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多言語の組版ルール【繁体字編】第1回 繁体字の基本と組版

多言語の組版ルールをご紹介している本連載。今回からは、繁体字 はんたいじに関する知識を全2回にわたりお送りします。

繁体字と共通点も多い、簡体字の組版ルールはこちらからご覧ください。

繁体字の成り立ち

繁体字は中国語の表記に使用される文字で、「正体字」とも言われます。漢字が簡体字として省略化される以前は、中国大陸でも使われていました。

一見すると日本の旧字体にも似た伝統的字形を持ちますが、両者は微妙に違います。 もともと木版印刷などが登場する以前、漢字は手書きでやり取りされていたため、ひとつの漢字に複数の異体字がありました。
しかし、活字を使うようになると、手書きで通用していた複数のバリエーション(異体字)をすべて網羅することが難しくなり、そこで、使用頻度の高い字形に集約されるようになったのです。

18世紀前半(清朝期)に編纂された『康熙字典 こうきじてん』は12集42巻から成り立っており、それまであった歴代の字書を含めた集大成となっています。木版印刷が使われており、実に47,000字あまりの漢字を楷書の部首画数順に配列して編纂しています。
この『康熙字典』は、現在でもおおむね漢字の原型が収録されている辞書(字書)として知られており、日本でも漢和辞典の並び順が似ていたり、Unicodeの漢字コード配列順に採用されるなど、漢字を学ぶ上では欠かせない字書と言えるでしょう。ちなみに、『康熙字典』はこれまでに何度か版を重ねて印刷されているため、年代によって字形が違っています。

日本語の旧字体と繁体字はほとんど似た字形を持っています。一方、新字体と簡体字も共通する字形を持ちますが、簡体字の方がより省略化されているものになっています。

繁体字を使用する国と地域

繁体字を使用するのは、台湾と香港、マカオが中心です。その人口数だけを比べてみれば簡体字に及びませんが、強い経済力を持った地域で、日本から見れば来日観光客の一翼を担うインバウンド効果も見込めるため、見逃すことはできません。
現在、繁体字の字形に関しては、台湾が「常用國字標準字體表」(別名:甲表、4808字)を公布し、香港が「常用字字形表」(4762字)として公布しています。
同じ繁体字でも二つの標準字形が存在するような印象を受けますが、その「標準」字形はあくまで教育現場などに使われており、普段使われている字形は自由度が高いため、台湾と香港の漢字の違いは気にしなくても構いません。

なお、台湾と香港、マカオでは話す言葉が違います。
台湾は中華民国が公用語としている「国語」 (標準中国語、台湾華語)で、中華人民共和国が使っている「普通話」とは異なる発音や語彙をもつ部分があります。
一方、香港やマカオは広東語が中心です(現在では教育や企業活動で中華人民共和国の国語もよく使われますが、日常会話は広東語という人も少なくありません)。
中国語を軸に異なる言語を使う国と地域ですが、それを文章化するときに使うのは、共通の繁体字であるというわけです。

繁体字の入力

繁体字をコンピューターで文字入力する場合は、簡体字と同じくピンイン入力を使います。
しかし台湾では、発音を記号に落とし込んだ「注音」(ㄅㄆㄇㄈ・ Bopomofoボポモフォとも呼ばれます)と「倉頡そうけつ」があり、「注音」で入力される場合が多いようです。
注音符号は、中国語の漢字の発音を表わすもので、漢字の発音を学ぶためのものです。特に台湾では、言葉を最初に学ぶ幼稚園から小学校低学年で習います(その成り立ちは日本語の「あいうえお:五十音」に似ています)。
台湾製の辞書や語学学習教材には注音符号がルビとして振られていることも多いのですが、日本人にとってはなじみが薄いので、繁体字フォントを使ってピンイン入力することで、正しい字形を持った文字を表示することができるでしょう。

言語、文字の基本

組版で使用する文字

日本語と繁体字中国語で大きな違いは、句読点の位置や約物の使い方です。特に句読点の位置は、文字の中央に配置されている文章を見たことがある人も多いでしょう。
下図の通り、日本語フォントにある上付き文字や分数用数字、天気記号、省略記号などはなかったり、あるいは種類が少ない、またはひとつのUnicode番号にそれぞれの言語に対応する文字や記号が割り振られているケースが多いので、日本語のドキュメントを中国語に翻訳して組版する場合は注意する必要があります。
繁体字の文字コードは、台湾では「Big5」、香港では「Big5」をベースに拡張した「HKSCS」が使われ、現在まで拡張されてきました。
ただ、Unicodeで扱う場合は、漢字部分は基本的にCJK統合漢字として扱うことから、地域で区分されておらず、最終的には扱うフォントによって字体が異なることになります。

使われる書体の種類と印象

台湾での教科書や公文書の印刷には、漢字の標準字体である「国字標準字体」が使われます。
一方、商業印刷や出版では、漢字に対する感覚が比較的自由なため、厳密な国字標準字体の字形を使わないことが多く、同じ文字でも書体ごとに違う字形になっていることがよく見受けられます。

繁体字の代表的な書体は明体/宋体(明朝体)、 黒体(ゴシック体)、楷体(楷書体)の3種類です。
ちなみに、いわゆる明朝体のことは台湾では「明体」、香港では「宋体」と呼ばれています。
繁体字は簡体字に比べて画数が多いので、ウエイトが太い書体を選ぶと読みにくくなります。
逆に、大きなフォントサイズで見出しとして使うと、よく目立ち、人目を引きます。
楷体は公文書で組まれることが多い書体で、本文や見出しなどに万遍なく使われますが、雑誌などの現代風なデザインを求める出版物ではあまり使われません。

明体は日本語書体の明朝体にあたります。クラシックな印象ですが、ボディサイズが大きいと現代的に見えます。
画数が多い繁体字で本文やキャプションを黒体にすると、文章が読みにくくなるので、できるだけウエイトが細いものを選びます。ウエイトが太いものは、人目を引く見出しやPOPに最適です。


さて、ここからは繁体字に関する具体的な組版ルールを見ていきましょう。

組み方向と文字の揃え

本文組みは簡体字と異なり、縦組みと横組みのいずれも利用されます。学術論文などは横書きが多く、新聞や一般の本・雑誌はよく縦書きで組まれています。
行揃えは「両端均等揃え」がベースになっており、文字揃えは仮想ボディの中心を基準に組みます。この考え方は、日本語とほぼ同じと考えてよいでしょう。

一般的な文字サイズと字間

繁体字は日本語や簡体字に比べても画数が多く、字面の黒みが強いので、あまり小さな文字にしてしまうと可読性を損ねてしまいます。ボディサイズも小さめに設計されていることが多いようです。おおむね、日本語組版で使う文字の大きさの1.2~1.5倍程度の大きさを想定するとよいでしょう。
字間もベタ組みが多いのですが、文章量によっては少しアケて組むことで可読性が上がります。
また、文字サイズの単位は簡体字と同様に、Adobe InDesignやIllustratorが普及した現在では、活字時代の「号」ではなく「ポイント(pt)」が使われることが多くなっています。

同じサイズの文字ですが、和文フォント(UD新ゴ)と比べるとボディサイズがかなり違うことがわかります。

行間と段組み

行間や段組みとしての考え方や組版設計については、日本語の組版ルールを踏襲しても基本的には問題はありません。
異なる点といえば、画数の多い繁体字のみで文章が構成される点となり、全体的な文字の黒みが強くなるという傾向が出るため、あまり密集した状態にはならないような考慮は必要になるでしょう。1行の長さがあまり長くなりすぎないこと、行間や段間は多少余裕を持たせて版面設計を行うように心がけてみましょう。

字下げとインデント

段落の起こし部分は、簡体字と同じく「2字下げ」 が基本ルールです。Adobe InDesignの「文字組みアキ量設定」にある「繁体字(標準)」では『段落字下げ』が初期設定で『なし』になっているので、まず最初に「2字下げ」に変更して設定を保存しておきます。

句読点に相当する文字

句読点は、本文は仮想ボディの中心に配置しますが、ポスターや見出しなどの場合は日本と同じように左下(縦組では右上)に配置することもありますので、事前に確認が必要です。

句点は「。」(マル)、読点には「,」(カンマ)を使います。約物はすべて全角であることが基本ですが、例外もあります。 なお、「、」は簡体字と同じく用語並列や列挙の際に使います。

括弧に相当する文字

台湾では、日本語の会話に使う「 」(カギ括弧) や『 』(二重カギ括弧)をそのまま使用します。固有名詞を指す場合にも使われるケースがあり、使い方は日本語とほぼ同じです。また、( )は文中の注釈に使用し、書籍名などの引用には《 》や〈 〉を使用します。

疑問符、感嘆符に相当する文字

疑問符には「?」、感嘆符には「!」を使います。
書体によっては若干位置や大きさが違うので、見出しなどに使う場合は、あえて見た目を重視して違うフォントで指定する場合もあります。
日本語組版とは異なり、疑問符や感嘆符の後ろは1字アケせずに、そのまま文章を続けます。

ダーシやリーダーに相当する文字

ダーシ「―」と同じように、文中に補足を入れる場合に使用します。必ず2倍ダーシ「――」にします。同様に「…」(3点リーダー)も「……」と6点になります。ハイフン「‐」は時間や場所の接続で開始と終了を示します(日本語と同じ使い方です)。

ほかの言語が混在する時の表記

簡体字と同じく、繁体字も基本的に漢字だけで人名や地名、企業名などの固有名詞を表記します。
しかし、雑誌やパンフレットなどの商業印刷物では、英語などを併記する例も増えてきました。たとえば、人名の場合は漢字で当て字をした上で、「愛迪生(Thomas Alva Edison)」といった具合に、名前の後ろに( )で英語名を続けます。 そして、キャッチコピーなどにも英語がそのまま使われることが多いため、繁体字とアルファベットを使い分けて、デザインを優先させるレイアウトも多く見られるようになっています。
繁体字は文字のサイズが小さくデザインされているため、日本語やアルファベットと組合せると漢字部分が小さく見えてしまいます。そのため、混植を行なう際は文字の大きさ(バランス)に気をつけてフォントを組み合わせます。
なお、繁体字と英数字の間は四分アキが基本となります。文字揃えは「両端揃え」なので、文章に英数字が入って文字揃えがうまくいかない場合は、アキ量の増減で調整する、あるいは該当行全体をトラッキング処理することで調整する例が多いようです。

言語独特の文字、間違いやすい文字

日本語では箇条書きに漢数字を使うことは少ないですが、繁体字では漢数字を使うことがあります。箇条書きだけではなく、数値(値段)も漢数字で書くことがあるので、入稿テキストに漢数字が入っていても英数字に変えずに扱ってください。

また、台湾ならではの文字として、前述した「注音符号」があります。これは、日本語のカタカナに似た役割を持つ文字ですが、通常はフリガナのように漢字の右側に付けることに限定して使用されます。最近では店名やインターネットの流行語などで使われることもありますが、香港では注音符号が読まれないため、地域が限られる表記となってしまいますので注意が必要です。

繁体字と日本語の漢字は成り立ちが似ており、特に日本語には旧字体もあるため、見た目として似ている漢字が多くあります。漢字がわかる日本人だからこそ、間違えないように気をつけたい文字が多いのです。
たとえば、日本語の「」は、繁体字では「」となり、画数やデザインが異なります。

GB18030準拠(*注)の簡体字フォントは繁体字も網羅していますが、字形は中国基準のため、部首や偏、旁の違いや、句読点が仮想ボディの左下に作られているなど、繁体字を母国語とする人にとって細かい部分に違和感を感じることがあります。最初にしっかりと、繁体字フォントを指定しておくようにしましょう。

*GB18030
中国の国家標準となっている文字規格。詳しくは簡体字編第3回を参照。

また、中国大陸ではタクシーを「出租车」、台湾では「計程車」というように、それぞれの地域で言葉そのものが違うものもあるので、情報として掲載する際の参考にしてください。


次回は、繁体字の文字コードや組版アプリケーションの使い方をお伝えします。
これまでお届けしてきた組版ルールの欧文編や簡体字編は、こちらのマガジンにまとめられています。ぜひ合わせてお読みください。


*この記事は『MORISAWA PASSPORT 英中韓組版ルールブック』の内容を抜粋・加筆したものです。


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