私のフォント使いこなし術 第3回 成田雄輝「アーティストが繊細に組み立てた言葉を、シンプルに伝わりやすく見せたい」
第3回は、GReeeeNやクアイフなどのリリックビデオを手がける映像作家の成田雄輝さんに伺います。
1 リリックビデオという映像ジャンル
現在、リリックビデオの制作を中心に活躍する成田さんですが、最初から映像作家を志望していたわけではありませんでした。
「もともとは、10代の頃に自分でやっていたバンドのプロモーション活動のために、映像やCGの勉強を始めたんです。AdobeのAfter EffectsやPremiere、Illustrator、Photoshopなどのアプリは、動画サイトを見ながら独学で覚えました。
自分がバンド活動をやめてからも映像の依頼をいただくことが多かったので、3年ほど前から映像作家の活動に力を入れるようになったんです。独学で始めていても、ミュージックビデオの世界は表現が自由で、映像の内容が良ければ評価されるのであまり問題はなかったんですが、業界用語はまったく知らなかったので、例えば『ザブトン(文字を読みやすくするために背景に敷く四角や丸の下地)入れといて』って言われても『なんだそれ?』ってわからなくてググったり。そういう苦労はありました」
リリックビデオはミュージックビデオの一種で、曲に合わせて歌詞を表示した映像です。日本では動画サイトなどで顔出しNGの歌い手やボカロP(ボーカロイド=音声合成技術による歌を使って曲を作る人)が、表現手法のひとつとして取り入れたのをきっかけに、3年ほど前から作られる数が増えてきています。
「リリックビデオの制作は基本的に音楽が先にあって、そこに映像をつけていきます。自分の場合は、映像にCGなどの加工を加える手法が多いんですが、それだけではなくまずは曲をしっかり理解した上で、そこに合う映像をアーティストさんやレーベルの方たちと話し合いながら一緒に完成を目指していくという仕事ですね」
成田さんはこれまでにGReeeeNのリリックビデオ3本を含め、多数のメジャーアーティストの作品を手掛けています。リリックビデオという新しい表現のジャンルだけに、どのように依頼が来るのか、といったことも気になるところです。
「僕は作品紹介のためにTwitterに作品を上げているんですが、仕事の依頼はほぼDMでご依頼いただくことが多いです。GReeeeNのリリックビデオも、最初はTwitter経由でご連絡をいただきました」
2 シンプルで伝わりやすいフォントを選ぶ
リリックビデオが流行する背景を、成田さんはこう分析します。
「時代とともに歌詞が複雑な曲が多くなっているので、言葉の裏側や、繊細な組み立てを理解したり、自分を重ねて曲を聞いたりするときに、リリックビデオの方が心に響きやすいんじゃないかなと思っています」
そんな歌詞の表現には、背景の映像や表示するタイミング、モーションのかけ方などのテクニックより前に、ベースとなるフォントの選択が重要です。
「アーティストさんやレーベルの方もフォントにこだわる方が多いです。制作の前段階からフォントへの要望をいただくこともありますし、こちらの制作の中でも何回もフォントを入れ替えてみたりと、一発で決まることはありません。僕の場合はシンプルで伝わりやすいのが好きで、アーティストさんの曲がどう伝わるかが大切だと思ってます。自分が『こうしたい』っていうよりも、ここはシンプルに歌っているからシンプルなものが合うよな、というふうに、常に伝わりやすさを意識してます」
フォントには数多くの種類がありますが、成田さんはフォントの成り立ちや歴史、これまで使われてきた用途といったものにはあまり興味がなく、先入観をあまりもたない状態で実際に歌詞に当ててみて選ぶことが多いのだそう。
「やっぱり曲ありきでフォントを探すので、これが使いたいといったこだわりみたいなものはありません。フォントを知りたいと思って知るというより、ひたすら合うフォントを探す中で『ああこういうフォントがあるんだ』という経験がどんどん溜まっていくって感じですね。MORISAWA PASSPORTは、フォントの選択肢がめちゃめちゃあるってことと、1つ1つのフォントのクオリティが高いところが魅力です。それ以外のフリーフォントもインストールしているんですが、ほとんど使ってないですね。なんか微妙に違うというか、妥協するようなところがあって。モリサワのフォントだとハマる感覚があるというか、『なんか違う』『なんか惜しい』みたいなところを解決してくれることが多いですね」
REEKの『Word』では、日本語のラップに合わせて文字が文節ごとに浮かんだり、迫ってきたりしたかと思うと、単語ごとに打ち付けるような動きの表現や、1文字ごとに切り替わる、文字によってはパーツに分解されるような表現までもが盛り込まれています。成田さんならではの文字の使い方、フォント選びの特徴のようなものはあるのでしょうか。
「けっこう僕の作品ってすごいバラバラなんですよ。アーティストさんによって全然違っていて、それが僕の特徴というか、大切にしていることなんですけど。お決まりの手法っていうのはなくて、曲によって全然違うことをやってみたりとか、コテっとしたのもあればさっぱりしたのもあればって感じで変えてます」
3 曲の中でのフォントの切り替え方
成田さんのリリックビデオでは、曲の展開や歌詞の内容によって細かくフォントを切り替えて使用しています。今回紹介してもらった『アカリ』のリリックビデオも、カラフルな夜景の映像にやさしく繊細に浮かび上がるリュウミンの歌詞から始まり、パワフルな歌い方に合わせて跳ねるようなゴシック体、そしてラップ部分では歌詞が心に突き刺さるようなA1明朝が曲調とともに気持ち良く切り替わっています。
またフォント選びだけでなく、スタイリッシュに見せたい時は文字間を開けたり、逆に文字間を極端に詰めたり斜体をかけたりすることで印象を強めるなど、組み方やモーションでの表現にも使い分けが見られます。
「文字の使い方に関しては、他の方が作っているリリックビデオから学ぶところは多く、実際にその表現を取り入れてみることもあります。ただ、自分のやりたいことや、かっこいいと思うことは大切だとは思うんですが、それよりもアーティストさんの属性を見極めて一緒に作り上げていくことの方が優先です。1つの画面に出てくる文節ごとにやるわけではなく、あまり変えすぎてもごちゃごちゃしてしまうので、Aメロは明朝体とこのモーションでいこうとか、そういうふうに決めています」
成田さんが使用されるフォントはほとんどが明朝体で、曲の中でアクセントとしてゴシック体が使われることがあっても、ごく一部に限られている印象です。
「ゴシック体で作るのがうまい方はすごいかっこいいものを作るんですが、単純に僕の制作するものがあまりゴシック体向きじゃないということもあります。例えばアイドル系の曲とか、可愛いゴシックでさまになったりするんですけど、あんまり自分にはそういう依頼がなくて。ロックバンドとか、メッセージ性を大切にするような音楽が多いので、基本的に明朝体なんです。デザインの仕方というかモーションを動かしていく中でも、ゴシック体は使い方が難しいなと思います。それでもアクセント的な使い方をしたいときや『今回ゴシック体でお願いします』って言われることもあって、そんなときは見出ゴMB31やUD新ゴを選んでいます」
4 明朝体の表情による使い分け
成田さんは、そのほかにもよく使うフォントとして、リュウミン、見出ゴMB31、太ミンA101、A1明朝の4書体を上げてくれました。中でも特にリュウミンへの信頼度は群を抜いているそうです。
「リュウミンがめちゃめちゃ好きで愛用しています。クセがなくて表現しやすく、縦横の比率を変えたり、傾きを変えたりするだけで全然違うフォントにも感じられます。シンプルでクセがないデザインが日本語の美しさだと思っているので、常にリュウミンに行きがちなんですけど、力強く歌っているところには細いリュウミンよりもA1明朝が合うなとか。A1明朝には湿度感、情感のあるフォントという印象があるので、それを文字ごとに大きさを変えたりして使うことが多いですね。文字が動いてモーションが動いてハマったときに、ベタっとした感じがあると、そこで力強さを感じたりします。そういう強弱で明朝を使い分けています」
クアイフの『ナンバーワン』でも、リュウミンが多用されています。曲や歌い回しの繊細さと、リュウミンの書体や文字の輪郭、モーションが気持ちよくハマっています。動きの中で文字がキュッと全体に詰まって組まれたり、逆に開放的に広がっていくような場面もあり、リュウミンのやや繊細な表情がよく活かされているように感じられます。
「日本語の配置ってすごく難しいな、っていつも思っています。リュウミンは文字間をめちゃめちゃ詰めて使うことも多いんですが、スタイリッシュさを出したいときは字間を開けて一文字一文字を見せたり、繊細な曲だと文字と文字とを離したり。もちろん歌っているテンポや歌い回しによります。曲に抑揚をつけてるところは、文字も抑揚をつけて表現しようとしてます」
5 日本語でもスタイリッシュに
成田さんが音楽に興味を持ち始めた10代の頃には、すでに洋楽で数多くのリリックビデオが作られていました。しかし、その頃の成田さんは、日本語では洋楽のようなシンプルさやスタイリッシュな感じは出せないと感じていたそうです。その考えが変わったのはモリサワフォント、特にリュウミンとの出会いでした。
「リュウミンを見つけたときに、これはすごいなって思いました。クライアントの方にも『ハマってる』って言われることが多いフォントです」
今後の表現の仕方や、作っていきたいものは特にないという成田さん。曲次第、依頼次第でさまざまな表現を続けていきたいと語ってくれました。日本ではボカロの文化から広がったこともあり、少しマイナーな印象もあったリリックビデオですが、成田さんはこのポジションが変わっていく可能性を示してくれます。
「日本語でも、もっとスタイリッシュで伝わりやすく、シンプルでかっこいいリリックビデオを作りたいっていうのが、僕がもともと持っていたテーマです。海外のものに影響を受けつつ日本語で進化したような作品を目指しています。なので日本でもメジャーなアーティストさんや、スケール感が大きな人とも、どんどん仕事をしていきたいですね」
6 「気になる」フォント
UD新ゴ コンデンス70
「UD新ゴのカクカクした形が好きです。リリックビデオにはどうしても明朝体が多くなってしまうんですが、ゴシック体も使ってみたいとは思っています。コンデンス書体を使ってサイバーな感じの表現とか、新しいテイストのリリックビデオも面白んじゃないかと。看板のような表現とか、ちょっと色収差入れてみたり、ノイズと合わせると未来感あって面白い表現ができそうな気がします」
ぺんぱる
「やさしさや温もり感のある手書きのフォントはいつも探していて、フリーフォントもよく見るようにしているんですが、少しのテイストの違いで雰囲気もガラッと変わってしまうので、選択肢は多いほど嬉しいです。「ぺんぱる」はまだ使ったことがないのですが、質のいい手書きフォントということで、書体をセレクトするときに試してみたい候補のひとつです」
*この記事は2021年9月に発行された、マイナビ出版『+DESIGNING』Vol.52掲載の記事を加筆・再構成したものです。
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