上げます。写真植字技術の普及とともにそれぞれが事業を発展させ、ビジネスの上で大きな競合となりました。写研の生み出した書体は、当時印刷出版物を中心に多くの文字組シーンを彩りました。DTPの普及とともに写研書体は活躍の機会を減らしたものの、そのデザインの優美さと多様さは、今なお多くのファンを魅了しています。

また、写研は広く書体のデザインを募る「石井賞創作タイプフェイスコンテスト」を開催し、このコンテストからもさまざまな書体デザインのバリエーションが誕生しました。 

その後2019年に、モリサワと写研のやりとりが再開します。書体業界の国際的なカンファレンスが東京で開かれ、モリサワがカンファレンス内で講演するにあたり、写研に資料の提供を依頼したことがきっかけでした。 対話を重ねる中で文字文化の継承という共通の思いが合致し、今後も写研書体が広く利用されるようOpenType化に取り組むことに合意しました。   

100年前に共同で写真植字機を発明したふたり。それぞれの起こした会社は、こうしてOpenTypeフォントの共同開発に至ったのでした。

株式会社写研についてもっと詳しく知りたい方は写研アーカイブをぜひご覧ください。写研が公開しているサイトで、写研の歴史や当時の資料、OpenTypeフォント化されていないものもふくめた写研書体の一覧などを見ることができます。


3. 写真植字ってなに?

写研フォントや写研について説明する際に「写真植字」「写真植字機」という言葉を何度か使ってきました。最後にこれらの指すものについて改めてご紹介します。

「写真植字」は、写真の原理を使って文字を印画紙やフィルム上に焼き付けることで文字組みをする技術で、「写真植字機」はこの技術を実現する装置です。DTPが普及する以前の1960年代から2000年前後まで、写真植字は商業印刷分野を中心に盛んに使われていました。

写真植字機の発明から長い間、手動写植機が使用されていました。写真植字の名の通り、下の画像のように文字が並んだガラスの文字盤にレンズの焦点を合わせ、一文字ずつ撮影することで文字を組んでいきます。

その後技術が発展すると、書体のデジタルデータを元に文字組を行う電算写植機も登場し、それまで金属活字を使った文字組が主流だった書籍の本文組にも写真植字が進出していきます。以下に掲載しているのは、モリサワの手動写植機の人気機種MC-6型と初期の電算写植機ライノトロン202Eです。

左:MC-6型 右:ライノトロン202E

こうした手動写真植字機用の書体制作や電算写真植字機用のデジタルデータ制作のノウハウが、その後モリサワがフォントメーカーとしてDTPに進出する際の基礎となりました。
このほかにも、写真植字が日本語デザインにどのような影響を与えたかを動画やnoteで公開しています。現代までつながる文字表現のルーツを知りたい方は、ぜひご覧ください。

また、邦文写真植字機特許申請から100周年を迎えるにあたり、モリサワは「邦文写真植字機発明100周年」特設サイトを公開しています。サイトでは写真植字機の歴史や仕組みがより詳しく説明されています。動画も豊富なため、実際に動く姿を見ていただくとグッと理解が深まります。


4. もっと詳しく知りたい人のために

ここまで、動画やモリサワ公式サイト、公式noteと合わせて写研フォント、写研、写真植字とは何かをお伝えしました。「もっと写研や写真植字について知りたい!」と思った方には、以下の書籍や展示、Webの連載記事をおす
すめします。

印刷博物館企画展「写真植字の百年」展

写真植字の歴史、役割、仕組み、書体デザインについて、実際の写真植字機の展示やインタビュー映像も交え紹介する企画展です。モリサワと写研も資料や機械の展示に協力しています。ここでしか見られないものもあるため、ぜひこの機会にご覧ください。会期は2024年9月21日(土)から2025年1月13日(月・祝)です。

『杉浦康平と写植の時代 光学技術と日本語のデザイン』

本記事内でも何度かご紹介した「Font College Open Campus 12 日本語デザインを変えた技術 発明100年に1から知りたい写植の話」の登壇者、阿部卓也氏による写植時代のあれこれを網羅的に論述した研究書です。Font College Open Campusでは語られなかった話も多く、杉浦康平氏による詰め組の実践や森澤信夫と石井茂吉氏のドラマをめぐる記述は必見です。

【連載】写植機誕生物語 〈石井茂吉と森澤信夫〉

マイナビニュースのシリーズ記事です。書物や文字、グラフィックのデザインに関する書籍を数多く手掛ける著述家・雪朱里氏による連載で、モリサワ・写研それぞれの創業者である森澤信夫と石井茂吉氏の歴史が題材です。写真植字機の開発に取り組むふたりの姿が詳細に描き出されています。以下リンクでのインデックスは最新記事順に並んでいます。



写研フォントは2024年に新たに提供されるフォントでありつつ、リリース前から豊かな歴史を持ったフォントたちです。今回ご紹介したような背景を知ることが、新しいデザインへのインスピレーションにつながれば幸いです。また、2024年にリリースの43フォントを含め、合計100フォントのリリースが今後計画されています。引き続き写研フォントの展開にご注目ください!

※掲載画像訂正のお知らせ(2024年10月10日 更新)
「写植技術の歴史」の画像を更新しました。