中ゴシックBBBでたどる、写植文字盤からデジタル化まで〜邦文写真植字機発明100周年に寄せて〜
モリサワの定番書体のひとつである「中ゴシックBBB」。実は長い歴史がある書体なんです……!
今回は「邦文写真植字機」発明100周年を記念して、写真植字機での文字作りからデジタルフォントまでの「中ゴシックBBB」の歴史を振り返っていきたいと思います。
写植時代から受け継がれる「中ゴシックBBB」
こちらは、モリサワが発行した「モリサワ写真植字機統一見本帳 No.83」です。当時モリサワが写真植字機(以下、写植)で扱っていた書体が並んでいますが、写真右下に「中ゴシックBBB1」という書体があります。
……書体に興味がある方は「おや?」っと思ったかもしれません!そうなんです、この書体は今も使うことのできる「中ゴシックBBB」の前身となったもので、いまから約60年前にはじめて開発されました。
中ゴシックBBBのデザイン
中ゴシックBBBを初めて知った方のためにも、まずは書体の特徴をご紹介します。
中ゴシックBBBは、有機的なオールドスタイルのゴシック体に分類されます。オーソドックスな字形にアクセントのあるエレメントを持ち、モリサワの基本書体の中でも歴史が古い、長く愛されてきた書体です。
文字の大きさは全角に対してやや小さめで安定感があり、読ませる用途に向いています。また、適度な太さは、明朝体と同じ紙面に配置しても違和感がないので、雑誌本文や、キャプションなど小サイズでの使用に最適な書体です。
60年前の開発当時、モリサワ書体で太さの基準としていた「B1(Bはゴシック体を示す記号)」に対し、一段細いウエイトとして作られた書体「BB1」を少し太めるかたちで改良され、中見出しなどでも使える書体として開発されたのが「BBB1(現在のBBB)」でした。
そして現在にいたるまで、デジタル化の波も乗り越えながら受け継がれてきました。ここからは、その歴史を辿っていきたいと思います。
手書き原図と文字盤制作
文字盤時代の「中ゴシックBBB」
中ゴシックBBBの元となった書体は、現在主な印刷技法となっているDTP以前、1960~1980年代の日本で主流となっていた写植の時代に生まれました。
写真植字機は、原字が映されたネガのガラス板(文字盤)の文字を光学的に印画紙に焼き付ける “写真で文字を印刷する機械” でした。
その写植用の書体として生まれ、中ゴシックBBBの前身となったのが「中ゴシックBBB1」で、社内では「すりーびーわん」と呼んでいました。
その文字盤をスキャンしたデータがこちら。
文字盤の大きさはメーカーやデザインの種類、よく使う文字なのか(メイン文字盤)、用途に応じてカスタムするものなのか(サブ文字盤)によっても異なります。モリサワのメイン文字盤は「350ミリ × 305ミリ(外枠含む)」で、文字盤6枚を組み合わせて作られていました。合計すると “3441文字” の収録になります。
1つあたりの文字サイズはとても小さくなりますが、最初からこのサイズでデザインを行っているわけではありませんでした……!
文字盤の制作工程
文字盤は、いくつかの工程を経て作られています。
まずは、デザインの元となる「原図」を、1文字ずつ正方形に収まるように手書きでデザインしていきます。最初に文字のアウトライン(輪郭)を書いてから、中を塗りつぶしていく、という流れで制作していました。
中ゴシックBBB1の原図が書かれた当時はこのような1枚の方眼用紙に何文字も書いて制作していました。1文字あたりおよそ6cm程度の正方形に収まるようにデザインしていきます。
その後いろいろと試行錯誤があり、1文字を1枚に書く「原図用紙」を開発します。そして長らく、この形式の原図用紙に何万もの文字が書き込まれていくことになりました。
続いて、「原図」を撮影して「印画紙」に焼く作業に移ります。
印刷した文字に対してさらに、ホワイト(修正液)を使って細かなデザイン調整を行います。調整作業が完了すると、1文字あたりが規定のサイズになるようにさらに小さく印字し「原板」を作成していきます。
印字した文字は、機械を使ってひとつずつアルミ版に貼り付けていくのですが、その際に先ほどの「印画紙」の各文字の上下左右にある線(トンボ)を合わせる事で、傾かないように貼る事ができました。
ちなみに、貼りつけた後にトンボは全てホワイトで消していたそうです。なんとも地道な作業……。
1文字ずつのアルミ版ができると、文字盤の配列に沿って並べていきます。なんだかパズルのようですよね。
ちなみにこの配列は、“一寸の巾” といい、「一・寸・ノ・巾・ナベブタ・シンニュウ・ハコガマエ…」という同じ要素を持つ漢字の総称の見出しをとってこう呼びました。
意味や読み方がわからなくても形状だけでパッと見つけられるのが重宝されたようで、現在の開発現場でも部首のデザインが統一できているかの確認などで活用しています。
この後は「原板」を写真に撮り、ネガ→ポジと作成してようやく、文字盤の元となる「原盤」の完成です!
原盤を制作した後はこれをさらにフィルムに焼いて……など様々な工程が発生するのですが、続きはまたの機会に。
このようにして、「中ゴシックBBB1」は写植用文字盤として開発され、長い間使われていました。
デジタル化の転機
写植用の文字として誕生した「中ゴシックBBB1」の転機となったのが、1989年。Appleが発売した初の日本語PostScript対応レーザープリンタ「LaserWriter II NTX-J」に「リュウミンL-KL」とともに “ポストスクリプトフォント” としての搭載です。
DTPという考え方がにわかに動き出していた時代。モリサワのラインナップの明朝体・ゴシック体からそれぞれ選ばれたこの2書体を皮切りに、デジタル化の波に乗り始めました。
今でこそ多様な編集ツールで書体を作れる世の中になりましたが、そのようなツールも社内の制作経験も発展途上だったため、フォント制作は試行錯誤の連続でした。
元々文字盤用にデザインされた文字は、そのまま打ちこむ(ベタ組み)だけで綺麗に組めるように設計されていたのですが、デジタルフォント化されるにあたって、いわゆる “詰め情報” であるメトリクスやカーニングがつけられるようになります。
現在使用している編集ツールは、エディター上で単語を打ち込んで “文字同士が並んだときのバランス” をみる事ができますが、当時のツールではこれらを確認するのに制約がありました。
そのため、一般的に目視で確認しつつ設定を進めるメトリクスやカーニング、特に仮名などのカーニング調整はかなり難しく、フォントには搭載していませんでした。
それでも手書きでのデザインの時のように、一度印刷して修正して……という手間がなくなったので、文字を作るスピードは格段に上がり、たくさんの書体を作ることが可能になっていきます。
その後、「OpenType」というフォントフォーマットができたり、フォントの編集ツールも様々発展した結果、現在のような高度な機能(※)を備えたフォントを提供できるようになったり、1つのフォントでより多くの文字を提供できるようになりました。
書体や組版と、技術の発展は、切ってもきれない関係……というわけですね。
今回とりあげた中ゴシックBBBも「AP版」をリリースしていて、ペアカーニングやメトリクスの調整、かなの大きさの微調整などを行っています。より使いやすいフォントになりましたので、ぜひこれを機に使ってみてください!
文字盤時代から、デジタルフォントへの移行、そしてAP版……と、技術の発展や時代の荒波に揉まれつつ、「中ゴシックBBB」は長く愛されてきました。
写植時代からある書体は実はまだまだあるので、それはまた別の機会でご紹介できればと思います……!
ちなみに、大阪本社5Fのショールームでは文字盤制作過程の実際の資料を見ることができますので、興味を持った方はぜひ見学にいらしてくださいね。
技術の発展と切り離せない書体業界ですが、このように長い歴史を持つ書体を継承していきつつ、今の技術だからこそ実現できる文字表現にも挑戦を続けていきたいと、この記事を書いて改めて感じました。
ぜひ、「中ゴシックBBB」をはじめ、いろいろな書体に触れていただけたら嬉しいです。それではまた!
※2024年7月25日:メイン文字盤の文字数について更新