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絵本を通じて文字の異文化交流ができた話

ラテン文字を海外の視点から見つめたい

みなさんこんにちは。今回のnoteはモリサワが協賛した国際的な書体イベント「ATypI Parisエータイプアイ パリ 2023」の期間中に行った取材の模様をお届けします。ヨーロッパ調の歴史ある建造物を眺めながらいただくカフェオレは一段と美味しく感じます。Mmm, c'est trop bon!

さて、以前掲載した翻訳絵本で和文と欧文の使われ方を比較した記事では、多くの方から様々な反応をいただきました。

「海外の絵本の中身について初めて知った」「セリフ体が多いね?」「イタリックってこういう風にも使うの?」など。海外の書体事情について興味関心・疑問を抱いてくださる方も多いことがわかり、筆者としてはとても嬉しかったです。

今回は、モリサワの一員であり、ひらがなをテーマにした絵本を日本で出版したこともあるタイプデザイナーのサイラス・ハイスミスさんに、ラテン文字についてインタビューを行いました。ヨーロッパの風も感じながらぜひご覧ください!


世界から見る和文と日本から見るラテン文字

■お話を聞いた人:サイラス・ハイスミス
タイプデザイナー、教師、著者、グラフィックアーティスト。自身のタイプファウンダリーであるOccupant Fontsには自身のオリジナル書体が多数搭載されている。ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)でタイポグラフィーを教える。著書であり、高い評価を得た入門書『Inside Paragraphs: Typographic Fundamentals』ではイラストも手がけている。
2015年、書体デザイン、タイポグラフィー、書体教育の分野における高い貢献が評価され、ゲリット・ノルツィ賞を受賞。2017年、Morisawa USAの欧文書体開発のクリエイティブディレクターに就任。

組版ルールや書体の使われ方の理解を深める

ー 原作絵本と翻訳絵本の書体の使われ方について比較した前回の記事で、気になった和文の使われ方はありましたか?

サイラス 翻訳絵本『マップス』で話題にあった、ふりがなは興味深かったですね。

日本語版『マップス』を眺めるサイラスさん

私も絵本の作者が言っていたように、ふりがなの文字サイズは子どもが読むにはすごく小さく見え、読みやすいのかどうか心配に思えましたが、ふりがなは必要な時に見る程度なのが日本語の組版の慣習だからこのスタイルで良いのだと納得しました。

ー ふりがなは子どもの学習の手助けになっている面もありますね。

サイラス 実は私もふりがなに助けられた経験があります。私はもともと視覚的に物事を捉えるので、文字のデザインを見ながらゆっくり日本語を勉強しています。
日本語は漢字の形とかなの形は異なっていても、読み方で紐づいているのが面白いですよね。例えば、初めて「たかだのばば」という東京の地名を聞いて「高田馬場」というシンプルな漢字だとは思いませんでした。電車に乗っているときにサイネージを見て初めてかなと漢字の形を紐づけることができました。電車の標識は書体を楽しみながら単語を覚えるのに役立ちますね。

日本に行くと色々な文字を撮影するというサイラスさん
ステンシルと古い看板がとても好きだと伺いました

ー 絵本『ロサリンドとこじか』の原作本では、全編がイタリック(斜体)で文字が組まれている点が印象的でした。サイラスさんの目にはどのように映っていますか?

上段の翻訳絵本は2種類の書体が使われていますが、下段の原作はイタリックのみ
前回記事より)

サイラス:この使い方は自然に見えます。一般的にイタリックは強調で使われることが多く、全文をイタリックにするのは珍しいですね。でもこの絵本の場合、堅苦しさがなくなり、少しポエティックな印象に仕上がっていますので、タイポグラフィの手法としてはとてもいいと思います。


子どもたちが読み間違えないための書体選びは世界共通

ー 日本では物語の性質や絵本の特性によって様々な書体が本文に使われるのですが、手にした原作絵本の多くではセリフ体が使われていて、シンプルな印象を持ちました。

サイラス 確かにそうですね。子ども向けでも大人向けでもわたしたちは書籍でセリフ体を使います。実はこれは絵本に限らず一般的な使われ方で、特に大きな理由はないと思います。小説の場合もセリフ体のほうが典型的です。それから、新聞でもテキストはほとんどセリフ体です。

セリフ体とサンセリフ体のおさらい
過去記事より)

ー サイラスさんも幼い頃にセリフ体が使われている児童書をたくさん読みましたか?

サイラス ええ、でも同じセリフ体でもシンプルな字形を使った絵本もあったことを覚えています。

ー シンプルな字形とはどういうものでしょうか?

サイラス 例えば、小文字のaやgにはsingle-story(1階建て)とdouble-story(2階建て)の2種類のデザインがあります。
一般的に、セリフ体は2階建ての字形ですが、絵本によっては1階建てのスタイルを採用している本もありました。

上段:double-story(2階建て)
下段:single-story(1階建て)
サイラスさんの実際のスケッチ

ー もしかして、1階建てが使われるのは、子どもたちが学ぶ手書き文字の形だからなのでしょうか?

サイラス そうかもしれませんね。前回の記事にもあった「そ」の話と似ているように感じます。日本の場合はこの方法がうまく機能していますよね。

前回記事より)

でも個人的に、ラテン文字ではこの配慮はいらないのではと思います。1階建てのaとgは、小文字のqやdと混同しやすいのです。なので私は1階建てより、2階建てのaやgのデザインが使われている方が好きですね。
それに子どもは視覚からたくさんの刺激を受けるので、大人が思うよりさまざまな文字をたやすく認識できると私は思います。


画数の多い和文と国境を越えるラテン文字

ー 日本のゴシック体は視認性が求められる場面で用いられることが多いです。サイラスさんから見てゴシック体は読みやすいと思いますか?

サイラス 和文の場合、特に漢字が複雑なので、ゴシック体だと読みやすいのかもしれないですね。
前にこんなことがありました。日本で、友達や同僚が漢字について話しているとき、テーブルの上に手を置いて、指でなぞって書いていました。その時私はどうしてこの方法で漢字を想像できるのか不思議で、尋ねると「どのような順番で筆を進めるかを学んでいるからです」と説明してくれました。
その時に日本の文字は筆順を知った上で、字形を共通認識することができるのだと学びましたね。ラテン文字については、日本のように筆順を追うのではなく、少しずつ形を覚えていきます。正式な書き方はないので、ラテン語圏ではそこまで発達したシステムを持っていません。もしかするとラテン語のアルファベットは、多くの異なる文化圏や言語で使用されているため、どのように書くべきかについて共通のルールがないのかもしれません。

ー サイラスさんは漢字を書いたことがありますか?

サイラス モリサワの会議で、スライドの1枚に書いたことがあったのですが、あまりうまく書けなくて教えていただいたことがあります。

また私自身、担当した絵本のおかげで、ひらがなを書く経験が増えました。
かなはほんとに美しいですよね。

サイラス・ハイスミス著 『Apple Bear Cat』文溪堂、2014
サイラス・ハイスミス著 、さこむらひろこ訳『あり いぬ うさぎ』文溪堂、2016
サイラス・ハイスミス著 、さこむらひろこ訳『1こ 2ほん 3びき』文溪堂、2017


異なる言語でジャンルを越えた新しい組み合わせを探す  “counterpart”

ー よくセリフ体を説明する時「明朝体と似た系統の書体」という表現を使うのですが、実際サイラスさんから見てどう思いますか?

サイラス 私はビジュアルの面で異なるように感じます。ただ使われ方には似たような傾向があるように思えます。例えば、小説のテキストはほとんどセリフ体で、日本の明朝体もそうですよね。
でも、書体を使う際は欧文がセリフ体だからといって、必ずしも和文の明朝体と合わせることはないと感じています。
私たちMorisawa USAでは、異なる言語の書体の組み合わせについて話すときに、お互いの書体の機能を補い合う欧文書体と和文書体の組み合わせをcounterpart(カウンターパート)と呼んでいます。見た目や書体のジャンルが違っても、組み合わさることで新しい機能を果たすことができるのではと考えているのです。

うろこのある伝統的な書体ゴシックMB101とグロテスク系の書体Magmatic

現在言語を超えたラテン系のフォントと和文系のフォントの組み合わせを私のタイプファンダリ・Occupant Fontsとモリサワのフォントで模索しています。
英語から日本語、日本語から英語に翻訳する場合、同じジャンルの書体をそのまま使ってしまうと現地に根ざしたものではない場合があります。それぞれの国でどのような書体を使うかを選ぶことも、とても重要なことだと思っています。


“輪郭” を理解して文字を描く

ー 和文書体はサイラスさんにとって外国語の文字ですが、知らない言語の書体を知って良かったことはありますか?

サイラス 日本の文字は漢字・かな・ラテン文字と、3つの文字体系が1つにまとまっていて、本当に素晴らしいと思います。
それから日本語のタイポグラフィはとても美しいです。今まで書体を通して日本についてたくさん知ることができ、より多くのことに気がつけるようになりました

ー もし今後機会があれば日本語の書体を制作したいと思いますか?

サイラス ぜひ制作したいですね。ただ正直なところ、日本語をもっと勉強しても美しい漢字の描き方を理解できるほどには流暢にはなれないと思うんです。
ラテン文字だと私は、速く、面白く、スケッチブックに描くことができます。もし漢字も同じように描けるようになるなら、本格的な和文書体を作ってみたいですね。

ー 最後にお聞きしたいのですが、文字を書くことと文字をデザインすることの違いは何でしょうか?

サイラス いい質問ですね。少々答えるのは難しいですが(笑)。
私の考えでは、文字には書くための文字と、タイポグラフィのための文字(フォント)があるように思います。
手書き文字とは文字の原点で、フォントは手書き文字から進化したものです。なのでラテン文字においてフォント制作する場合、線の流れや向き、セリフの位置などを理解するためにも手書き文字のルーツを知る必要があると思います。
学ぶ方法はカリグラフィーやスケッチなどいろいろあると思いますが、私がよく講演会などで話している技法は “輪郭” を把握して文字を描く方法です(※)。ストロークから直に文字を書くのではなく、文字の輪郭(外側や内側の空間)を理解して描くことが重要だと私は考えています。

ー ラテン文字や欧文書体についての知識や、和文書体の見方について学びをたくさん得ることができました。サイラスさんありがとうございました!

(※)輪郭を描く、それは文字そのものではなく文字の外側と内側を描くということ。上のgはサイラスさんが黒い部分を描いて書いた文字です。
サイラスさんの文字の捉え方については 第24回モリサワ文字文化フォーラム「絵を描く(えをえがく)」のレポートで詳しく説明があります。ぜひご覧ください。


言語がわからなくても書体は楽しめる!

実際に文字を制作するサイラスさんの視点ならではの和文書体の印象や、ラテン文字を使うからこその文化の違いを教えていただきました。
これから身の回りの文字を観察するときに、どんな書体が使われているのか、どうしてその書体が選ばれているのか、わからない言語でも視覚的に見て思考を巡らすのも面白そうですね。

多言語組版ルールブックの連載では、言語特有の組版事情や日本語とは異なるポイントなどを解説しています。和文以外の書体を使う際の参考にしていただけると幸いです。

欧文書体の制作プロセスはこちらの記事でご紹介しています。

最後までお読みいただきありがとうございました。みなさんのスキをお待ちしています。それではまた次の記事でお会いしましょう!(担当:A)