写研書体の開発プロジェクト “至誠通天” 受け継がれる石井書体
邦⽂写真植字機の発明100周年の節⽬となる2024年に、写研書体がOpenTypeフォントとしてリリースされます。
2021年1月のプロジェクト発表を受けて、古くから写研、モリサワの書体に触れてきた方々から多くの反響をいただきました。
そして2022年11月24日、写研書体3ファミリーを改刻し、リリースすることを発表しました。
発表の舞台となったのは、2022年11月に行われた展示会「IGAS2022 国際総合印刷テクノロジー&ソリューション展(以下IGAS2022)」。モリサワブースに設けられた「MojiTubeスタジオ」からオンライン配信を行い、全体監修を務める有限会社字游工房の書体設計士・鳥海修さんと、改刻を担当した同じく字游工房のタイプデザイナー・伊藤親雄さん、モリサワの原野佳純さんにプロジェクトにかける思いを語ってもらいました。
待望の石井書体デジタルフォント化 再び共に歩むモリサワと写研
このプロジェクトは、石井書体を保有する写研と、モリサワ、字游工房の3社による共同の取り組みであり、石井書体とは写研の創業者である石井茂吉氏が開発した書体です。
1924年、モリサワの創業者である森澤信夫と石井氏が、邦文写真植字機を発明。その後、それぞれがモリサワ・写研として独立してからは、両社は東西に別れ、日本の文字と印刷業界を牽引する企業として躍進を遂げました。
2019年、ATypIという国際的な書体カンファレンスに際し、モリサワが写研に資料提供の依頼をしたことがきっかけで、両社のやりとりが再開。「文字文化の継承」という共通した想いにより、写真植字機発明100周年の節目である2024年に向け、写研の保有する書体をモリサワがOpenTypeフォントとして開発を進めていくことが決定しました。
今回改刻を発表した石井明朝・石井ゴシックは写真植字機開発後の昭和初期に完成し、その後印刷書体として広く親しまれてきた、写研を代表する書体です。特に石井明朝は筆書きのニュアンスを残した伸びやかで柔らかな書体で、石井氏が自ら筆で書いて制作したもの。現在においてもデジタルフォント化を希望する声は多く、写研からも「石井書体は、当社においても書体の開発思想の根幹となっています」とのコメントが寄せられています。
「この改刻は “継承” 」今の時代へ繋ぐ石井書体の美しさ
石井書体は、明朝はL/M/B/Eの4つのウエイト、ゴシックはL/M/D/B/Eの5つ、その他にも丸ゴシックや楷書体、教科書体なども合わせると漢字書体だけでもその数は19書体。当時、石井氏は社長業を営みつつ、写植機の設計にも携わりながら、これらの書体制作をほぼ一人で成し遂げました。
全体監修を務める鳥海さんは、中でも最も印象深い書体に「石井細明朝」を挙げました。石井細明朝は「諸橋大漢和」と呼ばれる大修館書店の大漢和辞典に採用された書体で、親字となる見出しの漢字は47,000字余り。第二次世界大戦前に金属活字を利用して制作が進んでいたこの大辞典をなんとか写植でつくり直したい、という大修館からの熱烈なオファーを受け、3度目の依頼でようやく制作に臨んだ書体です。
鳥海さんは1979年に写研へ入社し、書体づくりのノウハウを培ってきました。この諸橋大漢和の話は「三顧の礼」として語り継がれたエピソード。金属活字とは異なり、手書きによってつくられた石井書体の滑らかな曲線がもたらす美しさに魅了されたといいます。また、入社当時は思うような線が引けず、先輩たちが次々に文字を生み出す様子に驚愕したとのこと。「先輩たちからは石井書体は特別だという思いをたびたび聞かされて、石井書体に対する尊敬の念、畏怖の念のようなものが次第に染みついていった」と、当時を振り返ります。
その後、鳥海さんは1989年に独立し、字游工房を設立。これまで積み上げてきた40年以上キャリア、そして根底にある写研や石井書体への想いが、今回のプロジェクトを支えています。「私は、写研書体の復刻というのは “継承” であると思っています。全く変えないということではなく、良いところを残しつつ、今の時代にあった形で修整しながら次に繋いでいくこと。この世界に入って培われたノウハウをできるだけ活かし、良い書体を良い書体として今の時代に残せたら幸せなことだと思います」
どこまで残し、どこまで直すか——改刻の難しさ
石井明朝ニュースタイル大がな・オールドスタイル大がなについて
石井書体は、ウエイトによってそれぞれの骨格が異なっていたり、デザインのテイストが異なっているものがあります。「石井明朝ニュースタイル大がな・オールドスタイル大がな」は、石井明朝ファミリーの中でもより完成度が高く、ユーザーからも広く人気を集めた「石井細明朝」をベースに改刻が進められました。
コントラスト(横線の太さ)に関しては、ウエイトLは本文用途を想定し、小さくても読みやすいようにオリジナルのウエイトよりも少し太く設計されています。また見出し用途で用いられるウエイトEは大きな文字でもエレガントに見えるよう、オリジナルよりも少し細くしました。
その他にも、アウトラインの乱れや線の太さ(黒み)、字面の大きさ、エレメント、アキの広さなどを整え、文字によってバラつきが出ないように1文字ずつ調整が進められています。
また、大きな特徴の一つが「角丸処理」です。これは、交差部分の角を少し丸めることで、写植機で印字した際に生じる滲みを再現したもの。写植独特の風合いを再現するための工夫です。漢字に限らず、かなに関しても同様に、形の歪み、太さのバラつきなどを確認しながら、一文字ずつ調整を施しています。
開発を担当する伊藤さんは「オリジナルが元々持っているイメージや印象はそのままに、一方で書体としての成熟度や完成度を高めた姿が改刻版となっています。石井明朝らしさを残しつつ、現代にとってより良い姿になるように開発を行っています」と語ります。
石井ゴシックについて
「石井ゴシック」の漢字は、本文から見出しまで汎用性が高いものになると判断し、石井中ゴシックの骨格をベースとしました。
石井ゴシックはストロークの抑揚が大きな特徴の一つ。とはいえ、抑揚を強くつけすぎても尖った印象になってしまうため、強すぎるところは少し控えめになるように見直しを行いました。手書き由来の柔らかい印象を保つため、縦画や横画のストロークは完全な直線に見えるところをなるべく無くすように調整しています。
石井ゴシックのかなは、石井太ゴシックを全体の骨格のベースにしつつも、細いウエイトに関しては、本文向けに使用しやすいよう、石井中ゴシックの要素を取り入れることに。漢字以上にウエイトによる印象の違いが大きかったため、担当チーム内でも何度も議論が交わされました。
原野さんは主にかなの改刻を担当。「組んだ時の見え方のバランスを考慮して、細部の形や太さを整えつつ、手書きでデザインされたからこそ生まれた特徴を削ぎ落としすぎないように、機械的な印象にならないように取り組みました」と語りました。
石井書体がもつ独特の風合いを保ち、現代の利用シーンに合わせてより良いフォントになるよう検証を重ね、細かな調整を繰り返しながら、プロジェクトが進められています。
ご登壇いただいた鳥海さん、伊藤さん、原野さん以外に担当するタイプデザイナーも、今回の改刻によってフォント業界が新たな盛り上がりを見せてくれればと期待を込めながら、一丸となって取り組んでいます。
最後に鳥海さんは「金属活字の後、写植時代を築いてきた写研書体。写研とモリサワへの感謝を胸に、石井書体を通して書体設計とは何かを教えてくれた多くの方々への期待を裏切らないように、真摯に向き合っていきたい」と意気込みを見せました。
石井氏の信条 “至誠通天” にならって
本プログラムのタイトルにも使われている「至誠通天」という言葉は、「努力を惜しまず誠実にことにあたれば願いは天に通じる」という意味で、これは石井氏の信条だということです。
どんな小さなこともいろいろな角度から検討し、写植に最適な文字を晩年まで追い求めた石井氏にならい、私たちも時間をかけながらこの時代にあった改刻版の石井書体とは何か模索しながらも、開発を3社共同で取り組んでいます。
皆さまに石井明朝ニュースタイル大がな、オールドスタイル大がな、石井ゴシック、この3ファミリーをお届けできるよう制作を進めて参ります。
今回ご紹介した内容はYouTubeでさらに詳しくご覧いただけます。
また、今回リリースが発表された3ファミリーはモリサワのサブスクリプションサービス「Morisawa Fonts」で利用できるよう計画されており、ウエイト展開などの詳細は、順次ご案内します。
今後もこの一大プロジェクトにどうぞご期待ください。(担当:A)