新書体なのに懐かしい!2024年リリース予定 写研フォントのご紹介
この記事が公開される4月10日は、アドビ社が制定した「フォントの日」です。 モリサワでもこの記念日に合わせてAdobeさんのイベントに参加したり、フォントに関する情報公開をしたり、noteで記事を公開したりと、さまざまな活動をしています。
さて今回は、2月22日に開催した配信イベント Font College Open Campus 12「日本語デザインを変えた技術 発明100年に1から知りたい写植の話」の中で公開した2024年リリース予定の写研フォントについて、詳しくお伝えします。
モリサワと写研
写研書体は1970年代から2000年前後にかけて盛んに使われていたため、トップ画像をご覧になる方の中には、懐かしさを感じる方もいらっしゃるかもしれません。
それぞれの書体をご紹介する前に、モリサワと写研についておさらいします。
話は今から100年前に遡ります。
1924年、モリサワの創業者である森澤信夫と、株式会社写研の創業者である石井茂吉氏は、邦文写真植字機の特許を共同で申請しました。
写真植字機とは、写真の原理を使って文字組みをする機械のことです。文字の大きさとデザインの数だけ活字を必要とする活版印刷が主流だった当時において、この発明は画期的で、日本の文字と印刷業界の歴史を変えた大きなできごとでした。
しかしその後、森澤信夫は独立して株式会社モリサワを、石井茂吉氏は株式会社写研を立ち上げます。
写真植字技術の普及とともにそれぞれが事業を発展させ、ビジネスの上で大きな競合となりました。
写研の生み出す書体は、印刷出版物を中心に当時多くの文字組シーンを彩りました。DTPの普及とともに写研書体は活躍の機会を減らしたものの、そのデザインの優美さと多様さは、今なお多くのファンを魅了しています。また、写研は広く書体のデザインを募る「石井賞創作タイプフェイスコンテスト」を開催し、このコンテストからもさまざまな書体デザインのバリエーションが誕生しました。
時は流れて5年前の2019年、書体業界の国際的なカンファレンスが東京で開かれました。モリサワがカンファレンス内で講演するにあたり、写研に資料の提供を依頼したことをきっかけに、両社のやりとりが再開します。
対話を重ねる中で、文字文化の継承という共通の思いが合致し、今後も写研書体が広く利用されるようOpenType化に取り組むことに合意しました。
その後写研とモリサワグループでの開発を進め、邦文写真植字機の発明から100周年の節目となる今年、写研書体をOpenTypeフォントとしてリリースする運びとなりました。
以上が、写研とモリサワがOpenTypeフォントの共同開発に至った経緯でした。
2024年リリース 写研フォントのラインナップ
ここからは、今年リリースする写研フォントのラインナップをご紹介します。
2024年には、以下の合計43フォントをご提供予定です。
邦文写真植字機発明100周年を迎える今年以降、数年で合計100フォントのリリースが計画されています。
これらのフォントを提供するにあたり、書体の性質にあわせて二種類の開発アプローチを採用しました。それぞれのアプローチをとったフォントをここでは「改刻フォント」、「写研クラシックス」と呼びます。
改刻フォント
「石井明朝」「石井明朝オールドスタイルかな」「石井ゴシック」の3ファミリーをご紹介します。
これらのファミリーの元となった「石井明朝」「石井明朝オールドスタイル大がな」「石井ゴシック」は、いずれも写植時代を代表する本文向け書体です。
写植時代には、主に雑誌本文や広告コピーなどに用いられ、その優美さ・完成度の高さが当時のデザイナーの間で賞賛されました。
この優美さと完成度の高さを受け継ぐために、「石井明朝・石井ゴシック」ファミリーでは「改刻」と呼ばれるアプローチを採用しました。
「改刻」のアプローチでは、写植時代のデザインを参考にしつつ、現代の環境や用途に適した書体として一から新規にデザインし直すことで、より成熟度を高めました。
これによって、改刻された「石井明朝・石井ゴシック」ファミリーは、本文書体として幅広い用途でお使いいただけるデザインを目指しています。
「石井明朝・石井ゴシック」ファミリーの開発の詳細については、下記のnote記事でもご説明しています。
2022年に実施した関連セミナーの内容をまとめたものとなっています。
写研クラシックス
「石井明朝・石井ゴシック」は写研を代表する書体です。一方で、写研書体は優美な本文書体だけではありません。
個性的な見出し向けの書体も数多く存在しています。現在目にするさまざまなデザイン系・見出し向け書体の源流を作ったと言っても過言ではないでしょう。
こうした書体をOpenType化するにあたっては、「石井明朝・石井ゴシック」とは異なるアプローチを模索しました。
ここでは、そのアプローチを採用したフォントを「写研クラシックス」と呼びます。
その中からいくつかのフォントをご紹介します。
■ナールEL
この書体は、第1回「石井賞創作タイプフェイスコンテスト」で1位を受賞した書体がベースとなっており、明朝、ゴシックのような伝統的な基本書体以外の様々なデザインが開花するきっかけの一つとなりました。写植時代はウエイト名を付けず、単に「ナール」と呼ばれていましたが、今回のOpenType化にあたってELというウエイト名を付けています。ふところが広く字面の大きな丸ゴシック体は数多くありますが、その中でも特に字面を大きく・ふところを広くデザインされているのが特徴です。今年は、このELに加えてEのウエイトも提供します。
■スーシャH
横組専用書体として開発された、明朝体風の斜体がかかったデザイン書体です。
横組の文章を綺麗なラインで見せつつ、優雅で爽やか、シャープな印象を与えます。
■イナクズレ
揺らいだアウトラインが特徴的なデザイン書体です。
この揺らぎがおどろおどろしい印象を与え、写植の時代には漫画のセリフでよく用いられました。
■ボカッシイG
大小さまざまな紡錘形を一定の角度でならべて文字を作った唯一無二の書体です。画数の多い文字を間近で見ると紡錘形の集合にしか見えませんが、引きで見ると文字として見えてくる不思議な書体です。
■有行書
比較的うねりを抑えた読みやすい行書体です。実は本日ご紹介した中でこの書体のみ、写植書体としてはリリースされていません。写研の社内で保管されていたデザインを、今回のOpenType化にあたって発表した完全新規公開のデザインです。
写研クラシックスの完成まで
現代の用途や環境にあわせて新規にデザインした「石井明朝・石井ゴシック」ファミリーとは異なり、個性の豊かさが特徴となる写研クラシックスではオリジナルのデザインをできるだけそのまま残すアプローチを採用しました。
デザインこそオリジナルそのままですが、だからといって何の作業もなくフォント化できるわけではありません。ここからは、写研クラシックスの完成までに行われた作業について簡単にご紹介します。
写研クラシックスの開発は、写研にてOpenTypeフォントのベースとなるアウトラインを作成するところから始まります。
実は、写植時代も後期になると技術が発達し、デジタルのアウトラインを印字する形での文字組が実現されていました。
多くの書体ではそのアウトラインを元にOpenTypeフォントを開発するのですが、そのまま使えるケースばかりではありません。
当時の技術ではなめらかな曲線を描くアウトラインを作ることが難しかったため、そのままフォントにしようとすると、曲線のガタ付きが目立ちます。
これを解消するために、写研では1書体ずつアウトラインを滑らかに調整し、高品位化しています。
また、一部書体のかなについては、写植時代のデジタルアウトラインではなく、さらにその元になった手書きの原図にまで立ち戻って、アウトラインを作成されています。
さらに、今回写研クラシックスとしてリリースするものの中には、ベースとするアウトラインがなく、手書き原図しか参照できないものもありました。そのうちの一つが「ナールEL」です。「ナールEL」の場合は、手書き原図を元に一文字一文字アウトライン化され、他の書体と遜色ないクオリティのアウトラインが新たに用意されました。
こうしてできあがったアウトラインを受け取るところから、モリサワの担当する作業が始まります。
OpenTypeフォント化するにあたっては、どの書体でも文字の新規作成や字形の調整が必要になります。写植の時代と現在では前提とする仕様や規格が異なるためです。
書体ごとに新規作成が必要な文字や字形の調整が必要な文字の種類が異なるため、1書体ずつ提供された文字を丁寧にチェックして調整方針を決め、書体のコンセプトやデザインを損ねないよう調整します。新規作成と調整が必要な文字は、1書体あたり数百文字にのぼります。
こうして必要な文字を揃えて、そのアウトラインを元にモリサワのエンジニアがOpenTypeフォントを作成します。
ここでは「ボカッシイG」を例に、具体的な作業をご紹介します。
「ボカッシイG」はゴシック体をぼかしたようなデザインの書体です。そのため、まずはベースとなるゴシック体の文字を用意し、それにIllustratorのアピアランス機能のような一括処理をかけることで文字の作成・調整ができないかを検討しました。
ですが、一括処理ではオリジナルの文字と異なるデザインとなってしまいました。ボカッシイは単に紡錘形を斜めに敷き詰めただけのデザインではないためです。
上下を見比べていただければ、オリジナルには文字の中に黒みの強い部分、弱い部分があるのに対し、ゴシック体を加工したものではそうした濃淡が少ないのがお分かりいただけるかと思います。
こうなると、一文字ずつデザイナーが制作・調整する必要があります。写研から仕様書をいただいたり、既存の文字を観察する、また、オリジナルを制作された方から伺った話をヒントにするといった形で、制作・調整のためのルールを定めました。
ルールに則って文字を実際に制作・調整する際にも困難がありました。通常、文字をデザインする際には画面いっぱいに文字を表示して作業します。ですが、「ボカッシイ」の場合は画面いっぱいに表示してしまうと文字として読むことができません。小さく表示したものと見比べながら、その文字に見えるよう調整をしていきました。
こうした様々な作業のため、通常の書体と比べて10%程度のスピードでしか制作を進めることができませんでした。
開発担当者は、デジタルでの制作でもこれだけの苦労をした書体を、手書きで作りきった当時のデザイナーたちに対して改めて尊敬の念を抱いたそうです。
写研クラシックス まとめ
以上が、写研クラシックスの作業の簡単な説明でした。
このように書体ごとにオリジナルをできるだけ忠実に再現できるよう検討を重ね、写研クラシックスのフォントは制作されています。
ご覧いただいた通り、「石井明朝・ゴシック」と写研クラシックスでは扱う書体の性質にあわせて異なる開発アプローチを採用しました。
写研クラシックスについて、改めてコンセプトやアプローチ、仕様をまとめてご紹介します。
写研クラシックスは、主に見出し向けデザインの書体を中心とし、オリジナルのデザインそのままに現代の仕様にあわせる調整を行いました。これにより、バラエティ豊かな書体を写植の時代の雰囲気そのままにお使いいただけます。
文字セットはモリサワ独自のミニ2セットを採用、一部の書体ではプロポーショナルメトリクスを搭載しています。
2024年には30フォントをMorisawa Fontsでご提供します。改刻フォントが13フォント提供されるため、合計43フォントのリリースです。ぜひアクティベートして、レトロな表現や、これまでの書体ではできなかった新たな表現をお試しください。
さいごに
このプロジェクトに携わっている方々からのコメントをいただきましたので、ご紹介します。
■株式会社写研 コメント
■中村征宏氏 コメント
中村氏には、ご自身の手掛けた書体のデザインを監修するという形でプロジェクトに関わっていただいています。
株式会社写研、中村氏をはじめ、多くの方々の協力のもとに、写研書体はこの秋OpenTypeフォントとして新たにリリースされます。
2024年は43フォント、今後合計100フォントのご提供予定です。
どうぞ今後とも写研書体のOpenTypeフォント化にご期待ください。