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社会現象になった “丸文字” をルーツに持つ書体「ららぽっぷ」

モリサワフォントの魅力や開発秘話に迫る「フォント沼なハナシ」シリーズ。
今回の主役はかな書体「ららぽっぷ」。1970〜1980年代に若い女性を中心に流行した書き文字、 “丸文字” を元にした書体です。時代背景からデザイナーインタビューまで、ごゆっくりお楽しみください!

1. 遊び心に溢れたデザイン

ららぽっぷはこんなデザインの書体です。

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ららぽっぷは「新丸ゴ」の漢字と組むことを想定して作られた丸ゴシック系かな書体で、新丸ゴに合わせてL・R・M・DB・B・H・Uの7ウエイト展開をしています。(かな書体についてはこちらの記事をご覧ください!)
独特の崩し方をした骨格をもち、遊び心に溢れたかわいらしいデザインをしています。

細かい特徴を見ていきましょう

・有機的な曲線で構成されていて、丸い

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全ての文字が直線を含まず、手書きで書いたような揺れのある曲線で構成されています。全体的なシルエットも丸く作られていて、かわいらしさを演出しています。

・ループが大きい

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ループを持つ文字は、それが大きく強調されています。文字により丸い印象を与えていますね。

・独特な点の交差

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本来接触しない点や線が他のパーツと交差していたり、突き抜ける線が短く接触しない形になっているものがあります。独特の崩し方を感じさせる要素のひとつです。

特徴、掴めてきましたか? 

2. ルーツとなった社会現象 “丸文字” 

ららぽっぷは2007年にリリースされた書体ですが、この独特の字形は1970〜1980年代に流行した  “丸文字” という書き文字のスタイルを意識して作られた書体です。

1970年代後半から、女子学生の間で扁平で丸っこい、癖のある図形的な文字を書くことが一大ブームとなりました。ひらがなの丸い部分を強調したり、角のある部分を丸くして書かれることが多かったことから丸文字と呼ばれます。
当時丸文字を書いていたという弊社スタッフに、再現してもらいました。

ららぽっぷ丸文字

それぞれの文字に丸を強調するような特徴があってかわいいですね...!(書いてくれたスタッフはデザイナーではない、というのもミソです)

当時流行していた交換ノートを中心に使う人が増加していき、500万人近くが丸文字を使用していたとも言われるほどです。「かわいい」や「女の子」の象徴として、社会現象になりました。

書体の世界にもその影響は押し寄せ、丸文字だけのデザインコンテストが行われ、入賞作品が書体化されたり、人気アイドルが手書きした丸文字が書体化されるなどしました。デザイナーではない人たちがタイプデザインをしていたと考えると、その影響力がどれほどだったのか考えさせられますね。
モリサワからも、丸文字を元にした書体がリリースされています。

現在はスマホの普及などから文字を “打つ” ことが多くなっていますが、1970〜1980年代は文字を “書く” ことが中心の文化だったとも言えます。その中で書き文字である丸文字が、人々の一種の自己表現にとどまらず、デザインの世界にも影響を及ぼしました。

3. 「ららぽっぷ」デザイナーインタビュー

ここからは、そんな特徴的な背景とデザインを持つららぽっぷの制作秘話に迫るべく、担当デザイナーへのインタビューをお届けします!

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お話を聞いた人:タイプデザイナー 市川秀樹
プロフィール:1970年にモリサワ文研株式会社に入社し、写真植字機文字盤の制作に従事。1996年タイプデザイナーとして仮名や従属欧文の作成を開始。 これまでに、アンチックファミリー、UD新ゴ、黎ミングラデーションファミリー、A1ゴシックなど、多くの書体の仮名・記号類のデザインを担当。

ーまずはららぽっぷが作られた背景について教えてください。

市川:当時、ラインナップのバリエーションを増やすために新ゴ新丸ゴの漢字に合わせたかな書体を多く開発していて、その流れでできたのがららぽっぷです。様々なテイストのかな書体を開発する中で、飛び抜けてポップな書体としてつくりました。

ーなるほど。かな書体たちの中でも目を引く個性を持つららぽっぷですが、何か参考にしたものはありますか? 

市川:実は、「わらべ」という書体が関係しています。わらべは1987年にモリサワからリリースされた写植用のかな書体です。丸文字が社会的ブームになった当時に作られた書体で、こんな見た目をしています。

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ーららぽっぷによく似ていますね...!

市川:と言っても、ららぽっぷはわらべを元にしたのではなく、あくまで “わらべの制作時に集めた資料” を参考にして、新丸ゴに合う新しいデザインの書体として作られました。
丸文字風のフォントを作るにあたって、当時の社員が喫茶店を回って落書き帳のようなノートを借りて来たそうです。お店を訪れる人が自由に書き込めるもので、女子学生が丸文字でたくさん書き込んでいた。それを資料にしていました。

ー過去の資料を参考にしてららぽっぷが新しく作られたんですね!その資料を元に、どのように制作が進められたのでしょうか?

市川:ららぽっぷはかな書体ということもあって、基本的に私1人でデザインを担当しました。この書体はアナログに原図を書いて作成したわけではなくて、新丸ゴのデータをそのまま活用して作りましたね。

ー新丸ゴのデータをそのまま!何か理由があったんでしょうか。

市川:新丸ゴに合わせて7ウエイトのファミリー書体になる予定だったので、太みを合わせるという意味がひとつ。もうひとつは、新丸ゴの先端を使いたかったんです。丸ゴシックの先端は名前の通り丸いのですが、まんまるかというとそうではなく、微妙に扁平ぎみな丸みをおびています。

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ー確かに、書体によって少しずつ丸みが違いますね。

市川:丸ゴシックを作る時、この先端の丸みや形をどうするかというのはすごく難しいことなんです。ららぽっぷは新丸ゴのかな書体として統一感を持たせるために、新丸ゴの先端を使って制作しました。比べてみると似てるんじゃないかな

ーかな書体として、合わせる書体と統一感を持たせる工夫が必要だったんですね。ところで、個性的で当時の「女の子の文字」の側面が強い丸文字。市川さんに馴染み深い書き文字ではなかったのではと思うのですが、難しさはありましたか?

市川:うーん、確かに個性的な形ではあったけど、文字の形をかなりポップに振り切った書体だったから、逆にそこまで迷わなかったですね。オーソドックスなものを作ろうとする方が、既存のものに引っ張られてしまって難しかったりします。

ー個性が強いからこそ、思い切ってデザインできる面もあったんですね。では、ららぽっぷを作る際に苦労したこと、難しかったことはありますか?

市川:苦労したのは、やはり新丸ゴの漢字に遊び心のあるかなを合わせることです。新丸ゴは字面が大きく仮想ボディいっぱいにデザインされているので、かなも他書体と比べてやや大きめに設定し、できるだけ漢字との親和性が高まるように調整しました。

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市川:あとは、新丸ゴに合わせて7ウエイト作ることも難しかったですね。L ~ Uまで統一したイメージを展開するために、ただ線を太くしていくだけではなく、多くの調整が必要でした。

ー新丸ゴと合わせるかな書体として考えなければならない部分が多かったんですね...。

市川:一番苦労したのは可読性を保つこと。実際に流行していた丸文字の形をそのまま採用すると読みにくくなってしまうものもあったので、デザインをチェックして吟味する必要がありました。

これは、ひらがなのデザイン確認に使用した文章組出力見本の一部です。

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ーいろいろな童謡が並んでいますね。

市川:当時は制作途中のものをすぐにデジタルフォント化することができなかったので、決まったフォーマットに流し入れて確認する形でした。これはかな書体用のフォーマットですね。文字数がある程度揃わないと確認ができないのが大変でした。今はフォント制作エディタの中で文字を自由に並び変えたり、すぐ手元でフォント化することができるので、すごく自由に確認ができるようになったなと思います。

ー様々な条件で可読性をチェックし、デザインを整えることが重要かつ難しいことなんですね。

市川:可読性はもちろん追求していく必要があるのですが、ららぽっぷのように少し崩れたバランスを持つ書体はあまり整えすぎてもいけない、という面もあるので特に難しかったですね。

ー書体づくりは、様々な要素のバランスを取りながら進めていくものということがよくわかりました。市川さん、ありがとうございました!

4. おわりに

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丸文字を参考に作られたららぽっぷは、パッケージや店頭ポップなどでデザインのアクセントとして個性を発揮するのはもちろん、近年人気が高まってきている昭和レトロな表現にも活用できるのではないかと思います。

「フォント沼なハナシ」シリーズでは、今後も書体が持つ様々な魅力や裏話をお届けしていきます。今回の感想や皆さんの “推しフォント” についてなどなど、是非コメントお待ちしております!(担当:Y)