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2つの表情を持つ書体「解ミン」「小琴」 〜かなが生み出すニュアンスの魔法〜

今回は「解ミン 宙・解ミン 月」と「小琴 京かな・小琴 遊かな」という、同じ漢字やアルファベットを持ちながら、ひらがなとカタカナだけが違う書体について、デザインの特徴から制作秘話まで紹介します。

1. 書体の分類とかな

書体を分類するには色々な方法があります。
例えば、赤のアリスの記事で紹介したような、  “デザイン” によってジャンル分けすることもあれば、フォントの情報(例えば “文字セット” など)で分けることもあります。
そんな書体の分類方法のひとつに、和文書体(総合書体)かな書体という分け方があります。

和文書体(総合書体):かな、漢字、英数字、記号類が含まれる書体。
かな書体:かなと一部記号のみで構成された書体。漢字は含まれていない。
※ここでいう「かな」は、ひらがなとカタカナをまとめて指します

日本語の書体と言われてパッと思い浮かべるのは和文書体(総合書体)のほうではないでしょうか。ここまで読んでくださったみなさん、正直こう思いませんか?
 “かな書体ってなんであるの?” と...

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新ゴとかな書体を合わせてみました。もしできれば、一行ずつ指で隠しながら見てみてください。 “同じ漢字を使った同じ文章のはずなのに、表情が違う” と感じませんか?かなを変えるだけで、文章の雰囲気を変えることができるって、なんだか魔法みたいですよね。

新ゴの例のように、ひと目見て違いがわかるものもあれば、 “細かなニュアンス” を表現するために作られたかな書体もあります。

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リュウミンとそれに合わせて使うことを想定して開発されたかな書体を合わせて同じ文章を組んでみました。

リュウミン 小がなは通常のかなより少し小ぶりに作られていて、漢字とかなの対比が強められるので文章の可読性が高まります。リュウミン オールドかなは、活字をベースにして作られた流麗な筆書きのスタイルで、穏やかで優美な演出に最適です。

繊細な違いですが、それによって使う人が表現したい細かなニュアンスやニーズに応えることができることもかな書体の強みです。

さて、かな書体を例にかなの大切さについて紹介してきましたが、ここからが今回の本題。
 “かなの魔法” のいいとこ取りをした、和文書体を紹介していきます!

書体には、和文書体でありながらかなだけが違う、いわば兄弟が存在する書体があります。漢字や英数字、記号は共通ですが、かなだけが違うことから、かな違い書体と呼ばれることもあります。秀英角ゴシックなどはその一例ですね。

note_小琴解ミン_秀英

今回はそんなかな違い書体から「解ミン」「小琴についてご紹介します。

2. 隷書と明朝体のハイブリッド「解ミン」

解ミンは明朝体に隷書の筆の流れを取り入れたデザイン書体で、宙(そら)月(つき)の2つからなるシリーズ書体です。モリサワのライブラリの中でも人気があり、街中でもよく見かけます。

明朝体の端麗な表情に隷書の特徴が織り交ぜられ、さらにウロコや画線に丸みを持たせることで、優雅でおだやかなたたずまいに仕上がっています。

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デザインの元になっている隷書とは篆書(てんしょ)を簡略化し、書き文字にしたと言われる書体で、紀元前200年頃から中国で使われていたものです。

note_小琴解ミン_比較

扁平な字形と、横画の終筆部分や左右のはらいの部分が三角形状になっている波磔(はたく)が特徴です。
解ミンでは隷書らしさを出すために波磔をとり入れたり、冠や画線の始筆部分に重みを持たせたりしています。

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・宙と月の違い

それぞれをシンプルに表現すると、宙は活字の筆の運びを感じさせるかな、月は隷書の風合いが強いかなです。

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まず宙は、活字時代の筆の運びを感じさせる骨格に、ふくよかな肉付きと丸みが特徴のかなです。優雅な佇まいで、明朝体ではちょっと堅いなという時に最適な書体です。

月は、隷書のニュアンスをよりしっかりと取り入れているかなです。上品でやわらかな印象を与えることができ、見出しやタイトルなどに適しています。
隷書にならって運筆の抑揚を抑え、水平を意識したデザインになっています。そして、波磔を意識したふっくらと流れるようなハライが読み手の視線を誘導し、スムーズに読み進められる効果もあります。

実際に解ミン2書体と明朝体、隷書体を並べてみました。いかがでしょうか。

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・制作秘話

解ミンの大きな特徴になった隷書の要素ですが、実はデザインをまとめる上で苦労した部分でもあります。
それは、隷書風のかなを作成すること。元とする隷書は中国由来、つまり漢字のみでかなが存在しません。そのため、ほぼ創作で “隷書らしさ” を取り入れたかなを作成する必要がありました。 “らしさ” を追求しながら違和感のないデザインに落とし込むために、様々な試行錯誤が重ねられ、いまの解ミンが出来上がりました。

名前の由来ですが、「解」は原作者の方の屋号から、「ミン」は明朝体からとったものです。宙と月は、最初に原作者の方の希望で宙が決まり、それに響きが合いそうなものとして月が選ばれました。

このように、書体の名前を決める際にはデザインのイメージや音の響き、その書体で組んだ際の印象の良し悪しなども判断材料になっています。

・解ミンの強み

そんな解ミンは2013年のリリースから現在、駅貼りのポスターや食品のパッケージ、webのバナー、書籍や雑誌の表紙などさまざまなシーンで使われる人気書体となりました。その人気の理由の一つに、 “解ミンのデザインの展開力” の強さがあります。

note_小琴解ミン_解ミンウェイト

ここまでに紹介した「隷書という新しい要素」「風合いの違う2 種類のかな」に加えて、「R・M・B・Hの4ウエイト展開」もポイントです。これによって、本文からポスターの大見出しまで幅広く扱える書体になっています。

明朝体ほど堅くなく、筆書体ほどかしこまっていない。かと言って見出し専用のデザイン書体というほど派手でもなく、ちょうどよく和の風合いを演出できるのが解ミンの特徴です。

3. ぬくもり感じる手書き書体「小琴」

つづいて、2019年にリリースされた京かな(きょうかな)遊かな(ゆうかな)という2つのかなを持つ小琴についてご紹介します。

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力の抜けた優しい風合いの筆書系デザイン書体で、可愛らしくアンバランスな骨格と、始筆・収筆部に丸みのあるエレメントが特徴です。

赤のアリスの記事で、デザイン書体は道具を参考につくることもあると紹介しましたが、この小琴シリーズも、デザイン原案で使用された “ある道具” によってその特徴が生み出されています。

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その道具とは、 “溝引き用のガラス棒” 。実はこのガラス棒自体は筆記具ではなく、筆で直線を引く際に使われるあくまで補助用具のようなものです。先の丸いガラス棒に墨をつけて作字することで、今までの書体にはない独特のエレメントや風合いが生まれました。

・京かなと遊かなの違い

それぞれの特徴をシンプルに表現すると、京かなは丁寧な筆遣いのかな、遊かなは楽しく自由なかなです。

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京かなは、ゆったりとした運筆で丁寧に書かれたかなです。レトロで素朴な雰囲気を演出します。
遊かなは、軽やかで親しみやすい表情のかなです。漢字に比べて小ぶりに設計されていて、文章に明るく楽しい印象のリズムを与えることができます。

・2つのかながあるワケ

小琴は最初に漢字のデザインが完成しました。その理由は先ほど説明した、道具の特徴に由来します。墨をつけるガラス棒の先端には、筆にみられる穂首(ほくび)のような、筆圧をコントロールする部分がありません。
そのため、しなやかなカーブを再現する事がとても難しく、カーブの少ない漢字からまずは着手することになりました。

約4000字の漢字が完成した後、かなのデザインについて試行錯誤を繰り返し、いくつかのテイストのかなが生まれました。その中でチームで話し合いを重ね、最終候補として2つのデザインが残りました。

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残った2つのデザインはどちらも漢字に合っていて捨てがたい!と悩んだ結果、「かなを変えて2種類にすればいいのでは…?」という結論に至り、タイプの違うかなを採用した書体として、小琴 京かな小琴 遊かなが誕生したのです。

・小琴命名秘話

実はモリサワでは書体名が最初から決まっていることは稀で、開発中書体の多くはコードネームのような仮の名前で呼ばれています。
小琴は当初「あかつき」という名前でしたが、リリース前に改めて書体のコンセプトや雰囲気を検討した際に、京風な、ひかえめだけど洒落ているような名前という方向性で候補が出されました。音の響きが良かったことと「小」「琴」という文字そのものにも書体のデザインの良いところが出ているというのが決め手となり、「小琴」という名前に決定しました。

・デザイナー的「小琴の隠れ推しポイント」

最後に、小琴の開発に携わったデザイナーが選ぶ「小琴の隠れ推しポイント」をご紹介します!

note_小琴解ミン_小琴欧文

ずばり、欧文と数字がセミイタリック調になっているところ。丁寧な作風でありながらも、わずかに走り書き風の角度をつけることで、2つのかなのテイストと調和が取れるデザインとなっています。また、非漢字のイメージを元に作成された記号の「⭐︎」と「♪」が可愛くてお気に入りとのことなので、みなさんもぜひ使ってみてください。

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小琴は和を演出することが得意な筆書系デザイン書体ながら、エレメントが筆とは一味違う丸みを持っていて、はんなりとした可愛らしさを表現できます。食品や和風なパッケージの雰囲気作りにはもちろん、優しい肉声感を演出できるため、「ひとことコメント」のような心の声やつぶやきを取り入れたい時にも最適な書体です。

4. おわりに

いかがでしたか?
 “かな違い書体” は、かなのバリエーションによって書体の特徴を最大限引き出しているとも言えます。漢字かな混じりの文をつかう日本ならではの書体展開です。ぜひ、用途によって使い分けてみてください!

また、今回の記事で紹介した小琴が掲載されている見本帳がもらえるキャンペーン(先着順)が間も無く締め切りです。10月23日(金)まで。ぜひご応募ください!

最後までお読みいただきありがとうございました!これからも様々な書体の裏話を添えて、みなさんにもっとフォントを好きになっていただけるような記事をお届けしていけたらと思います。(担当:Y)


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